街中では実験しないでください | 榊邦彦 OFFICIAL BLOG new

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けれど一方で、言葉や愛がまったく立ち向かうことのできない不安や困難も、
また、存在しないのではないか……僕は、今そう思っている。
『100万分の1の恋人』榊邦彦(新潮社)

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 小さい頃から、参道近くに住んでいたのですが、この参道が、自然に左側通行になっています。
 混んでいないときは、もちろん、みんな自由に歩いていますが、年末の市が立つときや、新年の初詣など、誰も整備しないのに、自然に左側通行です。
 町の雑踏を見ても、人と人がすれ違うところの流れは、何か人工的な要因が加わらない限り、自然には左側通行になっていることがほとんどです。

 このことについて、
「江戸時代に武士と武士がすれ違うとき、左腰に刺した刀と刀とがぶつからないようにした名残」という話を聞いたことがあります。

 確かに、参道などの古い道には、そういった名残が古くから引き継がれるでしょうから、その「左側通行の慣れ」が他の道にも延々と影響し続けることもあるかもしれません。

 しかし、それならば、なぜ武士は左腰に刀を刺したのかという問題も考えてみたいところです。
 これは当然、「右利きの人が多いから」ということになるでしょう。

 さて、それならば、「なぜ右利きの人が多いのか」ということにも、問いは発展していきます。

  ……

 あるとき、バイク乗りの友人が、
「左カーブは思いっきり攻められるんだけど、右カーブは怖いんだよね」
 と言ったことがありました。
「そうなんだ……」
 その場で身体を左と右に傾けてみました。(皆さんもやってみてください)
 すると、確かに左に傾けるよりも、右に傾けるときの方が、なんだか身体がフワフワとして落ち着かないのです。
 左に傾けるのは、むしろ落ち着く感じがします。

 思えば、陸上競技のトラックも、野球のランナーの廻り方も、左側を内側にして左カーブになっています。競輪競技もスピードスケートも同様です。
 フィギュアスケートの選手はどちら周りにも滑りますが、よく見ていると、より多く回るのは左カーブです。その証拠に、多くの選手はジャンプやスピンの時に、左回りで回転します。(ときどき逆回りで回転する選手もいます。ソルトレイクシティー五輪で優勝したサラ・ヒューズは右回りでした)

 さて、これらの原因、僕は心臓が左側にあるからだと思うのです。(解剖学的にはそれほど左ではないようですが、心臓=左という身体感覚は、根強くあると思います。)

 人間の身体にとって大切な部分は、もちろん多々あるわけですが、命をつなぐための最重要な臓器で、身体の中で偏ったところにあるのは、心臓だけでしょう。

 つまり、この心臓を「守る」ような動きは、人間にとって自然だし、この心臓を「さらす」ような動きは非常に居心地の悪い、不自然な動きになってしまうのではないかと思われます。

 ……

 いろいろなスポーツの回転の向きも、心臓を内側にして、守る側、守る側に回っています。
 武士の場合は、右利きで刀を持てば、刀を振るうときに、ファアハンドが左回りになります。心臓を守る向きに回りながら攻撃しているわけです。フェンシングは「切る」というのではなく、「突く」闘いですが、これは、心臓を相手から遠くにして「守る」ためには、やはり右利きで、剣を持つ必要が出てきますね。
 敵と闘う際、本能的に心臓を守りながら攻撃するためには、自然に右利きになっていくと思われます。

 ということで、「左側通行」ですが、これも「心臓左」が影響しているように思われます。
 相手とすれ違うときに、「大切な部分を守る」「心臓をさらしたくない」……そんな無意識の流れなのではないでしょうか。

 ……

 この話を教室で話したとき、興味を持った生徒の一人が、奇妙な実験レポートを提出してきました。
「廊下で人とすれ違う時に、自分からは決して避けない。むしろ正面になるように歩いて行く。そのときに、相手がどちら側によけるか」
 というレポートです。
 なんとも、迷惑な実験レポートですが、彼の観測結果では、「八割以上の確率で、相手は左側通行を選択してすれ違った」という結論でした。

 ということで、「左側通行の法則」は彼の実験でも証明されたわけですが、「危ないから街中では実験しないこと」とコメントを付けて返却しました。

 みなさんも、繁華街に出たときなど、人の流れを眺めてみてください。
 込んでいればいるほど、自然と左側通行になっていると思います。