あの頃の僕達を裏切らない(Aの話 その7) | 榊邦彦 OFFICIAL BLOG new

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けれど一方で、言葉や愛がまったく立ち向かうことのできない不安や困難も、
また、存在しないのではないか……僕は、今そう思っている。
『100万分の1の恋人』榊邦彦(新潮社)

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しかし、本当に生と死の世界は断絶しているか。

今、僕はそうは思わない。

Aが亡くなって長い月日がたった。
今でも思い出すAの言葉がある。
二十二歳のころ、僕が、小説を書き悩んでいたころに言われた言葉だ。

「お前がどう思っているかどうかはともかく、俺はお前の才能を信じている」

その数年前に、僕が「才能とは自分の才能を信じることだ」と気障に言ったのをずっと覚えていて、言った言葉だと思う。それなのに書かなくなっていた僕は、すなわち才能が途絶えていたということだろう。

Aに居酒屋に誘われて、三時間ほど飲み終えた後、別れ際に、Aは、先の言葉をぽつりと言った。
その言葉を言いたくて、居酒屋に誘ったんだなと、バレバレな感じだった。
少し恥ずかしそうに、それでも厳しく温かく、僕に言った。

あの言葉がなかったら、僕は今も小説を書き続けているだろうか。

 ……

「才能」とは何かなんて、えらそうなことは今の僕には言えない。
それでも、あの頃の僕を裏切らない、あの頃の僕達を裏切らないつもりで、これからもしっかり書き続けていきたい。

 ……

Aの話は、尽きることはないが、また、別の機会にしようと思う。

『もう、さよならは言わない』の刊行について、まだAに報告していない。
今日は、Aの墓所を訪れるつもりだ。