惨劇 | さーくんブログ

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さすらい者の独り言


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フランスで報道関係の会社が襲撃され多数の死亡者が出ると言う痛ましい事件が起きた。


関係者の皆様には心から哀悼の意を表するとともに、ご遺族にも心からのお見舞いを申し上げる。


先に明言しておく。このような事件は決してあってはならない。況してや人命が粗末に扱われる様な


残忍極まりないこんな事は金輪際やめて頂きたいと切に願う。


当然の様に世界各国は元より、この国のマスコミに於いても大方の論法は、狙われたのが週刊誌の


発行会社と言う事もあって、「言論の自由に対するあってはならない暴挙」であると言い、


また「このような卑劣なテロは決して許してはならない」と声明を発表している。


誤解を受けないように予め言っておくが、私はこういった話、つまり暴力的な行為は大嫌いだ。


況してや先程も言ったが、この世で一番尊いはずの人命をまるで虫けらの如く扱う連中に


一切の同情も況してや共感など毛ほども持ち合わせてはいない。


が、ここでちょっと見る眼を変えて頂きたい。確かに今回の襲撃はマスコミに対する、近代国家に於いて


最も尊重されその権利が保護されなければならない言論の自由に対する最低の忌むべき実力行使だ。


これが許されないのは当然である。が、しかし。この会社はこれまでにも数度となく、イスラム教の


預言者の姿を描写する風刺画を記載していたと言う。ある特定の団体や、その考え方について、


理路整然と、それ以外の考え方を持ち出して、それを非難する事は良い。正にこれこそ近世の言論の


あるべき姿であり、その殊勝な姿故に「ペンは剣より強し」とまで言われているのだ。


が、このイスラムの経典に対する挑発をして「言論の自由」であると言えるのか??


当然、宗教観が根底から違うのであるから世界中で衝突は起きる。これに対して「さりとて・・・」と


宗教観を越えた全世界的な人道を論理的に説くのが正に言論に課せられた使命であって、これを


全て野蛮、低俗な物と見下して、こき下ろす姿勢に、ここで言う所の「言論の自由」と言う権利は


保障されるのか??宗教はそれを信じる者にとって全てだ。イスラム教ではその偶像崇拝の禁止から


預言者の姿を描くなどと言う行為は、それこそ万死に値する程の御法度であると言う。


誰でも、私ならこの国の象徴である方や物を揶揄される様な事をされて気持ちの良い物ではない。


家族をはじめ、絶対に守るべきものを馬鹿にされて貶されて汚されて黙っていられる物でもない。


これをして「言論の自由」であるのかについては甚だ疑問である。


しかし、その報復として取り得る行動が間違っている。これは何度も言うが私の価値観からすれば


そうである事に一点の揺らぎもない。例えば、今、私の事を批判している人間の家に私が拳銃でも


持って乱射しに行けば、それは間違いなくただの犯罪であり、社会に対する立派なテロ行為だ。


それこそ弁明の余地はない。が、これもよくよく考えて頂きたいが、多分、この犯罪を起こしたのは


いわゆる「イスラム国」の関係者であろう。であるならば、この事件が起きた国「フランス」は、


このイスラム国に対して二度にも渡る大規模な空爆を敢行している。爆撃機が爆弾積んで飛んでいき


そこでそれを投下して間違いなく多くの施設や人命を奪っているんだ。これは立派な戦争だ。


言い換えるのであればフランスと「イスラム国」と言う団体は現在立派に戦争状態にあるという事だ。


戦争が、ある一定の人間だけで、それもある一定の区域で、まるでルールのあるスポーツ競技よろしく


行われるものであると考えている人がいるのなら、大変申し訳ないが。その甘い考えは即刻


捨てた方が良い。戦争はそんなに綺麗事で済むものではない。確かに、戦争に理想など有る訳もないが


軍人同士だけがある一手の地域で雌雄を決してくれれば良いのであろうが、そんなことある訳もない。


当然軍人を叩いても更なる増員を避けるために次はその予備軍、即ち人民を叩くに決まっている。


先の大戦に於いても一体どれほどの我が国民が無差別な空襲や、挙句全く人の所業とも思えないような


無慈悲極まりない原爆の犠牲になったか、それは我々が一番知っているはずだ。


これは決してテロではない。戦争なんだ。戦闘状態にある国家間で「ハイこれは駄目」なんてルールが


あるものか。それこそ何でもありだ。そりゃそうだろう。現にフランスも空爆を行って少なからず


一般の市民を巻き添えにしているはずだ。我が国も含めて多くの国の指導者が


「このような卑劣なテロは断じて許さない」と言っている。が、私が言いたいのは違うのだ。


これは立派な戦争状態であって、そのもとではこういった事は起り得る話なのだ。ただ、それを


認めてしまえば何かと政権運営に支障が出るので、この戦争による犠牲者を「テロの犠牲者」として


扱い、国民を欺いているという事なのだ。いかなる大義を振りかざそうとも、また国際貢献を


唄ったことろで、相手にしてみればそれなりの道義だって当然あるんだ。その衝突の帰結が戦争だ。


そこに突入はするのだ。戦争である以上、こういった被害が思いもしない所で出る事は、言い方には


大変語弊があるが、ある意味止むを得ない。何度も言う。だってそれこそが戦争なのだから。


ならば、国民は知るべきだ。こういう事になればどんな綺麗事を並べてもその国民に被害が出る事を。


これは決してテロの被害ではない。戦争の代償だ。


私は決して国が軍事力を増す事も、また説得止む無く他国と戦争に突入する事も、決して悪いと


言うつもりは更々無い。座して、私個人は兎も角、家族や子供達が死を迎える等真っ平御免である。


が、だだそうなるのであれば当然の様に我々すべてに選択の余地を頂きたい。覚悟を決める為だ。


これを唯曖昧に言葉を誤魔化して「テロとの戦い」や「現在行っているのは国際貢献」等と言う


手前味噌な言葉でオブラートに包んで隠して、国民を騙して頂きたくはない!!


再度言う、こんな惨劇は絶対にやめて頂きたい。が、これは卵が先かニワトリが先かってな話ではない。


全て戦争の帰結である事を、今後の事を見据えれば我々ももっとよく考えるべきである。


「戦争に巻き込まれるなんて事はない」は時の為政者の詭弁だ。これは絶対あり得る。


その上で今後この国がどうあるべきかを、国民に冷静に問うべきだ。


今回の惨劇は決して対岸の火事ではない・・・

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