興味深い展覧会です。是非観賞してみたいと思いました。

 皆様は学校で歴史を履修なさいましたか。僕は小学校6年生から高校3年生まで,中学3年生と高校1年生の2年間を除いて毎年学校で歴史を学んでおりました。具体的には小学校6年生で日本通史を,中学校では1~2年生と2年間を掛けて日本史と世界史との入り混じった「歴史」という科目を,そして高校では2年生で世界史・3年生で日本史をといった感じです。僕は幸運にもというべきか小学校の授業で既に歴史好きになっていたので,内容的には重複するものの繰り返すたびに高度詳細になっていく歴史の勉強が大好きでした。今も僕は日本史と世界史とを問わず,歴史についての本を読むのを大きな楽しみにしております(๑•ᴗ•๑)

 さて,歴史を学ぶに際しては現存する遺物や歴史的事件の場面などを視覚資料として活用出来れば,理解も進む上に頭に入り易く記憶もし易くなるというのは皆様にも直感的にご理解頂けることだと思います。そういう効果を狙ってのことでしょうか,中学でも高校でも教科書の他に「資料集」というものが渡されて,それには数多くの写真が掲載されていました。今に残る碑文や美術品や建造物,そして人物の肖像写真や歴史的場面の写真など。僕も大いに活用させて頂いたものです。
 しかし遺物はともかく,人物や歴史的事件で写真に残っているのは当然ながら写真発明後の事件に限られます。古代や中世の歴史的事件やその関係人物の写真などというものは残っている筈がありません。このため日本史でも世界史でも,資料集には歴史的場面を描いた絵画が随分と掲載されていました。その中には元寇について描いた「蒙古襲来絵詞」(意外にも,世界史の資料集にも掲載されていました)のようにリアルタイムで描かれたものもありますが,多くは後の世になってから宗教画や歴史画として描かれたものでした。たとえばレオナルド・ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」やジャン=レオン・ジェロームの「カエサルの死」,アレクサンドル・カバネルの「死刑囚に毒を試すクレオパトラ」などなど。近世になるとリアルタイムで制作された絵画が紹介される事例が増えますが,それでも「写真が無いので絵画」という事情は似たようなものです。ジャック=ルイ・ダヴィッドの「サン=ベルナール峠を越えるボナパルト」や「皇帝ナポレオン1世の戴冠式と皇妃ジョゼフィーヌの戴冠」などなど。そしてその状況は写真発明後も暫くは同じです。写真技術が発明されたのは1827年というかなり古い時代のことでしたが,初期には8時間もの露光時間を要しましたし,1840年代に発明された「カロタイプ」という新式の写真でも露光時間には1分程度を要したので,これでは特定の事件を撮影して後世に残すなどということが出来よう筈もありません。またそもそも当時は「写真に撮影して残す」という発想自体が殆ど無かったということもあるでしょう。

 我が国の在り方を形作った1867(慶応3)年の大政奉還もまた,写真が存在しないので代わりに絵画が紹介される大事件です。当時既に日本にも写真は存在し,大政奉還を行った当の本人である徳川慶喜の肖像写真なども現存してはおりますが,京都・二条城で行われた幕閣や大名への大政奉還伝達を撮影した写真は無いので,資料集には絵画が掲載されています。資料集のみならず小学校の教科書にも紹介されていたので,僕もその絵は今までに何度も目にしているところです。皆様もきっとご覧になれば「あぁ,あの絵か」と仰るに違いありません。しかし今まで僕は「この絵を描いたのは誰か」という,本来であれば当然興味を持って然るべき事柄を考えたこともありませんでした。作品があまりに有名過ぎて,また絵画というよりも歴史資料だと思って見ていたので,そういう発想を持てなかったのでしょう。実は邨田丹陵(1872~1940)という日本画家の作品だったのだということをこちらの記事で初めて知った次第です。邨田は考証面でも正確な絵画を描く歴史画家として大活躍した人でしたが,人間の内面描写や抽象的な表現などにはあまり関心を持たなかったが故に存命中既に画壇でも時代遅れの存在となり,半ば引退して晩年は菊の栽培などに熱心に取り組んでいました。しかし明治神宮(聖徳記念絵画館)への奉納のために徳川慶光公爵(慶喜の孫)から依頼を受けて1935(昭和10)年に制作したのがかの有名な絵画「大政奉還」なのだそうです。
 その邨田丹陵の初の回顧展が,東京・立川の「たましん美術館」で開催されています。こちらの記事でも彼の作品が幾つか紹介されています。「春夏秋冬人物図」「子ノ日小松曳図」「碧蹄館勇戦図」「雪中梅」「大宮人」など,いずれも小さな写真で観るだけでも風格や品位が感じられ「きっと力のある画家だったに違い無い」と感じさせられます。これまで絵画として捉えたことの無い「大政奉還」も改めて写真で確認してみると遠近法の的確な活用もあって画面全体にただならぬ緊迫感のようなものがあると思うようになりました。邨田とは一体どのような画家で,彼の作品とはどんなものだったのか。是非実際に観てみたいと思われてなりません。

 2024(令和6)年3月31日まで開催中の展覧会「邨田丹陵-時代を描いたやまと絵師」,是非時間を作ってお邪魔してみようと思います。立川には今まで美術鑑賞に赴いたことは無く,そんな意味でも何だかととても楽しみに感じられてなりません。



【レビュー】「大政奉還」を描いた知られざる画家「邨田丹陵-時代を描いたやまと絵師」たましん美術館(東京・立川)で3月31日まで

https://artexhibition.jp/topics/news/20240213-AEJ1863287/