私たちsakaguraは絵本専門士2人のユニットです。働く大人にも絵本を届けたいと願い、活動しています。はじめましての方は、こちらをご覧ください音譜

 

 

 

2017年8月にこのブログを開設してから2022年7月まで5年間書き綴ってきた、絵本のブックレビュー。しばらくお休みをいただいていましたが、今日は久しぶりのブックレビューをお届けします。

 

むらさき音符むらさき音符むらさき音符むらさき音符むらさき音符むらさき音符

 

 

2月になりました。暦の上では立春ですが、まだまだ冬は続きます。

 

今日は「手ぶくろを買いに」をご紹介します。原作は新美南吉の童話。黒井健さんの素晴らしい絵が添えられて、絵本になっています。

 

 

 

「手ぶくろを買いに」

新美南吉=作 黒井健=絵

偕成社 1988年

 

 

 

 

雪が降った日。はじめての雪に手が冷たいという子狐に、母狐は手袋を買ってやりたいと思います。キツネの親子は連れ立って街へと出かけていきます。しかし街が近づいてくると、人間に追いかけられた記憶のある母狐はどうしても前へ進めなくなってしまい、子狐を一人で街へと送り出します。片方の手を人間の手に変えて、姿はみせずにその手だけを見せて手袋を買っておいで・・と。子狐が一人で帽子屋を訪ね、手袋を買って帰るまでを描いています。

 

こちらにも体温が伝わってきそうなキツネの親子。雪に包まれた茫漠たる草原。家々から灯りがもれる夜の街並み。絵の優しい色合い、丁寧な筆致が、読み手の想像力を広げてくれます。

 

絵本のカバーには

 

「新美南吉がその生涯をかけて追求したテーマ『生存所属を異にするものの魂の流通共鳴』を、今、黒井健が情感豊かな絵を配して、絵本化しました」

 

と記されていました。

 

なるほど、キツネの世界と人間の世界、ふだんは離れて存在する二つの世界が交錯する物語が、絵でも巧みに表現されています。キツネの世界は、月明かりや雪の反射の柔らかな光に照らされる自然の情景として、人間の世界は、オレンジの暖かな灯りが満ちる建物で表現されています。お店の戸口の雪の中にたつ子狐が、明るい店内へ手を差し出す場面は、まさにキツネの世界と人間の世界が交わった一瞬です。

 

それがキツネだと知りながら、帽子屋が手ぶくろを売ってあげること。帰り道に耳にした人間の母親の歌声に、子狐が聞き惚れること。『生存所属を異にするものの魂の流通共鳴』を思わせる温かいエピソードで、物語が運ばれます。

 

絵は、全編を通じて狐たちを俯瞰する視点で描かれていますが、街に近づいて母狐の足がすくんでしまう場面は違います。この場面だけは、街を遠くに眺めるキツネの視点から描かれているのです。ここでキツネの視点からの表現をすることで、子狐を心配しながらも怖くて人の世界に近づけない母狐の心の葛藤に寄り添っている印象を受けました。

 

この物語が刊行されたのは1943年、いまから80年以上前。冬眠せずに街へ出て来る熊が問題になるなど、当時以上に人間と自然との関係が問われている今、『生存所属を異にするものの魂の流通共鳴』を問うこの絵本を、手に取って味わっていただきたいと思います。

 

新美南吉は、1913(大正2)年、愛知県知多郡半田町(現在の半田市)に生まれの児童文学者。初めての童話集を出した翌年(1943年)に29歳でこの世を去りました。代表作に「ごんぎつね」「手袋を買いに」「おじいさんのランプ」など。黒井健さんは、1947年、新潟県新潟市生まれ。神奈川県川崎市在住の絵本画家・イラストレーター。新潟市立中央図書館こどもとしょかん名誉館長も務められています。いずれも、ゆかりの記念館や絵本ハウスがあります(下記URL)ので、ご覧になってみてくださいね。

 

▪️新美南吉記念館 

 

 

▪️黒井健絵本ハウス