私たちsakaguraは絵本専門士2人のユニットです。働く大人にも絵本を届けたいと願い、活動しています。
「はじめてのおつかい」筒井頼子さく 林明子え 福音館書店 1976年
先日、お友達と会っていたら
「小さい頃『はじめてのおつかい』がすっごく、すっごく好きだった〜〜!!」
という話をしてくれました。その熱のこもったようすに、子どものころ好きだった本の話をするって楽しいなあと改めて思いました。
子どものころ大好きだった1冊には、その人にとって大事ななにかがきっとつまっていると思うので、「この本のどこが私の気持ちに響いたのかな?」と考えてみるのも楽しいですね
そんなことがあって、今日は「はじめてのおつかい」を取り上げます。
キッチンの風景からお話が始まります。テーブルクロスがかかったテーブルを中心に居心地よさそうなキッチンですが、お鍋が吹いていたり、掃除機が出しっ放しだったり、赤ちゃんが泣いていたり、お母さんがいそがしくて、てんやわんやしている雰囲気も伝わってきます。みいちゃんはお母さんにおつかいを頼まれます。5歳の女の子みいちゃんが、はじめてひとりでおつかいに行って帰ってくるまでを描いた絵本です。
林明子さんの温かくて親しみやすい絵の中には、たくさんの工夫と情報が入っています。
第一に、映画のカメラワークのような、視点の展開。
歩いていくみいちゃんを遠景から描くことで、みいちゃんにとっての距離の遠さを、読者に伝えています。みいちゃんが坂道で転ぶ場面ではみいちゃんにとっての坂道の難しさを、また、みいちゃんがお店のおばさんに声をかける場面ではお店の暗さや大きさを、読者にも感じさせるような視点から場面を切り取っています。
第二に、人物の表情。顔が見えている場面では、少し大げさなくらいわかりやすく表情豊かなのですが、あえて表情を見せないことで、緊張感や不安感を伝える場面を作っています。
例えば、みいちゃんがおつかいをたのまれて出発して歩き出すところまでは、みいちゃんは横顔しかみえず表情がわかりません。そのことで、読者は、みいちゃんの緊張した面持ちを自然と想像してしまいます。お店にたどり着いたみいちゃんは必死でお店のおばさんに声をかけるですが、なかなか気づいてもらえません。そこでは、おばさんの表情は画面の外にあって描かれておらず、みいちゃんの不安がより強く伝わってきます。
第三に、林さんのユーモアが絵の中に表現されています。
例えば、このお話にお父さんは登場しませんが、みいちゃんの家の表札は「尾藤三」(おとうさん、て読むのでしょうか?)。道端の掲示板には「えのきょうしつ まいしゅう土ようびにおけいこしています。せんせいは はやしあきこ」(林明子さん自身のことかしら?)。「もえないごみは火ようびに」(燃えないゴミと火?)。電柱には「くすりはきくや」(効くや?)。絵本専門士の講座に通っていたころに、この本が講座でもとりあげられて、講師がこういうユーモアの種明かしをして下さり、わたしもびっくり。張り紙など絵の細かい部分まで見て、林さんのユーモアに気づいて、ついつい人に伝えたくなりますね
こんなふうに、絵本ならではの、絵の工夫、絵の読み解きの楽しさがつまった本ですので、ぜひ一度手にとってみてください。
素直でやさしい文章は、ちりんちりん、どきんとして、ぴゅるーんと、すってーん!・・・と、魅力的なオノマトペがたくさんたくさん使われていて、生き生きと心に届いてきます。
文章を書いた筒井頼子さんと絵を描いた林明子さんは、ともに1945年、東京都生まれ。この本のほかにもお二人で「あさえと ちいさいいもうと」「いもうとのにゅういん」などの絵本を作られています。
1976年、昭和51年出版。はじめてのおつかいにどきどきする子どもの気持ち、心配しながら見守るお母さんやお店のおばさんなど大人の気持ち。いつの時代にも共感されるテーマを丁寧に描いているからこそ、長く読み継がれているのだろうなと感じています