全てに感謝 不登校だった息子達ありがとう

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数日前の早朝


我が家の長男が帰省してきました。




夜行バスで帰ってきたから

ものすごく寝不足だったらいけど、


帰宅後すぐに、自動車教習所の

学科試験を受けに

出かけていきました。



他県の教習所を卒業したら

最後の試験は

住民票がある所で受けるらしい



そして見事合格して


運転免許証を持って

その日の夜に帰ってきました。





そしたらね、その日の夕食後


長男がこう言い出したの。


スーパーまでお菓子買いに

車で行って練習したいから

ついてきてよ。



え〜やだよ〜


お母さん怖いよ〜


と散々ごねたんだけど


長男に押し切られて

自宅から100mくらいの所にある


超近所のスーパーに

わざわざ車で出かけました。




実はね

ナイショでこっそり


長男が運転してる間

動画を撮ってたの。


初運転の記念と思って!



そんでね


今、それ再生して聞いてみたの。


そしたら

長男の運転模様というよりも


まぁ、私が大声で


ワッハッハ〜!とバカ笑いしたり


怖いよ〜!と叫んだり


うるさいおばさんの動画なだけ(笑)




でもね


ほんと、私、思いっきり

笑って、叫んで


メッチャ幸せそうな人に映ってたの。



あ〜私、子供の運転する車に

初めて乗って


嬉しかったんだな〜


大人になっていく長男を感じて


幸せなんだよな〜


って画面越しにしみじみ感じました。





私の長男の子育ても

もう終わり。


今日

長男は20歳になりました!





中学で重度の体調不良となって


不登校になって


引きこもりになって


高校進学やめてお家生活して


その後、高校進学して


元気に復活したと思ったら


最後の一年はまた体調不良になって


そして


また復活して


大学受験して


地方で一人暮らしを初めて


そして


今日、20歳になった長男。



人生はがあってがある。


どこを歩いていても


それが楽しくても、辛くても


それは大切な人生の一部。



山も谷も


人生には必要な道。


このうるさいおばさんの動画を


あのドン底の谷にいた

昔の私がみたら


なんて思うんだろう?



あ〜いま、この苦しみは

あの幸せの為の道のりなんだね。


あの幸せに辿り着くために

必要なんだね。


そう言ってくれるのかなあ、、、。




メンタルがドン底になった時は


例えば、こんな風に


未来の自分から


もしくは


宇宙の高い場所から


自分を眺めてみてほしい。



あ〜苦しいんだね〜。


あ〜悲しいんだね〜。


でも、大丈夫だよ。


それは全て

必要だから経験してる

だけなんだからね。




そんな風に


自分を他の場所から


客観的に眺めれるようになって


どんな経験も


必要だからしてるだけって


そんな風に腑に落ちると、


子供に向ける意識も


自分に向ける意識も


ずっと軽くなるんじゃないかなぁって


思うんです。




辛い時って

トンネルの先が見えないよ〜


って悲しくなっちゃったり

どうしてもしちゃうけど、


先の光が見えることに

フォーカスしないで、


今、いる場所

フォーカスして、


今、いる場所にこそ

意味があるってことに

気づくことこそが


実は


トンネルを抜ける近道

繋がることなんじゃないかって


うるさいおばさんの動画をみて


ふと感じました。




そして、今日は


次男の誕生日でもあるんです。


兄弟同日、誕生日



長男くん、次男くん


二人でうちに来てくれて


私の所を選んでくれて


ありがとう!











〇〇ちゃんは

いつも、気にしすぎなのよ。

 

そんなに、いつまでも

悩んでも仕方ないんだから。

 

神経質過ぎるのよ。

 

 

これね

誰に向けられた言葉かといったら

 

それは、!!

 

私が子供の頃から

お母さんや姉達に

 

よ〜く言われてた言葉。

 

だからね

 

私は私に

 

ずっとこんなレッテル

貼ってたの。

 

 

私は神経質で

いつも細かいことを

ぐずぐず悩む

めんどくさい子供!

 

だから、

そんなレッテル貼った自分を

 

素敵な子供

 

とは、

 

昔は全く思えなかったの。

 

 

 

今から思うと

 

単に私が

 

繊細な気質を持った子供

 

だっただけなんだけどね。

 

 

 

最近では

 

繊細さんについての本なんかも

沢山出版されてるから

 

ある程度の認知が世の中でも

されてきたと思うんだけど

 

当時は、

 

私も家族も

私のことを

 

神経質で

色んな事を気にしすぎる

めんどくさい子

 

としか認識してなかったな〜。

 

 

 

うちの長男が

 

私と同じくらいの繊細さん

 

 

不登校になる子のパターンとして

 

この気質を持ってる子が

 

多いんだろうなぁと思う。

 

色んな事が見えすぎて

色んな事を感じすぎて

 

沢山受け取りすぎて

 

疲れ果てるパターンね。

 

 

でもね

 

今になって考えてみると

 

この気質もってるの

 

疲れるだけじゃなくて

いい事にも繋がる事もあるの。

 

 

 

 

私の子供の頃の話なんだけど、、、

 

小学校低学年の時

庭で一人で遊んでたの。

 

そしたら、見知らぬスーツきた

おじさんが

 

門から声をかけてきたの。

 

お嬢ちゃん、一人なの?

 

お嬢ちゃんの家の電話

貸してくれない?

 

こんな風に話しかけてきた。

 

 

 

私はその時、

 

この人は本当のことを

言ってない

 

この人は違う事を

心の中で思っている人だ

 

と、何故かそう感じて

 

そのおじさんに向かって

こう答えたの。

 

うちには電話はありません(大嘘)

 

向こうの八百屋さんで

電話は借りて下さい(あるかどうか知らん)

 

そう言うと

おじさんは一旦、うちから

離れていったの。

 

私はすぐに、家の中に入って

鍵を閉めたの。

 

そしたらね

半透明の引き戸の扉の向こうに

 

おじさんが戻ってきたのが

透けて見えて

 

うちのその引き戸を

開けようとしたの。

 

ガチャガチャ!って。

 

もしも、あのまま

おじさんにトイレを貸していたら

 

もしも、あのまま

ドアの鍵を開けたままにしていたら

 

そんな想像をすると

ちょっと怖くなっちゃいました。

 

こんな

私の子供の頃の

怖い体験を

 

ふと、思い出しました。

 

 

 

 

他人が考えていることを

無意識に感じとっていた事

 

いま、考えてみると

色んな場面であったな〜と思うけど

 

こんな風に

 

不審者の撃退もできたし

 

学校の先生の意図も

汲み取れたから

成績も良かったし

 

友達との付き合いも

うまくバランスもとれたから

誰かしら友達が周りにはいたし

 

私が生きてきた中で

 

繊細な気質は

 

自分の生きる武器にも

なってたんだな〜って

 

今はそう思う。

 

 

 

つまりね

 

何が言いたいのかっていうと

 

あなた神経質だよね〜

 

とか

 

あなたマイペースだよね〜

 

とか

 

他人からレッテル貼られても

 

それを

 

自分でも貼る必要なんて

ないんだってこと。

 

あなたからは

 

神経質に見えるんだね

 

マイペースに見えるんだね

 

あなたはそう感じるんだね〜

 

で、おしまい!!

 

 

 

こんな自分はダメなんだとか

 

自分で自分を

 

貶めることをしなきゃいいだけ。

 

 

 

 

私の場合でいえば

 

神経質=めんどくさいダメな子

 

という認識を無意識にしてたのを

 

やめればいいだけ。

 

神経質=色んな事を気付ける便利な子

 

という認識にチェンジすれば

いいだけってこと!

 

 

 

どんな気質も

 

いいところがあるし

 

悪いところがあるし

 

 

繊細だろうが、

 

マイペースだろうが

 

豪胆だろうが、

 

空気が読めないだろうが

 

どんな気質も

 

髪の毛が黒いか茶色か

 

背が高いか低いか

 

位のただの

元々持ってるだけのもの

 

って思っておけば

いいんじゃないのかな〜

 

 

 

もしも今

 

自分の子供や自分自身に

 

色んなレッテル貼りたくなったら

 

そのレッテルは貼る必要ある?

そのレッテルは本当にダメなの?

 

って、一旦考えてほしいなぁって

 

昔の自分のの武勇伝を思い出しながら

 

思った私でした!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私の働いている小児科は

 

ここのところ

 

発熱のお子さんが

毎日沢山いらっしゃるので

検査依頼が殺到してるし、

 

おまけに

子供のコロナワクチンも開始されて

 

本当に

目の回る様な忙しい毎日で

アラフィフの私としては

体がなかなか辛いです(笑)

 

 

 

やっぱり

大切な子供が発熱したり

具合が悪くなるのって

 

親にとっては

本当に心が揺さぶられるし

 

どうにか

楽にしてあげたくなりますよね。

 

 

こうやって

子供たちは

親の愛に守られて

 

大きくなっていくんだな〜

 

って、

 

この殺伐とした仕事場の中で

ふと思いました。

 

 

 

 

 

この愛は

大きくなったら

記憶には残っていないかもしれない。

 

 

 

でも

どんな人にも

 

どんな形であれ

 

子供の時に

大人から受け取った愛が

あるんだろうな〜

 

そして私も

 

ずっと親から

欲しい愛をもらえなかったって

拗ねてたけど

 

記憶にはなくても、

 

きっとこんな風に

親に守られて

親から愛を受け取ったんだろうなぁと

 

そう思えてきた

そんな私がいます。

 

 

 

 

 

生まれ育った環境は

 

人によってそれぞれで

 

それが客観的には

 

素敵なもの

見える場合もあるし

 

素敵でないもの

見える場合もあると

思います。

 

 

 

 

それによって

そこで育った人は

 

幸せだったと感じる人もいれば

 

辛かったと感じる人も

 

いるんだと思います。

 

 

 

 

生まれ育った環境は

 

それぞれの学びだったり

 

それぞれの使命だったり

 

目には見えない色々な意味

 

あるんだと思います。

 

 

 

でも

 

実際にそこで育った人にとっては

 

そこに目を向けることは

なかなか難しいだろうし

 

多くの人は

 

自分が感じてきた感情で

 

自分の幸せを測ります。

 

 

私は幸せだった。

 

私は不幸だったと。

 

 

 

 

 

今の自分が

 

過去の自分をそんなふうに

 

ジャッジしちゃっても

 

それは仕方ないことだし

 

ただ、

 

その感情を受け止めてあげれば

 

いいだけだと思うんだけど、

 

ただ

 

これだけは言えるんじゃないかって

 

思うんです。

 

 

 

今、生きてることこそが

 

自分が誰かから

 

愛を受け取ったなのだって。

 

 

 

 

 

 

 

人が大きくなるには

 

お腹がすいたら

食べなきゃならないし

 

病気になったら

治さなきゃいけない。

 

今、生きてることは

 

そういったことを

誰かの手によって

してもらったっていう証なんだと

 

そう思うんです。

 

 

 

誰かに

食べさせてもらったり

 

 

誰かに

住む場所を用意してもらったり

 

 

誰かに

近くにいてもらったり

 

 

誰かに

見守られたり。

 

 

 

 

 

自分が大事にされたとか

 

自分が愛されたとか

 

そんな記憶はなくても、

 

 

 

今、生きてるだけで

 

誰かから

 

愛を受け取ってきたって

 

ことなんだろうと

 

そう思うんです。

 

 

 

だから

 

あ〜私は

 

誰かから愛をもらったから

 

今、生きてるんだ。

 

 

そう感じることができさえすれば

 

きっと

 

どんな人も

 

心に灯りがともるじゃないかって

 

 

殺伐とした仕事場の中で

 

こんな気持ちが湧いて

 

少し元気になった

 

アラフィフのつぶやきでした!

 

 

 

 

 

 

我が家の長男と次男が

不登校が始まったばかりの頃

 

朝、起きない子供

 

勉強しない子供

 

夜、寝ない子供

 

学校に行かない子供

 

こんな子供を見つけると

 

心のザワザワさんが

止まらなかったの。

 

 

 

そして

そんなザワザワがある時は

 

子供に、本当は

 

ああしてほしい

 

こうしてほしい

 

そんな風に

子供を動かしたくなる気持ちが

メッチャ沸いていた時だったから、

 

その時、私の得た

不登校児に対する対応の知識を

目いっぱい駆使して

 

お口チャックね!

 

と自分を戒めて

 

口を手で押さえたの。

 

 

 

これね

 

不登校の子供を持った経験のある人は

 

必ず通る道だと思う。

 

 

子供に登校刺激を与えちゃだめ!

 

子供が充電できるよう

ゆっくり過ごさせとあげなきゃだめ!

 

だから

 

子供にしてもらいたい事

た〜くさん、あるけど

 

言わないで我慢しなきゃだめ!!

 

ってね。

 

我慢、我慢!

 

こうやって

 

我慢の日々を過ごしていくと

 

子供は、

 

親からあれこれ言われない分は

多少は楽になるんだろうって

思うんだけど

 

それでも、やっぱり

 

体調があまり良くならなかったり

 

元気がなかったり

 

そしてもちろん

 

学校にも行く気配さえない日々が、

続いちゃうんじゃないかな〜って

 

我が家の経験からも、そう思う。

 

 

必死に言いたいこと我慢して

 

お口チャックね!

 

って必死に、手で口を抑えてたのに

 

あれ?

なんで子供は動きださないの?

 

あれ?

なんで子供は元気にならないの?

 

あれ?

黙って待てばいいんじゃないの?

 

じゃあもう

どうすりゃいいの〜?

 

我慢して

黙って

待ってるしかないの〜?

 

と呆然としちゃったり

するんじゃないかな〜と思うの

(経験済みね❗️)

 

↓こちらも関連記事

 

 

 

子供が動き出すまで

 

言いたいことは我慢して

じっと待つ!

 

 

これの何があかんのよ?

と思う人が、けっこういるんじゃないか

って思うんだけど

 

そのじっと待ってる時

 

親は子供をずっと

 

じっと見て

 

じっと監視してるんですよね。

 

 

 

 

今日は早く起きたな〜

今日はご飯食べたな〜

今日は少し機嫌がいいな〜

今日は夜、寝ないな〜

 

まだかな〜

まだかな〜

どうかな~

そろそろかな〜

もうすぐかな〜

 

・・・・・

 

 

どんだけ監視しとんねん!

観察日記でも、

つけるつもりかい!!

 

これは、

過去の私への突っ込みね(笑)

 

 

こんな風にね

黙っているのは口だけで

 

実は

 

意識はずっと子供に向け放題なのよ。

 

言わなきゃいいのでは

ないんです。

 

 

子供を監視し続けてると

 

言葉は言われてなくても

 

それ以上に

 

子供にマイナスな意識が向けられてるから

 

子供は言葉以上に不快を

受け取っちゃってるんです。

 

 

 

その向けられてる意識は

 

早く動けよ!

コントロールの意識だったり

 

こんなあなたじゃダメだよ!

否定される意識だったり

 

そんな、マイナスの意識だから

 

言葉じゃなくても

 

そのマイナスの意識を受けとった子は

エネルギーを奪われちゃうから

 

そりゃあ子供は

 

動けないままになっちゃう訳なのよ。

 

 

 

 

お口チャックね!

 

って我慢して頑張っていたのにね。

 

悲しいですよね、、、。

 

 

 

 

じゃあ、どうすりゃいいの?

 

って事なんだけど

 

それは

 

お口チャックしなきゃいいんです!

 

間違っちゃいけないのは

 

チャックしないで、言う相手は

 

子供じゃなくて

自分に言うんです!

 

子供を動かしたくなった

自分の気持ちを

聴いてあげるんです!

 

 

 

なんで、

動いてほしいの?

 

どうなりそうで

不安なの?

 

世の中のレールから

外れること?

 

優等生じゃなくなること?

 

何が怖いの?

 

それが起こると

本当に大変なことになるの?

 

自分の価値観は

本当に正しいの?

 

 

 

こうやって

 

お口チャックして

ぎゅうぎゅう抑えてこんでた

自分の不安を

チャックしないで

 

ちゃんと聴いてあげるんです。

 

 

自分の気持ちに

蓋をしないで

 

ちゃんと分かってあげることが

 

とっても、とっても

大事なんですよね、、、。

 

 

 

そっか

普通じゃなくなる気がして

怖かったんだね。

 

そっか

優等生じゃなくなると

幸せから遠ざかると

思っちゃったんだね。

 

そっか

子供のために

自分が頑張らないといけないと

思っちゃったんだね。

 

 

 

自分がどうして

ザワザワしちゃったのか?

 

こうやって

 

自分の不安の中身をみて

その理由を探っていくと

 

自分の中のルールや制限が

見つかるんです。

 

 

子供への不安は

実は

自分への不安

 

子供への恐怖は

実は

自分への恐怖

 

不安の中身を見ていくことを

どんどん深くしていくと

 

自分の捉えグセやブロック

分かってきて

 

そのブロックを解消すると

 

その不安やザワザワが

無くなっちゃうんですよね。

 

これは、なかなか自分では

 

難しいのかなぁって思うので

 

そんな時は

 

宣伝を頼まれてもいませんが

 

こちらがおすすめ(なんと今日までの募集)

 

 

 

なのですが

 

ここまでやるのはって人は

 

まずは

 

子供の観察日記をつけるのは辞めて

 

自分に集中してみると

いいと思うんです。

 

 

 

ご飯食べに行ったり

 

おしゃべりしたり

 

趣味に没頭したり、、、

 

これやってると自然に

日記つけるのをやめられるから、

 

子供への不要な意識が

減るんですよね!

 

 

自分も楽しめるし

 

子供も楽になるし

 

お得!!

 

 

 

自分に意識を向けて

 

自分が楽しんで過ごしていくことが、

 

子供が、そして自分が

 

幸せになる地道ですよ!

 

 

ちょうど、

2年前の2月25日

 

私は

 

長男と一緒に新幹線に乗って

 

大学の二次試験を受けに行ったな〜

 

って、ニュースを見て

 

思い出しました。

 

 

 

 

私がついて行ったのは

 

その試験会場のある地域が

 

私の大学の時に過ごした場所だったので

 

長男に付き合うからと言いつつ、

 

それを口実に

 

久しぶりに思い出巡りの

 

一人観光に行きたかったからだったの。

 

 

長男の受験が終わるまでの時間を使って

 

一日かけて

 

行きたいところを全て回ろうと

 

事前に色々(ひとりで)計画してたから、

 

行く前までにかなり楽しめた!!

 

 

でもね

 

目的は、やっぱり

 

長男の大学受験だったし

 

そりゃあ、私も長男に

 

大学に受かってほしいと思ってたから

 

2月25日といえば

 

学問の神様と呼ばれる天神様

菅原道真公の命日じゃないの!

 

 

 

 

ということで

 

私も受験生の母らしく

 

長男と現地で別れて

 

大学時代の思い出がつまった

 

天神様に

 

朝一番にお参りにいったの。

 

 

梅満開!

 

 

 

 

そしたらね、

 

ものすご〜い沢山の人がいたの。

 

 

しかも

 

ほとんどが

 

私と同じくらいの歳の方。

 

つまりね

 

受験生の母だらけ!!

 

 

 

中には、夫婦揃っての方もいたし

 

とにかく

 

たくさ〜んの

 

受験生の親

 

超真剣な眼差しで

 

お参りにきてたの。

 

 

一人、一人が

 

壮大な儀式をするかのごとく

 

じっくり、ゆっくり

 

天神様に向かって

 

祈る!祈る!祈る!

 

ど〜かお願いします!

 

ど〜か、ど〜か!!!

 

 

 

私みたいに

 

観光気分の人が

 

いたら申し訳ないような

 

気持ちにさえなっちゃいましたね。

 

 

 

でもね、

 

その光景が

 

その当時の私には

 

いい光景には

 

映らなかったんですよね。

 

 

なんか、こわっ!

 

親の願いが渦巻いて、こわっ!

 

 

そんな風に感じて

 

何か、嫌なものでも見たような

 

そんな気持ちになっちゃったんです。

 

 

 

 

そんなに超真剣に

 

神様に大学受験合格を願って

 

そんなに子供を

 

自分達の願い通りにしたいんだね。

 

 

当時の私の目には

 

その人達が、

 

強欲な親の姿に見えて

 

晴天の真っ青な空

 

ドス黒い欲望の渦

 

巻いているように見えたの、、、。

 

 

私は違う!

 

あの人達とは違う!

 

子供が高学歴とか

 

子供を思い通りにとか

 

そんな、酷い親じゃないからね!!

 

 

 

そんな風に

 

冷めた視線を向けてたなぁ、、、。

 

何なの、あれは!

 

 

 

今、考えてみると

 

それね

 

自分の姿を

見たくなかったんだよね。

 

あ〜残念(笑)

 

 

自分の中にあった

 

子供を自分の思い通りに

 

コントロールしたかった

 

黒い、かつての自分

 

見たくなかっただけだった!

 

 

相手はね

 

自分の鏡なんですよね

 

自分の姿を映し出してる鏡

 

 

そんな自分がいたことを

 

見たくなかったし

認めたくなかった

だけだったんだな〜って

 

一年後の私は

思っています、、、。

 

 

 

 

 

 

 

でもね

 

子供に高学歴であってほしいとか

 

子供に合格してほしいとか

 

子供に

ああであってほしい

こうであってほしい

って

 

そう願うのは

親の自由

 

そう願うのも

紛れもない

親の愛なんですよね。

 

 

 

親がどう思おうが

 

親がどう願おうが

 

子供がどう思おうが

 

子供がどう願おうが

 

それぞれの自由なんですよね。

 

 

 

 

それを、その通りにしようと

 

相手に強要したり、

 

否定したり

 

そんな事さえしなきゃ

 

何思うのも、自由ですもんね!!

 

 

あたなは、あなた

 

私は、私の

 

いわゆる

 

境界線さえ引けてればって事ですね!

 

 

 

それに気づいた今

 

当時の天満宮の光景を

再度思い出すと

 

みんな、

子供を愛してるんだな〜

 

みんな

全身全霊で

子供を守りたいんだな〜

 

って

 

見えた景色が

昔とは違うものに

変わっていました、、、。

 

 

 

 

私もようやく

 

膨大に抱えてた

子供への罪悪感

 

手放すことができるように、

なってきたんだな〜と

 

しみじみ感じた2月25日でした。

 

 

 

 

 

それでね

 

その日にね

 

何にもしないのも

勿体ない気がして

 

私も皆さんを見習って

絵馬を買ったの。

 

その絵馬に

 

私は

 

必勝合格!合格祈願!

 

とは書かないで

 

こう書いたんです。

 

 

最善の結果を!

 

 

失敗してもいい

 

成功してもいい

 

どんな経験も

 

きっと

 

長男の為になるはず

 

だから

 

どんな結果でも大丈夫!!!

 

 

そんな気持ちを込めたんです。

 

 

 

 

 

どんな結果でも

 

どんな子供でも

 

全部、受け止めれる親になりたかった

 

その時の私。

 

 

それは

 

今も変わらない私の願い。

 

 

 

どんな子供も

 

どんな私も

 

全部オッケー!

 

全部大丈夫!

 

 

 

昔も今も

 

それが私の目指す場所です!

 

 

 

 

だから

 

今日、大学受験をした子も

 

今日、大学受験しなかった子も

 

 

全部オッケー!

 

全部大丈夫!

 

そんな意識を

 

今日を終えた子供たちに

 

送りたいな~と思いました!

 

中学二年生の次男は

今日、やっと期末テストが終わって

 

ゲームだ!やっほータイム

 

を満喫して、自室で大声出して

大フィーバーでした。

 

 

次男にとって、

ゲームって本当に

エネルギー補給

 

心に楽しさを満たすアイテム

なんだな〜って

しみじみ思いますね。

 

 

次男が不登校の時から

 

ゲームは

 

心に楽しさを満たす

大事なアイテム

 

だったんだけど

 

多くの大人は

 

ゲーム=よろしくないもの

 

みたいに、ゲームに対して

いい印象はないですよね〜。

 

 

不登校の子がゲームをするのって

 

段階によって

 

意味が違ってくると

 

私の経験から思ってるんです。

 

 

 

まずは

 

エネルギー ゼロ状態で

生命の維持をしてるだけで

精一杯の時

 

この状態まで

落ちてしまわない子もいるけど


頑張りすぎて

頑張らさせすぎて

メーターが振り切ってしまった

うちの長男のような子は

この状態になってしまう。 

 

この時は、、、

 

ゲームすら出来ない

 

そして、何にも出来ない

 

 

長男は

歯も磨けなかったし

お風呂にも入れなかったし

部屋からも出られなかし

ベットからも起き上がれなかった

 

ゲームならHP1って感じかな?

 

 

image

 

 

 

その次に

 

エネルギーは多少は湧くけど

自分から、親から

湧いたエネルギーが

すぐに奪われて

 

エネルギーが

結局貯まらない状態

 

 

奪われる理由は

 

こんな自分じゃダメだ〜

子供が自己否定すること

 

こんな子供じゃダメだ〜

親が子供を否定すること

 

このせいで、

貯まった先から

エネルギーは奪われるから

 

HPは1〜100を

行ったり来たりって感じ。

 

この時は、、、

 

ゲームはするかもしれないけど

 

辛さを紛らわす為だけに

ゲームしてるだけ

 

辛さを忘れる為だけに

ゲームしてるだけ

 

だけど

このゲームがないと

 

子供は辛すぎて

大変なことになってしまう

 

生命維持装置って感じ

 

 

 

その次の段階として

エネルギーがある程度

貯めれるようになった状態

 

自分から、他者から

エネルギーが奪われないから

 

湧いたエネルギーを

自分の為に使えるようになった状態。

 

 

奪わられない理由は

 

こんな自分でも、まぁいっか〜

 

子供が自分にオッケー

出せるようになったこと

 

 

こんな子供でも、もう大丈夫か〜

 

と親の不安がなくなって

自分の不安の解消の為に

子供をどうこうしようと

しなくなったこと

(↑これが一番大事)

 

 

だから

湧き出すエネルギーは

どんどん貯まるだけだから

 

HPは、その子の最大値まで

貯まる可能性もある。

 

この時は、、、

 

ゲームをするとしたら

 

心の楽しさを満たす為にする

 

だから、やればどんどん

エネルギーが貯まる

 

エネルギーが溜まっていくと

 

子供が本来もっている

 

新しいことをやりたい!

人と関わりたい!

 

という本能が発揮されて

 

ゲーム以外のことも

しようとする。

 

 

 

 

 

こうやって

子供の状態によって

 

子供がゲームをする理由が

分かると

 

ゲーム=よろしくないもの

 

という価値観が

 

 

あれ?そうじゃないのかも?

 

と思えてくるんじゃないかな〜って

 

思うんですよね。

 

 

 

 

もちろん

 

ゲームじゃなくったって

いいんですよね。

 

子供が心から

楽しいと思える事なら

 

なんだって

同じように

 

生命維持装置になったり

 

エネルギーを貯めるアイテムになったり

 

するんですよね!

 

 

 

 

昔は、私も次男と一緒に

 

ゲームをメチャしてたんだけど

 

最近は(言いたくないけど)

 

歳のせいか

 

ゲーム能力が低下しちゃいましたね

(◞‸◟)

 

 

いわゆる

判断力、瞬発力とかが

衰えてきたんでしょうかねぇ。

悲しい、、、

 

だから、次男と一緒にゲームする

なんてことは

全然しなくなっちゃったんだけど

 

もうね

その以前の問題で

 

体のあちこちが痛い!!

〇〇肩とか

関節痛とか

 

おばあちゃんやないかい!

 

と我がなら思うのよ。

 

 

とりあえず、私がやるべきは

 

ゲームの腕を磨く事じゃなくて

 

自分の体のケアをすることですね(笑)

 

 

ゲームするもよし!

 

運動するもよし!

 

楽しいこと!やりたいこと!

 

私もどんどん、

 

やっていこうと思います!

 

 

我が家の長男には

歳の離れた友達がいます。

 

 

その友達っていうのは

実は主人の高校の同級生

 

 

会社の社長さんでもあり

年齢も主人と同じアラフィフ

 

立派なおじさんです(笑)

 

 

 

 

長男は、その方を主人と同じように

呼び捨てで名前を呼んでいます。

 

側から見たら

なかなか面白い関係にみえますが

 

LINEしたり、ランチしたり

 

たまに連絡をとっているみたい。

 

 

最初のきっかけは

 

体調不良や不登校から

復活したばかりのころ

 

うちの主人と一緒に

なかなかハードな

ジビエ体験ツアーに3人で行ったこと。

このツアーに参加してました

 

 

 

長男が住んでいる地方に

釣りをしにいくからと

約束もしているようで

 

先日もそのAさんから

 

釣竿、新調した!

 

とウキウキなLINEが

あったみたい。

 

 

このAさん

私も昔から知っていたし

 

私達の結婚式に海外まで

来てくださったし

 

何よりも主人の親友なのですが

 

実は、、、

 

私は昔はこのAさんが

とても苦手だったし

あんまり好きにはなれなかったの。

 

 

 

どうしてそうだったのかと言うと

 

その当時、私の目には、そのAさんが

 

自分本位で

ワガママな人

 

に写っていたから。

 

いつも、友達の輪の中心にいて、

 

笑いに溢れていて 、

 

子供みたいにはしゃいで、

 

自分の意見をはっきり言って、

 

その通りにしようとする人。

 

 

面白いし

 

みんなから好かれていたけど

 

私は苦手だった。

 

 

 

 

 

今、考えてみると

 

私のルールだった

 

他人の気持ちに配慮すべし

 

違反者だったから

 

好きじゃなかったんだと思う。(^_^;)

 

 

 

 

でも、最近になって

 

私のAさんへの見方が変わったの。

 

Aさんは

 

他人の気持ちに配慮してない

 

ってことじゃなくて

 

自分の気持ちに

正直に生きてる

 

って人なんだろうな〜って!

 

 

そういう見方をしだしたら

 

私のAさんに対する苦手意識は

 

なくなっていったの。

 

 

さよ~なら~

 

 

それでね

 

先日、長男とAさんについて

会話した事があったんだけど

 

私が

Aさんと長男くんは

あんまり相性が合わないと思ってた

 

って話したら、

長男がこう言ったの

 

おれ、思っていることを

ちゃんと言う人が好きだから

 

 

なんかね

Aさんとは真逆のような

 

目立つの嫌い

騒ぐの嫌い

空気読めない人嫌い

 

こんな繊細な長男が

Aさんと仲良くしてるのが

ずっと不思議だったから

こんな風に聞いてみたんだけど

 

なるほどな〜

やっぱり長男は

よく分かってるな〜!

 

って、本当に思ったの。

 

 

Aさんは

 

正直な気持ちを話すし

 

それが周りの意見と合わない時も

あるけど

 

そんな時も

 

周りもオレに合わせろよ!

とか

オレの意見に合わないと人はダメ!

とか

 

そういった

コントロールの意識を出さない!

 

純粋に正直に

ただ楽しそうに

自分の意見や気持ちを

表現するだけ。

 

 

だから、周りの人も、長男も

 

不快を感じないんだろうなぁ

 

って思った。

 

 

 

 

 

 

コントロールの意識を出されると

 

人って誰しも

 

無意識に不快を感じるんです。

 

 

例えば

 

女子からみるぶりっ子と感じる人

 

みんな私のこと可愛いと思ってよ!

みんな私のこと好きになってよ!

コントロールの意識を出してるから

 

可愛こぶっててムカつく!

 

と周りの女子は不快感

無意識に感じちゃうし

 

 

 

勉強しろ、って

子供に口酸っぱく言う親は

 

親の言う通りにしろよ!

教科書よめ!

ゲームするな!

コントロールの意識を出してるから

 

なんだよ!

今からやろうと思ったのに!

 

と言われた子供は不快感

無意識に感じちゃう。

 

 

Aさんのように

 

他人をどうこうしようとしないで

 

自分の気持ちを正直に言う

 

 

 

これって

 

他人との境界線を引いて

 

自分を大事にする

 

っていう、

 

 

とっても大事な基本だし

 

私の目指すところだな〜って

 

そう思った。

 

 

 

 

 

 

かつての苦手な人

 

今では私の目指す人になってる訳で

 

不思議に感じるけど

 

ほんと

 

人との出会いも必然だし

 

そんな人とのご縁をいただけたAさんに

 

感謝の気持ちを向けたいな〜と思った。

 

 

Aさん、ありがとうございます!

 

でも

 

突然、ピンポンして長男の家に

突撃するのだけは

やめてあげてほしいなぁと願う

母なのでした!

 

 

 

 

 

 

少し前から、中学2年の次男が

 

大好きなゲームをしないで

毎日、テスト勉強してるの。

 

 

 

お義父さんのお葬式で

 

主人の実家に

何度も出入りしていた時も

 

空いた時間に

 

教科書をもっていって

ゴソゴソ勉強してたの。

 

 

 

その様子を見ていた私が

 

次男くん、また勉強してるわ

ママ、1ミリも勉強しろなんて

次男に言ってないの、面白いよね〜。

 

と、呟いていたら

 

それを聞いていた長男が

こう言ったの。

 

 

何にも言われないで

放っておかれるのが

1番大変なんだよ。

 

 

 

え?そうなんだ!

そっちが大変なんだ!

 

って、ちょっとびっくりしたんです。

 

 

長男は、

 

あれこれ口出されて

私に管理された時が長くあって

 

不登校やら

体調不良やら

引きこもりやら

 

長男も私も

いろんな経験をした後に

 

私もいろんな学びをして

 

何も言われないで

放っておかれるという

今の状態に至っているの。

 

 

 

管理された時と

放っておかれた時

 

その両方を経験している

長男が、そうやって言ったのが

 

ちょっと驚きだったし

 

でもきっと、その通りなんだと

 

と思っちゃいましたね。

 

 

 

 

 

だって

かつての私は

 

勉強の内容から

勉強の進捗状況から

 

もう、全てのことを私が決めて

 

その通りに長男に

勉強をさせて

 

もちろんゲームの制限も

かなりしていたの。

 

 

教育鬼ババアだった訳ね(笑)

 

 

 

私の思惑通りに勉強した長男は

成績は、とっても良かったけど

 

そうやって管理された事

長男にとっては

苦痛でしかなかったと

私は思ってた。

 

 

あんな事されて

嫌だっただろうな〜って

思ってたの。

 

 

 

でもね

指示されて、

管理されてたから

 

自分がどうしたいのか?

自分がどうすればいいのか?

 

そんな思考する場を

私から奪われていたんですよね。

 

 

成績の良し悪しは

母の采配次第!

 

だから、ある意味、

 

子供は何の責任も負わなくていい訳だから

 

大変じゃあない

ってことだったんでしょうね。

 

 

 

 

その一方で

 

放っておかれるっていうのは

 

子供側からみたら

 

全て、自分の責任になっちゃう

ってことなんですよね。

 

 

 

成績が上がるのも

成績が下がるのも

 

ぜ〜んぶ自分次第

 

どんな言い訳も出来ないもんね

 

 

 

それを、長男はきっと

1番大変なんだよ

って言ってるんだって、思ったの。

 

 

ただね

 

放っておくっていうのは

 

親側から見た時は

 

も〜どうなっても知らないしね。

勝手にしてよ!

 

っと、諦めてそっぽを向く

 

って事じゃなくて

 

 

 

も〜どうなっても大丈夫だしね。

自由にしてよ!

 

って、信頼して任せるって事

 

なんですよね。

 

 

 

 

この信頼の意識を

向けられた子供は

 

成績が悪くても

勉強しなくても

 

どんな自分も否定されない!

どんな自分でも大丈夫!

 

って、いう意識を受け取るんです。

 

大きなプラスの意識

受け取れるんです。

 

 

そして

 

そのプラスのエネルギーを

 

自分のために使って

いけるんですよね。

 

 

 

 

勉強しろと言われない事が

1番大変なんだ!

 

という事実を

 

長男に教えてもらって

 

さらに

 

鬼ババアだった罪悪感を

長男が消してくれた

 

そんな出来事でした!

 

 

 

 

 

ただ今、帰省中の長男が


昨日、大学受験合格の時の話を


ふと私にしたんです。



大学合格した時


ママは俺より喜んでたよね〜。



大学受験の時の話↓




それ、言われた時ね


そんな事ないよ〜。


と長男の言葉を否定したくなった

私に気付きました、、、。



だって、

あんなに短期間で努力したのが

報われたから、、、。


ど、ぶつぶつ言い訳をした私(笑)



そうよ。そうなのよ!


あなたのおっしゃる通り、

お母さんは

泣くほど嬉しかったのよ!


だけど、


あなたに

お母さんが嬉しかったと

バレたくない


私を発見!



そっか〜。

長男に、

大学に受かってほしい


って、私が期待してたと

感じてもらいたくなかったみたい。







大学に受かってほしい



本当は、こう思ってた。



子供が

元気で、ただ生きてりゃ幸せ!


こう思っていたのも事実。




だけど、


やりたい事を

楽しそうにやる姿を

見たい私も、


やっぱりいたの。


そして


私がそう願っていることを

長男が感じると、


その通りにならない自分を

責めたり


その通りにできない自分を

否定したり


そんな風になっちゃうのが

私が怖かった。


そんな風になっちゃうと

長男が傷つきそうで

私が怖かった。



なんかな〜


どんだけ子供を

傷つけたくないのさ!


って、ツッコミたくなるよね〜!!






それからね


子供が自己否定し続けると

心が回復しない


って知識があって


長男の心の回復を重視してた

計算高い私もいたの。



傷つけたくないし


心や体が回復してほしい



あの時の私は


子供を守りたくって必死だったし


今でも


その名残がまだあるんだな〜って


しみじみ感じました。





私がどう思って


私がどう願っていようが


私の自由で




その通りにするのも


その通りにしないのも


子供の自由なんだ


ってことさえ


それさえ分かってたら


それでいいんですよね、、、。




よしよし、私、頑張ってた。


そうそう、私、子供を愛してる。


こうやってまた


自分で自分の気持ちに寄り添って


自分を大事にしていこうと


改めて思った


そんな出来事でした!

















昨日、無事に義父を天国へ

送り出すことができて


バタバタした日々も

落ち着きを取り戻りました。


私ね

今回の出来事の中で


一つのルールを

私が持ってたことに気づいたの。



私、無意識にこんな風に思ってた。




子供の前では泣いてはいけない


悲しみが溢れて


もう泣きそう!もうやばい!


もう泣く!


ってなっちゃった時も!


だめだめ〜!

子供が見てるから

泣いちゃだめ〜!!


と、誰がが止めに入る!!


だから、グッと我慢して

涙が出ないように踏ん張っちゃうの!



あれ〜、なんでだろ〜?


と冷静に、気持ちを掘ってみた。






そしたらね


子供に弱い所を見せると

私のことを心配してしまうから

かわいそう!


そっか。

子供にダメージを与えたくない

子供に辛くなってほしくない


いつものやつね(笑)過保護大魔王!!


子供に辛さを与えたくない私、出現!

 


しかもね、これ、

私が母から受け継いだルール!


私の母も

子供達の前では

絶対に泣かなかった。


子供に心配させたくない。


心配させること=負担をかけること


だったんだと思う。



でもね


これを目の前でぶち破る人

出現したの。


お葬儀の最中に


もう、泣いて、泣いて


何度も泣く、主人。


私ね、それ見て、こう感じた。


お義父さんの事、大切だったんだね

お義父さんの事、愛してたんだね

お義父さんから、

沢山の愛をもらってたんだね。



主人の悲しみがドバーッと流れてきて


それに飲み込まれそうにもなって


私も悲しみで溢れちゃったけど、


主人から感じたのは


膨大な愛だった。




子供達も


そんな主人の姿をみて


悲しみがドバーッと流れてきて


それに飲み込まれていたけど、


きっと子供達が感じていたのも


お義父さんへの愛と

お義父さんからの愛 


なんじゃないかって思った。




子供が親の泣く姿をみても


子供にダメージ与える訳でも


子供に辛さを与える訳でも 


子供に負担を与える訳でもなく


子供に愛を

見せるってことだった!




こうやって


いとも簡単に


母から受け継いだ私のルールは

破られちゃった訳(笑)



そうだよね


悲しい時は


他者の気持ちを考えるんじゃなくて


自分の気持ちを自分で分かってあげれば


いいだけだったね。


悲しいよね。

辛いよね。

大切だったよね。

愛してたよね。って


それを子供がみて


どう感じるかは自由。

 

余計なお世話はしないで


自由に感じてもらえばいい!




でもきっと


子供達は


家族を想う愛を


ただ感じてたんじゃないかな〜。




無意識って怖いですよね。


気づかず握ってる

ルールがまだあった〜!


こんな風に、自分のルールに気づいた時は



それ本当にそうなるの?

それ本当に真実なの?


って疑ってみると、いいですよね。


そのルールを捨てた時には


また、新しい世界が

きっと広がりますよね。




辛く、悲しい事だったけど


家族の在り方を


お義父さんと主人から


教えてもらったような


そんな気持ちになりました!



次に悲しい事があった時には


もう、思いっきり


自分で自分の気持ちを味わったるわい!


と、謎の意気込みをする私なのでした(笑)