前回の続きです。
長男のこれまでの話はコチラから
11月に入った頃から
気づいたら勉強をし始めてた。
家庭教師の勉強も再開した。
体調は完全に回復したのか
よく分からなかったけど
とりあえず本人に全て任せてた。
4月から塾は一度も行ってなくて
月謝だけ払ってたけど
もう塾には行かないというので
それまで多額の月謝を塾に
寄付した形で終了となった笑
(誰かの役に立ったかな?)
高校三年受験生
でもすでに11月
4月から、勉強は全く出来てない
元々行きたかったのは
地元の国公立大学
もうね
私はこの時点で、
それは無理だと思った。
だって、何ヶ月も勉強してないし
国公立なら5教科は必須
いやいや、そりゃあもう無理よ!
文系の教科なんて
4月から短期決戦しようと
してたんだから
なんなら、手付かずの所もあるし。
さあ、どうする!!?
私ね
元々長男の希望が
地元では一番の国公立大学と
聞いた時から
もしかしたら長男は
自分の劣等感を埋めたくて
そこを希望したのかなぁって
思ってた。
元々優等生で通ってた長男が
高校受験を一年遅らせて
さらに定時制高校に進学したんだけど
そんな自分に、
何か付け足したいのかなあ
って、そんな気持ちで眺めてたの。
そんなところ目指さなくても、、、
と思いつつも
自分の劣等感は
自分でうめればいいし
不要な劣等感だったとしても
それにいつか気づければいい
だからやっぱり
自分の好きにすればいいと思って
進学先については
口を出さずにいたの。
勉強は始めた長男だったけど
どこに向かっているのかは
私は全く知らなかった。
しばらくたった頃
長男からこう聞いたの。
〇〇大学受けようと思う。
そこはね
地方の国公立大学なんだけど
偏差値は低くて、
しかも、大学入試共通テストは
1教科のみでオッケー。
あとは2次試験で2教科のみ。
長男が学びたいことを
専門的に学べる大学で
しかも、授業は長男が興味もってた
英語学習をすごく重視した授業内容。
すごいの見つけてきた、、、。
長男の希望通りの条件がそろってる
唯一違うのは
偏差値が低いこと。
でもここなら、今から猛勉強したら
間に合う可能性はあるように思えた。
私は思った。
長男はついに
高学歴にしがみつく事やめたんだって。
私がしがみついてたせいで
長男もそれにしがみついてるんじゃ
ないかって疑っていたけど、
長男は、自分でちゃんと選択した。
自分の選択で自ら歩き出した。
なんでもかんでも
私のせいで長男をこんな目に、、、
とどこかで罪悪感を持ってきた。
俺の人生なんだから
お母さんは関係ないよね?
勝手に入ってきて
私のせいでこうなったとか
やめてくんない?
お母さんが俺の人生握ってるって
そんな考え方って
何様って感じだよ!
そんなことを言われた気がした。
それから共通テストまでは
あっという間だった。
今の自分が行きたい大学は
そこしかない
そういって、他の大学は一つも受験しないで
そこの大学ただ一つだけ受験した。
2月下旬に2次試験があって
そして3月に合格発表があった。
合格でした、、、
こうして
我が家の長男の
長くて短い
大学受験は終了した。
そこからは、一人暮らしの準備で
バタバタして
あっという間に引っ越しを迎えた。
私はといえば
笑っちゃうくらい寂しさとかなくて
子供が旅立つのを
ワクワクした気持ちで眺めてた!
嵐が過ぎ去ったと思ったのに
また嵐が来た
この苦しかった1年間。
私にとっては、
本当に必要な時間だった。
私が色んなものを
気づかないで握りしめてたことに
気づく為に必要だった。
信じてた価値観
必要だと思ったルール
どれもこれも
それまでの私には必要だった
かもしれないけど
もうそれ要らんよって
子供に教えてもらった。
私の子離れ
私と子供の本当の境界線を引く為に
必要な期間だった。
長男もね
なかなか母を
振りほどけなかっただろうけど
やっとしつこい母を振りほどくことが
できたんだと思う。
そんでね
私の人生を私が生きることをしていく為に
必要な期間だった。
お母さんもそろそろ
自立して
自分の気持ちのままに
自分の気持ちを優先して
生きていけって
子供に背中を押された
自由に羽ばたいていった長男に
最後までたくさん教えてもらった。
私はね
不登校っていうことを経験して
沢山の愛が周りにあったことに
たくさん気づけた。
子供から貰っていた愛
私が子供の時
もらえなかったと思ってた
母からの愛
私が子供のころ
いらないと思ってた
父からの愛
私には誰もくれないって
拗ねてたけど
子供はいつも
無償の愛をくれてたし
お母さんはいつも
心の底では溢れる愛をくれてたし
お父さんはいつも
私にも
姉にも
母にも
沢山の愛をくれてた。
子供の不登校って
親を苦悩の底に突き落とす
人生の中では
インパクトありすぎる出来事。
毎日先の見えない不安に囚われ
そこが苦しくて仕方がないし
そこから抜ける方法が知りたくて
原因を探して、
他人を責めて
子供を責めて
そして最後は自分を責める、、、。
自分を責めたくなった時は
感じてほしい。
自分が苦しんできた分と同じくらい
自分が子供に愛を
向けてきたことに。
長い年月かけて
子供に対して
がむしゃらにしてきたことは
それがどんなに
ダメだといわれちゃう事だったとしても
紛れもない
子供に向けてた
自分の愛だってことを
自分自身に教えてあげてほしい。
子供から
お母さんから
お父さんから
そして
自分からも
たくさんの愛があったことを
ちゃんと感じてほしい
そうやって
自分自身の心を満たして
自分自身の心を労わっていくことを
忘れないでほしいし
私も忘れないようにしていきたい
不登校の経験って
愛を知ることだったって
今こうして
過去の日々を思い出してみて
やっぱりそう思います。



