正直に言うと、
最初はあまり
好きにはなれなかったんです。
自分の思うままに振る舞って
自分の信じるままに突き進んで
周りの事とかなんて
まるで気にしないでいる人に思えて
一緒にいると
小さな怒りが出てきたから。
あの時の、小さな怒りが
何だったんだろうって
昨日、考えてみたら
こんな私が出てきた。
ちゃんと周りの事考えてよ。
自分勝手に振る舞わないでよ。
そっか。
私のルールを目の前で破られてたから
小さな怒りが湧いたんだね。
自分よりも他人を優先すべし。
これを、破ってるように見えてたから。
でもね
昨日は、みんなは、こう言ってたの。
あの人は、いい人だった
って。
確かにね
私もそれを感じてた。
遊びに行くと
沢山食べてるか?食べないかんぞ。
と必ず声をかけてくれた。
自分はあんまり食べないのにね。
長男が不登校になった時も
慌ててうちに来たけど、
私は、長男が気を病むと思って
長男には会わせられないと断ったのに
長男に会わせない私を責める事なく
ただ、ただ心配してくれた。
自分勝手に振る舞う姿も
私を労わる姿も
家族を心配する姿も
どれが悪くても
どれが良いとかはなくて
全てがあなたのもの。
色んなルールや
色んな思い込みや
色んな捉えグセがあっても
どれも、これも
人生の彩りやバネで
どれも、これも
その人の一部。
私の中の小さな怒りは
私のものであって
その人の価値とは全く関係なくって
他人を通して
ただ私の感情を私が味わってただけ。
あの時の、あの怒りは
自分がやりたくても出来ない事を
している人を目の前で見せつけられて、
ただ、羨ましかっただけだったしね。
こんな風に
淡々と思考を巡らせる私は
冷たい人なんじゃないかって
自分に✖︎をつけたくもなるけど、
でもね
もしも
子供達の不登校の経験がなくって
私が自分のルールや思い込みを
握りしめている事に
気付きさえしてなかったら
きっと今日の私は
世間体のいい嫁を
演じているだけの
中身のない感情のままだったと思う。
血のつながりのない人は他人
っていう
母から埋め込まれていたルールを
必死に守って
ただ、冷たい感情で
今日いたはず。
今日の私が
そんな私にならなかったことが
なんだかすごく
ホッとした。
そして
心の中によぎるのは
ありがとうという言葉だけ。
私に優しさを向けてくれて
ありがとう
家族に手を差し伸べてくれて
ありがとう
パパをこの世に連れてきて
育ててくれて
ありがとう
私と子供の縁をつくってくれて
ありがとう
子供達に愛を向けてくれて
ありがとう
ありがとうの気持ちを
私に持たせてくれて
ありがとう
今世を終えて
安らぎと幸せで包まれますように、、、
お義父さん
ありがとう

































