全てに感謝 不登校だった息子達ありがとう -2ページ目

全てに感謝 不登校だった息子達ありがとう

子供の起立性調節障害
や不登校、夫婦の不和!
いいも悪いも全部必然だったと思うこれまでの出来事を振り返って!
日々実践している心理学やヒーリング、今勉強中のUMIについて!

正直に言うと、

最初はあまり

好きにはなれなかったんです。

 

 

 

自分の思うままに振る舞って

 

自分の信じるままに突き進んで

 

周りの事とかなんて

まるで気にしないでいる人に思えて

 

一緒にいると

小さな怒りが出てきたから。

 

 

 

あの時の、小さな怒りが

何だったんだろうって

 

昨日、考えてみたら

こんな私が出てきた。

 

 

ちゃんと周りの事考えてよ。

自分勝手に振る舞わないでよ。

 

そっか。

私のルールを目の前で破られてたから

小さな怒りが湧いたんだね。

 

 

自分よりも他人を優先すべし。

これを、破ってるように見えてたから。

 

image

 

でもね

昨日は、みんなは、こう言ってたの。

 

あの人は、いい人だった

って。

 

 

確かにね

私もそれを感じてた。

 

 

遊びに行くと

 

沢山食べてるか?食べないかんぞ。

と必ず声をかけてくれた。

自分はあんまり食べないのにね。

 

 

長男が不登校になった時も

 

慌ててうちに来たけど、

私は、長男が気を病むと思って

長男には会わせられないと断ったのに

長男に会わせない私を責める事なく

ただ、ただ心配してくれた。

 

 

 

自分勝手に振る舞う姿も

 

私を労わる姿も

 

家族を心配する姿も

 

どれが悪くても

 

どれが良いとかはなくて

 

全てがあなたのもの。

 

 

 

色んなルールや

 

色んな思い込みや

 

色んな捉えグセがあっても

 

どれも、これも

 

人生の彩りやバネで

 

どれも、これも

 

その人の一部。

 

 

 

私の中の小さな怒りは

 

私のものであって

その人の価値とは全く関係なくって

 

他人を通して

ただ私の感情を私が味わってただけ。

 

 

 

あの時の、あの怒りは

 

自分がやりたくても出来ない事を

している人を目の前で見せつけられて、

ただ、羨ましかっただけだったしね。

 

 

 

こんな風に

淡々と思考を巡らせる私は

冷たい人なんじゃないかって

自分に✖︎をつけたくもなるけど

 

でもね

もしも

子供達の不登校の経験がなくって

 

私が自分のルールや思い込みを

握りしめている事に

気付きさえしてなかったら

 

きっと今日の私は

 

世間体のいい嫁を

演じているだけの

 

中身のない感情のままだったと思う。

 

 

 

血のつながりのない人は他人 

 

っていう

 

母から埋め込まれていたルールを

必死に守って

 

ただ、冷たい感情で

今日いたはず。

 

今日の私が 

そんな私にならなかったことが

 

なんだかすごく

ホッとした。

 

 

 

そして

 

心の中によぎるのは

 

ありがとうという言葉だけ。

 

 

私に優しさを向けてくれて

ありがとう

 

家族に手を差し伸べてくれて

ありがとう

 

パパをこの世に連れてきて

育ててくれて

ありがとう

 

私と子供の縁をつくってくれて

ありがとう

 

子供達に愛を向けてくれて

ありがとう

 

ありがとうの気持ちを

私に持たせてくれて

ありがとう

 

今世を終えて

安らぎと幸せで包まれますように、、、

 

お義父さん

ありがとう

 

 

 

 

 

先日ね

 

私が受講している治療家さんの講座に

行ってきました。

 

 

 

女性は、

私ともうお一人だけだったんだけど

 

なんとその方が 

 

妊娠されたそうなんです。

 

 

 

まだ、そこまで親しいお付き合いを

 

させていただいてる方ではないんだけど

 

あのお腹の中に命が宿ってる!

 

って思うと

なんだかとっても

嬉しい気持ちになりました。

 

 

それでね

 

妊婦さんは敏感だから

私達からは施術してはいけない

 

って先生から言われたので

 

先生が悪阻を無くす治療

授業の合間に、

その方にされてたんだけど

 

先生が何度もこうおっしゃったの。

 

 

 

赤ちゃんは健全そのものだから

絶対に干渉しないこと。

 

健全とは

 

1 身心が正常に働き、

  健康であること。また、そのさま。
2 考え方や行動が偏らず調和がとれていること。

  また、そのさま。
デジタル大辞泉より引用

 

 

なるほど。
 
体も心も意識も、
まっさらな状態
 
って感じなのかな〜。
 
 
自分も、そして私の子供達も
 
生まれた時はこの状態だったんだよね。
 
 
 
 
 
最初は
 
まっさら から始まって、
 
そっからこの世の生活が始まって、
 
笑いたい時には笑って、
 
泣きたい時には泣いて、
 
だた
 
感じたままに生きていく。
 
 
 
それから
 
お母さんの元で育っていきながら、
 
お母さんを見て
 
お母さんを愛して
 
お母さんを愛するが故に
色んな捉えグセ作って
 
それを個性としたり
 
生きるバネにしたりして
 
そうやって生きていく。
 
 
 
なんか、
 
人間って生きものって
 
面白いし、
 
健気だし、
 
すごいな〜
 
な〜んて、そんな気持ちに
 
なっちゃいました。
 
 
 
子供達が不登校になった時にね
 
こんな言葉を聞いたことがあったの。
 
 
不登校の子供は
 
その子が赤ちゃんの時と
 
同じ眼差しで
 
みればいいだけだよ、って。
 
 
あ〜ご飯食べてくれた!
 
あ〜笑ってくれた!
 
こんな風に
 
ただご飯を食べたり
 
ただ笑ってくれるだけで
 
よかった〜
嬉しいな〜
 
って温かな眼差し
 
子供が赤ちゃんだった時には
 
向けていましたよね。
 
 
 
まっさらな状態から
 
色んなものを身につけてきた
 
我が子だけど
 
目の前の子供は
 
そのまっさらだった赤ちゃんの時と
 
同じなんですよね。
 
 
その子自身は何にも
 
変わってないってことなんですよね。
 
 
 
私達、親って
 
子供が勉強ができるように
 
とか
 
子供が人から好かれように
 
とか
 
色んな先の心配して
 
子供を守って、
 
愛してきましたよね。
 
 
 
その愛ゆえに、
 
勉強できないとだめ
 
とか
 
人から好かれないとだめ
 
とか
 
いつの間にか
 
子供に条件つけてしまってた。
 
 
 
そしたら、いつの間にか
 
子供も 
 
勉強できないと認められない
 
とか
 
人から好かれない愛されない
 
とか
 
自分に条件つけてしまってた。
 
 
 
だからね 
 
不登校の子供は
 
その子が赤ちゃんの時と
 
同じ眼差しで
 
みればいいだけだよ、って意味は
 
その条件を一旦外して
 
 
 
勉強できなくても、
 
人から好かれなくても
 
まっさらで、
 
何にもついてない子供を
 
そのまま見て
 
 
ただご飯を食べたり
 
ただ笑ってくれるだけで
 
よかった〜
 
嬉しいな〜
 
って温かな眼差しを向ける。
 
 
ただ、それだけのことを
 
すればいいだけって
 
意味だったんだな〜って
 
そう思います。
 
 
その意識を向けられた子供は
 
勉強できなくても
 
人から好かれなくても
 
どんな条件がなくても
 
温かな眼差しを向けてくれる
 
お母さんからの愛を
 
受け取ってくれて
 
心が満たされていくんです。
 
 

 
 
まっさらで、
 
何にもついてない子供を
 
そのまま見て
 
 
ただご飯を食べたり
 
ただ笑ってくれるだけで
 
よかった〜
 
嬉しいな〜
 
って温かな眼差しを向ける。
 
 
そんな簡単なことこそが
 
とっても素晴らしいことで
 
 
その経験を
 
子供の体調不良や不登校で
 
出来たことが
 
本当に意味があったな〜って
 
妊婦さんをみて
 
しみじみ思った私なのでした!
 
 
 

 

 

先日、受験会場での事件の

ニュースを聞いて

 

なんだか、ちょっと

胸が痛くなりました。

 

 

人を傷つける事は

もちろん許されない事なのですが、

 

この加害者の高校生の子は

逃げる道が

目に入らなかったのかもしれないな〜

 

逃げ道がなくて

こんな選択しちゃったのかもしれないな〜

 

なんて

そんな気がしました。

 

 

 

我が家の長男が

中学生で体調不良からの

不登校からの

引きこもりからの

お家生活からの

学校復帰からの

 

再度、体調不良の不登校

 

になった去年のことを

思い出しました。

 

 

 

春から数ヶ月もずっと体調不良で

学校にも行けなくなり

 

いよいよ大学受験が近づいた秋

 

それまで

長男に任せようと

 

あまり口出ししないようにしてた

私だったけど

 

もうね

あまりの辛そうな長男の様子をみて

我慢ならなくなって

 

ついにこう言ったの。

 

 

別にね

人生長いんだから

 

今年、受験できなくたって

 

大学受験の選択をやめたって

 

どうとでもなると思うよ。

 

そんな、

自分を追い詰めなくても

いいんじゃないの?

 

 

その時、私は

UMIの受講の前だったし

 

意識やエネルギーについての

知識は全くなくて

 

体調不良で

毎日ぐったりしている長男に

 

メッチャ沢山の心配のエネルギー

向けまくってはいたんだと思うの。

 

私はその頃

学校に行く事についての価値観は

まぁまぁ手放してはいたけど

 

子供が体調不良になるのを

もう見たくなくて

 

それが長男に

いい作用はしていなかったんだろうなぁ

って今は思うんだけど

 

 

とにかく

膨大な心配エネルギーは向けつつ

 

自分の不安の解消の為

 

もう、長男を見ていられなかった私は

 

こんな風に声をかけたんです。

 

 

 

 

 

そしたね

 

長男がこう言ったの。

 

 

受験やめてもいい選択が

あるって分かったら

ちょっと楽になった

 

 

あ〜やっぱり

 

自分で自分を

追い詰めていたんだ〜。

 

選択肢は

受験するの一択しかない

って、そう思ってたんだ〜。

 

って、その答えを聞いて感じました。

 

実は逃げ道の提案したの2回目!

詳しくはこちらから↓

 

 

自分の人生を

自分で悩んで

自分で決めていく

 

これって、本当に大事なことで

 

これに尽きるってこともあるけど

 

それでも人生経験や知識が

子供よりもある者として

 

子供に広い視点の提案をすることは

大事で

 

逃げ道もあることを

教えてあげるってことも

大事で

 

そんな色んな道の中から

 

子供が自分で

選択することができるように

 

なれるといいのかなぁって

 

そう感じました。

 

 

選択が一つしかなくて

 

それを選ばないと

大変なことになるから

 

それを選べないなら

もう

存在することが苦しい

 

そんな気持ちでいる

子供達が

 

今の日本社会の中には

きっと沢山いるんだろうなぁ

と思うし

 

そんな子供達に

 

人生には色んな道があることを

知って欲しいなぁって

 

ニュースを聞いて感じました。

 

 

 

逃げ道って言っちゃったけど

 

逃げる為の道じゃなくて

 

実は新しい別の道なんですよね。

 

 

でもね

 

まずは親がその道が見えてないって

ことなんだと思うんですよね。

 

自分が歩んだ人生からの学び

だけじゃなくて

 

色んな視点から

人生を見渡せる様にできることが

親としても必要なんじゃないかって

自分の経験から思います。

 

 

 

それにはまず

 

自分が握りしめている

価値観やルールが

 

本当に正しいの?

本当に必要なの?

 

そんなことから

始めることが必要で

 

そんなチャンスをくれるのが

子供達なんだろうなぁって

 

やっぱり思う私なのでした!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昨日は、私の母の誕生日だったので

 

母の好きなプリンとお寿司を買って

 

実家に行ってきました。

 

 

こちらの記事を書いてた9月は

 

私の心を整えるのに

 

四苦八苦していたんだけど

 

今ではすっかり落ち着きました。

 

 

 

四苦八苦の状態が浮き出てる記事達↓

 

 

 

 

 

 

 

 

 

母の病気、癌が分かった時には

 

ステージ4

 

食事もとれないし

 

ぐったりもしていたんだけど

 

 

今では食欲も戻り

 

私と買い物や食事にも行けるし

 

以前とほとんど変わらない状態に

 

なりました。

 

 

 

 

あの時、

 

私も食欲もなくなって

 

母と同じようにぐったりなっちゃって

 

メッチャ落ち込んだりしたけど、

 

私のまだ手放せないブロックと

向き合えたり

 

母と子の深い繋がりを感じれたり

 

私にとっても

 

とっても意味のある

出来事だったな〜

 

なんて事も思うけど、

 

 

 

やっぱり、病気って

 

本人のものっていうか

 

自分自身に向けている

出来事なんだな〜って

 

しみじみ感じました。

 

 

 

 

 

こちらのルミさんの記事にもある様に

 

メリットっていうと

 

苦しい時は

 

そんなの違うよ!

病気になりたくてなる訳ね〜し

 

って

 

言いたくなる時もあるだろうけど、

 

 

今回、私も母を眺めて感じたのは

 

あ〜母は愛を受け取れたんだね

 

って事でした。

 

 

 

あんなに母が病気になってパニックだった私の

 

どの口が言うんだ!

 

と自分につっこみたくなっちゃいますね(笑)

 

 

 

 

 

自分にはないと思ってた

 

自分にはもらえないと思ってた

 

そんな愛が

 

本当はずっと

そこにあったんだ

 

って事に母が気づく為に

 

きっと

 

この病気という事が起こったんだなぁ

 

 

な〜んて

 

なんだか上から目線の物言いだけど

 

そんな事を感じました。

 

 

その役割が終わったから

 

病気はもう必要なくなったのかな?

 

 

だって

 

ステージ4だった

 

母の腫瘍マーカーは

 

今は、通常値に戻ったんですよね、、、。

 

 

 

夫婦の愛がゼロの家庭で

 

苦しそうでかわいそうな

母を助けようと

 

私は

 

色んなブロック作って、

 

色んなルールを握って

 

まぁまぁ生きづらい人生に

なっていたんだけど

 

 

母はかわいそうな母から

愛されてる幸せ母になったから

 

 

もうね

 

そのブロックやルールは

 

もう必要じゃあなくなったよ

 

って事なんだろうな〜、、、。

 

 

去年、私はUMIの講座を受けて

 

ブロックの解消をすすめて

 

本当に人生楽になったけど

 

それを母が最終的に

 

終わらせてくれたんだな〜

 

ってことかな?

 

 

結局ね

 

母は偉大なり!

 

ってことですかね!

 

 

じゃあ、私もきっと

 

偉大な母ってことですね!(笑)

 

 

素晴らしい人でなくても

 

素晴らしい子育てできなくても

 

お母さんでいることだけで

 

もう充分ってことなんですよね。

 

 

 

私も

 

世の中のお母さんも

 

 

存在しているだけでいいんだから

 

楽ちんじゃない!

 

 

 

って思った

 

そんな母の誕生日でした!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

我が家の長男は

1週間の滞在を終えて

 

一人暮らしをしている地方に

昨日、戻っていきました。

 

 

 

前回は、1か月近く滞在してたから

 

食にうるさい長男が

若干面倒になってきたので

 

あ〜やれやれ!

じゃあ、まったね〜!

 

と軽くお見送りできたんだけど、

 

今回は、滞在が短かったせいか

 

なんか、ちょっと、名残惜しさが

残ったのを感じたので

 

まだまだ長男に執着あるのか?

と疑いが出たけど

 

そうだよね。

長男が大好きだから

寂しかったんだよね。

 

と自分の気持ちに寄り添ってあげたら

なんだか、すっきりして

 

もう、夜には

のびのび長男の部屋を占領して

くつろぎ出した私です(笑)

 

 

 

 

どうして、こんなに短期間なのに

長男が帰ってきたのかと言うと

 

義父のために

長男に帰ってきてほしいと

こちらからお願いしたんです。

 

 

 

義父は、元々、病気持ちでしたが

 

年末に急に体調が下がって

 

もう、寝たきりで起き上がれない

状態になってしまいました。

 

 

孫をとても大事にしてくださっていて

 

孫の顔をみて元気を出してほしい

っていう想いがあったんですが

 

主人が病院の先生から

ご家族は覚悟して下さい

 

と言われたこともあって

 

早く会わせてあげないと、、、

 

という想いもあったから

今回、帰ってきたらもらったんです。

 

 

 

義父は

記憶は直前のことしか

分からない状態ですが、

思考ははっきりしていると感じました。

 

 

でも

 

思うようにしゃべれない

 

ご飯も食べれない

 

トイレに行けない

 

体の痛みが強くて

少しも体が動かせない

 

このような状態となっていました。

 

 

痛み止めの薬のせいなのか

日中も、ほとんど寝ているようですが

 

長男と次男が近くにいくと

 

ちゃんとした口調で

 

一生懸命、

話しかけてくださいました。

 

 

お義父さんの話の奥には

 

孫への愛がありました。

 

とっても大切に思ってくださる

大きなプラスの意識を

感じました。

 

 

この、

家族を大切に想う愛

 

お義父さんから

長男と次男へ伝わって

 

そして、この先に

 

長男と次男から

誰かへと伝わって

 

そんな愛が

 

この先ずっと

繋がっていくんだなぁって

 

そんな愛を

伝えてくださって

 

ありがたいなぁって

 

そんなことを感じたお正月でした。

 

 

 

人って

 

自分が経験したことしか

分からないし

 

自分が経験したことを

誰かにそのまま

伝えようとします。

 

 

 

だからね

私達が持っているブロックやルール

正にそれで

 

代々、伝えられてしまうんです。

 

 

役に立たないと価値がない

 

とか

 

頑張らないと愛されない

 

などのブロックとか

 

 

 

 

 

他人の気持ちに配慮すべき

 

とか

 

何事もちゃんとしないといけない

 

とかのルールとか

 

 

 

そんな、ブロックやルールって、

実は継承されてしまうんですよね。

 

 

もちろん、無意識なんだけど

 

気づいたら

自分の親とそっくりに

なっちゃってたりしますよね。

 

 

絶対、お母さんみたいにはならない!

 

って誓ってたはずが

 

あれ?

私、お母さんと同じことしちゃってない?

 

って事態に

よくなっていませんか?

 

私は、ものすご~くありました。

 

 

 

いい事も悪い事も

 

代々継承されていく。

 

それが

 

生きる力となって

繁栄に繋がったり

 

その人の素晴らしい

個性となったりも

 

もちろんするから

 

いい事もたくさんあるんだけど、

 

それが

 

生きづらさにも

繋がってたりするんです。

 

 

 

人生の中で

何か大きな問題が現れた時には

 

そのブロックやルールが

もう、それ必要ないよ

って時だし

 

自分の代で、

その脈々と受け継がれてきたものを

断ち切るチャンス

訪れたってことなんですよね。

 

 

だからね

 

不登校はチャンスなんです。

 

脈々と受け継がれて

握りしめてきた

捉えグセやルールを

手放すチャンスなんです。

 

子供がそのチャンスを

与えてくれてるんです。

 

 

私も、このチャンスをもらって

 

たくさん、手放しました。

 

だから子供に感謝があるんです。

 

 

 

 

最悪な出来事だと思った事が

 

実は、チャンスだったなんて

 

本当に、ビックリでしたね。

 

 

この学びのチャンスを

 

手に入れるか、

手に入れないかは

 

もちろん、それぞれの選択なんだけど

 

せっかくのチャンスなんだから

 

手に入れたらいいんじゃないかって

 

思うんですよね。

 

 

 

不登校の子供を見た時に起こる

 

心のざわつきの奥にある

 

ブロックやルール

 

 

それを見つけてあげて

 

それを手放していくと

 

新しい世界が

 

広がっていくんですよね。

 

 

 

そんな世界を

 

今年も多くの方が

 

見ることになるといいなあって

 

そんな場面に私も立ち会いたいなあって

 

そんな願いをこめて

 

今年のスタートを切りたいと思います。

 

 

まだまだ

 

ダラダラモードから

抜け出せないままですが

 

そろそろエンジンかけて

頑張ろうと思っています。

 

今年も

皆様にたくさんの愛が

届きますように、、、

 

 

 


 

 

 

 

大雪の日に

我が家の一人暮らしをしている

長男くんが帰省してきました。

 

 

リュックの中には

でっかいPS本体を詰め込んで

帰ってきたから

 

短期間の滞在なのに

なかなか大荷物で帰ってきたんです。

 

 

 

数少ない彼の友達は

今はもう地元にはいないので

 

年末年始の暇潰しに

どうしてもそれが必要だったらしい(笑)

 

 

 

でもね

PS本体は持ってこれても

 

モニターは流石に

リュックには入らないから

 

我が家の古いTVのモニターで

ゲームしようとしたみたいなの。

 

だけど、古いので

反応が遅いらしく

思うようにゲームができない!!

 

 

 

 

 

そこで、狙ったのが

弟のゲーム専用のモニター!

 

次男くんは、部活や試合で

昼間は留守がちなので

いない間に借りようとしたらしい。

 

そして弟に交渉を始めたの。

 

モニター使ってもいい?

 

え〜、TVがあるじゃん。

 

だってあれ、反応遅すぎだし。

 

え〜、、、。

 

 

ここで次男がチラッと私を見たの。

 

私の心の中は、こんなだったなぁ。

 

使ってない時なら貸してあげなよ

 

 

もうね

どっち側かといったら

長男の味方!

 

 

次男くんが

まぁ、いいよって言った途端に

 

よかったね〜!

 

と長男に向かって

思わず私の口から出た!

 

 

 

 

しばらくしてからね、

 

あの時、じっと私の顔を見つめた

次男の顔がよぎって

こんな気持ちが湧いた!

 

あ〜、またやっちゃってた?

 

 

親がね

兄弟の問題に介入しない

っていうのは、基本なはずなのに

私ったら、意識は入りまくってた?

 

 

お兄ちゃんの味方したと思われて

あなたを傷つけた?

 
 

やっぱりママは

兄ちゃんの味方なんだ!

僕よりも、兄ちゃんを優先するんだ!

そんな風に思って

お母さんの顔をじっと見てた?

 

 

そして、私の心を探って

私の意向通りに従おうとして

お兄ちゃんにモニター

貸してあげることにした?

 

 

こんな風に

次男の気持ちを勘ぐった私。

 

 

 

 

確かに、昔は

 

体調不良の不登校になった長男に

全意識、集中させちゃった時もあったよ


関連記事はこちらから↓

 

 

 

 

 

だけどね、今は

 

お兄ちゃんが大事とか

 

お兄ちゃんを優先するとか

 

そうじゃないんだけど、、、。

 

なんで口出ししたくなったの?

 

私の意識を探ってみた。

 

 

 

 

 

あ〜そっか!

私は困っている子を

放っておけないんだね。

 

 

これね

 

私の長年の思考のクセ

出ちゃってたと思うのよ。

 

 

子供の負の経験を

奪いたくなる!!

 

なぜなら

子供に

悲しい想いや辛い想いを

させたくないから!

 

 

 

これはね

私が子供を通して

自分が感じたくない感情を、

 

子供が感じないようにする為の

私の無意識のクセ

 

 

これが長年、

私の中で無意識に働いていて

 

子供を自分の願う

心穏やかな状態にしようと

コントロールのマイナス意識

飛ばしたり、

 

挙げ句の果てに

ウルトラ過保護になっちゃって訳

 

 

 

 

あ〜、まだまだやの〜私も!

 

と、思いつつも

気づいた自分を褒めて、

 

こう意識をリセットしました。

 

 

 

長男くんと次男くんの問題には

お母さんは介入しません!

 

あなた達2人で

必要な関係を結んで下さい!!

 

そして

 

嫌な思いをするなら

どうぞして下さい!!

 

どんな経験も

全部あなた達のものです!!

 

 

これでよし!

 

と確認して

こんな風に

意識をリセットした数日後、、、

 

 

 

2人は楽しそうに

ボールのぶつけ合いを

部屋の中でやり始めたの。

 

しかもね

 

あの次男が恐怖だった

怖い兄ちゃんは

 

我が子と遊ぶ

優しいお父さんのように

 

一方的に

ボールをぶつけられまくってた!!

 

 

2人のことは2人にお任せね〜

 

どんな経験も

子供が味わえばいいだけね〜

 

と意識を向けたら

 

ちゃんと、兄弟の新しい関係を

2人で結んでた!

 

 

 

 

 

 

 

ケンカして

 

嫌な想いして 

 

罵り合って

 

ぶつかり合って

 

折り合いつけて

 

 

そんな風に

2人で2人の関係は

築いていけばいいだけ。

 

 

 

 

これはね

兄弟間だけじゃなくて

親子だってそうだと思う。

 

 

兄弟で不登校になって

お互いに理解し合えなくて

険悪で会話ゼロな兄弟を見ても

 

 

子供が不登校になって

子供と理解し合えなくて

険悪で会話ゼロな父子を見ても

 

 

お母さんは

そこに割り込むことなく

 

それぞれで、それぞれの関係を

結んでもらえばいい!

 

それぞれが

どんな感情も味わえばいいし

 

どんな経験もすればいい!

 

 

 

もしもそこで

間に割り込みたくなったら

 

自分がどんな意識で

割り込みたくなったかを

見たらいい!

 

 

私みたいに

子供が辛い想いをしちゃうんじゃないか?

という恐れがあって

子供の機嫌を取ろうとしてる、とか

 

 

不登校じゃない兄弟も

不登校になるんじゃないか?

という恐れがあって

兄弟ゲンカに割り込んで

仲裁しようとしてる、とか

 

 

 

お父さんの言葉で

不登校の子がさらに荒れてしまったら

余計に事態が悪化するんじゃないか?

という不安があって

親子の間に割り込んで

仲裁しようとしている、とか

 

 

そんな風に

 

自分の恐れや不安の解消の為に

兄弟や親子の間に割り込もうとしてないか?

 

そこの自分の意識を

見ていけばいいのではないかって

思うんです。

 

あ〜私、

子供の為じゃなくて

自分のために口出ししてるんだな〜

 

って、気づけるだけで

 

あれこれ言うのをやめれて

 

無駄なマイナスエネルギーを

送らなくて済んだり

 

子供の経験を奪わなくて済んだり

そんな風になれますよね!

 

あとはね

そんな風に口出ししたくなった

 

自分の気持ち否定しないで

 

ちゃんと寄り添ってあげればいいだけ。

 

 

そうだよね〜。

 

辛い子供を

見たくなかったんだよね〜。

 

兄弟も不登校になるのが

怖かったんだよね〜。

 

不登校が長引きそうで

怖かったんだよね〜。

 

こんな風に

 

自分のどんな気持ちも

ちゃんと受け止めて

聴いてあげたらいいだけですね。

 

 

親が不安や恐れを手放して

 

全部、子供にお任せして

 

信頼の意識を向けてあげれば

 

子供はやっと

親の重たい意識から解放されて

 

自分のエネルギーを奪われず

 

自分のエネルギーを

自分の充電の為に

使えるようになります。

 

 

そうすると

 

子供が自分の足で

勝手に歩んでいくんですよね。

 

 

さあ、今日は

うちの兄弟は

次男の通っているクラブに

練習をしに行くみたい。

 

これまた昔とは全く逆で

 

次男が長男に指示されて

練習に付き合わされていたのが

 

今日は

 

長男が次男に指示されて

練習に付き合わされるようです。

 

ホント、面白いな〜!!

 

 

さあ、大晦日の練習納め!

 

楽しんでやってきておくれ!

 

お母さんは暖かいこたつに入って

 

待ってるからね〜!(笑)

 

 

 

 

 

 

昨日は次男の中学の終業式でした。

 

いつもは帰ってきても

通知表には全く触れない次男だけど

 

今日は本当に珍しくっていうか

初めてかもしれないけど

 

自分から通知表を見せにきました。

 

 

こちらは一学期の終業式の時↓

 

 

きっと、自分が思うような成績が

とれたんだろうな〜

 

と思ったら

 

やっぱり、

ちょびっと成績が上がってたから

それで私に見せに来たみたい。

 

成績は本人にお任せだし

 

本人が嬉しそうなら

 

私もよかったね〜って

嬉しくなるし

 

本当に頑張ったね〜と

そんな気持ちも湧いて

 

凄いね!

 

と次男に言ったんだけど

 

昔の私の意識とは

だいぶ変わったな〜、なんて

 

我ながら思いました。

 

 

 

もしも、子供が不登校になる

ずっと前の私なら

 

子供の内申が上がったのを聞いたら

こんな風に思ってた。

 

やった〜!

内申上がった!

 

もっと上がれば

もっと上の高校目指せる!

 

もっと内申上げてほしいから

 

とりあえず褒めておこう!

 

褒めると

本人のヤル気がもっと上がるし

 

褒めると

自己肯定感もあがるって

そんな話も聞くから

 

もっと褒めておこう!

 

すごいね!頑張ったね!

やれば出来るじゃん!!

 

きっとこんな思考になって

 

こんな発言しちゃってたに違いない!

 

 

 

 

それからね

 

次男が不登校の時に

 

次男がちょっとでも

勉強しようものなら

こんな風に思ってた。

 

やった〜!

勉強始めた!

 

学校行けなくても

勉強してれば安心できる!

 

このまま勉強しておけば

学校に行けるようになった時にも安心!

 

褒めると

勉強ヤル気が上がるし

 

もっと褒めておこう!

 

すごいね!頑張ってるね!

やれば出来るじゃん!!

 

きっとこんな思考になって

 

こんな発言しちゃってたに違いない!

 
 
 

人って褒められたら

嬉しく感じますよね。

 

今だって

 

私も人から褒められたら

嬉しくなるけど

 

でもね、褒められた時に

 

なんか、嘘くさいな〜

本当にそんな風に思ってるの?

 

と思ったりすることってないですか?

 

 

 

そんな時って、

 

きっとこんな時じゃないかな〜

って思うの。

 

機嫌を取ろうとしたり

見返りを求めたり

 

そんな事のために

相手を褒めてる時

 

 

 

つまりね

 

自分の思うような状態に

相手になってもらう為に

褒めてる時

 

 

 

昔の私もこれに当てはまる訳よ。

 

子供を褒めることが

 

子供に〇〇になってほしいから

 

っていう意図があって褒めてた

 

ってことになりますよね。

 

 

自分の希望を叶える為に

相手を動かそうとする

 

コントロールのマイナス意識

子供に放ってたってこと。

 

これだとね、残念ながらね、

 

自分の思うような結果にならなかったり

 

相手は反発したりして

 

現実は希望とは

かけ離れてしまうってこと。

 

 

知らず知らずのうちに

 

私、コントロールの意識

飛ばしてたんだな〜って

 

ほぼ、自分の安心を得る為

褒めちゃってたわ〜!!って

 

今更ながら気づきましたね(笑)

 

 

やらかしてた~

 

 

褒めることが駄目って訳じゃあ

ないんだと思うんです。

 

今回の次男に対しても

 

お〜あんなに試合で忙しかったのに

自分で時間をやりくりして

知らん間に勉強してたんだ〜!

 

あんなに大好きなゲームも

テスト前は我慢して

勉強してたんだ〜!

 

という事が分かったから

 

あの生活の中で

その成績なら、まぁすごいな〜!

 

と普通に褒めたくなったし

 

褒めるって言い方よりも

称賛するっていうか

 

スゲ〜!やるな〜!

みたいな、尊敬に近い気持ちかな?

 

 

だから昨日も次男に

 

こうなってほしいからって訳じゃなくて

 

すごいね〜!

と自然に口から出ちゃってました。

 

 

 

 

 

親って子供が大切だし

 

子供に幸せになってほしいって

そんな親心をもって

赤ちゃんの時から育ててるから

 

子供をしつけたり

子供を導いてあげたり

 

一生懸命頑張ってきますよね。

 

子供が小さいうちは

 

子供を上から引っ張り上げる

ってことも

とっても大切な過程だって思う。

 

 

でもね

子供がある程度

成長してきた時には

 

もう上からじゃなくて

 

同じ位高さで横から眺める

ってことに

 

変わる必要が、

あったんだろうな〜って

 

自分の失敗からも

そう実感しています。

 

私がなんとかしてあげなきゃ

 

って気持ちが捨てきれなくて

ずっと頑張ってる人って

 

私だけじゃなくって、

不登校を経験するお母さんには

とっても多いんじゃないかと思う。

 

でも、もうね

もう頑張らなくてもいいんだよ

 

ってことなんだと思うんです。

 

私が子供を褒めて

子供を何とかしなくても

 

子供は自分で何とかする。

 

こうやって

信頼の意識を向けることが

 

子供との境界線を引くことにもつながるし

 

とっても大切なんだろうな〜って

 

今、活き活きと生活してる次男をみると

 

心からそう感じています。

 

 

 

頑張らないって決めた私は

 

今日は朝から1人でこたつでダラダラな

クリスマスイブを過ごしてます(笑)

 

どうか皆様も

 

美味しいものを食べて

リラックスして過ごして

 

心穏やかに過ごされることを

お祈りしています。

 

メリークリスマス🎄🎄🎄

 

 

 

 

 

 

先日、UM Iの同期の仲間と方に

カウンセリング練習を

していただきました。

 

 

今回で同期の仲間で

不登校を経験したって方と

カウンセリング練習したのは

 

4回目!

 

 

UMIの仲間の中で

 

不登校の経験率が高いのか

お互いに引き寄せあってるのか

 

それは不明(笑)

 

 

でも

 

自分が経験した事で

カウンセリングさせていただくのは

 

自分の事を振り返ることができるので

 

とっても

有難いな〜と思ったりします。

 

 

今回、カウンセリングさせていただいて

改めて感じたのは

 

目の前で起こる出来事は

やっぱり全て必然だってこと。

 

 

不登校って出来事は

 

その思い込みはもう要らないよ!

 

とか

 

その生き方はもう変えようよ!

 

とかのサインで、

 

それを子供から受け取ってるってこと。

 

 

 

子供が不登校になると

 

もう、地獄に落とされたような

 

そんな気持ちになっちゃいますよね。

 

 

でもね

 

そんな私も

 

子供が不登校になって

 

自分の心の旅をすることになって

 

結局

 

手の中に残ったのは

 

幸福感でした。

 

 

 

 

 

 

人間って生きてく中で

 

誰からも強要されちゃあいないのに

 

我慢したり、

 

頑張ったり。

 

 

 

そして勝手に

 

我慢させられた悲しみとか

 

分かってもらえない悲しみとか

 

そんな想いを

 

自分では気づかないまま

 

ずっとぶら下げて生きている。

 

 

 

 

それが、

 

その人の個性だったり

 

その人の生きる糧だったり

 

そんな役割だってあるんだけど

 

それ、もう要らないよ

って時になったら

 

目の前に問題として

現れてくるんですよね、、、

 

 

 

 

 

その問題に向き合った時に、

 

自分の心に向き合う過程で

 

昔の自分に会いにいくと

 

あ〜

私がぶら下げてた

こんな想いがあったんだ!

 

我慢させられた悲しみ

 

とか

 

分かってもらえない悲しみ

 

とか

 

私、そんな想いをずっとぶら下げて

生きていたんだ〜。

 

 

ってやっと、やっと

 

自分では気づかないまま

ずっとぶら下げてた想いに

 

気づいてあげれる。

 

 

この時

 

自分が自分の底に握りしめていた

 

そんな気持ちに触れた時、

 

何とも言えない安堵感

 

何とも言えない幸福感

 

包まれます。

 

 

 

そして長い間

 

心の底に身を潜めていた

 

我慢させられた悲しみ

 

とか

 

分かってもらえない悲しみを

 

分かってもらいたかった人に

(大抵の人は自分のお母さん)に

伝えられた時に

 

 

我慢のさせられた〜とか

 

分かってもらえなかった〜とかの

 

その未消化な感情が昇華されるんです。

 

 

 

今日も

 

カウンセリングの中で

 

自分の想いに、

 

ご自分で(勝手に)気づかれて

                 ↑ありがた〜い!

そして

 

その想いを天国のお母さんに伝えたら

お母さんが抱きしめてくれました。

 

って

 

そんな話もして下さって

 

愛を見つけた幸福感に包まれて

 

いらっしゃいました。

 

 

そんな、愛を見つけた場面を

 

また再度、私も体験できたような

 

気持ちになって

 

私もとっても幸せな気持ちになりました。

 

 

 

私もね

 

子供の不登校という出来事に遭遇して

 

自分に向き合う過程で

 

同じような心の旅をしました。

 

 

 

 

子供が不登校になると

 

世の中のレールや

 

世の中の普通から

 

外れてしまった不安に襲われます。

 

 

これが、本当にキツイんだけど、

 

そんなものは

 

事実をみていったり

 

不安を具体化することで

 

意外と捨てられるんです。

 

 

 

でもね、

 

それでも何故か

心の霧が晴れない。

 

 

よくよく考えたら

 

不登校ってそんな

 

恐ろしい出来事じゃないって

 

分かるんだけど

 

何故かモヤモヤが晴れない。

 

 

そんな時は

 

自分の心の底に

 

未消化な感情があるってこと。

 

これがいわゆるブロックです。

 

 

 

 

結局ね

 

子供の問題じゃなくて

自分の問題な訳なんです。

 

 

 

例えば、私の話でいうと、

 

辛そうな子供

悲しそうな子供

 

そんな子供を目にした時に

 

心に湧き上がってきたこんな感情。

 

 

辛そうな子供を見たくない

 

かわいそうな子供を見たくない

 

 

これはね、実はね、

 

過去の自分を子供に投影して

 

そんな自分を見たくなくて

 

そんな感情が

 

湧き上がったってことだったんです。

 

 

関連記事↓

 

 

 

投影してたのは

 

昔の

かわいそうな私

辛そうな私。

 

 

不登校の子供を眺めて

湧き上がる想いは

 

子供に対する想いじゃなくて

 

実は

 

自分に対する想い。

 

 

だからその

 

かわいそうで

辛かった私に会いに行って

 

話を聴いてあげて

 

悲しい気持ち

辛い気持ちを

ただ分かってあげる。

 

もうね

 

それが一番大事で

 

それだけで充分。

 

 

 

それに気づかなかった自分だけど

 

それを一番

 

求めていたってことなんです。

 

 

 

 

 

こんな風に

 

心の旅をして

 

昔の自分に会いにいって

 

話を聴いてあげて

 

心の底にずっと握っていた想いを

 

手放してあげる。

 

 

もう手放してもいいよ

 

ってことを知るために

 

子供の不登校を経験したんだって

 

本当にそう感じます。

 


 

 

お互いにカウンセリングした後に

 

やっぱりカウンセリングってすごいね

 

って

 

互いに褒め称えあった私達(笑)

 

 

とても楽しい時間を過ごせた

 

素敵な一日でした。

 

 

私の職場は

小児科なんだけど

 

小学生、特に中学生の子で

 

頭痛や吐き気などで

学校を休みがちになってる子が

よく受診しに来るの。

 

 

かつての我が家の長男みたいに

 

起立性調節障害などの

自律神経の不調

 

出てしまっている子達ですよね。

 

 

 

 

こんな風に

 

多くは体調不良で

学校に行けない子が来るんだけど、

 

先日

 

そういう子供達とは違って

体調不良などはないけど

 

別の検査をするために受診した

 

学校に普段行ってない

いわゆる元気な不登校児と

言われる子が

病院に来たんです。

 

 

 

 

採血する時に

大暴れしてしまったりしたから、

 

感情の抑制が苦手な子なんだと

思うんだけど

 

 

その子の事を、看護師さん達が

非難する話していたのを

耳にしたの。

 

 

 

 

 

なんで学校に行かないんだろうね。

 

あんなに元気なのにね。

 

 

なんかね、それ聞いたら

 

悲しいような

 

納得するような

 

何とも言えない複雑な気持ち

 

なっちゃいました。

 

 

 

 

そうだよね。

 

そう思うよね。

 

なんでだろうと不思議になるよね。

 

分かるよ。

 

昔は私もそう思ってたし。

 

 

でもね。違うのよ

 

学校に行かないのは

 

その子なりの訳があるのよ。

 

 

 

 

 

不登校はサボりだ!

 

不登校は最悪だ!

 

 

って、周りからも思われるし

 

当事者の家族も思うし

 

 

不登校が悪者にされてしまってる場合

 

やっぱり大半だと感じます。

 

 

 

でも、この事実が分かると

 

そんか見方をする人も

 

減るんじゃないかなって思う。

 

 

 

 

頭で考えてること(顕在意識)と

 

心の底で考えてること(潜在意識)は

 

別物で

 

顕在意識では

学校に行かなきゃ

学校に行きたい

 

と思ってるから

子供はそれを口にするし、

 

 

潜在意識では

学校に何か

そこを避けたくなる理由があるから

 

子供の体は学校に向かえない。

 

 

つまり

 

子供の行動は

 

潜在意識で決まっているってこと。

 

 

潜在意識は本人の無自覚の領域だから

 

そりゃあ、本人すら

 

なんで学校に体が向かわないのか

分かんないけど

 

潜在意識の中に

 

学校という場所の何かを

避けたい理由があるから

 

なぜだかわからんけど

 

学校が怖いとか感じて

 

学校には体が向かわないんです。

 

 

 

 

 

 

我が家の長男も

 

我が家の次男も

 

なんで学校行けなかったのか?

 

何で体調が悪くなったのか?

 

なんて、今でもさっぱり

 

理由は分からないみたいだしね。

 

 

 

 

なんだか分からないけど

 

行こうと思ってるから行くって言うけど

 

体が学校に向かわないから行けない。

 

 

 

これが多くの人が

 

不登校の子が

 

行く行く詐欺をする

本当の理由なんですよね。

 

 

 

だからね

 

詐欺じゃないのよ。

 

冤罪なのよ。

 

 

だって悲しいなって思うのよ。

 

親が愛している子供と

 

子供が愛してる親

 

相思相愛の関係だったのに

 

罪を犯した加害者

 

被害を加えられた被害者

 

なちゃってるってことが!

 

 

どっちも悪くないのに

 

誤解し合っちゃってるってことが!

 

 

この冤罪に気づくだけで、

 

責めることも

 

責められることもなくなって

 

 

本来の

 

相思相愛の状態に戻れるんじゃないかって

 

思うんですよね、、、、。

 

 

 

 

このしくみが理解できると

 

また行く行く詐欺に騙された〜!

 

とムカつかなくなりますよね。

 

 

そうすると

 

親が子供を責めたくなる気持ちが

なくなるから

 

子供も親からの

マイナス意識を

向けられなくなりますよね。

 

 

子供をどうこうしたくなる

コントロールの意識を向けて

子供のエネルギーを奪ったり

 

子供を問題のある子

と認定する意識を向けて

その通りの現実を引き寄せたり

 

そんな望まない結果

 

避けれるってことなんですよね。

 

 

 

まずは

 

こんなしくみに気が付いて

 

お互いに

 

加害者でもない被害者でもない

 

そんな世界を取り戻していくことが

 

 

悲しい冤罪事件を起こさないように

 

なれるってことだし

 

心の平穏を取り戻していけることに

 

なるんだって思います。

 

 

そして

 

行く行く詐欺をされたと感じて

 

ムカついたのなら

 

子供にマイナス意識を向けるんじゃなくて

 

自分に意識を向ける!

 

 

 

ムカつく気持ちに蓋をしないて

感じ切ってみる。

 

 

 

自分は頑張ってるのに

頑張らない子供に腹が立つ

 

例えばそんな怒りがあるのなら

 

自分が何をされたと感じて

ムカついたのか?

 

自分が何ができないと感じて

ムカついたのか?

 

その怒りの下の想い

見つけてあげる

 

頑張ったのに認めてもらえない自分

 

役に立てなくて悲しい自分

 

きっとそんな想いが隠れているはず

 

 

そこをを探っていって

 

そこを見つけてあげることが

 

本当の事件の真相

近づいていけることで

 

 

その人にとっての

 

不登校のゴールなんだろうな~って

 

そう思います。

 


 

 

 

 

 

 

今日は中学二年生の次男の学校で

 

三者面談がありました。

 

 

期末テストの順位表もらって

 

あとは、連絡事項を聞いただけだから

 

あっという間に終わっちゃって

 

早々に2人で帰ってきました。

 

 

 

その先生との話の中で

 

なんかどうも引っかかるな〜って

 

話しながら思ってたんだけど

 

家に帰ってきて

 

何で引っかかったの?って

 

よくよく考えてみたの。

 

 

 

先生

『次男くんは、部活も忙しいのに、

   勉強も頑張ってやってますね。

   よくね、部活が大変だから、

   勉強する時間がないし、

   勉強出来ないって子がいるんだけど

   そんな事はないんですよ。

   勉強できる子は、部活もちゃんと

   できるんですよ』

 

 

 

 

要は

 

部活を勉強できない理由にするな

 

って意味なんだと思うんだけど、

 

 

学校の先生としては

 

生徒の成績を上げる事を

一つの目標としてる訳だから

 

成績を上げる為には

時間を自分で作って 

勉強しなさいってことが

 

言いたいんだと思う。

 

 

 

 

う〜ん

 

何が引っかかったの?

 

 

あ〜、先生の言葉が

 

勉強ができないけど

部活をちゃんとしてる子を

否定する発言

 

に聞こえちゃったから

引っかかっんだな〜!

 

 

先生的には

 

勉強が出来ないと

部活を頑張ってやっていても

 

それは評価しなくて

 

好ましく思ってないんだな〜って

 

私が感じたから

モヤっとしちゃったみたい。

 

モヤモヤ~

 

 

 

そもそも

 

中学校っていう場所が

 

今の日本の制度の中では

学習能力を上げる為の場所

になってるんだから

 

先生がそういう発想になってるのも

分かる。

 

そして

 

そういう事を期待している親も

沢山いることも分かる。

 

 

でも

 

色んな気質の子がいる訳だし

 

勉強に気が向かない子もいて

 

勉強以外に興味がある子もいるはず

 

 

 

そこを一択で

 

成績がよくないとダメ

 

 

だとしちゃうと

 

そうでない子供達には

 

なんか夢も希望も持てなくなる気が

 

しちゃうんですよね、、、。

 

 

 

その子の興味に合う教育が

 

今の日本で出来るといいな〜と思う。

 

 

小学生までの勉強で

 

日本人として

必要なことは学べてると思うのは

私だけなのかなぁ、、、。

 

 

例えば

 

中学校からは

 

興味のある分野のことだけ

 

学べるようになるとか。

 

 

勉強もよし

 

スポーツもよし

 

料理もよし

 

物を作るもよし

 

動植物の研究をするもよし

 

 

 

 

勉学として、成績をつける為の

 

国数英理社

 

体育、家庭科、技術、美術、音楽

 

ではなくて

 

 

自分の興味のある分野だけを

 

学んだりできる場所

 

 

高校や大学からじゃなくて

 

中学校からも

 

そんな選択ができるような

 

世の中になったら

 

日本も面白くなるんじゃないかな〜

 

 

世の中の流れとして

 

いい高校、いい大学に行く事が

素晴らしい事っていう価値観も

 

無くなっていく気がする。

 

 

そんな世の中になったら

 

勉強できる子が素晴らしい

ってことにはならなくなって

 

勉強至上主義ではなくなって

 

内申がどうとかも、なくなって

 

子供が色んなストレスから解放されて

 

子供の心が

自由になれるんじゃないかな〜

 

不登校になってしまう子とかも

少なくなるんじゃないかな〜

 

 

 

な〜んて

 

先生の発言から

 

そんな妄想をしてしまいました。

 

 

でもね

 

世の中や先生が

 

とんな価値観でも

 

 

私達は親として

 

子供に価値をつけないで

 

そのままの子供を見てあげること

 

そのままの子供を愛すること

 

 

それしか出来ないんだろうな〜

と思うし

 

それさえできればそれで十分だし

 

子供が一番求めているのも

 

それなんだって思う!

 

 

我が家の長男が

 

自律神経の不調があって

 

起立性調節障害の重症だと言われて

 

不登校になって

 

引きこもりになって

 

学校を捨てて

 

高校進学をやめて

 

おうち生活を始めた時に

 

私が長男に

 

まあ、ママはあなたが生きててくれたら

それでいいし

 

ってふと言ったときに

 

あんまり愛想のよくない長男が

 

私にみせてくれた

 

輝くような笑顔

 

 

あれを見た時に

 

なにが必要だったのかが

 

やっと分かったような気がして、

 

いまでもあの笑顔は

 

忘れられない

 

私の思い出で

 

私の宝物になっています。