今日も良き1日のスタートを切れました。(自画自賛)

朝の習慣を取り入れてから

生活のリズムがとても良くなっていることを感じます。

 

やっていることをさらりと書いてしまうと

 

朝起きて、すぐに全身のび~をします。

全身のガス交換をするように深呼吸しながら全身の

筋肉やら関節やらをふにふにと伸ばします。

 

二度寝はしない!

 

起きたらすぐにお湯を沸かします

今はT-falの瞬間湯沸かしポット使ってます。

ずっとやかんで沸かせば良いと思っていたんだけど、これは中々便利ですよ。

沸かしすぎもないし・・

 

僕はよくやかんに火をかけてそのまま忘れるっていう得意技があって

気が付くとやかんがぼうっと赤い光を放っているんです。あぶないですよー

 

で、お湯を沸かしている間に

 

☆口を水ですすいだりうがいしたりします。

 うがいは強めにぶくぶくとします。

 

☆次にオイルプリングします。

 アーユルヴェーダのひとつだそうです、由来はあまりよく知りません。

品質の良い食用油(ゴマ油とか、オリーブオイルとか低圧圧搾のに限る)を 大さじ一杯ほど口に含んでもにゅもにゅと口全体に回します。 

 

☆その後、普通に歯磨きをします。

 柔らかめの歯ブラシで、やばい系の添加物が入っていない歯磨き粉を使います

(歯磨き粉もいろいろアブナイものが多いので食べ物同様気を使います)

 

☆歯磨きの一環で、舌苔取りもします。

 舌苔取りは絶対おすすめです!

(オイルプリングやらその他について詳しくは他のブログで紹介しますね。待ってらんねーよとか、ご質問ある方はコメントからどうぞ~)

 

これらの事をやっている間にお湯が沸いています。

 

コップ一杯分のお湯を取り分けてお白湯にします。

残りを使って1リットルのぬるま湯(人肌くらい)を作ってお塩を入れて生理食塩水にします。

 

☆生理食塩水で鼻うがいをします。

鼻うがいのやり方はこちらの方のがとても参考になりました。

 

 

 

 

いろんなやり方あるみたいですけど、ちこさんのやり方が一番しっくりきました。

余談ですけど、洗面所めっちゃきれいですよね、毎日掃除してるんだろうな・・・

 

一応、念のため、注意事項ですけど・・

鼻うがいは水道水は絶対やめましょう

水道水は刺激が強いっていうのもあるけど、飲む分には大丈夫な

微生物やらいてますので、まじめに避けましょう。

 

飲んだらいかんってことじゃないんですよ。僕は飲まないけど。

 

で鼻うがいまで終わったら

お白湯もってベランダ行きます。

 

お日様が出ていても出ていなくて、出ている気分で(思い込みで💦)

 

☆太陽に向かって今日一日の事やら、大事な人の事やらを思い浮かべて

今日一日が充実した良い1日になるようにお祈りします。

 

☆ついでに太陽の温かみを体に吸収したら今日1日の予定を確認します。

 

お白湯をちょいちょい飲んだりしながらこれらの事(☆マークのルーティン)を

だいたい30分くらいでやります。

 

 

その後1日の予定がそれそれあるんですけど

切り替えのタイミングで、これからやることを口に出して言います。

 

「ご飯つくります~」とか「ぶろぐかきます~」とか「お風呂はいります~」とかですね。

夜寝る前にも「これから寝ます~」っって言いますよ。

 

口に出して言わなくてもいいんだけど、”身口意”って言うんですかね、

口に出して言った方がその後の出来事うまくいくようになりますね。

 

言霊とかご存じの方も多いと思うんですけど、

やってることと心と意識がばらばらにならないようにっていうおまじないみたいなものです。

 

これ、全部やってると毎日の生活が充実したものになりますね。

毎日続けるの大変だな~って思うかもしれないけど、習慣になってしまうと

やらないと気分悪いです、落ち着かないっていうか、忙しい時でも、というよりは

 

忙しい時ほどやった方がいい!

忙しい時って気が散っている時が多いんですよね。

ミスしやすくなるし、散漫だと、良い仕事にならないことが多いのでやり直しとか

もっと時間かかることになってしまいます。

 

忙しい時ほど立ち止まって一旦整えて、きちんと切り替えないとですね。

 

続けるコツなんですけど、これ人の習慣って2週間継続すると習慣になって

完全に定着するまでは6週間継続するとよいと聞きます。

 

習慣化してしまえば楽なものですよ。

 

習慣化のコツっていうか、心掛けることっていうのは

他人の為に自分ができる事をやり続けるっていう事ですかね?

 

”他人の為”っていうのがキモなんですけど

家族でも恋人でも大切な人に幸せになってもらえるように

自分ができることって何だろう、って常に考え続けることと。

そういった人たちに感謝の気持ちを伝える気持ちで続けるってことかな?

 

継続のコツってこれですよ。

 

そんなに難しくないことで

これを生活に取り入れるだけで、1日のリズムがとてもよくなるし

頭も体もすっきりしてきますよ。

 

風邪ひきにくくなるし、

食べ物とか、おいしく感じるようになりますよ。

 

食べ物、食べ方なんかも色々書きたいことあるんだけど。。

また機会みて書いていきますね。

 

僕ら自身のリズムがよくなって、自分自身が変わっていくと

不思議とそういう良いリズムっていうかオーラ?波動みたいなものって

周囲の人にすこしずつ影響を与えていくようになります。

 

ヘンテコな壺買うよりお金もかかりませんし、

ぜひ全部じゃなくてもいいので、鼻うがいと口腔内ケアはやってみましょう~。

 

夢だったのか、白昼夢なのかはっきりしません。

すごく感覚的でわかりにくいので、説明をしやすくするため、ここでは夢を見たとしておきます。

僕は前世(だと勝手に思っている)は女工さんのようなものだったのではないかと思っています。

なぜそう思うのかと言うと、一回か何回かもう分からなくなってしまったけど。
蚕を飼っている小屋というか、納屋のような建物の中を歩いている女の子になった夢を見たことがあるからです。(なった、というのはあまり正確ではないですね、自分の姿が見えていたわけでは無くて、そこにそういうものとして居たという感覚だけです)

夢の中で僕は、

 

柔らかな日差しが壁のすき間から差し込んでくる納屋のような小屋のような建物の中を歩いています。壁は木の板がすき間を開けて組まれていて、板と板の間から柔らかい日差しが斜めに入り込んでいる。

 

風通しがよく、決して明るくはないけれども全体に午後の柔らかい空気が漂っていて、夢の中の僕はリラックスしてるようでした。

 

納屋の中で感じられるものといえば、蚕たちが桑の葉っぱを噛むカサカサとした音と、少し暑いくらいの空気だけ。板のすき間から外を覗くと、そこは一面の桑(だと思う)の畑で、日差しがいっぱいに広がっていて、その中で僕はただただ、蚕の音を聞きながら桑畑を眺めていました。

夢の中のお約束ですが、シーンは切り替わって、工場(といっても木製の工場)の中。

そこでは大きな窯だか鍋のようなもので、たくさんのカイコの繭がぐつぐつと煮込まれていて、もうもうとした湯気が立ち込め、鍋から繰り出される糸が大きな機械(これも木製)で巻き取られていました。

 

そこで働く人たちは気配だけで(又は記憶できていない)姿は見えませんが、ぐつぐつと煮られているカイコ鍋からは、甘いような酸っぱいようななんとも言えない匂いが充満していました。

僕自身がそこで働いていたのか、それともただ眺めていただけなのか分かりません。僕が記憶しているのは湯気と臭い、機械が糸を巻き取っているシーンだけです。



その夢を見たのは小学生の頃で、一度だけ母親にその話をしたことがあります。母親は僕の話を聞いて、「どっかのテレビ番組でみた映像を覚えてるだけなんじゃない?」と言いましたが、テレビじゃ匂いは分からないだろうって思いながら、そうかもしれないねと、それ以上母親とその話をしませんでした。

その後、長い事、僕がカイコの夢を見たことは忘れていましたが、ある時観光で立ち寄った場所で、絹糸生産のデモンストレーションをやっていて、実際にカイコの繭を煮て糸を取り出すという作業を見学しているときに、あの匂いを嗅いだのです。

その瞬間に僕はあの夢を思い出しました。僕の現世の記憶では後にも先にもその見学以外でカイコの繭を煮るなんていうシーンはありません。

なのに僕は確かにその匂いを知っていました。


それから先、僕は事あるごとにこの事を思い出し、そして不思議に感じていました。

実際のカイコ小屋のレプリカを見たりしても、僕が夢で見たようなカイコ小屋は実際には無いのか、出会ったことはありませんが、そういう意味では匂いだけですね。覚えていたのは。

不思議に感じたのは風景の違和感ではなくて、

本当に前世の記憶だとして、前世というものがあったとして、僕が実際に製糸工場で働く女工さんだっただとして、どうしてその記憶が100年以上?も経ってから僕の夢に現れたのか、です。

多くの人は記憶の掛け違いだとか、テレビが影響しているんだとか思うでしょう。
僕も、映像と音だけであればそれが影響していて見た夢と納得もできたのですが、

匂いはどうしても合点がいかないのです。

だから、これは前世の記憶か、その断片なんだろうと思う事にしています。


このことがあってから、僕は人の記憶っていうのはどういう仕組みになっているのかとか、
人の魂とか、霊魂といったものは一体なんだろうと考えるようになりました。

ただのたんぱく質やら、アミノ酸やら炭素や水でできている有機体が、なぜ
意志や意識をを持ったり、感情を感じたりするのだろうか?

今考えているこの考えは脳細胞が集まってできた単なる記憶装置でしかない、
脳で考えているのかそれともどこかほかの部分、例えば心臓とか、腸だとかで考えているのか、そもそも生命ってなんだとか、死んだら体は滅びるけど、魂はどこに行くのか、そもそも魂って存在するのか?とか、そんな形にもならない思考の遊びという程度ですけど・・・

せいぜい僕の独自の思考では、死んだ瞬間人の体重は12g軽くなるっていう話を聞いては魂の重さは12gだから魂は物質なのか?とかそんな事を事ごとに考えていた程度です。

そんな事を考えているうちに

あるアニメを見て、なるほどど思ったことがあります。

「ログホライズン」というアニメだったと思いますが。

その中で魂魄理論というのを主人公が語っていたんです。

それは人の体は魂(こん)、すなわち魂(たましいあるいは霊魂)と魄(はく)すなわち肉体で構成されていて、魂、つまり霊魂やたましいはそれだけでは存在することが難しく、魄という入れ物に入り込むことで維持することができる。

 

それは形を持たず、器に入れた水のように、器の形に合わせて形を変えるもので、また器が壊れればそこから流れ出してしまい蒸発するように空気中に溶けて見えなくなってしまう。

魄を動かすための指令ともいえ、思考や魄(肉体)の統制を担ったり、感情、意識そのものであったりする。


魄、すなわち肉体は、意志を持たない入れ物で、魂が入り込むことで初めて命ある生き物として、肉体を維持することができる。ひとたび魂が肉体を離れれば、数分で機能を停止して壊れ始め、最終的には元々の構成物質まで分解されてしまう。これが生命の死だ。


つまり、死というのは、肉体(魄)から生命(魂)が抜けてしまうこと。

死ぬと肉体は滅びてしまうのは経験的にみんな知っているが、では魂はどうなるのだろうか?

上で語ったように、水のようなものだと考えれば、零れ落ちてやがて蒸発して大気に溶けてしまう。そこにそれがあったとすら分からないくらいきれいさっぱり。

そして大気に溶けた魂は水蒸気が空気に混じって拡散していくように、大気中に、生命の源として溶け、そして広がっていく、そこには、他の個体、他の生命から抜け出た魂も同じように拡散して、そ混じり合って大きな生命エネルギーの流れとなっていく。

生命エネルギーはしばらく漂ううちに、また新たな器となる魄に少しずつ取り込まれて、新たな生命の活動を支える魂となる。

肉体は物質として地球という大地に溶け、魂はエネルギーとして大気に溶ける。そしてどちらも再生のサイクルを経てやがて新しい生命として誕生する。

これが輪廻転生ではないかと僕は考えています。


記憶というのは、大半は魄であるところの脳という機関、大脳新皮質に記録(記憶)されるのだけれども、ごく一部は魂にも記憶されるのじゃないだろうか?と思っています。

肉体が覚えている記憶は死と共に失われてしまうけれども、魂が覚えている記憶は、他のいろいろな魂とまじりあって次の生命に記憶として受け継がれるのじゃないだろうかとも思っています。

これが、「前世の記憶」と呼ばれるものなのかと思います。

なので、冒頭で僕が語った前世というのは、僕の魂を構成しているほんの一部の魂が持ってきてくれた記憶なのかなと思っています。

これもまた別の夢なのですけど、子供の頃から僕は何回も、自分が鹿になった夢を見ています。物心ついたころから、何か月か何年かおきに、今でも見る夢ですが、毎回シーンは違うけれども、母親と思しき鹿と常に一緒にいる夢で、自分の姿は見えないけれども、おそらく自分はその母鹿の子供なのだと思っています。

これもさっきの転生の話と同じで、もともと子鹿だった魂の一部が僕が産まれるときに僕の魄に取り込まれて、その記憶を受け継いでいるのかなと。

仏教の輪廻転生は六道をめぐって再び人となると書かれていますが、実はあらゆる生命の要素として魂があって、生き物は毎日たくさん死んでたくさん生まれてるので、魂も魄もこの生命サイクルの大きな流れのなかで循環し続けているのだろうなと。

最近ではそう思うようになっています。


今日はそんなお話でした。

 

コロナウイルスの影響で出歩くことがめっきり減りましたね~



自粛に前向きではない僕ですら出歩くことが減ってるんだから

すっかり自粛生活されている方々は

ほんとに家にいる時間長いんだろうなと思います。



「Stay Home」でしたっけ?



あんまり引きこもっていると

運動不足なったり妙なストレス溜まったりして



免疫力下がりますよ!





国も散歩やら人の集まらないところでの

軽い運動は推奨しています



ですので自粛中でも運動しましょう。




今、ZoomやらNETFLIXの利用者すっごい増えてて

株価すごいことになってますね。



自粛やらテレワークやらで会社に行かなくても

仕事ができるっていう事に多くの人が気が付いちゃって


今後テレワークどんどん定着していくんだろうなと






僕もどっかのブログで書いたんだけど

人が集まるところってだんだん減っていくんだろうなと


もっと進むと


住む場所が通勤時間に縛られにくくなってくるので

人が、地価の低い地方に分散していくのかな

地方に人が移動すると、サービスを提供するお店も

だんだん拡散していくんだろうな。


地方は活性化するかもしれませんね

国は中々変化しないかもしれないけど

公共機関も一極集中は危険なのが分かってこれも分散する・・かな?

偉い人は中々動きがとれなさそうですね。




人が集まらない~から~地方分散



そうすると、人との距離っていうのが物理的に遠くなっていく

人間関係が保てなくなるんじゃないかっていう不安が

ふつふつと湧いてきますね。



安心してください!履いてます!


じゃなくて、人間関係が壊れやすくなるんじゃなくって

元々薄い関係だった方との縁が離れていくだけなんです


へんなしがらみだとか

くされ縁っていうのはちょっと違うか・・



例えば、仕事終わりの上司との飲み会とか

行きたい人はいいんですよ、

そゆひとは距離あってもちょくちょく行くことになるでしょう

どうして行きたかったら行きますよね?



パチンコ屋さん、どうしても行きたいから車で3時間も走って

他県のパチンコ屋さんに行く人いっぱいいましたよね。



その人にとって重要なら

距離は関係ないです。



後は、無駄な会議とかも無くなるんじゃないかな

狭い会議室なんて三密もいいところ

しかも内容は薄い(笑)



テレワークで一番の障壁は、紙だそうですよ

ハンコ付かないと前に進まない書類だらけ


ハンコいるんですかね?


そんなのも減ってくるんじゃないでしょうか



会社経営している人からすると


地代の高い都会に事務所設けなくてもよくなる

高い複合機要らないし紙代も減る

高い通勤費を負担しなくてもよくなる




それと、結構重要なこと


不要な人材が簡単にあぶりだせる


今回の自粛で、会社に居なくても業務に支障が無い人って

結構はっきり分かっちゃったんじゃないでしょうか?


あれ?あいついなくても業務回るねって


誰とは言わないですよ




そうはいっても


営業は人と会ってなんぼじゃいって

確かにそうですよね、人との距離っていうのは

心理的な距離に影響しますよね。



特に僕らみたいな中年以降の人材って

やっぱり顔つき合わせて話しないと分からないし

ネット越しじゃ腹芸も何もないわいだし

どうしたって人と会わないと仕事にならないとか

建設現場みたいにテレワークとかありえない業種もあるので


もっとも建設は地方分散なればそっちに移動するから

結果的に分散しますけど



全部が全部じゃないけど、

ともかく密集していれば安心安全みたいな感覚は

もう崩壊したか、ものすごく形が変わると思うのです


だって、ウイルスは毎年やってくるし

なんならコロナウイルスよりも危険なウイルス、

 

数年ごとに発生してますよね。

んで、こっそり何千人か亡くなってますよね。


今回、アメリカやら中国が

お互いがお互いを犯人だと責め合ったり

今になって手のひら返したみたいに

躍起になって人工ウイルス説を否定しているけど



いまさら誰も信じないですよね、

そんなの信じるのって、テレビの言う事を

丸っと鵜呑みにする情報弱者くらいですよ。




だって、武漢のウイルス研究所ってアメリカが出資してるし

アメリカ人の学者もいてるし

作為を感じるほど大量の人が中国から各国に流れてるし

発表されたニューヨークのコロナ死亡者数が、

ニューヨークの全死亡者より多かったり

フェイクニュース?水増ししすぎやろ



 

これからの社会、情報をどれだけ的確に集められるかっていうのが

大切なスキルになってくると思います。

僕も磨かないと・・・

少なくとも利益に左右される企業スポンサー付きの情報

テレビとか新聞はあまり、というか全く参考にならないですね

むしろあれって昔も今も、大衆操作用のツールだから・・




と言うわけでこれからの世の中に向けた

みっつの密を考えようって

つい今日しがた僕の先生から頂いたお話で、

まだ僕も十分に咀嚼できていないけれども、書いておきますね。



これからの世の中、3つの密を大事にしよう


ひとつめ

 ◎時間の密度を高める

 家に長いこといると時間密度が下がっていく。これはとてももったいないこと。

 濃密な時間って、例えば、締め切りがあって、そこに向けて脳みそ絞っている時間だとか
 
 受験みたいに、本番の日が決まっていて、そこに向けてパフォーマンス、エネルギーを

 最大限高めて、濃縮していく時間のように、ある意味自分を追い込んで、全力を出す期間。

 この時の勉強とか、やった仕事って、後々の人生にも影響を及ぼすような大事な財産になる。


ふたつめ
 
 ◎情報密度を高める

 たくさんの情報を、セリフを棒読みするような捉え方ではなくて

 濃淡をつけていく、濃いところは重要なキーワードになる。

 あらゆる情報を均等に扱うのではなくて、 情報の濃淡をつけ、メリハリを持たせる

 情報密度を上げると、少ない情報ワードの中に莫大な情報が含まれる。

 例えば一年間の講義を1枚の紙に圧縮してまとめるとか、エッセンスですよね。

 会議でも何が重要なのかをまとめ、濃い情報をさらに圧縮するようにする。


みっつめ

 ◎心理的密度を高める

 物理的な距離が近くなると心理的な距離は近くなりやすい。
 
 確かにその通りだけれども

 心理的な距離は、必ずしも物理的な距離が近くないと縮まらないわけではない。
 
 希薄な関係がより希薄になるということは希薄な関係の為に必要なエネルギーは減る

 逆に濃密な関係に注ぐエネルギーの量は増やせる。


 距離が詰められなければ、安心感を高める、

 この人になら何でも相談できる。

 この人とのコミュニケーションは高いエネルギーを感じられる。

 そういう雰囲気だとか関係性の力を「場の力」と言う

 場の力は距離を超える。

 



 活気にあふれた人たちの中に混じると元気が出る

 不満を抱えた人たちの中に混じると不満を言うようになる。

 怒りを露わにする人たちに混じると怒りを感じる。 
 


 多くの人に必要なものは安心感を感じられ、

 

 安心して実力を発揮できる、環境=場


 だから、仕事も勉強も孤独に進めるのではなくて、

 同じ道を歩く仲間とタッグを組む。

 

 それは戦友のような一体感、絆を産む。


 ゆえに、

 心理的密度は信頼強度に比例する。

 信頼感と安心感から得られるエネルギーは膨大な量になる。



 エネルギー、熱量、熱気、元気、やる気、どんな呼び方でも構わない
 

 自分もその場に提供できるエネルギーが増えるし、

 受け取る熱量も増える。

 
 お互いの元気を提供し合えるような関係性を育てていこう。



国が三密で経済を壊そうとするのなら

僕らは僕らの三密で自立できるようにしよう。


独りではなく、二人で、三人で千人で、気が付いた人から

 

未来を創り出そう。

 

もう始まってますよ!