ワールドカップ物語#6
おいっス!! エドゥです。
1998年大会、ついに日本が初出場。日本人にとって、やっとワールドカップが身近な存在になりました。
1998年・フランス大会
参加国 : 32ヶ国
開催期間 : 1998年6月27日-1998年7月12日
優勝 : フランス
準優勝 : ブラジル
3位 : クロアチア
4位 : オランダ
得点王 : ダヴォール・シューケル(クロアチア)
6得点
出場国
ヨーロッパ
フランス(開催国・3大会ぶり10度目)
イタリア(前回準優勝国・10大会連続14度目)
ドイツ(12大会連続14度目、西ドイツ時代を含む。)
イングランド(2大会ぶり10度目)
スペイン(6大会連続10度目)
ベルギー(5大会連続10度目)
ユーゴスラビア(現セルビア・モンテネグロ)(2大会ぶり9度目)
スコットランド(2大会ぶり8度目)
オランダ(3大会連続7度目)
ブルガリア(2大会連続7度目)
ルーマニア(3大会ぶり7度目)
オーストリア(4大会ぶり6度目)
ノルウェー(2大会連続3度目)
デンマーク(2大会ぶり2度目)
クロアチア(初出場)
南米
ブラジル(前回優勝国・16回連続16度目)
アルゼンチン(7大会連続12度目)
チリ(4大会ぶり7度目)
パラグアイ(3大会ぶり5度目)
コロンビア(3大会連続4度目)
北中米カリブ海
メキシコ(2大会連続11度目)
アメリカ合衆国(3大会連続6度目)
ジャマイカ(初出場)
アフリカ
モロッコ(2大会連続4度目)
カメルーン(3大会連続4度目)
チュニジア(5大会ぶり2度目)
ナイジェリア(2大会連続2度目)
南アフリカ共和国(初出場)
アジア
韓国(4大会連続5度目)
イラン(5大会ぶり2度目)
サウジアラビア(2大会連続2度目)
日本(初出場)
トリビア
1.本大会前には、三浦知良(日本)・ロマーリオ(ブラジル)・ガスコイン(イングランド)らが代表に選ばれなかったことが話題に。
2.アジア勢は不振で4カ国全て一次リーグで敗退。サウジアラビアは1分2敗、韓国も1分2敗、日本は3戦全敗。イランは1勝2敗で一次リーグ敗退も、アメリカに2-1でW杯初勝利を上げました。
3.アンリ、トレゼゲ(フランス)。ベッカム、オーウェン(イングランド)。ロナウド(ブラジル)、デル・ピエロ(イタリア)。ラウル(スペイン)といった初登場の若手が活躍した大会でした。
4.とはいうもののイングランドのデビッド・ベッカムは、決勝トーナメント1回戦・対アルゼンチン戦において、シメオネのタックルで倒された際に報復行為をはたらき一発退場。チームも敗退し、大きな批判を受けました。
5.決勝戦はフランス対ブラジル。ブラジルのロナウドは試合前に突然の体調不良(痙攣を起こしたらしい)に陥りました。当時ブラジルのテクニカル・ディレクターであったジーコはロナウドの出場に猛反対しましたが、チームは強行出場(スポンサーからの圧力があったとも伝えられています)させます。
結果としてロナウドは何も出来ず、フランスのジダンに2得点を決められるなど3-0の完敗。この件がきっかけとなり、ジーコはブラジルのナショナルチームとは訣別することになります。
2002年・日本&韓国大会
参加国 : 32ヶ国
開催期間 : 2002年5月31日-2002年6月30日
優勝 : ブラジル
準優勝 : ドイツ
3位 : トルコ
4位 : 韓国
得点王 : ロナウド (ブラジル)
8得点
出場国
アジア
韓国(開催国、5大会連続6回目)
サウジアラビア(3大会連続3度目)
中国(初出場)
日本(開催国、2大会連続2回目)
アフリカ
カメルーン(4大会連続5回目)
セネガル(初出場)
チュニジア(2大会連続3回目)
ナイジェリア(3大会連続3回目)
南アフリカ共和国(2大会連続2回目)
南米
アルゼンチン(8大会連続13回目)
ウルグアイ(3大会ぶり10回目)
エクアドル(初出場)
パラグアイ(2大会連続6回目)
ブラジル(17大会連続17回目)
北中米カリブ海
アメリカ合衆国(4大会連続7回目)
コスタリカ(3大会ぶり2回目)
メキシコ(3大会連続12回目)
ヨーロッパ
アイルランド(2大会ぶり3回目)
イタリア(11大会連続15回目)
イングランド(2大会連続11回目)
クロアチア(2大会連続2回目)
スウェーデン(2大会ぶり10回目)
スペイン(7大会連続11回目)
スロベニア(初出場)
デンマーク(2大会連続3回目)
ドイツ(13大会連続16回目、西ドイツ時代を含む)
トルコ(12大会ぶり2回目)
フランス(前回優勝国、2大会連続11回目)
ベルギー(6大会連続11回目)
ポーランド(4大会ぶり6回目)
ポルトガル(4大会ぶり3回目)
ロシア(2大会連続9回目、ソビエト連邦時代を含む)
トリビア
1.大会の呼称は当初、アルファベット順で「2002 FIFA World Cup Japan/Korea」とする予定でしたが、韓国の反対で、決勝戦を日本で行うこととなった代わりという意味もあり、1996年に「2002 FIFA World Cup Korea/Japan」で決定しました。
日本語の表記は、当初「自国語の表記は自由」との合意が取れていた(日本の主張による)ということで「2002 FIFAワールドカップ日本・韓国」と表記していました。しかし2000年4月、FIFAは「2002年FIFAワールドカップ・コリア・ジャパン」と表記することを求めてきましたが、日本はこれを拒否。更にその後韓国が「日本・韓国」と表記するのは正式名称(Korea/Japan)と異なり、合意に背くとして抗議。この抗議はワールドカップ組織委員会に認められ、「韓国・日本」と表記しなければならなくなりました。但し、国名部分を省略し、「2002 FIFAワールドカップ」と表記することも認められたので、これ以降日本国内では国名省略で統一されることになりました。
また、これはあくまでも正式名称の問題であるために、日本では多くの場所で「ワールドカップ日本/韓国」という表記も見られました。
2.前回大会優勝のフランスは大会直前で負傷したジダンの穴を埋めることが出来ず、ティエリ・アンリ(イングランド・プレミアリーグ)、ダビド・トレゼゲ(イタリア・セリエA)、ジブリル・シセ(フランス・リーグアン)と3ヶ国の得点王を擁しながらグループリーグで1得点もあげられずに敗退しました。
3.チケット販売はバイロム社が一元管理し、チケットを記名式にすることで、闇売買を防ぐ仕組みを導入しました。しかし、日本ではチケット人気が沸騰し、オークションで高額で売買される事態に。また、インターネット上のチケット販売サイトはアクセスが集中し、購入できない状態が続きました。こうした状況にもかかわらず、実際の試合では大量の空席が。これはバイロム社の販売能力が低いことが原因で、チケットが試合直前まで到着しない事態も発生していました。
この件に関しては、大会後、FIFAが日本と韓国に1億円ずつ慰謝料を支払うことで決着しました。
4.本大会後、FIFA創立100周年記念の特別限定版として製作されたDVD『FIFA FEVER』ではワールドカップ100年の歴史の『10大誤審疑惑』も選定されましたが、この十大誤審の中には本大会の「韓国対スペイン戦からホアキンのセンタリングがラインを割ったという判定、モリエンテスのゴールをファールとした判定」、「韓国対イタリア戦からトッティのシミュレーション判定、イタリア側の決勝点チャンスの際のオフサイド判定」と4つもの誤審がランクに入りました。この大会の韓国絡みの誤審がランク内で最多であったことはもちろんとして、3位に入ったブラジル対ベルギー戦のベルギー先制点取り消しも含めると、一つの大会からの誤審が半分を占めることになります。これは本大会のジャッジに問題があった事を端的に示しています。
5.なお、韓国対イタリア戦の主審であったバイロン・モレノは、その後の母国で市議選に出馬しました。その際にエクアドル・リーグの試合で出馬した市に所属するチームが負けている状態で12分ものロスタイムを取ったことが原因でエクアドルの審判資格を停止されています。また、その後に詳しい理由は不明ですがFIFAから国際審判資格を剥奪され、エクアドルサッカー協会もなんら抗議をしませんでした。審判業をも廃業を余儀なくされています。
1998年大会、ついに日本が初出場。日本人にとって、やっとワールドカップが身近な存在になりました。
1998年・フランス大会
参加国 : 32ヶ国
開催期間 : 1998年6月27日-1998年7月12日
優勝 : フランス
準優勝 : ブラジル
3位 : クロアチア
4位 : オランダ
得点王 : ダヴォール・シューケル(クロアチア)
6得点
出場国
ヨーロッパ
フランス(開催国・3大会ぶり10度目)
イタリア(前回準優勝国・10大会連続14度目)
ドイツ(12大会連続14度目、西ドイツ時代を含む。)
イングランド(2大会ぶり10度目)
スペイン(6大会連続10度目)
ベルギー(5大会連続10度目)
ユーゴスラビア(現セルビア・モンテネグロ)(2大会ぶり9度目)
スコットランド(2大会ぶり8度目)
オランダ(3大会連続7度目)
ブルガリア(2大会連続7度目)
ルーマニア(3大会ぶり7度目)
オーストリア(4大会ぶり6度目)
ノルウェー(2大会連続3度目)
デンマーク(2大会ぶり2度目)
クロアチア(初出場)
南米
ブラジル(前回優勝国・16回連続16度目)
アルゼンチン(7大会連続12度目)
チリ(4大会ぶり7度目)
パラグアイ(3大会ぶり5度目)
コロンビア(3大会連続4度目)
北中米カリブ海
メキシコ(2大会連続11度目)
アメリカ合衆国(3大会連続6度目)
ジャマイカ(初出場)
アフリカ
モロッコ(2大会連続4度目)
カメルーン(3大会連続4度目)
チュニジア(5大会ぶり2度目)
ナイジェリア(2大会連続2度目)
南アフリカ共和国(初出場)
アジア
韓国(4大会連続5度目)
イラン(5大会ぶり2度目)
サウジアラビア(2大会連続2度目)
日本(初出場)
トリビア
1.本大会前には、三浦知良(日本)・ロマーリオ(ブラジル)・ガスコイン(イングランド)らが代表に選ばれなかったことが話題に。
2.アジア勢は不振で4カ国全て一次リーグで敗退。サウジアラビアは1分2敗、韓国も1分2敗、日本は3戦全敗。イランは1勝2敗で一次リーグ敗退も、アメリカに2-1でW杯初勝利を上げました。
3.アンリ、トレゼゲ(フランス)。ベッカム、オーウェン(イングランド)。ロナウド(ブラジル)、デル・ピエロ(イタリア)。ラウル(スペイン)といった初登場の若手が活躍した大会でした。
4.とはいうもののイングランドのデビッド・ベッカムは、決勝トーナメント1回戦・対アルゼンチン戦において、シメオネのタックルで倒された際に報復行為をはたらき一発退場。チームも敗退し、大きな批判を受けました。
5.決勝戦はフランス対ブラジル。ブラジルのロナウドは試合前に突然の体調不良(痙攣を起こしたらしい)に陥りました。当時ブラジルのテクニカル・ディレクターであったジーコはロナウドの出場に猛反対しましたが、チームは強行出場(スポンサーからの圧力があったとも伝えられています)させます。
結果としてロナウドは何も出来ず、フランスのジダンに2得点を決められるなど3-0の完敗。この件がきっかけとなり、ジーコはブラジルのナショナルチームとは訣別することになります。
2002年・日本&韓国大会
参加国 : 32ヶ国
開催期間 : 2002年5月31日-2002年6月30日
優勝 : ブラジル
準優勝 : ドイツ
3位 : トルコ
4位 : 韓国
得点王 : ロナウド (ブラジル)
8得点
出場国
アジア
韓国(開催国、5大会連続6回目)
サウジアラビア(3大会連続3度目)
中国(初出場)
日本(開催国、2大会連続2回目)
アフリカ
カメルーン(4大会連続5回目)
セネガル(初出場)
チュニジア(2大会連続3回目)
ナイジェリア(3大会連続3回目)
南アフリカ共和国(2大会連続2回目)
南米
アルゼンチン(8大会連続13回目)
ウルグアイ(3大会ぶり10回目)
エクアドル(初出場)
パラグアイ(2大会連続6回目)
ブラジル(17大会連続17回目)
北中米カリブ海
アメリカ合衆国(4大会連続7回目)
コスタリカ(3大会ぶり2回目)
メキシコ(3大会連続12回目)
ヨーロッパ
アイルランド(2大会ぶり3回目)
イタリア(11大会連続15回目)
イングランド(2大会連続11回目)
クロアチア(2大会連続2回目)
スウェーデン(2大会ぶり10回目)
スペイン(7大会連続11回目)
スロベニア(初出場)
デンマーク(2大会連続3回目)
ドイツ(13大会連続16回目、西ドイツ時代を含む)
トルコ(12大会ぶり2回目)
フランス(前回優勝国、2大会連続11回目)
ベルギー(6大会連続11回目)
ポーランド(4大会ぶり6回目)
ポルトガル(4大会ぶり3回目)
ロシア(2大会連続9回目、ソビエト連邦時代を含む)
トリビア
1.大会の呼称は当初、アルファベット順で「2002 FIFA World Cup Japan/Korea」とする予定でしたが、韓国の反対で、決勝戦を日本で行うこととなった代わりという意味もあり、1996年に「2002 FIFA World Cup Korea/Japan」で決定しました。
日本語の表記は、当初「自国語の表記は自由」との合意が取れていた(日本の主張による)ということで「2002 FIFAワールドカップ日本・韓国」と表記していました。しかし2000年4月、FIFAは「2002年FIFAワールドカップ・コリア・ジャパン」と表記することを求めてきましたが、日本はこれを拒否。更にその後韓国が「日本・韓国」と表記するのは正式名称(Korea/Japan)と異なり、合意に背くとして抗議。この抗議はワールドカップ組織委員会に認められ、「韓国・日本」と表記しなければならなくなりました。但し、国名部分を省略し、「2002 FIFAワールドカップ」と表記することも認められたので、これ以降日本国内では国名省略で統一されることになりました。
また、これはあくまでも正式名称の問題であるために、日本では多くの場所で「ワールドカップ日本/韓国」という表記も見られました。
2.前回大会優勝のフランスは大会直前で負傷したジダンの穴を埋めることが出来ず、ティエリ・アンリ(イングランド・プレミアリーグ)、ダビド・トレゼゲ(イタリア・セリエA)、ジブリル・シセ(フランス・リーグアン)と3ヶ国の得点王を擁しながらグループリーグで1得点もあげられずに敗退しました。
3.チケット販売はバイロム社が一元管理し、チケットを記名式にすることで、闇売買を防ぐ仕組みを導入しました。しかし、日本ではチケット人気が沸騰し、オークションで高額で売買される事態に。また、インターネット上のチケット販売サイトはアクセスが集中し、購入できない状態が続きました。こうした状況にもかかわらず、実際の試合では大量の空席が。これはバイロム社の販売能力が低いことが原因で、チケットが試合直前まで到着しない事態も発生していました。
この件に関しては、大会後、FIFAが日本と韓国に1億円ずつ慰謝料を支払うことで決着しました。
4.本大会後、FIFA創立100周年記念の特別限定版として製作されたDVD『FIFA FEVER』ではワールドカップ100年の歴史の『10大誤審疑惑』も選定されましたが、この十大誤審の中には本大会の「韓国対スペイン戦からホアキンのセンタリングがラインを割ったという判定、モリエンテスのゴールをファールとした判定」、「韓国対イタリア戦からトッティのシミュレーション判定、イタリア側の決勝点チャンスの際のオフサイド判定」と4つもの誤審がランクに入りました。この大会の韓国絡みの誤審がランク内で最多であったことはもちろんとして、3位に入ったブラジル対ベルギー戦のベルギー先制点取り消しも含めると、一つの大会からの誤審が半分を占めることになります。これは本大会のジャッジに問題があった事を端的に示しています。
5.なお、韓国対イタリア戦の主審であったバイロン・モレノは、その後の母国で市議選に出馬しました。その際にエクアドル・リーグの試合で出馬した市に所属するチームが負けている状態で12分ものロスタイムを取ったことが原因でエクアドルの審判資格を停止されています。また、その後に詳しい理由は不明ですがFIFAから国際審判資格を剥奪され、エクアドルサッカー協会もなんら抗議をしませんでした。審判業をも廃業を余儀なくされています。