働き方の違いを加味した鉄道需要の把握方法
ここでは、「働いているか否か(就業の有無)」や「働き方の違い(フルタイムなのか、パートタイムなのか、自営業なのか等)」による鉄道の利用頻度の違いを加味して、地域ごとの鉄道需要の大きさを推計してみます。
大まかな考え方は、以下の通りです。
- 正社員、派遣社員、パートタイマー、自営業者、学生・生徒、非就業者、児童などの、さまざまな属性の人々が、それぞれ1週間に何回程度、「鉄道やバスを利用した移動」をしているのかを推定する。(※1)
- この「鉄道やバスによる移動回数」に、各5次メッシュの属性別人口を乗じることで、メッシュごとの、「人の働き方の違いを加味した鉄道・バスの利用回数」を推計する。
- これを、「当該メッシュに住む人による鉄道の潜在的な需要」と見なす。(※2)
※1 バス利用分を加える理由
鉄道だけではなく、バスも加えたのは、「鉄道が十分に整備されている状態であったならば、バス利用者は、鉄道利用に切り換えていた可能性が(他の交通手段に比べて)高い」ものと見込み、バス利用者を「潜在的に鉄道需要があり、条件がそろえば鉄道を利用する人」と見なしたためです。
むろん、鉄道が整備されてもバスを使い続ける人、自動車等から鉄道利用に切り換える人もいるでしょうが、鉄道利用に切り換える割合が相対的に高いと考えられる、バスのみを加えることとしました。
※2 自宅発・自宅着の移動のみを対象とする理由
ここでは、「そこに住む人が生み出す鉄道需要」に着目しているため、「自宅から(最初の)目的地への移動」と、「帰宅による移動」のみを対象とします。
例えば、「自宅→職場→買い物先→自宅」と移動した場合、「自宅→職場」の移動と、「買い物先→自宅」の移動が対象となり、「職場→買い物先」という移動は、評価対象から除きます。
パーソントリップ調査について
さまざまな属性の人々の、鉄道・バスの利用回数を把握できるデータとして、ここでは、「パーソントリップ調査」の調査結果を使います。
パーソントリップ調査は、世帯や個人属性に関する情報と1日の移動をセットで尋ねることで、「どのような人が、どのような目的で、どこから どこへ、どのような時間帯に、どのような交通手段で」移動しているかを把握した調査です(国土交通省都市局「全国PT調査活用チラシ」)。
主なパーソントリップ調査に、全国の都市圏を横断的に調査対象とした国土交通省「全国都市交通特性調査」と、都市圏ごとに行なわれる「都市圏パーソントリップ調査」とがあります。「都市圏パーソントリップ調査」のうち、埼玉県をカバーしている調査は、「東京圏パーソントリップ調査」です。両者の違いを整理すると、以下のようになります。
全国都市交通特性調査 | 東京圏パーソントリップ調査 | ||
対象地域 | 全国70都市 埼玉県内では、さいたま市・所沢市のみ (2015年調査) |
茨城県南部、埼玉県、千葉県、東京都(島嶼部除く)、神奈川県の計268市区町村 (2018年調査) |
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これまでの調査年 | 1987、1992、1999、2005、2010、2015、2021年(結果未公表) | 1968、1978、1988、1998、2008、2018年 | |
調査月 | 9月~11月 | 9月~11月 | |
調査対象日 | 平日 | 火・水・木曜日から1日 | 火・水・木曜日から1日 (祝日とその前後の日を除く) |
休日 | 連休でない日曜日 | (調査対象外) | |
調査世帯数 | 約47,300世帯 | 約63万世帯 | |
対象年齢 | 5歳以上 | 5歳以上 | |
公表値の就業形態の区分 | 正規/非正規/非就業 ※「自営業主・家族従業者」「会社などの役員」「学生」はどれにも含まれない(就業形態別の集計対象外) |
自営業主・家族従業者/正規の職員・従業員/派遣社員・契約社員等/パート・アルバイト/会社などの役員/その他/園児・生徒・学生など/専業主婦・主夫/無職/不明 | |
集計 | 就業形態別×目的別×代表交通手段別等の多重クロス集計ができない | 「データ集計システム」から、就業形態別×目的別×代表交通手段別等の多重クロス集計が可能 |
「トリップ数」とは
職場近くの駅で下りて徒歩で職場に到着した。
「代表交通手段」とは
1回の目的トリップ(1トリップ)の中には、「家から職場までの間を、自転車→電車→徒歩によって出勤した」というように、複数の交通手段が含まれることが多々あります。
この場合に、1トリップに含まれる複数の交通手段の中から、代表的な交通手段として選ばれる交通手段を、「代表交通手段」といいます。
パーソントリップ調査では、大まかに、
鉄道 > バス > 自動車 > 二輪車 > 自転車 > 徒歩
という優先順位をつけて、代表交通手段を選びます。
これは、たとえば「自転車、電車、徒歩で通勤している人」について、「電車通勤をしている」と言うのに近い感覚といえるでしょう。
就業状態別の鉄道・バスの利用回数(平日)
下の2つの表は、2018年「東京圏パーソントリップ調査」のデータをもとに、年齢・就業状態別に、「自宅から自宅外に向かうトリップ」または「自宅外から自宅に向かうトリップ(帰宅トリップ)」のうち、「代表交通手段が鉄道・バスであるもの」の平日1日の1人当たりのトリップ数(※)をまとめたものです。
言い換えれば、1人の人が、平日1日平均で何回、「自宅から目的地に向かう、あるいは自宅に帰る移動に、鉄道・バスを使ったか」を示しています。
※…パーソントリップ調査では、この「1日の1人当たりのトリップ数」を、「原単位」と呼ぶようです。
自営業主や非就業者の鉄道需要は、フルタイム就業者の2割前後にとどまる
東京圏全体でみたとき、この値は、「正規の職員・従業員」1.073回に比べ、「派遣社員・契約社員等」(1.021回)はほぼ同等、「会社などの役員」(0.671回)や「パート・アルバイト」(0.482回)は数が少なく、「自営業主・家族従業員」(0.293回)や「無職」(0.209回)、「専業主婦・主夫」(0.194回)、「5~14歳」(0.152回)は正規の職員・従業員の2割前後にとどまります。
逆に多いのは(15歳以上の)「生徒・学生など」(1.192回)です。但し、この多さは、パーソントリップ調査の調査月が9~11月であり、大半の期間が学期中であろうことが関係しているかもしれません。8月(夏休み中)なども含む一年全体の平日では、もう少し少ない可能性もあります。
埼玉県南部は、首都圏近郊の他地域よりも鉄道・バス利用が少ないのが現状
地域別にみると、どの属性の人も、「東京23区」>「都心約40km圏内」>「都心約40km圏外」というように、東京の都心から離れるほど、トリップ数が少なくなります。これは、鉄道・バスの利便性が低い地域では、自動車による移動が多く、鉄道・バスによる移動が少なくなることによるものと考えられます。
表のうち「県南部」は、埼玉県内で「都心約40km圏内」(≒国道16号線の内側)に含まれる地域を指していますが、埼玉県南部のトリップ数は、「都心約40km圏内」の平均よりもかなり少ない値を示します。
これは、埼玉県南部の鉄道網に、首都圏近郊の他地域に比べて「スキマ」が多いことに原因があるのかもしれません。逆に言えば、その「スキマ」を埋めることで、鉄道需要を掘り起こしやすい地域である、とみることもできそうです。
「働き方」に関するパーソントリップ調査と国勢調査の違い
(2022年5月1日追記)
「通学のかたわら仕事」の人について
国勢調査では、収入を伴う仕事を行っている人が、すべて「就業者」として扱われ、これにはアルバイトをしている高校生や大学生なども含まれます。一方、東京圏パーソントリップ調査では、(直接確認はできていないのですが)このような生徒や学生は、「園児・生徒・学生など」のカテゴリに含まれるものと思われます。
これらの2つのデータの人口構成を比べると、下の表のような違いが見られます。
5歳以上人口に対し、国勢調査による「15歳以上の通学者」が占める割合が5.1%であるのに対し、東京圏パーソントリップ調査による「15歳以上の園児・生徒・学生など」が占める割合は7.2%にのぼり、後者は前者より2.1ポイント多くなっています(15歳以上に「園児」はいないでしょうけれど)。
一方、国勢調査の「15歳以上の就業者」には、「通学のかたわら仕事」をしている人が含まれており、その人数は5歳以上人口の1.1%を占めます。このような人の多くは、(むろん、正社員などとして働いている生徒・学生もいるでしょうが)東京圏パーソントリップ調査では「パート・アルバイト」に含まれているものと考えられます。
これを踏まえ、需要の推計にあたっては、「パート・アルバイト」のうちの 11.9%÷1.1% ≒ 9.3%が、生徒・学生であると見なして、推計することにします。
「不詳」の人について
国勢調査の地域メッシュ統計には、「年齢」「労働力状態」「従業上の地位」の3種類の「不詳」があります。
需要の推計にあたり、それぞれの「不詳」分の人口は、人口比に応じて、他のカテゴリに按分して計上することにします。但し、労働力状態「不詳」の人口については、地域メッシュ統計では公表されていない(「完全失業者」+「家事」+「その他」のカテゴリ(=通学者を除く非就業者)と合算した人口のみが把握可能)ため、「通学者を除く非就業者」とひとまとめにして、推計することとします。
- 年齢「不詳」分の人口 …各年齢層に按分
- 労働力状態「不詳」分の人口 …「通学者以外の非就業者」と合算
- 従業上の地位「不詳」分の人口 …人口比に応じて、就業者の各カテゴリに按分
平日1日当たりの住民の鉄道需要の計算式
(2022年5月1日修正)
本記事の一番上の表のうち、「東京圏全体」の数値を(ほぼ)参照する形で、「平日1日当たりの各メッシュの住民の鉄道需要(Diw)」の推計値は、下の表の各カテゴリごとに 1人当たりの鉄道需要 × 人口 を計算し、全カテゴリを足し上げて算出することとします。
すなわち、計算式は、下記のようになります(α、βは次の記事にて算出)。
Diw = 0.152 × 14歳以下人口 + 0.293 × 自営業主・家族従業者数 + 1.073 × 正規の職員・従業員数 + 1.021 × 派遣社員数 + β × パート・アルバイト数 + 0.671 × 役員数 + 1.192 × α × 通学者数 + 0.204 × 通学者以外の非就業者・労働力状態不詳者数