龍が大好きな呪術師「太壱」のブログ

龍が大好きな呪術師「太壱」のブログ

占い師として姓名判断や龍つなぎを扱う一方、縁結びや縁切り、呪詛や呪詛返しなども扱う悠木太壱といいます。

占い師としてだけではなく龍使い、呪術師として色々と書いていこうと思います。


おはようございます。

 

最近は神社へ参拝することがブームになっているのか、以前より多くの方が神社へ参拝される姿を見ます。

それ自体は大変素晴らしいことだと思います。

昨今は若者の神社離れも著しいですので、そんな中参拝の文化が継承されるというのは、呪術師として、そして一人の日本人としても大変喜ばしいことです。

 

ただ、少しだけ、気になることがあります。

それは、お賽銭を「投げ入れる」こと。

 

神社に参拝するとき、多くの方がお賽銭を「投げ入れる」姿を見かけます。
昔からの習慣かもしれませんし、誰かがそのやり方が良いと言っているのかもしれません。

以前の記事でも述べたように、私は基本的に「神社はその人の好きなように参拝すべき」という考え方ですので、その「投げ入れる」行為に対しても真っ向から否定するつもりはありません。

しかし、私はどうしてもこの「投げる」という動作に少し違和感を覚えてしまいます。

お賽銭をあげるのは、神様へ感謝を伝えるため。
そのはずなのに、投げてしまうと「雑に扱っている」ような印象を受けてしまいます。


私自身はできるだけ静かに、そっと入れるように心がけています。


もちろん、金額の大小や入れ方でご利益が変わるとは思いません。
大切なのは「気持ち」だからです。
ただ、心を込めてお願いをするならば、せめてお賽銭も丁寧に扱いたいなと感じるのです。

何度も申し上げる通り、お賽銭を投げることを否定するつもりはありません。

今回はどのくらい共感してくれるかという探りの意味も込めた記事ですので、誰かに強制したりするつもりもありません。
でも「投げる」より「納める」という意識で入れた方が、神様に対しても自分の気持ちに対しても、より素直で美しい参拝になるのではないかと思います。

 

今回は以上です。

ではでは。

おはようございます。

私悠木太壱は、日ごろ「呪術師」として活動をしております。

「呪術師」という言葉を耳にしたとき、最近はアニメや映画を思い浮かべる方も多いのではないでしょうか。


 

確かに現代ではフィクションの中で描かれることが多い存在ですが、本来の呪術師は、ただ“呪いをかける人”ではありません。

古くは陰陽師のように、祈祷や占術を通して人々の生活を支える存在でした。
村や町に災いが起きたときには祈りを捧げ、個人の悩みに対しては護符や呪術を用いて、日々の不安を取り除いてきたのです。

呪術師は「光」「影」の両方を扱います。


祈りや加護の力で人を守る一方、どうしても祈りだけでは届かない場面では“呪詛”という方法を選ぶこともあります。
言い換えれば、祈りと呪いは表裏一体であり、どちらも人の想いを形にする力。
向ける方向によって作用が変わるだけなのです。

 

だからこそ、私は依頼を受ける際に「本当に呪詛が必要かどうか」を慎重に見極めます。
誰かを苦しめるためではなく、依頼者の人生を前に進めるために。
そして不要なものを断ち切ることで、新しいご縁や可能性が拓けるように。

呪術師とは、単に術を使う人ではなく、人と縁との間に立ち、流れを整える案内人だと私は考えています。

 

せっかく私のことを見つけて、相談したり依頼したりしてくださったのですから、その思いに報いるため、私は日々活動しているのです。

 

▼悠木太壱は呪詛・占い、また代理参拝などの相談を承っております。

▼相談はこちらより

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今回は以上です。

ではでは。

おはようございます。

わたしはいわゆる「呪詛」を扱う呪術師です。

 

ここで「呪詛」という言葉を聞いたとき、多くの方はどうしても「怖い」「危ない」「関わってはいけない」といった印象を持たれるようです。
それは昔からの物語や伝承の中で、呪詛が“人を不幸に陥れるもの”として描かれてきたからかもしれません。

 

けれど、私が扱う呪詛はそのイメージとは少し違います。
 

呪詛は単に「誰かを傷つけるもの」ではなく、「縁や流れを整えるための術」です。
例えば、しつこく付きまとってくる人を退けたり、悪意を持つ人との縁を切ったり。
不要なものを遠ざけることで、依頼者自身が安心して日常を取り戻し、新しい出会いや良縁を迎えられることも少なくありません。

 

本当に怖いのは、呪詛そのものではなく「どんな想いを込めるか」という部分です。
強い憎しみや恨みだけを抱いて臨めば、それは確かに危うい方向に作用するでしょう。
しかし「自分を守りたい」「前に進みたい」という想いを込めるなら、呪詛はむしろ光へと導くための手段にもなり得ます。

 

祈りや参拝が“お願い”の力だとすれば、呪詛は“決意”の力。
想いが強いほど、そしてその想いが自分を生かす方向を向いているほど、術は力を持ちます。

だから私は、呪詛を怖いものとは思っていません。
むしろ「人生を整えるために必要な最後の一手」として、大切に扱っています。

 

今回は以上です。

ではでは。

おはようございます。

最近面白いなと思っている「ある傾向」がありまして、今回はそれを紹介します。

 

私は普段、呪詛を用いて依頼者さまの縁切り縁結びなどを行っておりますが、そんな私は常日頃から「呪詛は信じないと効果はないよ」ということをTwitter上で言い続けています。

なんなら以前記事にもしました。

 

↓(気になる方だけでかまいません)

 

前々からぼんやりと傾向はありましたが、最近はこの傾向がかなりはっきり現れるようになりまして、非常に不思議だなと思っています。

 

呪詛という超常的な力を商売にしている以上、本当に様々なお客様がやってきますので、もちろんその悩みも様々なのですが、

今回は一つの例を用いてこの傾向を説明します。

 

例えば

「現状をどうにかしたいと思って色々試したけど効果のあるものはなかった。」

という状況があったとします。

 

まあ、私に依頼してこられるお客様はだいたいそういう状況の方なのですが、こういう状況に陥った後の思考って、二極化するんです。

 

具体的に言うと、

・「現状をどうにかしたいと思って色々試したけど効果のあるものはなかった。」→「だから今回も無理だ。呪詛なんて信用出来ないし悠木なんていう奴も信用出来ないけどもうこれしかないから仕方ない。」

・「現状をどうにかしたいと思って色々試したけど効果のあるものはなかった。」→「でも前回ダメだったからって今回もダメと決まっているわけじゃない。最後の手段として信じてみるしかない。」

 

なんとなくニュアンスがつかめましたかね?

大抵はこのどちらかの思考に二極化します。

さて、こういう場合、どちらのお客様の方が呪詛が成功する可能性が高いと思いますか?

 

それは、圧倒的に後者の方なんです。

どうしてだと思いますか?

 

呪詛とは、簡単な言い方をすると「呪い」になるわけですが、呪いというのものは人の気持ちが大きく関わってきます。

「どうせ効かねえ」と思っていたら本当に効かないし、

「なんとか効いてほしい!」と思っていたら本当に効いた!なんて事も多々あります。

呪詛とはそういうものなんです。

 

これ本当なんです。

ピンと来ていない皆さんは、普段の生活で置き換えて考えていただければわかりやすいでしょう。

 

だから、呪詛を依頼するときは、呪詛を信じてください、と言っているんです。

 

この記事を読まれている方にはいないと思いますが、呪詛を依頼してくるときに「別に信じてないけど仕方なく」というスタンスの方がたまにいます。

本人は態度に出していないつもりなのかもしれませんが、そんなのやりとりしていればすぐにわかります。

あと、普通に態度に出してくる人もいます。

 

正直、そんなスタンスの方に呪詛が効いたことはほとんどありません。

もちろんやることやってですよ?

 

だから、今回この記事を書いたんです。

 

この記事を読まれている方には関係のないことだと思いますが、皆さんも是非呪詛の力を信じ続けてくださいね。

 

今回は以上です。

ではでは。

おはようございます。

今年ももう終わりですね。

皆さまはどんな一年を過ごされましたか?

 

今回は、年の瀬にふさわしい「座敷わらし」に会った時の話をしましょう。

 

皆さんは、座敷わらしを知っていますか?

座敷わらしとは、古くから岩手県や青森県の南(いわゆる南部藩)を中心に伝わる子供の姿をしている精霊的な存在のことで、住みついた家や、目撃した者に大変な幸運をもたらす存在として伝えられています。

分類上はいわゆる「妖怪」に分類されますが、地元では大変ありがたい存在として今でも愛され続けています。

 

そんな伝説の座敷わらしですが、実は今でもその存在を肌で感じることが出来るスポットがありまして、今回はそちらを紹介していこうと思います。

 

私も行く前は「妖怪」に会いに行くということで、ちょっとした恐怖も感じていましたが、いざ行ってみたらそこには予想外の妖怪の姿・実態が目の前に広がっておりました。

そして「座敷わらしは本当にいるんだ!」という確信を得られる出来事も起こりましたので、ここで一気にご紹介いたします。

 

さて、やってきたのは、岩手県県庁所在地の盛岡

ここは「盛岡冷麺」というものが美味しく、盛岡に来た際は毎回食べているような気がします。

 

▲盛岡冷麺(ぴょんぴょん舎)

 

さて、腹ごしらえも済んだところでそろそろ向かいましょうか。

「銀河鉄道」に乗って金田一温泉というところまで行きます。

 

▲普通の列車でした…

 

盛岡からだいたい1時間20分くらいで到着します。

 

金田一温泉駅です。

ここから目的地までまあまあ距離がありますが、前もって予約が済んでいれば送迎に来てくれるかと思います。

(送迎がなくても駅にタクシー会社の電話番号が記載されていますのでご安心ください。)

 

到着しました。

「緑風荘」という名前のこのお宿が、今回の目的地です。

そう。神社やお寺ではなく、旅館が今回の舞台となります。

 

緑風荘は、東北の座敷わらし伝説では恐らく最も有名なところで、数多くの有名人が訪れた場所としても有名です。

代表例をいくつか紹介すると、ホンダの創業者である本田宗一郎や、パナソニックを一代で築き上げた松下幸之助日本の首相も務めた原敬、米内光政も就任前に宿泊。

またフォークデュオのパイオニア的存在である「ゆず」は、緑風荘を訪れた1~2年後に紅白歌合戦へ初出場を決めています。

 

部屋に着いて荷物を降ろしたら少し眠りたくなりますが、まずはあいさつをしなければなりません…

 

やってきたのは、緑風荘の裏手にある「亀麿(かめまろ)神社」

緑風荘の敷地内に、神社があるのです。

 

ここ緑風荘に現れる座敷わらしは「亀麿(かめまろ)」と言いまして、この亀麿神社はその名の通り亀麿くんを祀っているのですが、その左側にももう一つ神社がありますね?

 

ここはお稲荷さまで、あいさつする際はこちらにも忘れずに。

もちろん亀麿くんとも関係がありますから。

 

緑風荘の中も探検してみましょう。

 

よく座敷わらしが出る部屋として紹介されるのが、この「槐(えんじゅ)の間」

実はこの緑風荘の建物は2016年に新たに建て直されているもので、以前の建物は2009年に火災があって全焼してしまったのです。

その時、燃えさかる緑風荘の館内で、若い男の子の声で「逃げろ!」という声が聞こえたという話も残っているとか。

幸い犠牲者は出ず、その後7年の月日を経て建て替え・営業再開となったわけです。

 

そんな槐の間ですが、旧旅館の時代はこの部屋にピンポイントで宿泊が可能だったそうですが、現在は共用スペースとなっているため宿泊は出来ません。

少し残念ですが、宿泊客全員、平等に亀麿くんと会えるチャンスがあると考えることも出来ますね。

 

この付近は「金田一温泉郷(きんいちおんせんきょう)」と言い、合計9軒の温泉宿から形成されています。

緑風荘もそのうちの1軒ですので、温泉を引いています。

単純温泉(低張性弱アルカリ低温泉)のためクセが少なく、誰でも身体に合うのが特徴です。

 

私はこの緑風荘に4回訪れたことがあるのですが、初めて訪れた際は内風呂のみで、露天風呂があれば良いのになぁなんて思ってたら次回には付いてました。

 

ただひとつ注意点がありまして、ガチで周りに何もありません。

コンビニすらないので、宿の食事では足りないという方は盛岡もしくは二戸で買い込んでいくしかないでしょう。

金田一温泉駅の周辺にもコンビニはありません。

あるのは木と畑とたまにサルだけです。

 

温泉を堪能したところで夕食です。

岩手のソウルフード、せんべい汁などもついておりますが…

 

うん、美味すぎます。

正直これを食べるだけでも来る価値はあると思います。

 

これでも普通の夕食プランなのですが、当時はこの他に「肉食?プラン」「海鮮プラン」なども用意されていたようで、その場合どんな豪勢な内容になるのか非常に気になります。

(今もあるのかな?)

 

夕食を食べたら少し休憩です…

 

さて、深夜になりました。

普通だったらそのまま朝まで眠るところですが、今日はここからが本番です。

 

妖怪に限らず霊全般は夜の方が活動が活発になるため、何かお目にかかれるかもしれません。

とりあえず槐の間にて待機…

 

(多くの宿泊客がオーブが写らないかとたくさん写真を撮っていました)

 

しばらくは他の宿泊客の出入りも多く、部屋の中が落ち着かない感じでしたが、夜も更けてくると段々と人がいなくなり、ついに私一人になりました。

 

ここまで気配を感じることはなく、「ちょっと期待外れか…?」と思い始めていましたが、ぱーっと部屋の中を見渡すと、あるものが目に入ります。

 

竹とんぼ、コマ、けん玉など…

そう、子どものおもちゃです。

 

小学校以来触れたことすらなかったので出来るかわからなかったし、ちょっとした恥ずかしさもありましたが、

「まあどうせ誰もいないし、良いか」

と思い、何の気なしに竹とんぼで遊び始めたのです。

 

はじめは無言で黙々と遊んでいましたが、段々誰かに語りかけるかのように、

「あ!こうすればいいんだ!」

「うわ!向こう行っちゃった!」

などとしゃべりながら遊ぶようになりました。

 

すると、私一人だった槐の間の室温が、すっと上がってゆくのを感じたのです。

 

私も段々テンションが上がってきて

「みんなはもっと出来んじゃないのー?」

「見せてよ見せてよ!」

などと調子に乗ったことも言ったりするようになりました。

 

すると、私の前方から、畳を踏むような足音が聞こえたのです。

「ギシ」「ギシ」「ギシ」…

 

もう一度確認しますが、この部屋にいるのは間違いなく私一人です。

 

そうです、ついに、やってきてくれたのです。

亀麿くんが。

 

ただ、予想と違ったのは、亀麿くんだけでなく、他のお友達も連れて来てくれたこと。

そのため先ほどとは打って変わってにぎやかな室内になりました。

 

部屋にいるのは相変わらず私だけですが、さっきとは全く雰囲気が違います。

「ワイワイ」「ガヤガヤ」

音は一切発していませんが、確実に私以外の方々がいます。それも大勢。

あれは肌で感じることしか出来ないと思います。

 

ある意味あの時私は正常ではありませんでした。

公共の場で、一人でしゃべりながら竹とんぼやコマをやっているなんて、ただの変人です。

しかし、あの時は亀ちゃんやそのお友だちがたくさんいて、一緒に遊んでくれました。

あの時以上に竹とんぼやコマが楽しかったことはありません。

 

しかし、楽しい時間というのはあっという間に過ぎてしまいます。

30分ほどにぎやかな室内でしたが、徐々にその盛り上がりが下がっていることを感じました。

お友だちが少しずつ帰り始めたのです。

私もしばらく遊んでいましたが、だんだんテンションも下がってきまして、代わりに眠気が襲いかかってきました。

 

そのため私は寝ることとしました。

亀麿くんやお友だちに別れを告げ、部屋へ戻りました。

部屋へ戻った後は、もうすぐに布団にダイブ。

みんなと遊んだ楽しい思い出を胸に、ゆっくりと眠りに就きました。

 

 

 

が、話はそれでは終わりませんでした。

 

私はしばらく眠っていましたが、あるタイミングではっと目が覚めました。

特になんの異常もなかったのでまた眠ろうと思いましたが、よく考えたら何か布団が重い気がします。

 

亀麿くんが乗っていました。

 

「はっ!?なんでなんで!!??」とパニックになる自分と、

「え?槐の間以外にも来るの?」とやけに冷静な自分が50:50くらいで頭が覚醒してしまいました。

 

せっかく遊びに来てくれたし、私の眠気も吹き飛んでしまったので、私の昔の話をぽつぽつとすることにしました。

 

辛かったときの話、苦しかったときの話、そして、楽しかったときの話。

たくさんの話を、静かに聞いてもらいました。

しばらく一人で話し続けていましたが、亀麿くんは気がついたらいなくなっていました。

 

南北朝時代に足利尊氏に追われこの地まで来た万里小路藤房には、幼い子が2人いて、長男を亀麿といいました。

しかし亀麿は病に倒れ、6才で世を去ります。息を引き取る時亀麿はこう言いました。

 

「末代まで家を守る」

 

それ以来亀麿が守り神となり、座敷わらしとなったのです。

 

座敷わらしというのは、もっと子どもっぽくて、無邪気で、かわいらしい。

そんなイメージでしたが、亀麿くんはとてもしっかりしていて、自分の芯があり、たくましい。

人間としても見習うべき部分が多くあるように感じました。

 

いろいろ考えていたら、私はいつの間にか寝落ちしていました………

 

翌朝、外を見てみると。

なんとすごい雪景色!!!

 

昨夜の不思議な出来事に思いを馳せ、朝のお参りへ。

 

亀麿神社への道もこの有様ですからね。

夜のうちにどんだけ降ったんだという。

 

(↑昨日の様子)

 

昨日の晩の感謝と、これからの決意を亀麿くんを稲荷様に伝えたところで、朝風呂と朝食。

 

昨晩に引き続き非常に美味しい食事でした。

とにかくお吸い物が美味しいんだよな~

 

帰る前にまた槐の間へ。

 

昨晩はここにみんな集まって、みんなで遊んだんだよなぁ…

私だけの、特別な時間でした。

 

ノートに「また来ます」と書き残して、チェックアウトを迎えました。

 

座敷わらしというのは、ただの妖怪ではありません。

一人一人がしっかりと自分の意思を持ち、時には愛らしくふるまう、一人の人間です。

 

亀麿くんの場合は、病で志半ばで倒れた無念が、この家を守るという強い決意、力に変わっていったのです。

なぜ座敷わらしが地元の方から愛されているかがわかる、今回の旅でした。

 

一方、一緒に遊べる相手も探しているようで、もし皆さんが緑風荘を訪れる際は、私のように一緒に遊んであげてください。

喜んでくれることと思います。

 

 

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それでは、今回は以上です。

ではでは。