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おはようございます。
(↑私の時間が朝なので)

今朝も早起きしました。

 

この記事はFacebookの方にもシェアするので、少し丁寧に記事を入れたいと思います。

 

カンタがね、今朝、

この3年間の総まとめの戦いに出ました。

出がけに、私に、

「ママ、3年間ありがとうございます」

とう、小声で言いました。

(※我が家では息子2人に生涯自分たちのことをパパとママと呼ばせる掟があります。)

そのあとで、

 

「帰ってから、またちゃんと、パパと2人に一緒に言うね」と。

 

いやいや、こちらこそ、ありがとう。

 

ママは、カンタの果てしない目標に向かって進む姿を見ながら、どれだけ励まされ、自分自身を奮い立たせたか。

 

 

全力投球できないっ。

 

球に"点"のない、カンタの書初め。

こんなトボけたカンタが早稲田大学、合格しました。

 

昨日も、今日も、結局、夕方になると、

無事に帰ってきてくれればいいとそう願っていました。

 

試験が上手くいかなくて、ションボリして、

家に帰ってこられなかったらどうしようか?

そんなことも考えてしまいます。

 

私は常々、親の過度な期待は子どもにとって何ひとつ為にならないと思っていました。

 

私はデジタル人間なので、その加減がわからず、模試でたまにいい結果が出ても、

「あら、そう。」程度のリアクションしかできなくて。

 

カンタに「ママは僕が早稲田大学、受かったら嬉しくないの?」と聞かれることも多々ありました。

 

もちろん嬉しい爆笑

けれど、私の期待がカンタに重くのしかかることが怖かったんです。

 

実際、大学受験ともなれば親にできることはとても少ないもの。

しかしながら、今朝、カンタが元気に家を出る姿を見て、私ができることはやったと、そう安堵しました。

 

昨晩のカンタです↓

ブサイク。

彼が不細工なのは私譲りなので、ブサカワイイですラブ

親のひいき目とでも言ってください。

 

以前、記事で、

「私は自分が一番大切だ」と書いて、

読者に「アンタの家のダンナと子どもが可哀そうだ」とメッセージをもらったことがありました。

 

今も私は自分が一番大切だということに変わりはなく、子どもたちにも平気で言います。

 

この言葉は自分が、そして、家族が皆、健康であることの上に成り立つもので、誰かが大病を患うようなことがあれば、撤回せざるを得ない状況になるかもしれません。

 

そうならない限り、私は自分が一番大事であり、息子もダーリンも自分を1番大切に思えばいい。

我が家は全員B型ですし(笑)

 

この1年はコロナ禍もあり、カンタと過ごすだろうこの先一生分の時間を過ごしたと思います。

 

私なりに手を焼いてみました。

それはカンタのためにしたことではなく、すべてが自分のためです。

自分が後悔しないために手を尽くした、ということ。

だって、自分が一番大切なんだもん。

 

それでも、普通の受験生の母親に比べれば取るに足りない愛情だったと思いますが。

 

 

早稲田大学は、遙か36年前、私が高校生だった頃、喉から手が出るほど合格が欲しかった大学です。

教育学部でさえも(←失礼極まりない)振り向いてももらえなかった。

 

カンタに「ママが入れなかった、敵討ちをしてね」ってお願いしてあったのですが。

今日、見事、合格の知らせがきました。

 

私の永遠のベイビーちゃん、

早稲田大学、合格、おめでとうお祝い