MARIONETTE クララ【心の呪縛】


【ジャッカル】


デストロイ部隊序列四位


――ジャッカル


​その異能は、精神干渉術による人体操作にあった。


​この精神干渉を防ぎ得る者は限られている。シリウス・ベルガーや伊集院 翼のような、圧倒的な強い意志と高いシンクロ率を誇る機動兵士か、あるいは神代 唯や北条 芽依のように精神干渉術に対する特別な訓練を受けた者だけであった。


​『くっ……!』


​翼は鋭く唇を噛みしめる。

​ジャッカルが持つ能力の恐ろしさは、横浜基地での死闘において嫌というほど痛感していた。だからこそ、真っ先にジャッカルの身柄を抑えようと動いたのだが。


​(――遅かったか……!)


​戦場の空気は、すでにジャッカルの人体操作によって完全に支配されていた。


​『伊集院統括隊長……』


​緊迫した戦場に響いたその声に、翼ははっと視線を向ける。


​そこに立っていたのは、防衛軍第二統括隊長である夢 香織だった。彼女の戦闘能力をもっとも高く評価していたのは、ほかならぬ翼自身である。


​香織は覚悟を決めたような、しかしどこか絶望の色を帯びた瞳のまま、シャキィーンと鋭い音を響かせて光剣を構えた。


​『ごめんなさい。でも……っ!』


​シュン、と一筋の残像を残し、香織の放った刃が突進してくる。


​――ガキィーンッ!


​翼は瞬時に光剣を振るい、その一撃を受け止めた。


​『香織……お前までっ!』


​『目を覚ませ香織!』


​『わかってるわ……っ!』


​翼の必死の呼びかけに、香織は辛うじて声を絞り出す。


​『自分が何をやっているのか、操られている事も分かっています……!』


​だと言って、香織の意志とは無関係に、肉体は勝手に次なる殺意の軌跡を描く。

​シュバババッ、と連続して繰り出される容赦のない連撃。


​――ガキガキィーンッ!


​この能力の真に恐ろしい点は、操られている本人が自覚しているという残酷さにあった。


​正気を保ったまま、悲痛の叫び声を上げながら大切な仲間を攻撃させられる。そんな理不尽な強制を突きつけられ、目の前の香織を切り伏せなければこちらが討たれてしまうという絶望的な状況。


​『なんて卑劣な能力……っ!』


その隣で激しい戦闘を繰り広げていたのは、第四統括隊長の唯であった。


​『ガルル!行くぞぉ!』


​対する敵は、デストロイ部隊のキラータイガーだ。


​シベリアンタイガーと人間の融合体であるキラータイガーの戦闘能力は、文字通り人類の肉体の限界を遥かに凌駕していた。


実のところ、キラータイガーのシンクロ率 は84%にも届いていない。それにもかかわらず、その爆発的なスピードと圧倒的なパワーは、防衛軍の最高峰クラスすらも上回るものだった。


​その脅威的な肉体が放つ怒涛の連続攻撃が、唯へと容赦なく浴びせられる。


​ドガガガガガッ!


バシュッ、バシュッ!

バリィンッ! バリィンッ! バリィンッ!


​『ガルルッ!』


​『確かに、とんでもないスピードね』


​唯は冷徹に呟きながらも、決して動きを乱さない。


彼女以外の機動兵士であれば、その猛攻の前にとっくに細切れに斬り刻まれていることだろう。


だが、唯には秘められた陰陽術の理があった。


​戦闘の初撃こそ虚を突かれて装甲を削られたものの、以後の攻撃はすべて緻密に張り巡らせた不可視の結界が完璧に防ぎきっている。 


​『ガルルッ! どうした、逃げるだけかぁっ!』


​キラータイガーが野卑な笑い声を響かせながら、さらに猛然と牙を剥く。


ジャッカルは戦況を見つめながら、冷徹に思考を巡らせていた。


​日本国防衛軍において警戒すべき存在は二人のみ。翼と唯だ。彼女たちには自身の持つ精神干渉術が一切通用しない。しかも、その戦闘能力は世界トップクラスと言って差し支えない実力を誇っている。


だからこそ、ジャッカルはこの戦況を打破するための明確な策を講じていた。


まず翼に対しては、香織を差し向けることにした。


いかに翼といえども、旧知の仲であり、深く信頼し合う香織に対して本気で刃を向けることなどできるはずもない。手加減を強いられ、防戦一方の長期戦になれば、やがて敗北するのは翼のほうだった。


一方で、唯は勝手が違う。


この女は他の甘い機動兵士たちとは根本から異なっていた。仮に仲間が精神干渉で操られて襲ってきたとしても、必要とあらば迷うことなく斬り殺す冷酷な覚悟を持ち合わせている。


唯の本質は、戦場を駆けるだけの兵士ではなく、生粋の暗殺者であり人殺しだからだ。


そのため、唯に対しては下手に味方の機動兵士を差し向けても意味がないと判断し、手駒の中で最強の戦力であるキラータイガーをぶつける選択を下したのだった。



ジャッカルは次なる標的として、北条 芽依へと視線を移した。


​伊集院 翼や神代 唯ほどの圧倒的な戦闘力はないものの、自身の精神干渉術が通用しない機動兵士というのは、戦局において実に厄介な存在であった。


​『エルザ……!』


​ジャッカルは、シルバーナイツの一人である彼女の名を冷酷に呼び上げる。 


​『エルザ・スチュアートよ、北条 芽依を殺せ』


​その不敵な指令に、エルザの身体がビクンと激しく硬直した。


​『エルザお姉ちゃん……?』


​すぐ傍らで、クララが不安の色を浮かべてエルザの顔を見上げる。


​『クララ………ごめん』


​エルザの瞳から光が失われ、しかし内側では必死の抵抗を試みるように震えていた。彼女は絞り出すような声で叫ぶ。


​『私を殺して……っ!』


​『え……?』


​それは、逃れられない強制力に引き裂かれたエルザの悲痛な断末魔であった。


​次の瞬間、エルザの肉体は自身の意志とは完全に切り離され、戦場の最前線へと凄まじい勢いで走り出す。


​右手に構えられた光剣が突き進む先、その標的となっているのは日本国防衛軍の北条 芽依ほかならなかった。


​『はぁぁっ!』


​『っ……!?』


​一瞬の隙を突かれて踏み込んできたエルザの刃を、芽依は慌てて自身の光剣で受け止める。


​キィィンッ、と高質なエネルギーが激しくぶつかり合い、周囲の空気をビリビリと震わせた。


​『エルザさん……!』


​『芽依さん、全力を出しなさい……!』


​押し付けられる凄まじい圧力の中で、エルザは必死に声を張り上げる。


​『本気で私を殺しに来ないと……私は、貴女を殺してしまう……っ!』


シュンッ!


――ガキィーンッ!


​鋭い衝撃音を合図に、芽依とエルザの死闘が幕を開ける。


いまやこの戦場には、三つの異なる激突が同時に展開されていた。


​翼と香織による、防衛軍の頂点同士の潰し合い。


唯とキラータイガーによる、陰陽術と異常な暴威のせめぎ合い。


そして、芽依とエルザが刃を交える極限の攻防戦。


​その中でも、翼と香織の戦いはひときわ熾烈を極めていた。


​シュバババッ!


――ガキガキガキィーンッ!


​目にも留まらぬ高速の連撃が夜気を切り裂き、激しい閃光が周囲を焦がす。


​《シンクロ率 96%》


​香織の脳裏に浮かんだ半透明のモニターが、その異常な高まりを示す数字を映し出す。


先のアメリカ遠征を経て、彼女が自身の精神に課していたリミッターは、すでに完全に外れ去っていた。


解き放たれた真の香織の実力は、底知れない切れ味を帯び、あの翼の動きを徐々に翻弄し始めていた。


(強い、やはり俺の読みは正しかった)


​夢 香織の実力を誰よりも高く評価していた伊集院 翼。しかし、皮肉にもその研ぎ澄まされた剣は、今や翼自身に向けられていた。


​シュバッ!


​『!?』


​《損傷率 21%》


​ついに香織の放った光剣が、翼の頑強な装甲を浅く斬り裂いた。


​(くそっ……! このまま防戦一方では、じわじわと耐久値を削り取られるぞ)


​翼の額から冷たい汗がひとすじ滴り落ちる。


​しかし、どれほど窮地に陥ろうとも、かけがえのない仲間である香織の身体に本物の刃を突き立てる事など、翼にはどうしてもできなかった。


(夢統括隊長が、猛攻を仕掛け始めている……っ!)


​その戦況の変化を、神代 唯は鋭い眼光で察知していた。


​伊集院統括隊長も北条 芽依も、かつての仲間を相手にした死闘を強いられており、戦況は明白な劣勢にあった。


この悪夢のような状況を打破できるのは、もはや自分しかいない。


​目の前のキラータイガーを速やかに倒し、そのままジャッカルの元へ突撃して討ち取る。デストロイ部隊の主要戦力である二人をここで撃破できなければ、勝機はない。


​シュンッ!


――ガキィーンッ!


​決意を込めて放たれた唯の光剣だったが、キラータイガーの十本の鋭い爪によって完璧に受け止められ、弾けるようなエネルギーの奔流が周囲を焦がした。


​『ガルルッ! その程度か、人間っ!』


​ジャッカルは冷徹な双眸を細め、混沌を極める戦況を見据えていた。


『ふむ……これで良い』


​彼にとって、日本国防衛軍は他のどの国の軍隊よりも遥かに巨大な脅威だった。


伊集院 翼、神代 唯、北条 芽依――。


自身の精神干渉術を受け付けない強靭な意志を持つ機動兵士たちの存在は、常に計画を狂わせる最大の要因だったからだ。


​イスラエルも、イギリスも、そしてアメリカ合衆国さえも、これほどまでに厄介な耐性を持つ機動兵士を揃えてはいない。


​だが、どれほど個々の戦闘力が高かろうと、信頼する仲間同士を潰し合わせるこの状況の前では無力に等しい。

最大の脅威である防衛軍であっても、内側から崩壊へと向かうのはもはや時間の問題だった。


シュバッ!


​《損傷率 40%》


​伊集院翼の頑強な装甲が、香織の容赦ない一撃によってさらに削り取られる。


​バシュッ!


​《損傷率 52%》


​そして、北条芽依の装甲耐久値は、猛攻の末に遂に半分を割っていた。


​――完全勝利だ。


​ジャッカルは戦場の中心で不敵に哄笑し、その勝利を確信する。この戦場はすでに、彼の支配下に完全に組み込まれていた。


​と、その時。


​喧噪に満ちた戦場のただ中で、ジャッカルは思いもかけない少女の声を聞いた。


​『エルザお姉ちゃん! 芽依お姉ちゃん! やめてっ!』


​(なんだ……?)


​怪訝に眉をひそめ、ジャッカルは声のした方向へと鋭い視線を走らせる。


そこに立っていたのは、殺伐とした戦場にはあまりにも不釣り合いな一人の幼い少女だった。


​(あのガキは誰だ……?)


​『おい、なんだあのガキは』


​ジャッカルが近くに控える手下の強化人間に問いかけると、男はすぐさま記憶の深部から情報を引き出し、冷徹に答えた。


​『クララ・ヴァイス……イギリス連邦軍の機動兵士です』


​『イギリスの……?』


​はじめは聞き流そうとしたジャッカルだったが、その名前に引っかかるものを覚える。


まさか、と思い直し、もう一度その少女の姿を凝視した瞬間、彼の脳裏にすべての点と線が繋がった。


​『間違いない……! あのクララだッ!』


​それは、人類史上においてアリスに次ぐ二人目のマリオネット完全適合者。


ロシア軍が喉から手が出るほど欲しがり、探し求めていた究極の生体細胞そのものだった。


​『はっ……! どうやら今日の運は、完全に俺様にあるようだな……ッ!』


宮森 宝徳が創り出した強化人間。


そこにクララ細胞によるクローンクララの量産化技術が加われば、もはや敵なしの最強の機動兵士軍団が誕生する。


それはアンドロメダのデストロイ部隊さえも凌駕する、絶対的な戦闘集団の完成を意味していた。


​『ふむ……』


​ジャッカルは不敵に口角を吊り上げ、冷徹な双眸を少女へと向けた。


狙いは定まった。


​人体操作​――


​その異能を静かに発動させ、クララの肉体を強制的に支配することで、自らの手でその身柄を確実に確保する。


ピキッ!


​冷え切った戦場の空気の中で、ジャッカルの放った目に見えぬ精神の波動が、クララの脳細胞へと深く侵食していく。


マリオネットによって異常なまでに高められたその異能の力は、少女のわずかな隙をすり抜け、その深層心理の領域を完全に捉えた。


​(――見えたぞ)


​ジャッカルの脳裏に、現実とは異なる異質な空間が鮮明に広がる。


どこまでも続く広大な草原。そのただ中に、一人ぽつんと佇む少女の姿があった。

クララ・ヴァイス。


​静寂に包まれた精神の深淵で、気配を察知したかのように彼女がふと背後を振り返る。


次の瞬間、精神の深淵に在るはずのクララの瞳と、現実世界で嗤うジャッカルの双眸が真っ直ぐに交錯した。


そして、幼いクララの瞳から、大粒の涙がポロリと零れ落ちた。


​(泣いている……?)


​奇妙な反応にジャッカルはわずかに怪訝さを覚えたが、そんなことは今の彼にとって些細な問題でしかなかった。


それよりも、クララの精神へ完璧に干渉し、その身柄を確実かつ速やかに確保することのほうが遥かに重要だった。


​だが、精神の深淵で、少女は静かに口を開いた。


​「可哀想な少年」


​(なに……?)


​少女の言葉に眉をひそめたジャッカルの視界で、クララの目の前にぽっかりと別の景色が浮かび上がる。


そこには、一人ぼっちで声を殺して泣き濡れる少年の姿があった。


​(何者だ、あのガキは……っ)


​不審に思ったジャッカルが、精神をさらに踏み込ませてその少年の顔を覗き込む。


​『っ……!?』


​次の瞬間、ジャッカルは驚愕のあまり大きく目を丸くした。


​そこに映っていた泣き虫な少年は、他でもない、紛れもなく幼き日のジャッカルその人だったからだ。


それは、ジャッカルがマリオネットの力を手に入れ、デストロイ部隊の序列四位として戦場に君臨する、遙か以前の記憶――。


​まだ幼かった頃の彼には、人知れぬ過酷な呪いのような力があった。


周囲の人間が何を考え、自分に対してどれほどの恐怖と嫌悪を抱いているのか。


その悪意の波長が、拒む間もなく脳の深部へと流れ込んでくる。


その異常なまでの精神感知能力は、少年時代の彼にとって救いのない苦痛でしかなかった。


「近寄るな! 化物!」


「気持ち悪いんだよ、お前は!」


「怖いから、こっちに来ないで!」


​冷たいアスファルトの上で、かつて友だちだと思っていた子供たちが投げつけた石と、剥き出しの殺意を含んだ罵声。


誰も自分を理解してくれない。


誰も自分に触れようとしない。


ただ他人の心を無意識に感じ取ってしまうという理由だけで、彼は人間として扱われず、気味の悪い怪物のように疎まれ、泥にまみれて蹲っていた。


​誰にも愛されず、誰にも受け入れられず、孤独の底で心をすり減らしていたあの惨めな日々。


他人の心を強制的に踏みにじり、恐怖と絶望に染め上げることでしか己の居場所を確認できなくなった今のジャッカルという男の原点は、まさにその歪み切った過去のなれの果てだった。


​精神の深淵で、幼い日の自分が流した涙の幻影が、現在のジャッカルの冷徹な心を突き刺していく。


「泣かないで、ミハイル君」


​クララが紡いだその名は、デストロイ部隊の序列四位を示すコードネームなどではなく、他でもない彼の本名だった。


​『なぜ……なぜ、その名前を知っている……っ!?』


​現実世界の戦場に立つジャッカルは、喉の奥から絞り出すように動揺の声を荒らげる。


しかし、どれほど絶叫しようとも、その声が精神の深淵の向こうにいるクララに届くことはなかった。


​精神の世界で、クララは傷つき蹲る少年ミハイルの前にそっと歩み寄り、優しく語りかける。


​「あなたの、その呪いのような能力を……私がすべて消してあげるわ」


​少年の面影を残したミハイルは、涙に濡れた瞳を大きく見開いて少女を見上げた。


​「そんなこと……本当に、できるの……?」


​震える声で尋ねるミハイル少年に対し、クララは揺るぎない微笑みを浮かべてうなずく。


​「うん。大丈夫よ」


​そして、少女は確信に満ちた瞳で告げた。


​「だって、私は特別な人間だから」


​優しく響いたその言葉とともに、少女クララはそっと小さな手を伸ばし、少年ミハイルの額へとそっと押し当てた。


​次の瞬間、陰鬱な孤独に満ちていたはずの暗い世界が、眩いほどの純白の光に包み込まれていく。


『クララ! てめぇ、何をした……止めろぉっ!』


​モスクワのクレムリンがそびえる凍てついた戦場に、ジャッカルの狂乱を帯びた絶叫が轟いた。


​精神の深淵で起きた不可逆の異変が、現実の異能を根底から叩き折る。その圧倒的な干渉力は、戦場を支配していた絶対的な呪縛を一瞬にして打ち砕いた。


​そして、次の瞬間――


​猛然と振るわれていた香織の光剣が、ピタリと動きを止めた。


​空気を切り裂くエネルギーの奔流が消え失せ、静まり返った戦場のただ中で、香織は荒い息を整えながら眼前の翼を見据える

​『伊集院統括隊長……』


​その双眸には、もはや迷いも狂気もなく、確かな正気が宿っていた。香織は静かに、しかしはっきりと告げる。


​『……身体の自由が、戻りました』


理由は分からない。


​だが、考えている暇などなかった。


​『香織! 狙うはジャッカルだ!』


​『はいっ!』


​弾かれたように、日本が誇る二人の統括隊長が、ジャッカルめがけて一直線に駆け出す。


​『お、おい……! 強化人間ども、俺を護れっ!』


​精神支配という絶対の絶対的な手綱を失ったジャッカルは、恐怖の色を浮かべながら慌てて命令を飛ばす。


​しかし、その指示が強化人間たちに届くことはもはやなかった。クララによって精神干渉の呪縛が完全に断ち切られた今、彼らを従える力は消え失せていたからだ。


​シュバッ!


バシュッ!


​迷いの消えた翼と香織の二人による、凄まじい軌道の同時攻撃が、ジャッカルの頑強な装甲を容赦なく捉え、鋭く貫いた。


​《損傷率 48%》


​さらに、香織は光剣を握りしめる手に渾身の力を込める。


​『はぁぁぁ――っ!!』


​ズバババババッ!! 


​横浜基地襲撃事件の黒幕――すべての元凶であるジャッカル。


『仲間たちの無念!思い知りなさい!』


多くの仲間たちの命を無残に奪い去られた積年の恨みを、夢 香織はその光剣の一撃一撃にすべて叩き込む。


​ズバババッ!


​『ぐわぁ……っ!』


​《損傷率 オーバー》


​《ジャッカル 戦闘不能》


その表示が、冷え切った戦場に静かに浮かび上がった。


「ぐ……あ……」


膝から力が抜け、ジャッカルの巨体がゆっくりと崩れ落ちる。


つい先ほどまで、戦場のすべてを掌握していた男の姿とは思えない。


伊集院 翼。

夢 香織。

北条 芽依。


そして、彼に操られていた無数の強化人間たち。


すべてを自らの意志で動かし、仲間同士を殺し合わせ、敵軍の中枢を内側から崩壊させようとしていた。


その絶対的な支配は、たった一人の少女によって終わりを告げた。


ジャッカル――いや。


ミハイルの精神に残されていた、遠い日の記憶によって。


「……俺の……能力が……」


ジャッカルは震える手を見つめる。


何も感じない。

いつもなら容易く感じ取れるはずの他人の恐怖も、憎悪も、殺意も。

今はもう、何も届いてこなかった。


「嘘だ……」


乾いた声が漏れる。


「俺は……俺は、こんなところで……」


その視線が、ゆっくりとクララへ向けられた。


少女はただ、そこに立っていた。

戦場の凄惨さとはあまりにも不釣り合いな、小さな身体。


その瞳には、勝利を誇る色も、敵を嘲る色もない。


ただ、悲しそうな眼差しだけがあった。