EDEN1(地球編)-6(魔法使い


【魔法使い①】


『希望学園生徒連続行方不明事件の犯人がわかりました。』


『ほぉ、早いな、さすが麗(れい)だ。』


『しかし、迂闊に手が出せません。』


『…………なぜだ?』


『私の目の前で生徒が1人 消失しました。その方法が全く分かりませんので、下手に仕掛ければ私が消される可能性があります。』


『消失?死体は見つからないのか?』


『はい。跡形もなく消え去りました。』


『なんと!』


どんな難敵であっても、陰陽術の技で敵勢力を壊滅させて来た神代 麗(かみしろ れい)は、政府から請け負った任務を失敗した試しは無い。その麗が、ここまで慎重になるのは珍しい。


『そこで提案があります。』


『なんだ?』


『捕獲をするのは危険ですので、もっと簡単な手段を使えないかと思います。』


『う〜む。それは政府の許可が下りない。犯人が殺しを行った証拠がない上に、行方不明の生徒の居場所も聞き出せなくなる。』


『そうですか。それならば、しばしの時間が必要でしょう。』


『お前に任せる。』


『御意…………。』


アリス・クリオネが警察から解放されたのは、事件があった翌日の事であった。二階堂 優真(にかいどう ゆうま)が消えた真相は、警察でも聞き出す事が出来ず、結局は無罪放免で釈放された。


その日の放課後


麗の帰宅途中に、1人の青年が現れる。


(殺意はない…………。)


そのまま通り過ぎようとしたが、青年は慌てて麗を引き止めた。


「ちょっ!神代さんだよね?話があるんだ!」


年齢的には大学生くらいの温厚そうな青年であるが、麗には見覚えがない。


「何の用ですか?」


「昨日の事件の事を知りたい!」


「……………私は何も知りません。」


「二階堂 優真が消えた瞬間を見ている生徒は3人しかいない。とても重要な話だ。」


「…………それなら、私以外の2人に聞く事ね。」


「僕の予想では、二階堂を消した犯人はアリス、彼女には聞けない。」


「…………。」


「そして、もう1人、黒澤くんにも同席してもらう。」


「え?」 


「昴くん!こっちはオッケーよ!」 


そこに、希望学園1年2組の星空 ひかりが黒澤 帝王を連れて歩いて来るのが見えた。


「あなた達、何をするつもり?」


「世界を救うつもりさ。」



人通りの少ない公園に、銀河 昴、星空 ひかり、黒澤 帝王、そして神代 麗が集まった。


「これから話す事を驚かないで聞いて欲しい。」


まず昴が語り始める。


「この世の中には、地球以外の世界が存在する。分かりやすく言えばパラレルワールド。」


「おい!何を言い出すのかと思ったらパラレルワールドだと?馬鹿馬鹿しい。」


黒澤は呆れたように、口を挟んだ。


「俺は、アリスの話を聞けると思ったから付き合ってんだ。くだらない話なら帰るぞ。」


「ステラ!」


「はい!」


すると、昴の胸のポケットから小さな妖精が飛び出した。


「!」「!」


まるで御伽噺(おとぎばなし)の世界から飛び出したような美しい羽をもった妖精が、黒澤達の頭上をクルクルと旋回する。


「妖精だと!?」


「なにこれ?本物なの?」


さすがの神代 麗も目を丸くする。


「彼女はユグドラシルと言う世界の人間、ピクシー・ステラだ。」


「人間ではなく妖精です!」


「お前達、何者だ?」


「話は長くなるが聞いてくれ。アリス・クリオネの正体は最後まで聞いてくれたら分かる。」


それから、昴達の説明が始まる。


この世界には、地球以外にも知的生命体が存在する。正確には知的生命体が存在する世界は複数ある。しかし、それぞれの世界は独立しており基本的には往来する事は出来ないし、干渉する事も出来ない。


「なら、その妖精はどうしてここにいる?」


「ユグドラシルの魔法文明は、異世界間の移動を可能にしましたが、しかしステラの能力は全く別物です。」


ここで、星空 ひかりが説明を加える。


「ステラは【加護】の能力者です。本来であれば高度な技術や膨大な魔力を必要とする異世界間の移動をステラはいつでも自由に出来ます。」


「そうなの!?」


これには昴も驚いた。


「ちょっと待って………。話を最後まで聞きましょう。」


普段は他の者に興味を示さない麗であっても、妖精を目の当たりにすれば興味を持たざるを得ない。昴とひかりは、異世界が実在する事の説明を淡々と述べて行く。


「信じられねぇな…………。」


「異世界の話はわかりましたが、異世界と行方不明事件、そしてアリスとは何の関わりがあるのかしら?」


「そうだな。ここからは僕達の住む世界、地球の話になる。」


ゴクリ


「希望学園で行方不明者が多発しているが、それと同じ現象が1年前のオースラリアでも起きているんだ。」


「オースラリア?」


銀河 昴(ぎんが すばる)は、西尾先生の仮説について説明を始めた。オースラリアのとある学校で行方不明者が多発し、その近くでは電気虫が大量に発生していた。


「電気虫だと?あのオースラリアを破壊した電気虫?」


「そうなるね。」


「偶然でしょう?行方不明事件と電気虫の関係が分からないわ。」


「僕も最初はそう思っていた。僕は当時のオースラリアのニュースを隅々まで調べたよ。最初に発見されてから大量発生に至るまでの記事は全て読んだ。」


「何か分かったのか?」


「まず、この画像を見てくれ。」


昴はスマートフォンに保存してある1枚の画像を見せる。


「電気虫が最初に発見された時の記事で、電気虫の駆除のために軍隊が出動した記事だね。」


そこに────


アリス・クリオネが映っている。


「!」「!」「!」




【魔法使い②】

アリスは白人であり、オースラリアの記事に映っていても違和感は無い。だから気付かなったと昴は言う。気付いたのは、つい最近のことでSNSで拡散された希望学園のバレーボールの試合の動画にアリス・クリオネが映されていた。


「2人が同一人物だと確信したのは昨日の事件があったからだ。」


「どういう意味だ?」


そして昴は、黒澤と神代の顔を見渡す。


「昨日、あの教室内で二階堂 優真は忽然と姿を消した。アリス・クリオネが何らかの仕掛けをしたに違いない。そして、本当は消えたのではなく【電気虫】に姿を変えられたのだと思う。」


「!?」「電気虫に?」


「電気虫はそれほど大きな虫ではないから、消えたと思うのも無理はないけど、おそらく、アリス・クリオネが電気虫を捕獲している。」


「おいおい冗談はその辺にしておけ。人間が虫になるってか?異世界の話より信じられねぇよ。」


「そうですねぇ、私もそんな魔法は聞いた事がありません。」


それまで空を浮遊していたステラが会話に割り込んで来る。


「ユグドラシルの魔法科学でも、水や炎を作り出す魔法はあっても、生物を他の生物に変換させる魔法は無いわ。それなら他の異世界へ移転させたと言われた方が納得が行くかな。」


「ステラ、それが出来るのはアナタくらいで普通の魔法使いにはそれも難しいわ。」


ステラには【加護】の力がある。


ステラの【加護】の力は特殊能力であり、科学も魔法も超越した力とされている。


「ちょっと待ってくれ。お前達、電気虫は自然発生したものではなく、人間が作り出した生物とでも言いたいのか?」


「あれは生物兵器よ。」


そう断言したのは、星空 ひかりだ。


「この世界に発生した電気虫よりも、2年以上も前に電気虫は発見されています。別のパラレルワールドです。」


「!」「え!?」


「なんだと?」「なんですって!?」


「パラレルワールドの一つである『グリーン・ノア』で電気虫が発見されたのは2年以上も前の話です。」


「グリーン・ノア…………。」


グリーン・ノアの世界で発見された電気虫は、およそ1年後には惑星全体へと広がり、文明と言う文明を喰らい尽くした。ユグドラシルは、パラレルワールドの世界を管理しているものの、基本的には他の世界には関与しない。ましてや、自然に発生した生物が原因ならばユグドラシルが干渉する必要は無い。


しかし、今から1年ほど前に、グリーン・ノアの皇帝から緊急信号が入る。


『敵襲だ!助けてくれ!』


『敵襲?どこの世界ですか!?』


パラレルワールドの世界で 異世界移動が出来る文明は限られており、異世界間の戦争など考えられない。


『わからない!どこからともなく現れた敵の軍勢と交戦中だ!文明を破壊された我々だけでは持ち堪えられない!援軍を頼む!』


皇帝の話では、グリーン・ノアの文明は破壊されたと言う。


「それが、電気虫って事か…………。」


「それでグリーン・ノアはどうなったのですか?」


「………わかりません。」


「わからない?」


「1年前にユグドラシルの援軍が異世界を移動できる宇宙船に乗り込みユグドラシルを出発しました。」


「宇宙船?」


「パラレルワールドとは、つまりは宇宙にある星の事です。通常であれば、光の速さで広がっている別の星へ辿り着く事は出来ないわ。しかし、光速を越える宇宙船なら別の世界へ移動する事が出来ます。」


「なるほど、異世界人と言うのは、つまり宇宙人って事か。」


「しかし、グリーン・ノアへ向かった私達ユグドラシルの宇宙船が何者かに襲撃されました。」


「!」


「それで目的地の座標が変更され、この地球に辿り着いたのです。」


「それで姫様がこの世界に………。」


ユグドラシルの王家の娘であるオーロラ姫が地球にいる理由は分かったが、女子高生を名乗ってバレーボールをやってる理由は今は聞かないでおこう。


4人での話し合いは更に3時間を超え、いつしか日が暮れていた。


「とても信じられねぇ話だが、お前達の主張はわかった。」


黒澤 帝王は立ち上がり、昴 達に言う。


「しかし、俺は降ろさせて貰う。アリスの野郎を殺すのか、捕まえるのかは知らねぇが、得体の知れない異星人を相手にするほど俺は馬鹿じゃない。勝手にやってろ。」


「!」


「それは正解よ。」


「ひかりさん?」


「アリス・クリオネからは魔力の力を感じます。この世界の人間では太刀打ち出来ません。私とステラで何とかします。」


「僕のこと忘れてません?」


「昴さんは……、そうですね。電気虫を探すのをお願いします。」


「…………。」


星空 ひかりにして見れば、銀河 昴は魔法も使えない一般人であり、頼りにされないのも仕方がない。そして、もう1人の地球人である神代 麗もまた魔法の使えない一般人だ。


「それでは、私も帰ります。今日は興味深いお話を聞かせて頂きました。」


「あ、あぁ。」


「神代さん、ありがとう。」


ザッ


ザッ


(異星人の魔法使い…………。) 


ザッ


ザッ


(私の術がどこまで通用するのか。)



────楽しみだわ。