EDEN1(地球編)-6(1年1組事件)


【1年1組事件①】

西暦2039年2月2日


日本帝都大学の学生である銀河 昴(ぎんが すばる)は、神奈川県にある電柱をよじ登っていた。


「なぁステラ、これ完全に変質者に見えないか?」


すぐ近くには市立希望学園の校舎があり、電柱に登って学校の中を覗き込んでいると思われても仕方がない。


「電気虫を探すためです。問題ありません!」


ステラは適当な事を言っているが、電柱の上なら空を飛べるステラが探した方が効率的だと昴は思う。


「見つからないですね、電気虫。」


「西尾先生が勝手に言ってるだけだからな。見つかったら奇跡だよ。」


オースラリアを破滅に追い込んだ電気虫が、日本にも発生するかもしれないと西尾先生は言うけれど、希望学園との関連性は疑っている。


ピーポー


ピーポー


「ん?」


すると、遠くから3台のパトカーが近寄って来るのが見えた。


「やば!本当に誰か通報しやがった!」


昴は電柱から慌てて飛び降りると、パトカーに向かって手を挙げた。


「ええと!僕は決して覗きなんてしていません!」


ピーポー


ピーポー


「あれ?」


しかしパトカーは昴の前を通り過ぎ、希望学園の校門の前で車を止める。と、ほぼ同時に校内から生徒達がぞろぞろと出て来るのが見えた。


「なんだ?何があったんだ?」 


警察官の1人がスピーカーを手に取り学校へ向かって声をあげる。


「二階堂 優真(にかいどう ゆうま)君!無駄な抵抗は止めて投降しなさい!人質を解放するんだ!」


「人質?………何があった?」


ガシャーン!!


「うわぁぁぁ!!」


「!」


次の瞬間、3階の窓から生徒の1人が投げ出されるのが見えた。


「昴!」「いや、間に合わない!」 


ダッ!


しかし1人の生徒が反応し、ものすごいスピードで窓の下へと走って行く。


あれは…………。


「星空 ひかり!」「オーロラ姫!」


昴とステラが同時に声を上げた時には、ひかりは既に窓の下へと到着し両腕を伸ばす。


「馬鹿!腕が折れるぞ!」 


「きゃあぁぁ!」


ドシン!!


女子高生が3階から落ちる男子生徒を受け止めるなんて無謀すぎる。


「ひかり!」「星空さん!」


他の生徒達が、落下した地点に慌てて駆け寄ると、男子生徒がのそりと起きあがる。


「いてて…………。ん?大丈夫!?」


大丈夫な訳が無いだろうと、昴は思ったが、星空 ひかりは腕の埃(ほこり)を払って立ち上がった。


「痛ったぁ。」


「ひかり!大丈夫!?」


「う〜ん。ちょっと痛いけど大丈夫よ。」


信じられない事に、星空 ひかりの腕は軽傷のようだ。


「風の魔法…………。」 


ステラが昴の耳元で呟く。


「受け止める瞬間に風の魔法で落下速度を落としました。やはり、あの方はオーロラ姫です!」


この世界の人間が魔法を使えるはずが無いとステラは主張する。


「待てよステラ。とにかくお前の存在が見られるのは不味い。ポケットに入ってろ。」


昴は無理やりステラを胸のポケットに押しやった。


「オーロラ姫の話は後だ、それよりこの騒ぎは何だ?何で生徒が窓から落ちてくる!」


昴は近くにいた学生に声をかけて、事の成行きを聞き出した。



【1年1組事件②】

事件が起きたのは昼休みの時間帯だ。

いつもの様にクラスの男子生徒数人が、二階堂 優真(にかいどう ゆうま)をからかっていると、突然 優真がキレ出した。


「僕に構うな!それ以上 近寄るとぶん殴るぞ!」


「!」「!」「!」


日頃、大人しい人間がブチ切れると手が付けられない。優真が男子生徒の1人を思い切りぶん殴ると、その生徒は教室の端まで吹き飛ばされた。


ズバーン!!


「きゃあぁぁ!」「なに!?」


「ちょっと、シンジ君が壁に!」


壁にめり込むほどの勢いで衝突したシンジは白目を向いて気絶している。


ピクピク…………。


「おい!シンジ!」「てめぇこの野郎!」


ナイフを持った生徒が、優真の顔面を目掛けて襲いかかるが、優真は右腕でそのナイフごとぶん殴った。


グキボキッ!!


「ぐわぁぁ!」


顔面の骨が砕ける音が教室に鳴り響く。


「痛ってぇ!うぉぉ!!」


「きゃあぁぁ!!」


「先生!いや、救急車を早く!」


「動くなぁ!!」


そこで、優真が大声を発して怒鳴りつけた。


「動いた奴は殺す!」


「な!?」「優真くん?」


「その場から動くと殺す!スマホも出せ!」


「えっと、私達………私は関係ないよね?」  


女生徒の1人が声を掛けると、優真は大きな目を見開いて睨みつける。


「お前等も同罪だろうが!僕がイジメられているのを誰も助けようとしなかった!」


「それは………。」 


それが今から1時間前の話だ。

同じクラスの黒澤 帝王(くろさわ ていおう)は、冷静に状況を分析する。


昼休みに教室に残っていた生徒は13人、優真を除けば12人になる。そのうち2人はぶん殴られ、2人とも重傷であり、1人は壁に衝突し頭から血を流して気絶、もう1人は顎が砕け散った。


「おい、優真、そろそろ許してくれよ。謝るよ。」


そう言って、イジメをしていた生徒が椅子から立ち上がると、優真は勢いよく生徒の胸ぐらを掴み、そのまま窓の外へと投げ飛ばした。


ガシャーン!!


「きゃあぁぁ!」 


「馬鹿!ここは3階だぞ!」


「はぁ、はぁ、しゃべるな殺すぞ!」


「!」「!」「!」


それにしても信じられない腕力である。ヘビー級のボクサーかプロレスラーでも無い限り、人間をあれほど簡単に投げ飛ばす事など出来ない。


「ひぃ…………。」「しくしく。」


残された生徒達は怯えて動く事が出来ない。1年1組の教室内の生徒達は檻に閉じ込められた兎のように身動きが出来なくなっていた。


(アリス…………、何をしやがった。)


そして、帝王はアリスを見る。他の生徒が怯える中で、アリス・クリオネは楽しそうですらある。


(数日前に俺に放った言葉の真意がこれか。)


間違いなく優真の後ろにはアリスがいる。考えられるのは『薬』だろう。何らかのの違法薬物で優真の身体能力を強化している。


そして、もう1人。更に異質な存在が神代 麗(かみしろ れい)だ。


(この状況下で、読書をする人間がいるか?)


麗が机の上に広げている本はトルストイの『戦争と平和』であり、舐めているとしか思えない。


「おい!転校生!本を読むな!」


(お!)


「暇なものですから。」


(おい!)


「ふん…………。勝手にしろ!」


(おぉ!)  


全くどんな神経をしてやがる。一歩間違えたら殺されてるぞと、帝王は胸を撫で下ろした。


ダンダンダンダン!


動きがあったのは数分後の事である。廊下から聞こえる複数の足音は、おそらく警察官。優真が凶器を持っていないと判断したのだろう。


「優真!」


「!」


そこで、帝王は二階堂に声を掛けた。


「おそらく警察だ。そろそろ止めたらどうだ?」


「黒澤くん!しゃべるなと言ったろう!」


「今なら間に合う。お前のやってる事は正当防衛だ。俺が証言する。」


「!」


「しかし、これ以上は庇う事は出来ない。警官が気たら抵抗するな。」


おそらく、これが優真を説得する最後のチャンスだと帝王は賭けに出る。


「おい!お前も大丈夫か?顎が砕けてるじゃねぇか。」


「痛っ!触るなよ!」


ダンダンダンダン!


ガラッ!


「動くな!!」


このタイミングで警察官がドアを開ける。


「警察の皆さん。拳銃を下ろしてくれ。優真は抵抗しない。」


「なに!?」


「黒澤くん………!?」


ドクン


ドクン


数秒の沈黙が重苦しく感じる。


(優真………早く自首をすれ。)


と、その時


「優真くん。」


声を発したのはアリス・クリオネであった。


「貴方は最強です。拳銃にも負けないわ。」


「!」「!」「!」



【1年1組事件③】

ズキューン!ズキューン!


「ぐわ!」「うぉぉ!!」


ガシャーン!


3階の教室から聞こえる2発の銃声の後に、3人の警察官の身体が窓から放り投げられた。


「!」「な!?」


それを受け止めようとする星空 ひかりだが、さすがに3人は無理だろう。


「馬鹿野郎!避けろ!」


「きゃ!」


昴が、ひかりの身体を押し退けると、ひかりは叫び声をあげてその場に倒れ込む。


ドサッ!ドドドッ!


「ぐわっ!」「ぐはっ!」「がは!」


続けざまに落ちて来る警察官の下敷になる事は無かったが、すぐさま警察官に駆け寄り状況を確認する。


「ひどい怪我……………。」


すぐさま、ひかりは左手の甲に手をかざす。


「姫様!それはダメです!」


「え!?」


「この世界には魔法は存在しません!正体がバレたら厄介です!」


「…………ステラ?」


「救急車だ!早く呼んでくれ!」


昴が警察官に叫ぶと、校門の裏に待機していた救急隊員が駆け寄って来た。


「なんだ、既に来てたのかよ。」


3人の警察官は重傷だが、命はあるようなので何とか助かるだろう。


「警察官までやられるとは、教室内では何が起きてるんだ?」


「魔法の力を感じます。」


ひかりが告げる。


「魔法だって?」


「魔法の力って………。私には感じられない。」


「あの教室の中に、魔力を持った人間がいます。この世界の人間では対処できない可能性があるわ。」


「しかし姫様!今はダメです!」  


ピクシー・ステラは必死でひかりを制止する。


「姫様が魔法を使えば、その魔力はパラレルワールド中に知れ渡ります!護衛が誰も居ない状態で魔法を使うのは危険です!さきほどの風の魔法だけでもヒヤヒヤものですよ!」


行方不明のオーロラ姫を探している人間は敵味方関係なくパラレルワールド中に存在する。オーロラ姫の魔力は必ず魔法探知に引っ掛かるとステラは力説する。


「ならば俺の出番か。」


「………あなたは?」 


「相手が普通の人間なら俺は勝てない。しかし異能の能力者なら話は別だ。」


「昴、それは無理ですわ。」


と、ステラは言う。


「なに?」


「生徒も一般人も学校内への立ち入りは禁止です。昴には警察官を押し退ける力は無いもの。」 


「……………。」


「この世界の事件は、この世界の人間に任せましょう。私達の目的は電気虫です!」 


「俺、この世界の人間なんだけど?」


一方の三階、1年1組の教室内では、二階堂 優真(にかいどう ゆうま)が暴れていた。


「警察官がざまぁ見ろだ!僕が苛められているのを放置している社会が悪い!僕が社会を変えて見せる!この力で!!」 


(ちっ!アリスの野郎…………。もう少しで説得できたのに。)


警察官がダメなら、自分で対処するしか方法がない。黒澤 帝王が制服のポケットにそっと手を入れると、さきほど倒れた生徒から盗んだナイフを握りしめた。


(問題はアリス・クリオネだ。)


二階堂 優真の相手をしている間に、アリスに動かれると厄介だ。あの女は得体が知れない。


「アリスさん。」


「!」


そこで神代 麗(かみしろ れい)が動く。


「………なんでしょうか?」


これにはアリスも予想外であった様子だ。


「アリスさん、二階堂君を最強と言ったわね?本当かしら。」


「何を言いたいの?」


「いえ、私には黒澤くんの方が強いように見えます。賭けをしましょう。」


「賭けですって?」


「二階堂くんが勝てば私は貴女の言う事を何でも聞きます。黒澤くんが勝てば、貴女の秘密を話して頂きます。」


「秘密?」 


「二階堂くん、黒澤くん、どうかしら?」


(この黒髪女…………。やはり、まともじゃない。)


二階堂の力は明らかに人間の力を越えている。拳銃を持った警察官3人を簡単に倒す化物に対して、俺は正真正銘の人間だ。勝てる確率は1割にも満たないだろう。


「面白いじゃないか。黒澤くん、行くよ。」


(乗って来た!)


しかし、この展開は黒澤が望んでいた展開でもある。これでアリスは身動きが出来なくなったからだ。


「うおりぁぁぁ!!死ね!!」


先に動いたのは二階堂 優真の方で、力任せに黒澤に殴り掛かる。


「!」


しかし、見切れないスピードではない。腕力に比べてスピードはそれほど強化されていない。


ビュン!


黒澤はポケットからナイフを取り出し、カウンターぎみに二階堂の顔面にナイフを突き刺した。


「ぎゃあぁぁぁ!!!」


しかし、これだけなら勝てない。この化物はナイフが刺さっただけでは殴り掛かってくる。


ぐっ!


黒澤はナイフを強く握りしめ、そのまま二階堂の両目を抉るように切り裂いた。


「ぐわぁぁ!!貴様ぁ!!」


目が見えない状態なら、二階堂は敵ではない。


「みんな!早く教室から逃げろ!今がチャンスだ!」 


「うわぁ!」「帝王君ありがとう!」


「早く逃げるぞ!」


「おい!怪我人を忘れるな!」


危険な賭けではあったが、帝王は勝った。


「くそぉ!目があぁぁぁ!」


さて、問題はこれからだ。


キラリン


帝王はナイフの先をアリスに向けて構える。


「二階堂になにをした?薬か?答えろ!」


「ふふ…………。面白い事を言うのね。」 


「なに?」


「まだ何もしていないわ。」


アリス・クリオネは、意味深な笑みを浮かべる。


「ふざけるな!二階堂が化物になったのはお前の仕業だろうが!」


「失礼ね。私は二階堂君の願いを叶えただけよ。」


「なんだと!?」


そして、アリスは二階堂に向けて手を差し伸べる。


「二階堂君の願いは、虐めへの復讐だったわね。その力は貴方が望んだ力です。」


「ア………リス………。」


「しかし、私の力も万能ではないのよ。残念ながら、あなたの願いは黒澤くんを倒せるほど強くは無かった。」


でも、安心して………。


あなたの望みは私が叶えてあげるわ。


「ア………リ…………ス…………。」


シュン!


「!」「!」


目の前から二階堂 優真の姿が消えた。


「何をした!」


「約束しただけですわ。」


見つけた───


神代 麗は、そっと心の中で呟く。


生徒連続行方不明事件の犯人は


───アリス・クリオネ