EDEN1(地球編)-5(神代の一族)


【神代の一族①】

西暦2039年1月28日

東京湾に浮かぶクルーズ船内にて、大きな取引が行われようとしていた。

中国系マフィア『双竜会』が用意したのは、20キログラムに及ぶ麻薬であり、日本側の代理人が小舟でクルーズ船に近付いて来る。小舟に乗っているのは、大きなスーツケースを持った男と若い女性である。


「ボス、代理人が到着しました。」


「うむ、通せ。」


ボスと呼ばれる男は60代後半の初老の男性で、周りには20人を越える部下が待機している。


密売は船上に限ると、男は思う。

船の上ならば警察に現場を押さえられる事は無い。取引先の人数を最小限に抑える事により、裏切られる事もなく、相手は逃げる事も出来ない。そして、何より重要なのは囮捜査に引っかかる事が無いからだ。


「金を見せろ。」


初老の男がそう告げると、代理人の男がスーツケースの錠を開いた。


ガチャ


ブシュー!


もくもく


「!」「なんだ!」「煙幕!?」


クルーズ船の室内が白い煙に包まれて行く。


「くそっ!警察か!」「殺せ!」


「ボス!煙が邪魔で見えません!」


ビュン!


ズバッ!バキッ!バシュッ!


「ぐわぁ!」「うぉ!」「ぎゃあ!」


ズキューン!ズキューン!


「馬鹿撃つな!同志撃ちになるぞ!」


もくもく


スーツケースを開けてから僅か数分の間に、20人以上いたマフィアの組員が全て倒され、煙が消える頃にはボス1人しか残されていない。


「馬鹿な………、たった2人で。」


「警察だ、現行犯で逮捕する。」


男が警察手帳を見せてボスに手錠を嵌める。


「日本刀…………!?」


そして、隣に立っている女性が構えている武器は日本刀である。黒髪の長い女だ。


「麗さん、ご協力感謝します。お陰でスムーズに行きました。」


警察の男が女に一礼し、倒れている組員達にも手錠を嵌めて行く。


「まさか………、戦っていたのは女1人か?」


そう尋ねると、警察の男がボスへと振り向いて答える。


「日本の裏組織を舐めない方が良い。」




神代(かみしろ)の一族────


神代の一族が生まれたのは、今から1200年前の平安時代である。安倍晴明(あべのせいめい)が活躍していた時代に、晴明を影から支えていた陰陽師集団の記録があり、その頭領の名前が神代(かみしろ)を名乗っていた。神代の一族は、その人智を越えた陰陽術を認められ、歴代の権力者に重宝される。



「麗、こちらへ来なさい。」


「はい、お父様。」


神代の一族、第108代頭領の神代 月影(かみしろ つきかげ)は、娘である麗の名前を呼ぶ。


「政府から新たな依頼がある。神奈川県にある希望学園へお前を転入させる。」


「希望学園?高校ですか?」


なぜ、高校なのかと麗は疑問に思ったのだが、父は話を続けた。


「この1年の間に、そこの学校の生徒7人が行方不明になっている。」


「7人………ですか。」


「最初は誘拐事件であると捜査をしていたが証拠が何も見つからない。」


「それは、奇妙です。神隠しにでもあったのでしょうか?」


「分からない。だから神代の一族に依頼が回って来た。行方不明の原因を探り、可能であるなら犯人を特定せよとの依頼だ。」


「特定…………。その先は?」


そして、麗は父に尋ねる。


「無論だ。」


神代の一族の本業は殺しである。政府に対立する人間を暗殺するのが仕事であり、そして神代の一族は人を殺しても法に問われる事は無い。


「転入手続きは済ませておいた。明日からお前は希望学園の生徒となる。頼んだぞ、麗。」


「お任せ下さい、お父様。」




【ユグドラシル】

東京帝都大学の研究室

西尾先生の表情は、いつになく険しかった。


「先生、どうしたんですか?」


「昴くん、希望学園でまた行方不明者が出たみたいなんだ。」


「またですか?」


「これで7人になる。」


「結構な大事件ですよね?」


「大事件どころでは無いよ。僕の予想が正しければ日本はオースラリアみたく壊滅する。」


オースラリアで起きた行方不明事件と希望学園の行方不明事件は酷似している。西尾先生の予想では、希望学園付近で電気虫が大量発生し、そうなると手遅れだろう。


「何とかならないんですか?」


「無理だねぇ。僕の主張など荒唐無稽な陰謀論だと思われているから、電気虫が発見されるまでは相手にされないだろう。」


「そんな………。」


「学会が無理ならマスコミだ。僕はマスコミに掛け合って来るから、君は希望学園へ向かってくれ。」


「希望学園へ?」


「電気虫を探すんだよ。電気虫さえ見つかれば政府も動き出す。頼んだよ、昴くん。」


実際問題、西尾先生の推論が正しければ日本が壊滅してもおかしくない状況ではあるのだが、行方不明事件と電気虫を結びつける根拠がイマイチ分からない。銀河 昴はそれほど乗り気では無かったが、予想外にステラが食い付いて来た。


「はい!はいはい!ステラも行きます!」


「はぁ?何でお前が?」


「もちろんオーロラ姫に会いに行くのです!」


ピクシー・ステラの話では、希望学園の1年生である星空 ひかり(ほしそら ひかり)とパラレルワールドの世界で有名な魔法使いオーロラ姫が酷似しているとの事だ。


「他人のそら似だって。星空 ひかりは日本人だぞ?」


「あれから少し調べてみたのですが。どうやらユグドラシルの姫君であるオーロラ姫が1年前から行方不明らしいのですよ。」


「え?お前異世界に戻ってたの?」


「私は自由に異世界を移動できる能力者ですよ。」


「妖精族って凄いんだな。」


「違いますよ。私の持つ【加護】の力です。普通の人間(妖精)が異世界へ移動するには、高度技術を用いた機械を使うか、膨大な魔力を消費して異世界への扉をこじ開けるしか方法は有りません。」


しかし、それほど膨大な魔力を持つ人間は存在しませんし、高度な機械を創るには莫大な費用が掛かるため異世界への移動は簡単に出来るものではない。


「へぇ、お前って凄いんだな?」


「えっへん。」


「しかし、それならオーロラ姫は地球に来れないだろ?異世界への移動だろ?」


「何を言ってるんですか!オーロラ姫が住む世界『ユグドラシル』はパラレルワールドの中でも最も文明が発達した世界ですよ。異世界への移動装置くらい発明しています。」


「マジで?それなら、もっと異世界人が地球に来ても良さそうなんだが?」


「それを禁止したのもユグドラシルです。」


「ユグドラシル?」


「ワールドの名前ですよ。オーロラ姫の世界であり、星の名前でも有ります。ユグドラシルが本気になれば全パラレルワールドをも支配する事が出来るほど強大な魔法文明国家です。」


パラレルワールドには、知的生命体が住んでいる世界が7つ発見されている。その頂点に立つ世界がユグドラシルであり、異世界間の戦争が起きないように監視しているのだとか。


「ステラ、お前詳しいんだな?」


「私はユグドラシルの世界の中のファンシーネと言う星の産まれです。」


「え?オーロラ姫と同じ世界なの?」


「世界は同じですが、全く違う文明ですよ。ユグドラシル星の周りを回っている5つの衛星の一つです。」


「頭が混乱する…………。」


しかし、少し合点が行った。

ステラとオーロラ姫は同じ世界出身であるため、ステラはオーロラ姫の事を知っている。その世界の中心にあるユグドラシル星の姫君がオーロラ姫で、そのお姫様が行方不明と言う話だ。


「何で行方不明なんだ?」


「私も詳しくは知りませんけど、何でもグリーン・ノアの世界に行く途中に事故に合ったみたいです。」


「グリーン・ノア!知ってるのか!?」


「当然ですよ。私はパラレルワールド間の移動を監視している妖精です。発見されているパラレルワールドなら全て知っています。」


「お前って見かけによらず凄いんだな……。」


「失礼すぎません!?でも、何で昴がグリーン・ノアを知ってるですか?この世界の人間は異世界の存在すら知らない、とても遅れた原始文明ですのに。」


「お前こそ失礼だろ!?」


そして、その日の午後、昴とステラは希望学園へ電気虫を探しに出掛ける事になった。



【黒澤 帝王①】


世の中にはくだらない人間が多い。


文武両道を掲げ、日本中から優れた才能を持つ生徒を集めている希望学園に入学したが、実際に入学してみれば大した生徒はいなかった。


1年1組、黒澤 帝王(くろさわ ていおう)は、2人の生徒が行方不明になった事件で騒いでいるクラスメイトを見て嘆息する。


無能な生徒の一匹や二匹が行方不明になったところで世界は変わらない。頭の悪い人間は噂話に夢中になる。


「今日からクラスに配属になる転校生を紹介する。神代(かみしろ)さん、教室に入って。」


「はい。」


ざわざわ


「神代 麗(かみしろ れい)と申します。よろしくお願いします。」


そこに現れたのは、黒髪の美しい女生徒であった。最近の女子生徒とは違い、清楚で控えめな印象の大和撫子と行った古風なタイプ。


(ほぉ………。)


顔立ちだけなら、同じクラスで人気のあるアリス・クリオネと同レベルかそれ以上。もっともアリスは外人であり、黒澤の好みではない。


「うぉ!すっげぇ美人!」


「麗さん!どこから転校して来たの?」 


「男子!静かにしなさい!」


ざわざわ


「神代さんの席は、二階堂君の隣が空いてるね。そこに座りなさい。」


「げ!二階堂の隣かよ?」


「キモキモ菌が伝染っちまうよ!麗さん可哀想!」


二階堂 優真(にかいどう ゆうま)は、どこの学校にもいる典型的な苛められっ子タイプの生徒である。少し小太りで運動が苦手、勉強は下から数えた方が早く、趣味は鉄道模型を集めること。黒澤 帝王(くろさわ ていおう)から見れば人間のクズにも等しい存在だ。


1時限目が終わり、神代 麗の席にクラスの生徒達が集まって来ると同時に、さっそく二階堂がイジメの標的にされる。


「お前が何で神代さんの隣なんだよ?」


「神代さんが可哀想だろうが!」


バシッ


「痛っ!僕は何もしていないよ!止めてくれよ!」 


「存在自体がキモいんだよ!」


男子生徒が二階堂を蹴り飛ばしても、女子生徒は見向きもせず麗に話し掛ける。


「その髪キレイね。」


「シャンプー何を使ってるの?」


これが、このクラスの現実。

イジメなど誰も気にしないのが、希望学園1年1組の日常風景だ。


(二階堂も二階堂だが、このクラスの人間は本当にクソだな。)


帝王(ていおう)は、その風景を見て胸くそが悪くなる。弱い人間ほど自分より弱い人間を作り出し優越感に浸るものだ。


(それにしても………。)


しかし帝王は、他に気になる事があった。神代 麗(かみしろ れい)の態度は普通の人間の態度ではない。すぐ隣の席で、自分が原因で男子生徒が苛められているにも関わらず、全く反応を見せない。


止める事もせず、心配する事もせず、かと言って同調する事もしない。転校生だから様子を伺っているとも思えるが、麗の目はそんなものでは無い。全く感心が無いのだ。


(面白い奴だな。)


昼休み、その日のイジメは更にエスカレートしていた。数人の男子生徒に屋上へ連れて行かれた二階堂は、顔面や腹部をボコボコに殴られて、その場に倒れ込む。 


「おい!寝てるんじゃねぇぞ!」  


「こいつ、この前、アリスちゃんと話してるのを見たぜ。」


「なんだと?生意気な奴だ。」


「口を聞けないようにしてやろうぜ!」


シャキーン!


そして、1人の男子生徒がナイフを取り出した。


「うわっ!止めてくれ!」


「しゃべるんじゃねぇよ。豚が!」


「その辺にしとけ!」


「!」「!」「!」


男子生徒達が振り返ると、そこには黒澤 帝王(くろさわ ていおう)が立っていた。


「黒澤………なんでここに?」


「まさか、この豚を庇うのか?」


黒澤は3人の生徒を睨みつける。


「お前ら、たったの3人で俺に勝てると思ってるのか?」


「なに!」 


「おい!やばいって、こいつ空手の段持ちたぞ!」  


「知るか!こっちにはナイフがあるんだ!負けるかよ!」


ビュン!


パシッ!


「!」


ナイフを振り下ろした腕を黒澤は難なく捕まえる。


「うわ!」 


「俺からしたら、お前も豚だ。消えろ。」


「ひぃ!」「逃げるぞ!」「うわぁ!」


3人の生徒達が一目散に逃げ出して、残されたのは黒澤 帝王(くろさわ ていおう)と二階堂 優真(にかいどう ゆうま)の2人となる。


「あの………。黒澤くん、助けてくれてありがとう!」


「うるせぇよ豚。お前も消えろ。」


(はぁ…………。)


誰も居なくなった屋上で、黒澤は空を見上げた。


(世の中にはくだらない人間が多い。)


「意外ですわね。」


「!」


アリス・クリオネ────


「なんだお前?見てたのか?」 


「アナタに少し話があるの。」


「俺にはねぇよ。とっとと失せな。」 


「ふふ、そうですか。では向こうをあたろうかしら。」


「向こう?」


「二階堂 優真(にかいどう ゆうま)。彼はとても素敵だもの。」


「あんなのが好みか?お前もキモいな。」


「数日もすれば分かるわ。それでは、ご機嫌よう。」


そう言って、アリスは屋上から立ち去った。