【永遠の物語】


西暦2028年、最初の奇跡が起きたのは、その年の12月31日であった。東京発、千歳行の航空機447便が東北地方上空でエンジントラブルを起こし墜落したのが午後21時18分。乗客乗員287名の命は助からないものと思われたが、生後4ヶ月の赤ん坊である白石 永遠(しらいし とわ)が、事故からおよそ2時間後に救助隊により救出された。当時の人々はそれを奇跡と呼び、幼い赤児である永遠(とわ)は、東北地方の田舎にある小さな神社に引き取られた。それは、それは、透き通るような肌をした、可愛らしい幼子であったと言う。


西暦2040年6月7日


弘前城──────


「くそっ!第三機動隊はまだか!」


吐き捨てるように声を荒げたのは、日本国警察庁第一機動隊の隊員である本庄 サトシ(ほんじょう さとし)27歳である。190cmもある背丈を縮めて岩陰に隠れているサトシの左腕からは真っ赤な血が流れ落ちている。


「まだ30分は掛かる!待機だ!」


応答したのは、サトシの上官である第一機動隊の隊長、久坂部 裕二(くさかべ ゆうじ)である。2人を含めて第一機動隊で生き残っているのは37名で、他の13名の隊員は戦死したか逃亡したか、あるいは寝返ったのか。


「まさか、ここまで信徒が多いとは…………。警察内部にも敵が大勢いる。」


「青森県は奴等の聖地だ。もはや全住民が敵だと思え。」


「冗談じゃねぇよ、まったく。」


サトシ達第一機動隊が弘前入りをしたのは3日前であり、新興宗教である光明神教(こうめいしんきょう)の光の巫女、光明 永遠(こうめい とわ)を包囲したのは昨夜の事だ。機動隊の人数は総勢50名にも及び、光の巫女の身柄を確保するのは容易と思われた。しかし、武装した光明神教の信徒の反撃に合い、第一機動隊は足止めを喰らっている状態だ。城内に逃げ込んだ敵の人数は不明であり、下手をすれば数百人にも及ぶ。そして拳銃を携帯している信徒が複数人いるため、迂闊には侵入できない。


ビッ!


「こちら第三機動隊!遅くなった!」


(来たか!)


第三機動隊が持参した武器は、大量の催涙弾である。


「各人!催涙弾を携帯し突撃開始だ!」


久坂部隊長の号令により、第一機動隊と第三機動隊の総勢87名が弘前城の中へと侵入した。多くの信者は、光の巫女である光明 永遠(こうめい とわ)を護る為に、自ら弘前城へ足を運んだ者だろう。サラリーマン姿の男性や女子供の姿も見える。


「邪魔をするな!抵抗しなければ危害は加えない!」


ズキューン!


「!」


そこに銃声が鳴り響く。光明神教(こうめいしんきょう)の信徒である自衛隊員や警察官が武装して防衛にあたっている。


「催涙弾!撃て!!」


ブシュ!ズキューン!


シュバ!


「うわぁ!」


既に観光名所となっている弘前城には、城としての防御機能は殆ど無いものの、本丸を囲む堀と天守閣への侵入経路に群がる多数の信徒が、サトシ達を妨害する。


ズキューン!ズキューン!


「ぐわっ!」


「ケイシ!」


「構うな!先へ行くぞ!」


久坂部隊長は、催涙弾をぶっ放しながら、信徒の群れの中へと突入した。慌てたサトシもそれに続くが、他の隊員達は苦戦している様子である。


ダッダッダッ!


ズキューン!ズキューン!


「うわっ!」「ぎゃあ!」


天守閣の前を陣取っていた2人の信徒を、サトシは瞬時に撃ち抜くと、そのまま天守閣の中へと転がり込んだ。すぐさま銃を構えて内部を見渡すが、人がいる気配は無い。


「………………隊長、まさか。」


「いや、天守に光の巫女はいるはずだ。行くぞ。」


あまりの人気の無さに、既に逃げられたのかと思ったが、久坂部隊長はそれを否定する。2人は急いで階段を登り、最上階を目指す。


ズキューン!


「ぐっ!」


「隊長!」


すると、前方から銃弾が放たれ久坂部隊長の左足を撃ち抜いた。


「くそっ!しくじった!敵は何人だ!」


近くの壁に隠れた隊長が叫ぶ。


しん────


(暗くて確認できないが、、………1人か?)


すると、数秒間の沈黙のあとに最上階から声が聞こえて来た。


「久坂部隊長か……………。それと、サトシか?」


その声には聞き覚えがある。


「シュウ………、シュウか!?」


第一機動隊の中でも、サトシとは仲が良い隊員である、近藤 シュウ(こんどう しゅう)の声に間違い無い。


「お前、生きていたのか!いや、寝返ったか!」


数時間前にはサトシ達と行動を共にしていたシュウである。それが今では、光明 永遠(こうめい とわ)を護る側の信徒として立ち塞がる。


「寝返り?俺はもともと、光明神教(こうめいしんきょう)の信者だ。お前達こそ、総理大臣である神主様を殺害したテロリストだろう!」


前内閣総理大臣にして、光明神教の教祖である光明 継高(こうめい つぐたか)は、光明 永遠(こうめい とわ)の父である。12年前の航空機事故で、唯一の生存者である永遠(とわ)を引き取り、光明神教の後継者として育てあげた人物である。


「前総理は、司法により裁かれた。仕方がなかったんだ!」


「ふざけるな!米帝の犬が!」


そうだ。俺達、警視庁第一機動隊は6ヶ月前に議会へ侵入し、総理大臣である光明 継高(こうめい つぐたか)を逮捕した。罪状は国家反逆罪であり、異例の早さで死刑が確定した。


日本は世界の国々に屈したのだ───


「何の罪も無い神主様を殺し、今度は永遠様を米帝に差し出すか!裏切り者はお前達であろう!」


仕方がなかったんだ。

そうでもしないと、日本は全世界を敵に回して滅びる事になる。それほどまでに、光明神教は力を持ちすぎた。


遡ること1年前、衆議院選挙で第一党となり与党になった政党は、光明神党と言う新興政党であった。支持者の大半は光明神教の信者であり、実に日本人の半分近くが光明神教の信者とも言われている。そればかりでは無い。光明神党の信者は全世界に広がり、キリスト教、イスラム教に次ぐ宗教にまで上り詰めた。それを全世界の指導者達が恐れた。


光明 継高を総理大臣の座から引きずり下ろし、永遠をアメリカに差し出す事が国連で可決されたのが7ヶ月前であり、野党を中心とした暫定政権が機動隊に命令したのが6ヶ月前。光明神教は邪教として解散命令が出された。


「惑わされるな!サトシ!」


「隊長…………。」


「日本人を洗脳し、不正選挙で総理大臣になった前総理の目的は日本を乗っ取る事だ!死刑は当然である!」


近藤 シュウ(こんどう しゅう)の主張はもっともだ。光明神党は新興宗教と言っても、主義主張は穏健派であり、過激な主張はしていない。だからこそ、日本国民に支持され政権与党にまで上り詰めた。一方の久坂部隊長の主張は極めて感情的であり、大義があるとは思えない。


(しかし、正しいのは久坂部隊長だろう。)


光明 永遠(こうめい とわ)を期日までに国連に差し出さなければ、日本は全世界から孤立する。エネルギー資源はもちろん、食料の輸入にも影響が出る。


選択肢は無い───


だから、サトシは催涙弾を投げつけ、そのタイミングで走り出した。


ブワッ!


「サトシ!てめぇ!」


ズキューン!ズキューン!


シュウの放った銃弾は、明後日の方向へと飛んで行き、その隙にサトシは最上階にいるシュウの右腕を撃ち抜いた。


ズキューン!


「ぐわっ!」


「目が見えなくて俺の相手になるかぁ!」


続けてサトシの正拳がシュウの顔面にのめり込んだ。


ブワッ!


第一機動隊の中で、格闘技で本庄 サトシ(ほんじょう さとし)に勝てる者などいない。体格に勝るサトシに殴られ、シュウは後方へと吹き飛ばされた。


ドッカッーン!


「悪いなシュウ!」


そのままシュウの横を通り抜け、天守閣の間へと飛び込んだサトシは前方へと銃口を構えた。


「動くな!」


──────ドクン


今や世界中に信者を抱える日本最高のカリスマ。

光明神教の教祖である光明 継高(こうめい つぐたか)の一人娘にして後継者である若干12歳の少女。


───光明 永遠(こうめい とわ)


少女は静かにサトシの方へと目をやった。


「…………あなたは?」


サトシは周りを見回すが敵はいない。


「俺の名は本庄 サトシ。警察庁第一機動隊の隊員だ。」


「警察………。」


「光の巫女、光明 永遠で間違い無いな?」


「…………はい。私の名は永遠(とわ)と申します。」


その少女は少し怯えている様子である。


12年前の航空機事故の唯一の生存者である少女を、サトシはアメリカ合衆国へ引き渡そうとしている。この少女には何の罪も無いであろうにと、サトシは同情の念を抱くも、日本国を救うためである。


ザッ、ザッ、ザッ


「悪いが同行して貰う。」


そして、サトシは右手を差し出し、光明 永遠の肩を掴んだその時、サトシの目の前が暗転した。


グラッ…………。


(な………んだ?)




西暦2040年6月7日

弘前城へと逃げ込んだ光明 永遠(こうめい とわ)の身柄を拘束するために派遣された機動隊員の人数は100名である。しかし、光明神教の信者の妨害に合い、7時間に及ぶ戦闘の末に、機動隊員は全滅し作戦は失敗した。