MARIONETTE- シンドウ


【香織①】


予選Aブロックにて、神坂第三統括隊長と大和第五統括隊長が予選を敗退し、続くBブロックでは伊集院第一統括隊長が敗退した。


これは日本国防衛軍にとっては重大事件である。


前評判では、マリオネット大国のロシアとアメリカが優勢と見られていたが、実のところ防衛軍の評判も悪くは無かった。二大国に継ぐ僅差の3番手であり、特に三大英傑の1人である伊集院 翼への期待は大きかった。


「すまない、力不足だった。」


「伊集院統括隊長!」


予選を勝ち抜いた防衛軍の機動兵士は羽生 明日香(はにゅう あすか)の1人だけではあるが、部隊長にもなっていない明日香への期待は大きく無い。明日香の実力を知っている隊員は七瀬 怜(ななせ れい)や大和 幸一(やまと こういち)など一部の人間に限られている。


「予選はバトルロイヤルです。個々の実力だけではどうにも出来ない運が存在します。伊集院統括隊長の責任では有りません。頭を上げて下さい。」


第二統括隊長の夢 香織(ゆめ かおり)が慌てて伊集院に駆け寄った。


「皆さんも、元気を出しましょう。まだ予選は半分しか終わっていません。今日はゆっくり休んで気持ちを切り替えますよ。」


「そうだな。夢統括隊長の言う通りだ。Aブロックのアメリカ軍にBブロックの中国軍は俺達の想像を越える強さではあったが、かなり運が作用したように見える。実力では負けていない。」


白峰 和真(しらみね かずま)は第二歩兵部隊に所属する実力派の機動兵士であり長身の伊達男である。


「そうですわね。和真の言う通り。明日は私達の出番です。皆さん、応援お願いしますね。」


同じく第二歩兵部隊の隊長である坂田 めい(さかた めい)が言葉を続ける。隊員からの信頼が厚い めいの言葉には人を落ち着かせる妙な説得力がある。


予選初日の動揺は薄れ、隊員達は各自の部屋へと戻る事となった。


最後まで部屋に残っていた七瀬 怜に声を掛けたのは大和 幸一である。


「どうしたんだ?明日は試合がある。七瀬統括隊長も早く休んだ方が良い。」


「えぇ……………。先に休んで下さい。私は夜風に当たってから戻ります。」


「そうか…………。では、また明日。」



イスラエルの夜は意外にも肌寒く感じる。怜はぼんやりと歩きながら、夢統括隊長達の言葉を思い出していた。


(………………運。)


運が悪かったのだと、彼女達は言っていた。それが、あの暗い雰囲気を和ませる為の言葉なのは分かっている。しかし、断じて運などではない。


本物の戦場で、敵と遭遇した時に運が悪かったからと諦めるのか。たまたま遭遇した相手が強すぎたから死んでも構わないと。


本物の機動兵士とは、幾多の戦場を乗り越えて、それでも生き残る機動兵士とは、運に頼らない機動兵士だ。敵が何人いようとも、どんなに強敵が現れても決して負けない機動兵士。


予選ブロックの中で言えば、明日香とロシア軍のエレナ・クレシェフ、そしてアメリカ軍のアレクサンダー・ルーカスだろう。あの3人は勝つべくして予選を突破していた。他の防衛軍の機動兵士は戦う前から負けている。そんな気がしてならない。


ザッ


ザッ


ザッ


「怜ちゃん!」


「きゃっ!」


すると、誰かが突然、怜に向かって飛び込んで来た。勢い余った怜はその場で転び間近でその誰かの顔を見る。


「エリー!?」


「久しぶりなのデス!」


イギリス連邦共和国のエースであるエレノア・ランスロットの笑顔がそこにあった。


「武蔵学園の時以来デスね!懐かしいデス!」


「エリーこそ、今日の予選は頑張ってたわ。予選突破おめでとう。」


「ふふ。」


エリーは少し照れくさそうに笑った。


「ロシアの機動兵士は強かったデスよ。エレナ・クレシェフ、彼女とは決勝トーナメントでは当たりたく無いデス。」


「エリー、何を言ってるのよ。」


「?」


「あなた、一度も攻撃を受けていないでしょう?無傷で予選を突破した機動兵士はエリーだけよ。」


「へへぇ、バレました?」


エレノア・ランスロットの戦闘技術は卓越したものがある。高校一年生の時点でエリーの実力は群を抜いていたが、今の実力は更に上がっているように見える。


「エリーの夢は怜ちゃんと対戦する事デス!決勝トーナメントで待ってますよ!」


「そんな私なんか、もっと強い機動兵士はいるでしょう。」


「…………?」


「ん?」


「何を言っているデスか?エリーにとって最強の機動兵士は怜ちゃんだけデス!それは高校時代から変わりません!」


エリーは告げる。エレナ・クレシェフに、Bブロック予選を突破した桜坂 神楽やレッドマジシャンなど錚々たるメンバーがいる中でも七瀬 怜が一番強いと。


「エリーの目標は怜ちゃんデス。その為にエリーは…………。」


血の滲むような努力をして来たのだからと。


「エリー…………。」


そこから見て取れるのは、漲る自信である。背も低く愛嬌のあるエリーの全身から溢れ出るオーラは超一流の機動兵士のそれであった。


ゴクリ……………。


エレナ・クレシェフを相手に無傷で予選を突破出来る機動兵士など、そうはいない。あれは運ではなく実力の証明。エレノア・ランスロットもまた、真の機動兵士の1人である。


「それでは怜ちゃん。決勝トーナメントを楽しみにしているデス!」


「あ、うん。エリー、私も頑張るわ。」



怜は思う。


今のままでは防衛軍は勝てない。

現在の防衛軍の機動兵士の中で覚悟を持って戦闘に望んでいる機動兵士など羽生 明日香しかいない。このままでは、残るCブロック予選もDブロック予選も厳しい結果に終わるだろう。


それから、少しの時間が経過し、イスラエルの夜道を歩いていると、遠くから光学剣(ソード)が交わり合う音が聞こえて来た。


(……………誰かが戦闘をしている。)


まだ大会の最中で予選も終わっていないのに、停戦協定が破られたのかと、怜は音のする方へと駆け付けた。


シュバッ!


ガキィーン!


ザザッ!


グルン!


ガキィーン!


(これは……………。)


そこで戦闘を繰り広げていたのは、伊集院 翼と夢 香織の2人の統括隊長であった。


バッ!


シュバッ!


ガキィーン!


ビリビリ!


日本国防衛軍の最高戦力である第一統括隊長と第二統括隊長の戦闘など、そうそう見られるものではない。


(なぜ、あの2人が……………。)


夢統括隊長は明日の予選が控えている。今日はゆっくり休むはずでは無かったのかと、怜は少し離れたところで2人の戦闘を観察する事にした。



【香織②】


バシュッ!


ガキィーン!


ビリビリ


クン!


ガキィーン!


バチッ!


『!』


『雷の剣(サンダーソード)!』


ズバッ!


ビビッ!


『損傷率18%』


(速い…………………。)


夢 香織(ゆめ かおり)の持つ光学剣(ソード)は特殊な仕様となっており、最高速度に達すると電気を放ち更に勢いが加速する。


シュバババババババッ!


『ちっ!』


バッ!


伊集院は雷の剣(サンダーソード)の攻撃を嫌い大きく後ろへ飛び跳ねるが、そこを見逃す香織ではない。


シュババッ!


『ダブルサンダードラゴン!!』


ブワッ!


雷の剣(サンダーソード)による連続突きは、まるで双龍の電撃が走ったかのような錯覚を引き起こし、伊集院の身体を引き裂いた。


ビビッ!


『損傷率60%』


ここまでの戦闘は夢隊長が押している。僅かではあるがスピード勝負なら夢 香織の方が速い。


ズバッァ!!


『!』


(カウンター!?)


ビビッ!


『損傷率48%』


(たった一撃で耐久値の半分を持って行かれた!?)


シュバッ!


ガキィーン!


ビリビリ


『ふぅ…………。』


七瀬 怜は2人の本気の戦闘を間近で見るのは初めてであるが、2人の戦闘技術は怜の想像を越えている。防衛軍最速と言われている神坂統括隊長にも引けを取らないスピードに、瞬発力。加えて勝負勘と防御技術の全てが最高レベルにある。


(今のところ互角の戦闘…………。しかし)


『覇王剣!』


ビュン!


ガキィーン!


『甘いぞ、香織!』


『!』


ズバッ!


ビビッ!


『損傷率88%』


覇王剣を囮にした連続攻撃が香織の装甲の耐久値を削り取る。


(一撃の威力が違う…………。)


スピード型のマリオネットを装着する香織に対して伊集院のマリオネットは攻撃型だ。互角の戦闘であれば伊集院に軍配が上がる。


『ふぅ、ふぅ…………。』 


しゅう──


シャキィーン!


(来るか……………。)


伊集院は覇王の剣を構え香織の出方を伺う。



一切の無駄の無い流れるようなフォームから、香織は雷の剣(サンダーソード)を突き出した。


ビカビカッ!


『!』


これまでで最速の突きは、激しい電気を帯びて伊集院へと襲い掛かる。


『雷の剣(サンダーソード)!』


ズバッ!


ビビッ!


『損傷率83%』


『ふん!』


ビシュ!


『!』


またしてもカウンター。伊集院は香織の攻撃に併せるように覇王の剣を突き出した。


ズバッ!


ビビッ!


『損傷率!リミットオーバー!』


バチバチバチバチバチ!


ドッガーン!


(伊集院統括隊長が勝った……………。)


日本国防衛軍の最高戦力である2人の統括隊長の戦闘は、第一統括隊長である伊集院に軍配が上がる。


(それにしても………。)


2人はなぜ、戦闘をしているのか?

怜は静かに2人の様子を見守る事にした。


『シンクロ解除!』


ギュイーン!


ザッ


ザッ


「香織、立てるか?」


「伊集院統括隊長、大丈夫です。」


香織はゆっくりと立ち上がり伊集院に礼を述べる。


「立ち合い、ありがとうございました。さすが伊集院統括隊長はお強いですね。完敗です。」


「………………。」


「それでは、部屋に戻りす。明日は予選を控えてますので。」


「香織…………。」


「?」


「俺が今まで見てきた機動兵士の中で最強の機動兵士は誰だと思う。」


「………………さぁ、それがどうかしたのですか?」


「現在の防衛軍で言えば神坂 義経、七瀬 怜、2人とも優秀な機動兵士だ。過去に遡れば天童  慎(てんどう しん)もいる。 


「天童統括隊長…………。」


「世界に目を向ければ、シリウス・ベルガー、アンドロメダやクレムリン親衛隊、強い機動兵士の名前を挙げればキリが無い。」


「はい。その中でも最強の機動兵士ですか。誰が最強なのですか?」


「………………篠原 凛(しのはら りん)だ。」


「!」



【香織③】


西暦2056年12月

武蔵学園3年B組に所属する夢 香織(ゆめ かおり)は、その年の個人戦を圧倒的な強さで優勝し、クラス対抗戦をも圧勝した事により高校最強の機動兵士の名を欲しいままにしていた。残る大きな大会は大和学園と行われる学園対抗戦のみとなり、これに優勝をすれば3冠を達成する事になる。


その時に舞い込んで来たのが、大和学園の機動兵士である篠原 凛の噂であった。


漆黒の悪魔


それが、凛の異名である。


悪魔などと仰々しい異名を付けられる生徒とは、どんな人間なのだろうか。香織は学園対抗戦を心待ちにしていた。全3戦で行われる学園対抗戦は、1勝1敗の五分となり、ついに香織が登場する最終決戦が始まる。


「『マリオネット』、オン!」

ギュィーン!

ビビッ!

『香織、頼むぞ、お前に掛かっている。』

『他の奴等は僕達が引き付けます。ですから……。』

『うん。分かってる。』

試合は大方の予想通り、両学園のエースである夢 香織と篠原 凛の一騎打ちとなる。共に機動兵士としての能力がずば抜けているため、他の生徒では相手にならない事は最初から分かっていた。

漆黒の悪魔とは、どんな人間なのか?


初めて凛を見た香織はその幼い容姿に驚きを隠せない。見た目の年齢はとても高校生とは思えず、高校の大会に中学生が紛れ込んで来た印象だ。更に香織を驚かせたのは、黒いライダースーツのようなマリオネットに身を包んだ篠原 凛は、両眼を瞑って戦闘をしている事だった。


(な………!?)


シュバッ!

凛が持つ光学剣(ソード)は、刃渡りの短い短剣(リトルソード)である。凛はその短剣を自らの手のように自在に操る。

ガキィーン!

対する香織の光学剣(ソード)は、雷の剣(さサンダーソード)と言われる特別仕様の剣。高速で突き出された『サンダーソード』はバチバチと光り輝く。

バチバチバチッ!

『はっ!』

ガキィーン!

漆黒の装甲と薄桃色の装甲が、幾度となく交錯する。その戦闘スタイルに香織は強い衝撃を受けた。

(異常にして異質…………。)

衝撃はやがて恐怖となり、幾度となく光学剣(ソード)を交えるうちに、恐怖は憧れへと変貌して行く。

(凄い…………………。)

これほど自在にマリオネットを操る機動兵士がいるとは全く信じられない。おそらく、篠原 凛(しのはら りん)は、マリオネットに愛された機動兵士。小柄な凛のスピードは、歴代の武蔵学園の生徒達の中でも群を抜いている。篠原  凛は『マリオネット』を装着する為に産まれて来た様な少女であった。

戦況は香織が押されぎみではあるが、何とか持ち堪えている状況である。

(このままでは負ける………。)

事実、夢  香織の身体は悲鳴を上げていた。

(これ以上の長期戦は、自分の身体が持たない。)

ビビッ!

『シンクロ率100%』

(この一撃で決める!!)

グワン!

香織が『雷の剣(サンダーソード)』を振り上げた。

シュバッ!

バシュッ!

『!』

バチバチバチバチッ!

ビビッ!

『損傷率78%』

香織の全身全霊の一撃により、篠原  率(しのはら  りん)の損傷率が、学園規定の限界値である70%を越えた。

バチバチバチッ!

(どうして………。)

夢  香織は叫ぶ。

「なぜ避けない!!篠原  凛!!!」

バチバチバチバチッ!

ドッカーン!!

互角の戦闘を繰り広げていた戦闘は、夢 香織の勝利で終わる。そして、シンクロが解除された凛の姿を見て、香織は言葉を失う。

その姿からは、生気が感じられない。立つ事も、動く事さえ出来ない少女。既に、篠原 凛の身体は病に侵され、動く事も出来ない状況であった。

『そんな……………。私はこの少女を相手に闘っていたの?』

後で聞いた話によると、篠原 凛は現代医学では解明出来ない難病に侵されており、身体の成長は止まり、両の瞳は視力を失っていたという。

(互角の戦闘?高校3冠ですって?)

全く話にならない。これほどの大きなハンデを負っていた凛に香織は押されていた。最後の攻撃が当たったのも、香織が凛のスピードを上回ったからではない。既に凛は動けない状態であった。

夢 香織は、完全敗北をしていたのにも関わらず、史上最強の機動兵士を倒した唯一の機動兵士となった。


西暦2060年、あれから4年の歳月が流れる。

「香織、今の戦闘のお前のシンクロ率はいくらだ?」

「え?」

模擬戦で勝利をおさめた伊集院が香織のシンクロ率を質問する。

「…………最後の方で78%です。」

「78%…………。全く信じられんな。」

シンクロ率は機動兵士の強さに比例する。防衛軍に加入するには最低でも80%以上のシンクロ率が必要とされており、訓練により大方の機動兵士は90%以上のシンクロ率を維持する事が出来る。

「俺はこれでも防衛軍の第一統括隊長だぞ。その俺と78%のシンクロ率で互角に戦えるとは冗談だとしても笑えない。」

「伊集院統括隊長…………。」

「あの時の試合、お前と凛との戦闘はお前の勝ちだ。」

「え?」

「凛は目が見えなくても身体が動かなくても機動兵士を操れる。生身の身体能力と凛の機動兵士としての能力は比例しないんだ。」

「それは………。」

「理由は分からないが、凛は身体が不自由になるにつれて機動兵士の強さが増していったと聞く。それは本人から聞いたのだから間違い無い。」

「まさか、そんな。」

「凛は言っていたよ。あの試合の最後の一撃は凛の想像を越えていた。香織、お前は実力で篠原 凛に勝ったんだ。」

「…………。」

「もう自らを制御するのは止めろ。お前は凛に勝った事に罪悪感を覚え、それ以来戦闘に勝つことを恐れている。無意識のうちにシンクロ率を制限している。」

香織は何も言い返す事が出来ない。

「勝つことを恐れる機動兵士では、この大会を勝ち抜く事は出来ない。しかしだ!」

伊集院は語気を強める。

「お前が勝利を望み全力で戦うならお前に勝てる機動兵士など存在しない!お前の機動兵士としてのポテンシャルは凛をも上回る!」


(そういう事ね…………。)

七瀬は理解した。伊集院が香織を模擬戦に誘ったのは夢 香織のやる気を引き出す為であろう。わずか80%にも満たないシンクロ率で防衛軍のNo2にまで上り詰めた香織のポテンシャルは、確かに想像を絶する。

(あとは夢統括隊長が、本気で戦えるかどうか。)



こうして、世界大会の初日は終わりを告げ、夢 香織と七瀬 怜は明日の予選を前に静かに眠りにつくのであった。