MARIONETTE- シンドウ


【Bブロック開幕①】


カツン


カツン


カツン


アレクサンダー・ルーカスが控室に戻る途中ですれ違うのは、アメリカ合衆国のエース、桜坂 神楽(さくらざか かぐら)である。他の機動兵士の姿は無い。


「……………桜坂、アリス達はどうした?」


「………………さぁ。」


カツン


カツン


(ふん。自分のクローンが気に入らないか。桜坂は別行動で1人で戦う気だな。)


カツン


カツン


カツン


ギギ……………。


(!?)


そこで、アレクサンダーが見たのは、床にひれ伏している4人のアリスであった。


「おい!何があった!?」


「アレクサンダー様…………。桜坂様が私達は試合に出なくて良いと言われるものですから、戦闘になりました。」


「それで全員がやられたのか!?」


「申し訳ありません。私達ではオリジナルを倒す事は出来ませんでした………。」


量産型アリスの能力値は統計上、オリジナルアリスの94%でありほぼ互角のはずだ。4人同時に相手をして勝てるはずが無い。


「まぁ、良いでは無いですか。」


「カレン!?」


そこに、もう1人の将軍、クリストファー・カレンが現れる。


「量産型アリスのクローンの元になった細胞は2年前のもの。その2年間でオリジナルとの差が開いたと言う事でしょう。」


「なんだと?」


Aブロック予選では、量産型アリスは全滅したものの、日本のトップクラスの機動兵士と互角に戦っている。その量産型アリスの4人を圧倒するなど信じられない。


「オリジナル・アリス、その実力が見られるなら量産型アリスなど無用の産物。次の予選でも私も1人で戦いましょう。」


「…………お前まで。」


これでは、量産型アリスで予選を圧勝する計画が台無しだ。


「大丈夫よアレクサンダー、桜坂 神楽を倒せる機動兵士はそうはいない。そして私達が勝ち進めば合衆国の優勝は揺るぎないわ。」


(クリストファー・カレン…………。)


この女の戦闘能力は、シリウスとは別の意味で化物級ではある。


「ふむ、確かに合衆国が負ける要素は無いか。」


カツン


カツン


カツン



神楽の『マリオネット』は学生時代のブルーを基調としたカラーリングで、合衆国のカラーリングとは違う。


光学兵器は光学鞭(ウィップ)と呼ばれる扱いが難しい武器だ。量産型アリスでは使いこなす事が出来ない唯一無二の武器である。


桜坂 神楽は、横浜紛争後に日本からアメリカへ引き渡された。それは神楽が持つ『アリス』の遺伝子を研究する為にアメリカ側が出した要求を日本側が受け入れたからである。だからと言って、神楽は日本を恨んでいる訳では無いし、アメリカを嫌いな訳でも無い。むしろ、渡米して良かったとさえ思える。それは、おそらく、偉大な機動兵士であるシリウス・ベルガー将軍と出会った事による理由が大きい。


短い期間ではあったが、神楽はシリウス隊の一員として生活を共にした。防衛軍に入隊していない神楽にとって、機動兵士としての厳しさや経験を教えたのはシリウスである。そのシリウスを殺したロシア軍のクレムリン親衛隊は、神楽にとっては最優先で倒すべき敵なのだ。


(Aブロックに参戦した親衛隊のメンバーは1人。おそらくBブロックにも1人が参戦して来る。)


「『マリオネット』、オン!」


ギュイーン!


アメリカ合衆国代表

桜坂 神楽は、Bブロックの戦場へと歩き出す。



【Bブロック開幕②】


「『マリオネット』、オン!」


ギュイーン!


「「「「『マリオネット』、オン!」」」」


ギュイーン!ギュイーン!ギュイーン!ギュイーン!


予選Bブロック開幕まで残り5分となり、各国の代表選手は指定されたバトルフィールド地点にて『マリオネット』とのシンクロを始める。


日本国防衛軍の機動兵士は5人。


伊集院 翼(いじゅういん つばさ)

不知火 詩音(しらぬい しおん)

榊原   望愛(さかきばら のあ)

伊東   修(いとう  しゅう)

羽生 明日香(はにゅう あすか)


優勝候補にあげられる伊集院を除けば、いずれも入隊3年目までの若い機動兵士で構成されている。伊集院はシンクロするなり、すぐに他国の機動兵士の位置を確認する。


『一番近い敵は東に5人…………、北には………。』


(……………1人?どういう事だ。)


予選ブロックでは、7カ国が5人づつ選手を登録し合計35名で行われる事になっているが、全ての機動兵士を足しても31名にしかならない。


『伊集院統括隊長。』


『不知火(しらぬい)か、どう思う?』


『何かの手違いか…………、もしくは絶対的な自信を持つ強者か、判断が難しいな。』


『強者だとしても、4人が参戦しないメリットは無い。俺はトラブルがあったと判断する。』


『詩音(しおん)、そろそろ始まるわよ。』


そこに、声を掛けたのは詩音(しおん)と幼馴染の機動兵士、榊原   望愛(さかきばら のあ)である。望愛は他の機動兵士とは違う特殊な部署に配属されており、他の防衛軍の機動兵士とは殆ど面識が無い。


ビビッ!


『動き出したか。』


面前のモニターに試合開始の合図が出されると同時に動き出したのは、最北部に配置された5人の機動兵士と中央東側の5人の機動兵士である。いずれも1人で参戦した中央西側、防衛軍から見ると北に位置する機動兵士に狙いを定めた様だ。


更に北東に目をやると、2カ国が近距離で配置されているのが分かる。セオリーで行けば、この2カ国での戦闘は確定だろう。


『伊集院統括隊長、俺達の狙いは東か?』 


『そうだな………。』


どの国がどこに配置されているのか分からない以上は、遭遇するまで正解は分からない。ロシアとアメリカに遭遇しない事を祈るしか方法は無い。


そして、伊集院が選んだ選択肢はセオリー通り、一番近くにいる東側の機動兵士と戦う事であった。距離にして3000メートル、東側の敵も同様の考えなのか西側へと向かって来る。戦場はイスラエルにしては珍しい草木が茂る山岳地帯、アッパーガリヤラと呼ばれる地方である。


ビビッ!


敵兵は等間隔に距離を取る扇形の布陣で、予想外にバラけた隊形を取っている。集団戦闘よりも個別戦闘を望んでいるようにも見える。


『各自個別撃破!ただし敵国がアメリカであった場合は俺の元へ集結しろ!無理に戦闘はするな!』


『ラジャ!』『ラジャ!』『ラジャ!』『ラジャ!』


伊集院が警戒しているのは、アメリカ合衆国の量産型アリスである。神坂統括隊長や大和統括隊長ですら苦戦する戦闘能力は脅威以外の何者でもない。Bブロックの日本代表であれば全滅する可能性すらある。


ビビッ!


『敵兵が確認出来ました!』


そう告げるのは、伊東   修(いとう  しゅう)、不知火や榊原とは大和学園時代の同期でもある。


『敵国は……、東洋人!中国だ!』


予選Aブロックの時と同じく、最初に遭遇した国は中華人民共和国であり機動兵士としては後進国にあたる。


(ツイているな………。)


『良し!そのまま個別撃破しろ!まずは敵兵を倒してポイントを稼ぐぞ!』 


大会予選では時間切れとなった時にはポイントの多さが有利に働く。


ザッ!


(見つけた!)


伊集院の視界に入るのは、中華人民共和国の機動兵士でかなり若い兵士に見える。


『うぉ!?来るか!この野郎!』


(全く話にならない……………。)


光学剣(ソード)の構えは隙だらけで、精神的にも未熟に見える。世界最高峰の大会とは言え、国によって差が有り過ぎる。


ビュン!


ズバッ!


『うわっ!』


ビビッ!


『損傷率33%』


伊集院の攻撃にも全く反応が出来ない。


(悪いが、中華人民共和国にはこの大会に参加する資格は無い。)


シュバッ!


バシュッバシュッ!


ズバッ!


バチバチバチバチバチバチ!


ドッガーン!


嵐のような連続攻撃を一度も防ぐ事が出来ずに中華人民共和国の機動兵士は撃沈した。


ビビッ!


他の地点でも戦闘が始まり、いよいよBブロックの戦闘が本格化する。最初の戦闘で生き残る国はおそらく3カ国であり、そこからが本当の戦いだ。中国ごときに手こずっている場合ではない。そして、伊集院はモニターに映る日本の機動兵士の戦況を確認する。


ビビッ!


(不知火 詩音………、既に敵兵を倒したか。さすがだな。)


現時点で中国人の機動兵士を2人倒して残るは3人。それも時間の問題だろうと、伊集院がモニターから目を離そうとした時、1つの異変に気付いた。


榊原   望愛(さかきばら のあ)損傷率33%

伊東   修(いとう  しゅう)損傷率38%


耐久値が減少している………。)


確かに日本の機動兵士は隊長クラスではないが、それでも日本を代表する機動兵士には変わりは無い。中国の機動兵士に苦戦するような実力では無いだろう。


ビビッ!


『榊原!伊東!何があった!なぜ耐久値が減っている!』


ビビッ!


『伊集院統括隊長!』


応答があったのは、伊東   修 隊員だ。


『応援を頼む!俺では手に負えない!』


『何だと?』


伊集院は耳を疑った。中華人民共和国の機動兵士がそこまで強いとは想像が出来なかったからだ。


『今行く!持ち堪えろ!』


『ラジャ!』


ザザッ!


草木の茂る密林を掻き分けるように伊集院は走った。そうしている間にも伊東の耐久値がどんどん減少しているのが分かる。


(馬鹿な…………有り得ん!)


シャキィーン!


発見するなり、すぐに敵兵を斬りつける為に伊集院は覇王の剣を構える。


ビビッ!


(いた!)


バチバチバチバチバチバチバチバチ!


ドッガーン!


『!』


グワン!


ガキィーン!


ビリビリ


(遅かった……………。)


そして、このスピードは……………。


『伊集院 翼だな。ちょうど良かった。他のメンバーではお前を相手にするのは酷だと思っていたところだ。』


『なんだと?』


『俺は中華人民共和国の機動兵士、李 王偉(リ・ワンウ)と言う。』


しゅう────


(こいつ…………、先程の中国人の機動兵士とは、雰囲気がまるで違う。)



伊集院が王偉(ワンウ)と対峙している頃、不知火 詩音(しらぬい しおん)は、幼馴染である榊原   望愛(さかきばら のあ)の元へと向かっていた。2人は共に不知火流抜刀術の使い手であり機動兵士としての実力も高い。その望愛(のあ)の装甲の耐久値が残り48%にまで減少しているのだから穏やかではない。

ビビッ!

望愛(のあ)!大丈夫か!』

『詩音(しおん)…………!注意して!』

『!?』

『この女!統括隊長レベルの化物だわ!!』

『なんだと!?』

榊原   望愛(さかきばら のあ)の実力は詩音が一番良く知っている。不知火流抜刀術を極めた望愛は防衛軍の中でも指折りの実力を持つ不知火と互角。

その望愛を圧倒する機動兵士など、世界でも数えるほどしかいないだろう。

(望愛と戦っている機動兵士は、いったい!?)

ザッ!

『瞬脚(シュンジャオ)!』

シュバッ!

まだ若い女性の機動兵士が右足を踏み出すと、次の瞬間には榊原 望愛の背後に現れ、見た事の無い光学兵器、光学双節棍(ヌンチャク)で攻撃を仕掛ける。

『双龍(ソウリュウ)!』

『!』

ガキィーン!

ズバッ!

『くっ!』

ビビッ!

『損傷率88%』

信じられない程の瞬間移動に加え、双節棍の変則的な軌道は望愛(のあ)の想像を越えて来る。



李 雪麗(リ・シュェリー)──────


それが、中華人民共和国の機動兵士の名前だ。




【Bブロック開幕③】


『ひぃ!』


『化物がぁ!』


シュバッ!


ビシュッ!


バチバチバチバチバチバチバチバチ!


ドッガーン!ドッガーン!



────オリジナル・アリス



淡い栗色の頭髪が美しい金髪へと変貌し、薄いブルーの『マリオネット』をまとう白い肌の機動兵士が、Bブロックの戦場に降臨する。



『冗談じゃない…………。』


イギリス連邦共和国の機動兵士であるアーノルド・ハシュラムは、目の前で起きている状況に戦慄を覚えた。3年前の横浜紛争、先日のベルリン国境線での戦争でも強い機動兵士は見て来たが、ここまで圧倒的な存在感を放つ機動兵士は見た事が無い。


この場に集結したドイツ連邦共和国とイギリス連邦共和国の機動兵士達が桜坂 神楽(さくらざか かぐら)に近付く事も出来ずに倒されて行く。


ゴクリ……………。


『おい、アーノルド、どうする気だ?』


同僚のイニエスが隊長であるアーノルドの指示を伺うも、桜坂に対抗出来る策が全く思い付かない。


『このままでは、全く勝機が見えないが、やるしか無いだろう。全力で行くぞ!』 


『お前………。』  


『モデル・イーグル!!』 


ブワッ!


アーノルドの『パワードスーツ』は、イギリス連邦軍の中でも珍しい空中飛行タイプの『マリオネット』だ。同じくイギリス連邦軍のブランザムが操る『モデル・ホーク』の前代機となり、機動性には劣るが一瞬のスピードなら負ける事は無い。上空高く舞い上がったアーノルドが、桜坂 神楽を標準に収める。


『我が隊長には困ったものだ…………。』


仕方がないとばかりに、イニエスも戦闘態勢に入る。


『モデル・ジャガー!!』


ズゴコゴォ!


イニエスの戦闘スタイルは、両腕に装着されている光学爪(クロー)による連続攻撃である。


これまで、ドイツ軍の機動兵士が5人、イギリス軍の機動兵士3人が神楽の光学鞭(ウィップ)の前に成すすべもなく倒された。光学鞭(ウィップ)の射程距離は4〜5mあり通常の光学剣(ソード)や光学槍(ランス)の射程距離では近付く事さえ出来ずに倒される。


ドクン


イギリス連邦の2人の考えは同じ。


いかに神楽が高速で光学鞭(ウィップ)を振るっても、装甲を削り取るまでには4回は攻撃を命中させる必要がある。2人なら倍の8回だ。空と地からの同時攻撃で、アーノルドとイニエスが攻撃するよりも早く8回の攻撃を繰り出せるなら、それこそ神楽は化物だろう。


ドクン


玉砕覚悟の同時攻撃。一撃でも損傷を負わせる為のプライドを優先した無茶苦茶な戦法である。


ドクン


ドクン


ビビッ!


その時、近くに機動兵士の反応が表示された。


(誰だ!)


フィールドは3つの地点で戦闘が行われており、西側ブロックには、イギリスとドイツと桜坂 神楽の反応しか無かったはずだ。


ブワッ!


『マジシャンズ・ナイフ!』


『!?』


その時、上空を浮遊しているアーノルドの周りに無数の『ナイフ』が出現する。


『なんだ………これは!?』


アーノルドがモニターを確認すると、ロシア軍の機動兵士反応が1つ。北東の地点から1人だけが別行動をしていたらしい。


シュバッ!


シュバババババババババババババ!!!


次の瞬間、光学短剣(ナイフ)の総攻撃が始まった。標的はイギリス連邦の機動兵士ではなく、アメリカ軍の機動兵士、桜坂 神楽である。


ビュン!


雨のように降り注ぐ光学短剣(ナイフ)に対し、神楽は光学鞭(ウィップ)を走らせ応戦する。あまりのスピードに鞭の軌道は全く見えない。


しかし、数が多すぎる。


(敵は……………。)


神楽は面前のモニターで位置を確認し、すぐさま反撃を開始した。


ザザッ!


(あの建物の後ろ!) 


建物の影から敵の機動兵士は神楽に攻撃を仕掛けている。それならば、攻撃は最大の防御であり、機動兵士本人を倒せば済む話だ。


ビビッ!


『シンクロレベルβ(ベータ)』


その時、モニターに映る点灯が2つに分離するのが見えた。


『!』


敵は1人ではなく2人だ!


シュバッ!


ズバッ!


バシュッ!


『損傷率12%』


『損傷率30%』


最初の一撃は相討ちとなり両者は大きくジャンプして距離を取る。


『これは驚いた…………。俺の攻撃は掠めただけなのに、逆に攻撃を受けるとは。何者だてめぇ?』


『…………。』


『止めとけブルーノ。彼女は世界最強レベルの機動兵士だ。』 


答えたのは神楽ではなく、もう1人のロシア人の機動兵士である。


『隊長、知ってるのか?』


『ブルーノ、私の部隊に入ったなら覚えておけ。』



彼女の名は、桜坂 神楽



『10億人に1人と言われる機動兵士の申し子だ。』