MARIONETTE- Еmma


【同時攻撃①】


『ガ…………ギギ……………。』


シーザー・クレシェフの様子が明らかに一転し、ローマ市街の戦場は異様な雰囲気に包まれていた。


『マジシャン隊長!』


『慌てるな!私達は負けない!』


『行くぞ!』


『シンクロレベルγ(ガンマ)!!』


『シンクロレベルγ(ガンマ)!!』


バシュッ!


レッドスモーク、レッドオーシャン、レッドアローによる同時攻撃。マジシャン部隊の作戦は至ってシンプルで前衛の3人が一撃離脱の戦法で敵の装甲の耐久値を削る。


バシュッ!


ビシュ!


ズバッ!


強制シンクロ装置により、スピードもパワーも限界値を超えた3人の攻撃に耐えうる機動兵士などそうはいない。


『ガガッ!』


ガキガキガキガキィーン!!


『!』


しかし、驚く事にシーザーは、3人の攻撃に素早く反応し、まずは前衛の攻撃を防ぎきった。


『な!速すぎる!』


だが、マジシャン部隊の攻撃は終わらない。後方からレッドマジシャンとレッドマスターが遠距離攻撃を加える。


ズキューン!


『マジシャンズ・ナイフ!!』


シュバババババッ!!


『ガハッ!ギギ…………!!』


『損傷率24%』


『やったか!』


シュタッ!!


『!?』


次の瞬間、シーザーはレッドマジシャンを目掛けて走り出した。距離にして150メートル、他の兵士には目もくれず狙いはレッドマジシャン1人。


『くっ!マジシャンズ・ソード!!』


マジシャンは即座に反撃態勢に入るが既に遅い。


ズバッ!


『隊長!!』


シーザーの光学剣(ロングソード)がマジシャンの胸部に命中し、そのまま後ろへ吹き飛ばされる。


ビビッ!


『損傷率68%』


(一撃で68%だと!?)


バキューン!!


そこでレッドマスターが、この距離であれば避けられ無いと、超近距離から光学銃(ガン)を撃ち放つ。


シュン!


『!』


しかし、シーザーは音速の光線にすら反応し、すかさずレッドマスターの腕を叩き斬る。


ズバッ!


『ぐっ!』


接近戦になると攻撃武器を持たないレッドマスターには為す術はなく、そのまま滅多斬りとなる。


ズバッ!


グサッ!バシュッ!


バチバチバチバチバチバチ!


ドッガーン!


「ぐ……………。」


ズバァ!


『マスター!!』


『てんめぇえぇえ!!』


レッドマスターの死を目の当たりにして飛び込んだのはレッドアローである。スピードには絶対の自信を持つアローが高速の光学剣(ソード)を振りかざした。


ガキィーン!!


『くっ!』


しかし、これにもシーザーは反応した。本来は届くはずの無い背後からの攻撃に、化物は光学剣(ロングソード)を合わせアローの攻撃を弾き飛ばす。


バシュッ!


『!』


ズバッ!


ビビッ!


『損傷率38%』


『馬鹿な…………。』


シーザー・クレシェフであった化物の反応速度が異常すぎる。


『マジシャン!そろそろ時間よ!』


『!』


(くそっ!倒しきれ無かった!)


『全員!距離を取れ!強制シンクロが解除されるぞ!』


シンクロレベルγ(ガンマ)の持久時間は、およそ5分で時間が経過すると強制シンクロは解除される。しかし、そんな事はシーザーには関係がなく、そこから、シーザー・クレシェフの猛攻撃が始まった。


ビュン!


『!』


ズバッ!!


『オーシャン!!』


ビビッ!


『損傷率55%』


瞬発力に定評のあるレッドオーシャンであるが、シーザーの攻撃を見切る事が出来ない。


『うぉりぁあぁぁぁ!!』


『スモーク!早まるな!!』


光学盾(シールド)を片手にレッドスモークがシーザーを目掛けて突撃するが、長身のシーザーが真上にジャンプをして、その攻撃を避ける。そして攻撃盾(シールド)の無い頭上から光学剣(ロングソード)が、突き刺さった。


グサッ!!


『ぐわぁ!!』


バシュッ!ズバッ!ビシュッ!


バチバチバチバチバチバチ!


ドッガーン!


「助け…………。」


グサッ!


『レッドスモーク………………。』


(有り得ない……………。)


マジシャン部隊はロシア軍の中でも精鋭中の精鋭である。更には強制シンクロ装置を内蔵した『マリオネチカ』まで装着し、最強の機動兵士部隊だと自負していた。それなのに、レッドマスターに続きレッドスモークまでもが戦死をした。


『敵はたった1人だぞ……………。』


レッドマジシャンは、羽生 明日香を睨みつけた。


『おい!『パラサイト』とか言ったな!何なんだ!あの化物は!!』


あんな化物に勝てる気がしない。


『明日香…………、シーザーを倒す方法は無いの?』


七瀬 怜が明日香へ問う。


『シーザーが装着している『パワードスーツ』が私の知っている『パワードスーツ』であるなら…………。』 


耐久値が消滅しても、瞬時に再生する究極の『パワードスーツ』


『方法は有りません。』




【同時攻撃②】


西暦2☓☓5年


極東戦争から5年。

ヨーロッパ連邦共和国がパラサイトとの戦争で滅亡してから2年。世界の多くの国はパラサイトによってカオスと化していた。


パラサイトの餌は人間の脳である。


存在自体が最強の兵器であるパラサイトは、本能の赴くままに人間を殺し尽くした。人間が作った法は及ばず、討伐に向かった機動兵士達は、殺されるか、パラサイトに取り込まれるかで、逆にパラサイトを増やす結果となる。


そして、厄介なのはパラサイトを操るシンドウであった。単独で暴れるパラサイトを統率し、時にはその国の政府機関を襲い、その国の統治者を殺害する。これにより、無政府状態となった国家は、暴力が蔓延る地獄と化した。


イスラエル 首都 エルサレム


この時代、世界最先端の技術力と高い戦闘能力を誇る機動兵士を有するイスラエルは、パラサイトに侵食されていない数少ない国家の一つである。


ザッ


ザッ


ザッ


「エマ……………。」


「アロン……………。」


「シンドウの部隊がそこまで迫っている。」


「えぇ。」


「シンドウを殺す方法は一つ。人間部分の脳を破壊する事だ。」


機動兵器『マリオネット』を装着した人間を傷付ける事は出来ない。まずは『マリオネット』の耐久値を消滅させてシンクロを解除する必要がある。しかし、シンドウの『マリオネット』はシンクロが解除されたと同時に再生する特別製であり、人間部分の破壊は不可能だと思われていた。


「エマ、知っているか?人間が『マリオネット』を装着した時にシンクロするまでの時間を。」 


「アロン…………。」


「0.8秒だ。」


「0.8…………秒。」  


「シンドウを倒すには、奴の耐久値が消滅すると同時に奴の脳を破壊すれば良い。」


「同時って……………。シンドウの戦闘能力はSS級の機動兵士をも上回るわ。そのシンドウを相手にそんな芸当が出来る機動兵士など……。」


「俺達がいる。」


「アロン…………。」


「俺とエマが力を合わせれば必ず出来る。」



西暦2060年5月9日


2人の機動兵士を失ったマジシャン部隊の戦意は既に消失し、シーザーに歯向かえる状態ではない。羽生 明日香は自らの損傷率を確認すると、次に怜と幸一の損傷率を確かめた。


羽生 明日香 33%

七瀬 怜   77%

大和 幸一  88%


怜と幸一の装甲の耐久値は限界に近くとても戦える状態ではない。


『方法は有りません…………。』


『明日香?』


七瀬 怜の実力があれば、或いは明日香と2人でシーザーを倒せるかもしれない。怜の瞬発力とスピード、何より正確無比な剣さばきは、未来の機動兵士にも劣らない。


1人が装甲の耐久値を消滅させたと同時にシーザーの脳を正確に攻撃出来る機動兵士には適任とも言える。


しかし、損傷が激しすぎる。今、シーザーと戦えば、シーザーの耐久値を削り取る前に怜の耐久値が消滅する。


(ここで七瀬統括隊長の命を賭ける訳には行かない。)


そして、この戦法は仮定に過ぎない。結局、エマはシンドウと戦う事は無かったのだから。


シンドウとパラサイトの大群が迫り来る中、イスラエルの女王であるサラは、自らの個室にエマ・スタングレーを呼び出した。


「合衆国が落ちました。連合国も遂に陥落しました。」


「サラ様……………。」


「もはや私達だけでパラサイトに対抗する手段は有りません。」


「そんな!」


「エマ、………。一つだけ残された方法があります。」


「……………それは?」


「歴史を変革するのです。」


「……………歴史?」


「過去の時代へタイムスリップをするのです。」


「!」


イスラエルの科学技術は、物質の時空間移動を可能にした。女王サラは、歴史を変える為に最強の武器である機動兵器(パワードスーツ)と聖書(バイブル)を過去の時代へ送り込んだ。これにより世界は変わるはずであったが、しかし、何も変化は起きない。


「立体映像と武器の時空間移動だけでは歴史は変わりませんでしたが、この時代を知っている人間が過去へ飛べば話は変わって来ます。」


「待って下さいサラ様。」


「人間はおろか生物を時空間移動させる事は不可能なはず。そんな事をすれば肉体が弾け飛びます。」


「肉体は無理でしょう。しかし『魂』だけなら可能性は有ります。」


「魂………ですか?」


「科学者達の試算では、『魂』の時空間移動の成功確率はそれほど低く有りません。」


「……………。」


「しかし『魂』の移動には膨大なエネルギーが必要です。実験をする余裕も無い。過去に飛ばせる『魂』は1人分が限界です。」


「サラ様、私を呼んだのは………。」


「そうです。イスラエルが誇る最強の機動兵士であるエマ、貴女に過去へ飛んで貰いたいのです。」


世界を…………人類を救う為に…………


サラは一人の女性兵士へと頭を下げる。

「日本へ行って下さい。」

「……………日本……ですか?」

それは不思議な言い回しである。この時代、日本と言う国は存在しない。それは、かつて極東の島国に存在していた国の名前だ。

「『強制シンクロ』を開発した人間は日本人です。パラサイトを産み出したのは日本人と言っても過言ではない。」

「サラ様…………。わかりました。過去の日本へ行き、必ず世界を救って見せます。」

こうして、エマ・スタングレーの魂は遥か遠い過去の日本へと旅立ち、エマの記憶を完全にトレースした羽生 明日香にはその後の記憶は無い。アロン・ファスナーが語ったシンドウを殺す唯一の方法が、実行可能なのかどうかは誰にも分からない。


【同時攻撃③】

シャキィーン!

『七瀬………統括隊長…………。』

『行きますよ、明日香。』

『!?』

『ロシア軍の機動兵士が落ちるのも時間の問題です。今この場でシーザーと戦える機動兵士は私達しかいないわ。』

『その耐久値では…………、いえ、シーザーを倒せる方法は無いと。』

『教えて下さい明日香。シーザーを倒す方法を。』

『!』

『あなたを見ていれば分かりますよ。シーザーは倒す事が出来る。』

ゴクリ…………。

『私を見くびらないで下さい。私はヨーロッパへ派遣された防衛軍の部隊の隊長を任されています。しかし、今回の遠征では多くの犠牲者を出しました。全ては私の責任です。』

(咲を死なせたのも、北条隊員が殺されたのも、全ての責任は私にある。)

『例え刺し違えても、シーザー・クレシェフは殺す。この戦争を終わらせる為に。』

『!』

ズバッ!

『ぐわぁぁ!!』

バチバチバチバチバチバチバチバチ!

ドッガーン!

『アロー!!』

レッドマスター、レッドスモークに続き、マジシャン部隊のレッドアローが殺された。

『明日香、早くシーザーの弱点を!』

『わかりました。七瀬統括隊長。』

バッ!

ザザッ!

破壊しても再生するシーザーの『パワードスーツ』。

『ダブルフルーレ!!』

ビシュ!

ガキガキィーン!!

『ギガッ!』

グワン!

バシィーン!

『今よ!明日香!』

『はぁ!』

ズバッ!

ビビッ!

『損傷率38%』

『ギガ…………!』

バシュッ!

ガキィーン!

ビリビリ!

息もつかせぬ攻防が始まった。主に怜がシーザーの攻撃を引き付け、明日香が敵の装甲の耐久値を削り取る戦法である。未来の世界最強の機動兵士エマ・スタングレーの全ての記憶を引き継いだ羽生 明日香は『パラサイト』が相手でも対処方法を熟知している。

しかし怜は、実質的に『パラサイト』との戦闘が始めてであるにも関わらず、天才的な動体視力と運動神経で互角の戦闘を演じる。

(やはり、すごい…………。)

怜の持つ細い光学剣(フルーレ)は攻撃力が著しく低いため、普通の機動兵士が武器として使用する例は無い。しかし、怜は何よりもスピードを重視するために、あえて軽い光学剣(フルーレ)を愛用する。

バシュッバシュッ!

ガキィーン!!

変則的なシーザーの攻撃を、尽く跳ね返す七瀬 怜は現代世界の最強の機動兵士であると、明日香は確信する。

(勝てる…………。)

七瀬 怜と2人なら、シーザーに勝てる。

『音速剣(ソニック・スラスト)!!』

ズバッ!

ビビッ!

『損傷率69%』

『ギギ…………。』

あと少し…………。

シュバ!

ガキィーン!

ババッ!

ガキガキィーン!!

『何というハイレベルな攻防か……………。あれが日本の機動兵士の実行なのか。』

『……………。』

マジシャン部隊の隊長であるレッドマジシャンも、日本国防衛軍の第五統括隊長である大和 幸一も、ただ茫然と戦闘を見守っていた。

『強制シンクロ無しで、あの化物と化したシーザーと互角に戦うとは、全く恐れ入る。』

『お前、ロシア軍だろ?何で俺達の味方をする。』

『味方だと?それは違う。私達の目的は最初からアンドロメダ様の仇討ちなのだよ。』

『アンドロメダ………前司令官か。』

『それに、あの化物じみたシーザーを誰が倒せる。羽生 明日香、そして七瀬と言ったか。あの2人が殺られたら、シーザーに勝てる者などいない。ここにいる私達は全滅するだろう。』

『……………それは同感だな。』

同じ統括隊長でも、幸一と怜には戦闘力に大きな開きがあると、今回のヨーロッパ遠征で思い知らされた。いや、高校時代の『学園対抗戦』で既に完膚なきまで叩きのめされている。

(頼む七瀬、明日香………、シーザーを殺してくれ!)

『はぁあぁぁぁ!!』

ズバッ!

ビビッ!

『損傷率88%』

『グガガガガガガガガガガガ!!』

『七瀬統括隊長!』

『わかってる!』

そろそろシーザーの装甲の耐久値は限界を迎えるはずだ。

『同時に仕掛けます!!』

『音速剣(ソニック・スラスト)!!』

『ダブルフルーレ!!』

羽生 明日香と七瀬 怜による同時攻撃!!

ズバッ!!

バシュッ!!

『ギガァギャアァァガハッ!!』

シーザー・クレシェフであった者は大きな叫び声をあげた。