MARIONETTE- Еmma
【ローマ戦線①】
西暦2060年5月8日
イギリス ロンドン
イギリス連邦軍最高本部
イギリス軍の最高司令官を務めるブラウングレーの髪が似合う男リチャード・スティーブン四世は、クレシエフ演説後の世界情勢の把握に忙殺されていた。
(フランス、ドイツは事実上の降伏になる。まぁ、国内の主要な基地を占拠されているのだからやむを得ないか。)
コンコン
「入れ。」
ウィーン
リチャードの個室に足を踏み入れたのは、イギリスを代表する2人の機動兵士。エレノア隊の隊長であるエレノア・ランスロット(16歳)と副隊長であるエドガー・ブランザム(21歳)であった。
「報告よろしいですか?」
「頼む。」
「はい。イギリス領内に侵入していたロシア軍の機動兵士は、ほぼ撤退を完了しました。ローズキングダムは無事です。」
「そうか…………。それで被害の状況は?」
「多くの機動兵士が戦死しました。詳細は調査中ですが100名以上は亡くなったかと思われます。」
「100名………、酷い有り様だな。」
エレノアの報告に続き、エドガーが質問をする。
「あの演説は何ですか!?」
ロシア連邦のクレシエフ総帥が行った昨日の演説は、戦場で戦う機動兵士達の耳にも届いている。
「政府はどうするつもりだ?ロシアとの戦争を止めて日本と戦う気か?」
「エドガー………、まぁ、殺気立つな。」
「しかし!」
「戦況は連合国が著しく不利だ。得にヨーロッパ大陸にあるフランスとドイツには戦闘を継続する力は無いだろう。」
「ぐ…………。」
「今回の作戦にアメリカは最初から消極的であった。サウジアラビアでの被害が甚大でロシアと戦うだけの力は無いと見ている。支援は望めない。」
「そして、日本の防衛軍は中華人民共和国の機動兵士に取り囲まれている状況で動けない。」
「つまり、戦争を継続するには、我々イギリス連邦は単独でロシア軍と戦う事になる。」
「それは…………。」
「そう。無理な話だろうな。だからと言って日本の機動兵士と戦うのは得策とは言えない。おそらく近日中には戦争は終わる。そしてイギリス連邦は中立を宣言する事になるだろう。」
「中立…………、それは事実上の敗北宣言では?」
「策はあるさ。その為に合衆国と連絡は取り合っている。」
イタリア ローマ
ローマ港を見渡せる埠頭の一角にある小さな建物。
「ふぅ…………。」
大きく葉巻の煙を吐き出した巨漢の男が口を開く。
「で、どうするんだ?マジシャン。シンクロしていない機動兵士を見つけ出すのは至難の業だ。」
この建物の内部には、ロシア陸軍歩兵部隊の一つ。マジシャン部隊の5人が待機している。
「待つしか無いでしょう。奴等がシンクロするか、潜水艦に乗り込むところを見つけ出すか。」
「本当に来るのでしょうか?…………。ダビデ王は。」
マジシャン部隊の5人が狙うのは日本の防衛軍の機動兵士4人であり、ベルリンからローマへと向かったとの情報を得ている。
「現在、ローマに潜伏しているロシア軍の機動部隊は私達を含めて4つ。機動兵士の居ないイタリアに20人もの機動兵士を配置する事自体が異例です。確かな情報だろう。」
「………そうか。」
「それと、もう一つ。シーザー・クレシエフがローマに向かったとの情報も得ている。」
「なに?レッドパンサーが?」
「総帥自ら………、となると信憑性は高くなりますね。」
何の用事もなく、シーザー・クレシエフがローマに来るとは考えにくい。
「それにしても、レッドパンサーのダビデ王に対する執着は異常に見える。」
「トップファイブがローマに来るのですか?」
トップファイブとは、ロシア軍に所属する精鋭部隊『クレムリン親衛隊』の上位ランカー5人の呼称である。
「いや、エレナ等の正規メンバーではなく、最近配属になった新人が2人来るとの情報だ。」
「新人?」
「コードネームは『レッドソルジャー』と『レッドヴァルキリー』とか言ったか。双子の機動兵士らしい。」
「日本の機動兵士は強いわ。」
そこに、レッドオーシャンが口を挟む。
「得に七瀬 怜の能力はシンクロレベルを上げた私でも互角でした。クレシエフは勝てるのかしら?」
「ふむ。面白くなりそうだ。」
レッドマジシャン、レッドスモーク、レッドオーシャン、レッドアロー、レッドマスターの5人は静かに時が来るのを待つ。
【ローマ戦線②】
ガタン
ガタン
「着いたぞ、ローマだ。」
マリオネットを装着すれば、幸一達の居場所を敵に教えるようなものだ。大和 幸一(やまと こういち)、七瀬 怜(ななせ れい)、北条 帝(ほうじょう みかど)、そして、羽生 明日香(はにゅう あすか)が選んだのは電車による移動である。
戦場にはなっていないイタリアであれば、それほど警備は厳しく無いとは思っていたが、街中には多くの兵士の姿が見受けられた。
「機動兵士………では無いですよね?」
「機関銃を所持しているから、一般兵だろう。」
明日香の問いに答えるのは帝である。
日本国防衛軍の潜水艦が到着するのは深夜0時、それから10分間だけ海上に浮上する手筈となっており、その10分の間に泳いで乗り込む必要がある。現在の時刻は夕方の5時30分であり、約束の時間までは6時間以上もある。
「どうする?ホテルにでもチェックインしてやり過ごせば敵と遭遇する機会は減るが。」
「そのホテルに敵の手が回っていた場合はアウトですね。」
先程から会話をしているのは、帝と明日香ばかりで第四統括隊長である七瀬 怜(ななせ れい)が会話に加わる事は無い。
(七瀬……………、高岡隊員の事を引きずっているな。)
武蔵学園時代からの友人である高岡 咲(たかおか さき)がロシアの機動兵士に殺されたのはつい昨日の話であり、怜が落ち込むのも無理は無い。もう1人の統括隊長である、大和 幸一(やまと こういち)が判断を下す必要がある。
「交代で仮眠を取りたい。安い宿なら大丈夫だろう。」
「そう…………ですね。あまり眠っていない。」
幸一の決断により4人はローマ市街地にある小さな古宿で休む事にした。
カッ
カッ
ドサ!
「ふぅ…………。」
室内に入るなりべッドに横たわる幸一に、北条 帝(ほうじょう みかど)が声を掛ける。
「疲れてるようだな、幸一。」
「ん…………、それはお前もだろ?」
「あぁ、やはり実戦は違うな。」
防衛軍の中にも強い兵士は山ほどいるし、日頃から対人訓練は行っている。しかし、今回の戦闘は負ければ死ぬ本物の戦争だ。プレッシャーが計り知れない。
「あの兵士、レッドスモークと言ったか?」
「あぁ…………、強かったな。」
「いや、あれは防御型の動きじゃあ無いだろ?」
「………………。」
「奴等、強制シンクロ装置を使っている。」
強制シンクロ装置、それはマリオネットのシンクロ率を強制的に高めて、装着している兵士の能力の限界を引き上げる禁断の技術である。
かつて、日本国防衛軍の内部でも強制シンクロ装置を研究している部所はあったが、現在は禁止されている。
「戦争だからな…………。何でもアリだ。」
「昨日の戦闘、お前や七瀬統括隊長、日本国防衛軍の最高戦力を2人も要しながら勝てなかった。連合国全体で見ても一方的な惨敗と言える。」
「帝…………、何が言いたい?」
「昨日の演説後のベルリンにいた兵士達の態度を見れば分かるだろう。わずか1日にして戦争は負けた。そして、奴等の狙いは日本だ。」
「……………。」
「日本は滅びるぞ。」
未来の世界で、人類を滅ぼしたと言われる日本。奴等の目的は未来の世界を救う事にあり、その為に日本を滅ぼすと言う。
「ただのプロパガンダだ、奴の話など信じるなよ、帝。」
「俺達が信じるかどうかではない。世界中の人間が信じれば日本は世界から孤立する。」
「……………。」
「同盟国を失った日本がロシアに勝てると思うか?」
「それは、俺達が考える事じゃない。」
「……………そうだな、悪かった。」
「少し寝させてくれ。」
防衛軍の機動兵士4人はローマにある古びた民宿でしばしの眠りについた。
そして、明日香は、また夢を見る。
その夢は遠い未来に起きる現実である。
ザッ!
ガキィーン!
ビリビリ!
ヨーロッパ連邦共和国に味方をする羽生 明日香(はにゅう あすか)に敵対する機動兵士の名前は『シンドウ』と呼ばれていた。
(これは…………戦闘の真っ最中…………!?)
『エマ隊長!何をしている!体制を整えるぞ!』
(!?)
『え、………えぇ!』
味方の機動兵士は10人を越えており、対する敵は『シンドウ』1人。いくら何でも一方的すぎる。
ふしゅう……………。
『ふん。雑魚共が……………。』
しかし、シンドウの余裕は何だ?この人数を相手に勝てるつもりなのだろうか?
ビュン!
ズバッ!
『きゃあ!』
ビビ!
『損傷率46%』
『アン!大丈夫か!』
(速い……………!)
シンドウと呼ばれる機動兵士の動きが見えなかった。
『一斉に行くぞ!』
ババッ!
特攻を仕掛けた共和国の兵士の数は5人で、ほぼ同時に光学兵器を振り抜いた。
ザッ!
ガキガキガキィーン!!
その全てをシンドウは捌いて見せる。
(凄い………………、何と言う動きなの。)
防衛軍に入隊して3年になる明日香であるが、これほど瞬発力に優れた兵士は見たことが無い。
(統括隊長達より速いかも…………。)
『ブルーランス!』
シュバッ!
ビビ!
『損傷率27%』
『ふん!』
ズバッ!
『損傷率42%』
シュバルツの攻撃に対して、すかさず反撃を行うシンドウ。しかし、共和国の攻撃は確実にシンドウの『パワードスーツ』の耐久値を削っている。
(シンドウだけではなく、共和国の機動兵士達も負けてはいない。)
明日香の産まれた現代の機動兵士は、誕生してから十数年しか経過していないが、この時代の兵士達は『機動兵士』の戦闘を熟知しているようだ。
(これが、エマが産まれた時代の戦闘………。)
『エマ隊長!』
(!)
自分を呼ぶ誰かの声により、考え事などしている余裕は無いと、明日香は我に返る。
とにかくシンドウを倒さないといけない!
『はぁぁ!!』
『エマ・スタングレー!』
ガキィーン!!
ビリビリ!
その後もエマを含む共和国軍とシンドウとの壮絶な戦闘が続き、機動兵士達の耐久値が限界に近付きつつある。
ビビ!
(仲間の機動兵士の耐久値は……………。損傷率が80%以上の兵士が6人。)
今のところ犠牲者は1人もいないが、かなり綱渡りの状況である。明日香は自らの『マリオネット』の耐久値を確認する。
(損傷率43%…………、まだ余裕がある。)
『ここは私が仕留める!』
『エマ隊長!』
グワン!
『明日香…………。』
「明日香…………、時間ですよ。」
(………………。)
「どうしたのですか?」
「七瀬………統括隊長。」
「そろそろ時間です。現時刻は23時、あと1時間で潜水艦が到着します。」
どうやら明日香は夢を見ていたようだ。
【ローマ戦線③】
最強の兵器と言われている機動兵器『マリオネット』には、幾つかの弱点が存在するが、その一つが水中での活動を困難にする事である。シンクロ状態で水中に潜れば、その重さと身体を覆うスーツの特徴から水に浮く事が不可能になる。つまり、幸一達が脱出するには、シンクロをしていない状態で泳いで潜水艦まで辿り着く必要がある。
「見つかった時点で脱出は不可能だと思った方が良いな。」
「敵の数にもよるだろう?瞬殺すれば問題は無い。」
幸一と帝の会話を聞いていた七瀬 怜が、ゆっくりと口を開く。
「私が囮になります。」
「…………七瀬統括隊長、なにを。」
「万が一にでも見つかれば脱出の望みは無いわ。4人全員が命を失う。しかし、1人が遠くで『シンクロ』すれば敵の意識はそこに集中するでしょう。他の3人が逃げ延びる確率は高くなります。」
「ダメだ………。七瀬統括隊長、いや、1人を犠牲にして助かる事など出来ない。」
「私なら大丈夫です。頃合いを見て逃げるから。」
「敵は何人いるか分からないんだぞ?それに逃げるってどこに逃げるんだ?そんな場所は無いだろう。」
「私1人なら、どうにでもなるわ。」
「七瀬統括隊長!」
「これは命令です。貴方達3人は時間まで待機、潜水艦で逃げて下さい。では、また。」
「ちょっ!待てよ!」
たっ!たっ!たっ!たっ!
七瀬 怜は港とは反対方向へと走って行く。
「馬鹿な……………。」
「囮って………………。」
「約束の時間まで30分……………。どうするのですか?」
「くそっ!」
おそらく、七瀬統括隊長は港から離れた場所で『マリオネット』を装着するだろう。この近くにロシアの機動兵士がいなければ何事もなく連れ戻す事は可能だ。そして、複数の敵が現れた場合は戦闘になる。時間内で全て倒せばこれも問題無い。
最悪なのは、30分以内では倒せないほどの多くの敵が現れるか、強い敵が現れるか。
「帝……………。」
「あぁ。」
カチッ!
ブン……………。
小型の探知機で近くの機動兵士の位置を確認するが、今のところは1人も発見出来ない。
(そろそろ七瀬がシンクロする。問題はその後だ…………。)
ビビッ!
「!」「シンクロしたな。」
ドクン
ドクン
(何人いる…………。)
ドクン
ドクン
ビビッ!
「!」
「ロシア製の機動兵士反応!5人!」
ビビッ!
「更に5人!合わせて10人だ!」
「10人か………。なぜイタリアに二部隊も派遣してやがる!」
「いや、待って!」
ビビッ!
「更に5人だと?15人は多すぎる!」
中央に点灯している七瀬に向かって15人の機動兵士が押し寄せているのが分かる。
「幸一、どうする?俺達が出て行っても30分で15人は無理だ。」
「七瀬統括隊長を見殺しにするのですか!?」
それと同時刻、マジシャン部隊のメンバーも、七瀬統括隊長のシンクロに反応していた。
七瀬 怜(ななせ れい)
日本国防衛軍が誇る統括隊長の1人
「過去の実績を調べたが、相当の機動兵士らしいな。」
「マスター…………。」
「レッドオーシャンと互角に戦えたのも納得の行く実績だ。ロシア軍の中でも彼女と互角に戦える人間はそうは居ないだろう。」
「普段は無口のくせに、よくしゃべるな。」
口を挟んだのは巨漢の兵士であるレッドスモークである。
「しかし15人の機動兵士相手に勝てるか?」
「キリング隊、マッドハンター隊、赤いサソリの部隊か…………。弱くは無いな。」
「マジシャン…………、私達は行かなくて良いのかしら?」
マジシャン部隊の4人が隊長であるマジシャンの指示を待つ。
「私達の目的はダビデ王です。七瀬はおそらく囮、ダビデ王は他で潜伏している。もう少し待ちましょう。」
しゅう────
深夜のローマの月明かりに映えるのは、真っ白い『マリオネット』を装着した七瀬 怜である。
ビビッ!
(敵は15人………………。30分持ち堪えれば私の勝ちね。)
怜の目的は、あくまで味方の3人を逃がす事にあり、無理に倒す必要は無い。
そうは言っても………。
ビュン!
ガキィーン!
ビリビリ!
次々と襲い掛かる15人の機動兵士の攻撃をさばききるのは至難の業である。
『ダブルフルーレ!』
シュバッ!
ガキガキガキィーン!!
『こいつ!受けるだけで反撃して来ないぞ!』
『俺達の部隊で仕留める!手柄を上げるチャンスだ!』
バッ!
シャキィーン!
ビリビリ!
時間だけが過ぎて行き既に10分が経過した。
「おい!幸一!」
「早く加勢に行きましょう!」
ここで七瀬を助けに行けば、ヨーロッパから脱出する手段は無くなる。そして、居場所がロシア軍に見つかったとなれば更に多くの追っ手が来る。
「帝………、明日香…………、わかってんのか?ここで勝ったとしても、俺達は助からない。救援など来ない。」
「そんな事は目の前の敵を倒してから考えれば良い。俺は行くぞ!」
「私も行きます!」
「馬鹿な奴らだよお前達は……………。」
「幸一……………。」
「『マリオネット』、オン!」
ギュィーン!
「!」「!」
「先に行ってるぞ!遅れるな!」
ビビッ!
味方のマリオネット反応が3つ──────
ザッ!
ザザッ!
鋼色のマリオネットは、大和 幸一
北条 帝のマリオネットは雷神を思わせる黄金色
そして、薄い桃色のマリオネットは羽生 明日香
ギュルギュルルル!
『バスタード・キャノン!!』
グワン!
『破壊神の槍(オーディンズ・ランス)!』
シュバババッ!!
『音速剣(ソニック・スラスト)!!』
各々が持つ大技を躊躇うこと無く繰り出す3人の機動兵士を見て、怜は少し呆れた顔をする。
『馬鹿ね………。もう逃げられないわよ。』
『敵を全滅させれば何とかなる!』
『全力で行くぞ!』
『私も!』
(みんな………………。)
これで、時間を稼ぐ必要は無くなったと
ビビッ!
『シンクロ率100%』
しゅう
怜が装着する純白の『マリオネット』に、赤い線が浮かび上がった。
(敵の数は15人…………。)
『そろそろ、本気で行かせて貰います。』
『当たり前だ!』
『頼りにしてるぜ!統括隊長!』
日本国防衛軍特別歩兵部隊
第四統括隊長 七瀬 怜
羽生 明日香は、怜の本気の戦闘を見たことが無い。日本国の最高戦力と呼ばれる統括隊長達の中でも、底が割れていないと言う面では、怜がもっとも恐ろしい。
ドクン
そして、ローマでの戦闘が始まる──────