MARIONETTE- Еmma
【再会①】
西暦2☓☓3年
極東戦争から3年。
ヨーロッパ連邦共和国とパラサイトとの戦争が始まってから1年後の夏。戦場は共和国の首都ロンドンにまで及んでいた。
『ギギ!』
『ギギギギ……………。』
『化物が………………。』
SS級機動兵士アーサー・レイン・ゴールドシュミットは、光学剣(ソード)をパラサイトに向けて構える。
『ハンドラー隊長、ここは俺が引き受けます!早く脱出して下さい!』
『馬鹿野郎、SS成り立てのお前に任せられるか!』
『しかし!』
ハインリッヒ・ハンドラーは、もう一人のSS級兵士であるアン・スカーレットに合図を送った。
『大統領閣下は任せたぞ!早く脱出しろ!』
『ハンドラー隊長!シュミット殿!ご武運を!』
ザッ!
『ふぅ……………。やっと行ったか。』
『パラサイトの数は5体…………。きついっすね。』
残された兵士はゴールドシュミットとハンドラーの2人のみで、SS級兵士と言えど勝てる数では無い。1年を越えるヨーロッパ連邦共和国とパラサイトとの戦争は、ついに最終局面を迎えようとしていた。
『はぁぁぁ!!』
『そりゃ!』
ズバッ!
ガキィーン!!
グルン!
ズバッ!
『くっ!』
『ハンドラー隊長!!』
『構うな!前を見ろ!』
『くそっ!』
連合国の中でも最強と呼ばれていた大国『ヨーロッパ連邦共和国』の領土はこの1年の間に荒廃していた。次々と現れるパラサイトが人々を喰らう為に、多くの国民は他国へと避難し、兵士達は戦闘によって倒れて行く。更に厄介なのは、倒れた兵士がパラサイトに変貌し敵となる事であった。
『はぁ、はぁ…………。』
『ここまでか……………。』
この戦争に勝つ可能性があるとすれば、それはパラサイトを操るシンドウを倒す事だけだろう。しかし、シンドウは戦争初期に現れてから一度も顔を見せていない。
『シンドウめ……………。』
真夏だと言うのに濃霧に包まれたロンドンの空は薄暗く、ヨーロッパ連邦共和国の最期を暗示しているようである。
『ギギ………………。』
『ギ………………。』
(……………なんだ?)
急にパラサイトの動きが止まった。5体いるパラサイトが2人との距離を置き立ち止まったように見える。
『シュミット…………、どう言う事だ?』
『わかりません。…………いや、まさか。』
パラサイトを操る事を出来る者は、この世に1人しかいない。
─────シンドウ
パラサイトを産み出した狂気の天才科学者。その脳構造を正確にトレースしたパラサイトの中のパラサイト。
カツン
カツン
カツン
『久しぶりだな…………。ハンドラー。』
『!』『!』
他のパラサイトとは違う赤と白の装甲は、今は無き極東にあった島国で開発された『マリオネット』である。
『シンドウ!!』
『貴様!』
バッ!
シュバッ!
ゴールドシュミットとハンドラーは、同時に光学剣を振り抜いた!
二本の光学剣(ソード)の軌道が一分の迷いもなくシンドウの胴体へと襲い掛かり、鋭い閃光が辺りの空気を切り裂く。
『!』『!』
ズバァ!!
『ぐわぁ!』
『損傷率67%!』
しかし、斬られたのはハインリッヒ・ハンドラーの方であった。
『隊長!』
『まだだ!!』
シンドウのスピードは『マリオネット』の限界を越えている。SS級の機動兵士が2人掛かりで攻撃しても、その上を行く反応スピードで対応する。
『ふん。極東戦争の英雄の実力も、その程度かハンドラー。』
『貴様……………、なぜこんな事を!』
それは、誰もが感じている疑問である。パラサイトのような化物を産み出し、人類をも滅ぼうとするシンドウの野望が理解出来ない。
『なぜ………………?』
まだ、人間の肉体を持っていた頃、IQ280を越える頭脳を保有していたシンドウは、人類を憎んでいた。
いや、少し違う。
機動兵士がもてはやされる社会全体を憎んでいたと言うべきか。だから世界を壊そうと思った。
『理由など忘れてしまったよ、ハンドラー。』
『なんだと!』
『だが、一つ言えるのは、三年前の極東戦争で英雄となった機動兵士は自らの手で殺したい。それが俺の力が最強だと言う事の証明となる。』
『ちっ!』
シュッ!
ガキィーン!!
ビリビリ
『しかし、拍子抜けだよハンドラー。貴様程度の能力では俺には勝てない。』
『く……………。』
シンドウの反応速度、スピードは、一流の機動兵士のそれを遥かに上回る。どんなに優秀な機動兵士であってもシンクロ率には限界があり、それ以上の能力を引き出せないのに対し、シンクロ率の限界を超えたパラサイトにはその制約が無いからだ。
そして、シンドウには他のパラサイトとは違い知能がある。その話し方や表情までもが人間と変わらない。それは人間であった頃の脳構造を完全にトレースしたからである。
(人間と変わらない…………。)
どんなに優秀な人間であっても、完璧な人間はいない。
ジリ………。
(やって見るか……………。)
そして、シュミットは光学剣(ソード)を握りしめた。
アーサー・レイン・ゴールドシュミットの機動兵士としての上達は目を見張るものがある。
旧ポーランド領第28区にて、初めてパラサイトと遭遇してから1年の間、ゴールドシュミットの師匠はエマ・スタングレーであった。世界最強の機動兵士と共に多くの修羅場を潜り抜けたアーサーは、わずか1年でSS級機動兵士の称号を獲得した。
シャキィーン!
ゴールドシュミットの武器はオーソドックスな光学剣(ソード)であり、その戦闘スタイルは基本に忠実な正面突破を得意とする。装着している『マリオネット』も共和国軍の量産型仕様で、フリーダムと呼ばれるタイプのものだ。
ジリ……………。
(他のパラサイトに動きは無い。)
シンドウとの距離はおよそ50メートルで、機動兵士なら一瞬で飛び込む事の出来る距離だ。
そして、シンドウは極東戦争の英雄である、ハインリッヒ・ハンドラーに意識が集中している。
(俺の事など眼中に無いか…………。)
だが、それで良い───
次にシンドウが動いた瞬間を狙う。
ジリ…………。
『そろそろ、終わりにしようか、ハンドラー。』
ザッ!
そして、シンドウが足を踏み込むのと同時に、ゴールドシュミットはシンドウへと飛び掛かり、光学剣(ソード)を真横に振り抜いた。
シュバッ!
『シュミット!!』
クンッ
反応速度、瞬発力、全てに於いて能力が上回るシンドウが、シュミットの攻撃をかわすのは容易い。少し身体をズラすだけで良い。
しかし、予想外の攻撃ならば話は別だ。
パッ!
リーチが届かないのであれば、リーチを伸ばせば良い。
『!?』
ズバッァ!!
ビビッ!
『損傷率13%』
シュミットが投げ付けた光学剣(ソード)が、シンドウの胸部を直撃し、わずかであるが装甲の耐久値が減少する。
『…………貴様、何のつもりだ?』
しかしそれは、通常の機動兵士の戦い方ではない。唯一の武器とも言える光学剣(ソード)を手放した時点で、ゴールドシュミットには次の攻撃の手段が無くなる。
『いや、なに…………。』
そしてシュミットは不敵に笑う。
『お前も無敵では無い事を知れて安心したよ。予想外の攻撃には対処出来ない。』
『…………馬鹿が。』
【再会②】
この攻撃により、シンドウの狙いはハインリッヒ・ハンドラーから、ゴールドシュミットへと移行する。ハンドラーの耐久値が消耗していた事を考えれば、結果としてハンドラーを救った事には違いない。
そして、武器を失ったゴールドシュミットに出来る事は逃げることのみ!
バッ!
出来るだけ遠くへ逃げれば、ハンドラーが脱出に成功する確率が増える。先にロンドンから国外へ脱出を試みているエマやアン、他の機動兵士達と合流すればハンドラーは助かる。
(犠牲者は俺1人で十分だ!)
ビュン!
『!』
ズバッ!
『ぐっ!』
ビビッ!
『損傷率55%』
『遅いなお前…………。』
『シンドウ!!』
『その程度のスピードで逃げ切れると思ったか?』
もとより逃げられるとは思っていない。
『まぁ良い。名前を聞いておこう。』
『………………。』
この男がパラサイトである事が、にわかには信じられない。まるで人間の機動兵士と戦っている錯覚に陥る。
『アーサー・レイン・ゴールドシュミット、、イギリス貴族の末裔だ。』
『ほぉ…………。貴族か。』
『俺からも質問して良いか?』
出来るだけ時間を稼ぐ。
『お前、元は人間だろう?なぜ、こんな事をする。』
『……………。』
『パラサイト………、あれは人間を喰らう化物だ。あんな者を産み出す理由は何だ?なぜ、ヨーロッパ連邦共和国を滅ぼすんだ?』
『ふん……………。愚問だな。』
『なに?』
『我が祖国の名前を知っているか?』
『…………祖国?』
『極東にある島国は、お前達『連合国』によって滅ぼされた。歴史から存在を消され国名を名乗る事すら禁じられた。』
『…………復讐。つまり、それが理由か?』
『それすらも些細な問題だがな。』
『…………どう言う意味だ?』
『俺は人類を超越した存在なのだよ。人類が創り出した最強の武器である『パワードスーツ』と一体化する事により、『パワードスーツ』の性能を完全に引き出す事が出来る。まさに兵器としての理想形であり完全体だろう?』
『…………それが、どうした?』
『分からないか。お前達、機動兵士を殲滅させる事により俺が最強と言う事の証明にもなる。かつて、極東戦争で名を馳せた英雄達は1人残らず殺す。』
『貴様………、そんな事の為にヨーロッパ連邦共和国を襲ったのか?』
『我が祖国を滅ぼしたお前達に言われる筋合いは無い。』
『ちっ!堂々巡りだな。』
『話はそれだけか?ならば死ね。』
ビッ!
ビビッ!
(…………む?)
面前にあるモニターに映し出された機動兵士の数は、シンドウとシュミットを除けば、ハンドラーと5体のパラサイトだけであった。しかし、新しい『マリオネット』の反応が次々と現れパラサイトと思われる反応が消滅して行く。
(新たな識別反応は共和国の機動兵士…………。)
同じく、シンドウも気付いた様子で、シュミットを睨みつけた。
『時間稼ぎをしていたのは、これが理由か?』
『………さあな。』
『5体のパラサイトを一瞬にして消滅させるとは…………。機動兵士の数は10、11………13人か。おそらく一線級の兵士達。エマ・スタングレーも居るに違いない。』
『エマ………隊長?』
『エマは特別だ。』
(…………特別)
『極東戦争以来、エマの戦闘は監視しているが、彼女ほど卓越した機動兵士はいない。』
ドクン
ドクン
すぐ近くに、エマ・スタングレーがいると思うだけで本来は無い心臓が高鳴る錯覚すら覚える。
『しかし、まだ早い…………。』
『早い…………?』
『エマは最期の獲物だ。全ての機動兵士を殺した後にエマ・スタングレーを殺す。楽しみは後に残すタイプでね。』
ビビッ!
ハンドラーを含めて14名の機動兵士の赤い点灯が、ゴールドシュミットとシンドウの居る場所へと向かって来る。機動兵士のスピードであれば、数分と掛からない距離である。
『シンドウ…………。悪いが、お前の負けだ。』
ザザッ!
ぐるりとシンドウを取り囲んだ機動兵士の数は14名で、ハンドラー、シュバルツ、アン、そしてエマ、他にもSS級の兵士が2人と残る8名のS級兵士。つまり、現在生き残っているヨーロッパ連邦共和国の中でも最高レベルの兵士達が勢揃いしている。
すっ───
前に躍り出たのは、蒼いイナズマの異名を取るSS級兵士、シュバルツ・シュナウザーである。
『久しぶりだな、シンドウ。この時を待っていたぜ。』
『…………待っていた?』
『この戦争を終わらせる方法はお前を殺す事だ。しかし、お前は1年前のあの日から姿を現さなかった。』
ザッ!
『本当に待ちわびたわ。』
今度はアン・スカーレットが口を開く。
『私達が大統領を連れて逃げると嘘の情報を流した。こんなに上手く行くとは思わなかったわ。』
『そうだな…………。』
(ハンドラー…………。)
『お前は俺達の罠に嵌り、まんまと姿を現した。最高級の機動兵士14名………、いや。』
しゅっ!
ハンドラーの投げた光学剣(ソード)を、受け取るゴールドシュミット。
『全部で15名だ。いかにお前が最強のパラサイトでも15名の機動兵士から逃れる術はない。勝負ありだ。』
ドクン
ドクン
『くく……………。』
シャキィーン!
『!』『!』『!』『!』『!』
赤と白の光学剣(ソード)が指し示す先にいるのはエマ・スタングレーである。
『逢いたかったよ、エマ。』
『!』
『しかし、お前を殺すはまだ先の話だ。』
『…………………何を。』
『ヨーロッパ連邦共和国だけでは無い。俺がこの1年の間に何をしていたと思う。』
『……………。』
『全世界にパラサイトの種をばら撒いてやったのさ。』
『!』『!』『!』
『1年もすれば世界は滅びる。ここヨーロッパ連邦共和国と同じようにな。』
『てめぇ!』
『冷静になれ!バンプス!』
『ハンドラーさん。』
『シンドウ、言いたい事はそれだけか?』
『ふん。』
『お前がここで死ぬ事には変わりは無い。後の世界は俺達が何とかするさ。そうだろう?エマ隊長。』
15対1で負ける事は有り得ないが、この戦いは、シンドウに逃げられたら負けだ。
ビビッ!
『シンクロ率99%』
『みんな!行くわよ!』
薄桃色の『マリオネット』を装着したエマ・スタングレーに続き、機動兵士達が足を踏み出した。