MARIONETTE- Еmma
【脱出①】
西暦2060年5月7日
ヨーロッパにて、5カ国連合軍とロシア軍の戦争が勃発したこの日、ユーラシア大陸の東にある日本列島では、もう一つの戦争が開始されていた。
神奈川県 横浜市
日本国が誇る防衛軍の一大拠点
特別歩兵部隊の本拠地、通称『マウンテン・ドーム』
防衛軍陸軍少将
吉良 庸介(きら ようすけ)
防衛軍陸軍大佐
二階堂 昇(にかいどう のぼる)
防衛軍特別歩兵部隊
第一統括隊長
伊集院 翼(いじゅういん つばさ)
第二統括隊長
夢 香織(ゆめ かおり)
第三統括隊長
神坂 義経(かみさか よしつね)
日本国防衛の要である特別歩兵部隊を束ねるメンバーが会議室に顔を揃えていた。一様に重苦しい表情を浮かべる中、口を開いたのは吉良少将である。
「陛下および内閣総理大臣以下、主要な大臣の保護は完了した。奴らも迂闊に『マウンテン・ドーム』に攻め入る事は出来ない。」
「少将…………、被害者の状況は?」
「特別歩兵部隊の隊員5名が戦死。他に軍事関係者が3名、民間人の死者は無し。奇襲を受けた割には被害は最小限に抑えられたが、国会議事堂を始め主要施設は占拠されている。」
香織の質問に答えたのは、吉良少将ではなく二階堂大佐だ。
中華人民共和国の歩兵部隊が現れたのは日本時間20時過ぎ、都内に散らばっていた民間人を装っていた兵士達が『マリオネット』を装着し各施設を襲撃。同時に東京湾に停泊していた民間のタンカーから800名もの歩兵部隊が上陸した。敵兵の総数は推定でも1000人を超えている。
迎え撃つ防衛軍は、当初は個別撃破を試みるも圧倒的戦力差の前に撤退を決意。現在は本拠地である横浜基地に立て籠もっている状況である。
「まさか中国が戦争を仕掛けて来るとは………。」
「ロシアと歩調を合わせたと見るべきだ。奴らの狙いはヨーロッパ戦線であり、中国の狙いは日本軍の足止めだろう。」
「ロシアは東西からの挟み撃ちを嫌ったと言う事か。しかし中国側のメリットは何だ?」
「……………。」
「デモンストレーションだろう。機動兵器としては後進国の中国が数に物を言わせ自分達の実力を世界に見せつけようとした。ヨーロッパ戦線での戦争が終われば撤退すると見ている。」
「大佐…………、これは戦争です。最悪の事態を想定して戦略を練るべきです。」
「夢統括隊長…………。」
「ドーム内の食料は保って1週間、ヨーロッパ戦線が長引けば私達はドームの外へ出ざるを得ない。それならば先に攻撃を仕掛けるべきかと。」
「そうは言っても夢隊長、防衛軍の戦力は300名に満たない。戦力差は3倍以上ある。勝てる見込みは?」
「機動兵士の戦闘は数では有りません。」
「……………。」
「止めとけ夢統括隊長。」
「伊集院統括隊長?」
「確かに機動兵士の戦闘は数よりも質が物を言う。優秀な兵士であれば数倍の戦力差を跳ね返す事も可能であるが、中国軍の機動兵士の実力は未知数だ。」
「!」
「仮に質の面でも俺達に劣らないとしたら、兵士の数がそのまま戦力差となる。下手に攻撃を仕掛ければ総崩れとなり陛下の命を護る事が出来なくなる。」
「それは…………。」
「マウンテン・ドームは、施設全体が光学壁によって護られた鉄壁の要塞だ。この中にいる間は安全であり、ヨーロッパ戦線を見守るだけの猶予はある。もう少し見守ろうではないか。」
ヨーロッパ戦線の勝敗が日本国の未来にも大きく影響する。
ブン!
『少将!』
と、その時、吉良少将の端末に音声が繋がった。
「どうした?」
『ライブ映像です!ロシアのシーザー・クレシェフ総帥が全世界に向けて演説を開始しました!』
「なに?クレシエフが?二階堂大佐、モニターを。」
「はっ!」
吉良少将の指示で会議室の前方にあるモニターの電源をオンにすると、そこにはロシア軍クレムリン親衛隊の総帥である、シーザー・クレシエフが映し出されていた。
(クレシエフ…………、何をする気だ?)
クレムリン親衛隊とは、ロシア軍を影で操る特殊部隊の事であり、その存在は長くベールに包まれていたが、サウジアラビアでの米軍との紛争で表舞台に顔を出した。一説によればロシア軍最高権力者であるテレイサ総司令官と同等の地位にあると噂される。
(すらっとした高身長に引き締まった筋肉、年齢は20代と若く見える。あれがクレシエフか………。)
『全世界の諸君!本日、我々はヨーロッパにある連合国の主要施設を占領した。私がいる場所はブリュッセルにあるNATO本部である。勝敗は既に付いたとも言える。』
「ちっ!連合軍は何をやっている。」
『それは我々の力を知って貰う事が一つの目的であるが、私が伝えたい事はそんな事では無い。』
「……………。」
(目的?)
『よく聞くが良い。私がこれから話す事は多くの人間が疑問に思っている事の真相だ。つまり………。』
──────機動兵器の真実
「なに?」
「クレシエフは、何を話す気だ?」
『我々は『マリオネチカ』と呼んでいるが、西側諸国では『マリオネット』と呼ばれている『パワードスーツ』、本来あれは、この世に存在すべき物ではない。なぜなら『マリオネット』は未来から贈られて来た戦闘兵器なのだから。』
「!」「!」「!」「!」
『薄々は感じていただろう。現代の科学技術とは思えない性能を保有する『マリオネット』は現代の戦争方法を一変させた。あまりにも理不尽で強力な殺人兵器、それが『マリオネット』だ。』
『ロシア軍前総司令官であるアンドロメダ、前総帥であるベガは『マリオネット』を利用して世界征服を企んだが失敗に終わった。そして私は世界征服などに興味は無い。』
「なに?」
『私の目的は戦争の無い世界、そして………。』
ゴクリ
『日本国の滅亡である!!』
「!」「!」「!」「!」「!」
「は?何を言っている!」
「なんで日本が!?」
『教えよう。未来で起きる出来事を。そして日本国が世界を滅ぼした真相を…………。』
その後、クレシエフの演説は2時間にも及び、日本が世界を滅ぼした未来が語られていく。未来の出来事は聖書(バイブル)と呼ばれる電子映像によって現代に伝えられたとされ、その電子映像も公開された。
「馬鹿な…………。奴の言ってる事など信用出来るか!」
「二階堂大佐、信用出来るかどうかは問題ではない。」
「伊集院…………?」
「連合国がロシアに味方するのか?それとも日本国に味方をするのか?そういう選択肢に誘導されている。」
「なに?」
「ヨーロッパ戦線は、ロシア軍が圧倒的に優勢でありドイツやフランスには選択肢は無い。中華人民共和国は最初からロシアに味方をしている。残るはアメリカ合衆国とイギリス連邦、その2つのいずれかがロシアに賛同すれば日本は孤立する。」
「奴の狙いは…………。」
「連合国の分断でしょう。まずは日本を潰し、残るアメリカとイギリスは個別撃破、3カ国が組まれるよりも遥かに簡単に勝利出来る。」
「連合国の返答までに与えられた猶予は3日、すぐに大統領に連絡をしましょう!」
「そうだな。それは総理大臣に任せよう。そして、今の我々にとって何よりの懸念は、ベルリンにいる七瀬統括隊長と大和統括隊長及び日本兵の命の安全だ。」
「それは…………。」
「下手をすると、連合国の機動兵士に殺される事になる。」
「まさか…………。」
「七瀬統括隊長に連絡は取れるか!すぐに帰還命令を出せ!」
【脱出②】
ベルリン連合国軍前線基地
既に時計は深夜の12時を周り、5月8日となっていたが眠りに付ける者など誰もいない。前線基地には五カ国からなる連合軍の機動兵士が200名弱、そのうち日本国防衛軍の兵士は4人である。
七瀬 怜(ななせ れい)
大和 幸一(やまと こういち)
北条 帝(ほうじょう みかど)
羽生 明日香(はにゅう あすか)
怜の武蔵学園時代からの親友であり、防衛軍では明日香と同じ部隊に所属していた高岡 咲(たかおか さき)は、ロシア軍との戦闘に於いて戦死した。ヨーロッパに送り込まれた10人の機動兵士のうち6人が戦死した事になる。
「七瀬統括隊長……………。今は悲しんでいる暇は無い。」
もう一人の統括隊長である幸一が怜の肩に手を乗せて諭すように語り掛けた。
「幸一…………、見張られているぞ。」
そう言ったのは北条 帝だ。ロシア軍の総帥であるクレシエフの要求は日本国の滅亡であり、日本国防衛軍の無力化である。仮に連合国がクレシエフの要求を受入れたなら周りの機動兵士は全て敵に回る事となる。
「帰還命令が出ている。早くこの場を立ち去った方が良い。」
「そうだな………。七瀬統括隊長、行くぞ。」
「……………ええ、わかってるわ。」
す────
4人が前線基地から立ち去ろうとすると、連合国の兵士達がずらりと前方に立ち塞がった。その中央にいる人物は、フランス共和国副司令官エドワード・ルイ四世、ヨーロッパ前線基地の総司令官を任されている。
「悪いがそこを動かないで貰いたい。」
「なに?」
「本国が結論を出すまで君達を行かせる訳にはいかないと言う事だ。わかるだろう?」
「俺達は日本へ戻る。これは防衛軍本部からの命令です。」
「困ったものだね。先程まで味方であったのだ、手荒な真似はしたくない。」
「味方?これが味方に対する接し方なのか?」
ぐるりと取り囲んでいる機動兵士の数は20名を越えている。ドイツ、フランスの精鋭部隊であり、簡単に通れそうには無い。
「エドワード司令官、逃がしてやったらどうだ?」
「アーノルド・ハシュラム大佐か。君の出る幕ではない。」
連合国の中でもクレシエフに対する反応には温度差がある。ドイツとフランスはロシア側の要求を全面的に受け入れる様相が強いがイギリス連邦軍の兵士達の中には反発が根強い。そしてアメリカ合衆国の反応は不明である。
「ここで連合国が分裂すればロシア側の思う壺です。仲間割れは止めましょう。」
「それを決めるのは本国にいる政治家であり、我々軍人には判断が出来ない。」
「それは……………。」
「我々の最大戦力であるポルフス殿は昏睡状態、アメリカのシリウス殿はサウジアラビア戦線で死亡した。このまま戦争を続けてもロシア軍に勝てる見込みは無い。最初から無理があったのだよ。」
「……………。」
これが前線基地を任されている総司令官の言葉なのかとアーノルドは落胆する。連合軍の士気は完全に低下しており、ロシア軍と戦っても勝てるとは思えない。
「ポルフス殿が聞いたら何と言うだろうね。」
「なに?」
「アーノルド大佐。」
「大和統括隊長………。」
「ありがとうございます。しかしイギリス連邦の貴方を巻き込むつもりは有りません。そして、エドワード司令官。俺達はここを出て行く。」
「それは無理だと………。」
「止めるなら戦いますよ。」
「!」
「俺は日本国防衛軍の統括隊長です。簡単に負けるつもりは有りません。」
「貴様……………。」
「私も戦います。」
「七瀬!?」
「私達は4人しかおりませんが、全員が一線級の機動兵士です。止めるなら死を覚悟して下さい。」
ゴクリ…………。
防衛軍の最高戦力と言われる2人の統括隊長の実力は、前線基地に於いてもトップクラス。そして、防衛軍には羽生 明日香もいる。模擬戦闘で見せた戦闘力は記憶に新しい。
「無駄な争いは止めろ!」
「!」「!」「!」
そこに現れたのはアメリカ合衆国陸軍の司令官であるゲイリー将軍である。
「本国の結論が出るまでは自由にして良い。軍人の指揮権は本国の軍隊に優先権がある。」
「しかしゲイリー将軍…………。」
「そうだな。それだとエドワード殿の面子が立たない。ならば…………。」
ブワッ!
ゲイリー将軍は巨大な光学剣(ソード)を前方に向けて構えた。
「俺と勝負しろ、俺に勝てたなら好きにしろ!」
模擬戦闘による決着────
それがゲイリー将軍の提案である。マリオネット大国のアメリカ合衆国に於いても現在3人しかいない将軍職の1人との戦闘。
「良いかね?エドワード司令官。」
「ゲイリー将軍がそう言うなら良かろう。」
「君達は?」
「…………受けて立つ。」
「ここは私が…………。」
「七瀬統括隊長は休んでいてくれ。」
「でも………。」
「高岡隊員の事で心に乱れがある。今なら俺の方が強い。」
「!」
【脱出③】
日本国防衛軍特別歩兵部隊
第五統括隊長 大和 幸一
(幸一の事は誰よりも知っている…………。)
北条 帝(ほうじょう みかど)は、スクリーンに映る幸一の事を見て思う。純粋な戦闘力であれば、帝は幸一に負ける気がしないし、第四統括隊長の七瀬 怜やゲイリー将軍の方が実力は上に違い無い。
しかし、幸一が負ける気がしない。
ここ一番の時に火事場の馬鹿力を発揮して、根性で敵を捻じ伏せて来たのが大和 幸一と言う男だ。
「あいつは負けない……………。」
「みか………北条隊員。」
「!」
帝が振り向くと、そこには羽生 明日香(はにゅう あすか)が立っていた。
「私も………大和統括隊長は負けないと思います。」
「『マリオネット』、オン!」
ギュィーン!
モニターの向こう側で、幸一は誓う。
(ありす……………。)
お前を救う前に、こんな所で負ける訳には行かない。
戦艦大和を彷彿させる鋼色の装甲に身を包んだ幸一から物凄い気迫が溢れ出し、それはベルリンにある戦場の空気をも覆って行く。
『ほぉ……………。これは、これは…………。』
(一筋縄では行かないか…………。)
しかし、ゲイリー将軍にもプライドがある。それは、長い間、西側諸国の機動兵士のトップに君臨していたアメリカ合衆国のプライドである。
(シリウス・ベルガーまでもが殺されて、これ以上合衆国が負ける訳には行かないのだよ。)
ロシアにも、日本にも負ける事は許されない。例え模擬戦であったとしても、合衆国は世界一でなければならない。
『行くぞぉおぉぉぉ!!』
『うぉりゃあぁぁぁ!!』
ガキィーン!!
バチバチバチッ!
五カ国の精鋭達が見守る中、模擬戦闘は始まった。多くの兵士達はゲイリー将軍の圧勝を予想していたが、戦況は五分と五分で一進一退の攻防が続く。
「やはり日本の機動兵士は質が高いな。」
「…………?」
明日香に話し掛けるのは、アーノルド・ハシュラム
「横浜紛争でも日本の機動兵士と戦った経験があるが、全く歯が立たなかった。機動兵士の質と言う面では日本は世界最高峰にある。」
「ええと…………。」
「そして君も強い。ロシアとの戦争で日本の機動兵士抜きでは勝てないだろう。」
「いや、私は…………。」
「イギリス連邦が間違った選択肢をしない事を望んでいる。君達とは戦いたくない。」
そして、それは
ゲイリー将軍も同じであろう。
「素直に逃がしてやれば良いものを…………。」
バシュッ!
ビビッ!
『損傷率67%!』
幸一の光学剣(ソード)がゲイリー将軍の肩を薙ぎ払った。
『お前…………。まさか…………。』
『何をしている!隙があるぞ!』
ズバッ!
ビビッ!
『損傷率73%!』
模擬戦闘の勝敗は、相手のシンクロが解除された時点で決まる。残る耐久値は僅かであり、2人の破壊力であれば次の一撃で勝敗は決するだろう。
『うぉおぉぉぉ!!バスタード・キャノン!!』
ギュルギュルギュルルルル!!
高速回転をしながら光学剣(ソード)を突き出す幸一の必殺剣を、ゲイリー将軍は真正面から受け止める。
『ぐぉ!』
(なんて威力……………。)
やはり、対ロシア戦争に於いて日本国防衛軍の力は必要だと、ゲイリー将軍は改めて実感する。
『クレムリン親衛隊は強い。奴等は化け物だ。』
『なに?』
『シリウスを失った今、合衆国では奴等に勝てない。おそらく奴等に勝てるのは………。お前達だけだ。』
バチバチバチバチバチ!
『頼んだぞ。若き日本の兵士よ。』
ドッガーン!!
『てめぇ!わざと負けやがったな!!』
西暦2060年5月8日
日本国防衛軍の隊員4名はベルリン前線基地から脱出し、ベルリン包囲網を突破する際には10人以上のロシア軍の兵士に囲まれるも、逆に全てのロシア兵を返り討ちにし、1人の犠牲者も出さずにドイツ郊外へと逃げる事に成功する。もちろん、その情報はテレイサ総司令官及びクレシエフ総帥にも伝わっている。
「ヨーロッパ大陸の全ての飛行場と港は押さえてある。逃げられないさ。」
そう嘘ぶくのはクレシエフ総帥である。
「数合わせの機動兵士で、ダビデ王に勝てるのかしら?」
「…………ふむ。」
2人の統括隊長を含む防衛軍が相手では、並の兵士であれば返り討ちにされるのは明白でありテレイサの言う事にも一理ある。
「奴等が逃げる先はイタリアだよ、テレイサ。」
「イタリア?」
「イタリア軍の内部に防衛軍のスパイが潜入している。」
「ほぉ…………。」
「そして、日本国防衛軍の潜水艦がローマ港に向かったとの情報も得ている。間違いなく奴等の目的地はローマだろう。」
「ローマに部隊を潜伏させている。という所かしら?」
「そんな所だ。」
「ふぅん。クレシエフ、貴方のダビデ王に対する思い入れは度が過ぎているわ。」
「………………。」
「たかだか1人の機動兵士を相手にムキになる必要は無いじゃない?私達の目的はもっと大きいはずよ。」
「…………そうかもしれないね。だから、そちらの指揮は君に任せる。」
「…………世界の命運よりもダビデ王?おかしな人ね。」
「君には分からないさ…………。」
「なに?」
「いや、こちらの話だよ。」
(羽生 明日香………………。)
────いや、エマ・スタングレー
「テレイサ、悪いが私もローマへ向かう。」
「え?クレムリン親衛隊を差し向けるの?」
「いや、私1人で十分だ。」
「総帥自ら1人で?」
「僅か3人で敵地のど真ん中に乗り込んだ君には言われたくないがね。」
そう言ってクレシエフは、少し微笑んだ。