MARIONETTE- Еmma

【マジシャン①】

イギリス ロンドン
イギリス連邦軍最高本部

13階建の最上階にある1室で、戦況を確認している男がいた。イギリス軍の最高司令官を務めるブラウングレーの髪が似合う男だ。年齢は27歳と若いが機動兵士としてはベテランの部類に入る。名前はリチャード・スティーブン四世と言う。血を遡ればイギリス王家に繋がる名門の出身でイギリス軍の中での信頼は厚い。

ビビビビ!

(………………む?)

ドイツとポーランドの国境近くで、巨大な光学反応が表示される。リチャードは、最初にロシアの新兵器である超電磁砲(レールガン)の使用を疑ったがそうではない。光学反応の中心を示す座標には、フランスの皇帝ポルフスの識別反応があった。

「ポルフス…………お前。」

信じがたい事ではあるが、この光学反応はポルフスが引き起こしたものだ。リチャードはすぐにモニターを衛星通信へと切り替え、現地の映像を確認した。

ドドドドドドドド!!

ドガガガガーン!!!

「これは…………。これを機動兵器の力で………。」

そこには、まるで巨大な隕石が墜落したかのような巨大な爆発と陥没した大地が映し出されていた。世界三大英傑の1人であり、シリウス亡きあと、西側最強の機動兵士と言われるポルフスではあるが、これほどの力を秘めていたとは、流石のリチャードも驚きを隠せない。

(敵対していたのは、ロシアの新たな総司令官テレイサ・トルスタヤか。)

ドイツ国境戦線の戦況は互角に見える。総勢400名もの機動兵士が戦う国境戦線は最大の戦場であり、この勝敗が戦況を大きく左右する。

(それよりも問題なのは………。)

ピッ!

イギリス国内に突如として現れたロシア軍の機動兵士達だ。およそ200名の機動兵士が、イギリス国内の空港や軍事施設、機動兵器の工場などに襲い掛かった。不意を付かれたイギリス軍の多くが苦境に立たされている。

ピッ!

ベルリンに出兵していたイギリス軍の機動兵士達が、ドーバー海峡を渡ってイギリスに戻るには1時間は掛かる。

(この1時間で勝負は決まるな………。)

1時間だけで良い。この1時間を持ち堪える事が出来たなら戦力的には互角となり勝算が見えて来る。

ピッ!

イギリスよりも悲惨なのはフランスとドイツだろう。ドイツはマリオネット後進国であり、もともと兵士数は多くない。フランスは主力を国境戦線に送り込み過ぎている。ポルフスと言う最大戦力が不在の中でロシア軍の大群を抑えられる可能性は低い。

ピッ!

そして、3カ国以外ではベルギーの首都ブリュッセルが最大の戦闘地域となっている。NATO本部には、50名ほどの機動兵士が防衛にあたっているが戦況は思わしくない。人数的には優位であるが、マリオネットのシンクロ反応が次々と消滅している。

(よほど強い部隊を送り込んだか。ロシアの狙いは何だ…………。)

コンコン

「!」

その時、ドアをノックする音が聞こえて来た。

「入れ、待っていたぞ。」

リチャードが答えると、自動式のドアが静かに開かれ、5人の機動兵士が室内へ足を踏み入れた。

イギリス連邦を代表する5人の兵士達。

「緊急事態だ。イギリス連邦国内に200名を超すロシア軍の機動兵士が侵入している。対する我々の機動兵士は、突然の襲撃に対応出来ず、既に1/3の兵士を失った。」

戦況は圧倒的に不利と言える。

「お前達の任務は女王陛下の護衛になる。ローズキングダムは今のところ持ち堪えてはいるが時間の問題だ。すぐにローズキングダムへ出向きロシア軍の兵士達を駆逐しろ。」

「イエッサー!」「イエッサー!」

「お前達はイギリス連邦が誇る最強の兵士達。今日からお前達5人で新たな部隊を編成する事になる。」

「ほぉ………。」

隻眼の男が、他の四人の顔を見てニヤリと笑う。おのおのが、自分の部隊を持つ隊長達であり、何れもイギリス連邦を代表する実力者揃い。この5人でチームを組むとなれば確かに最強の部隊となる。

「リチャード最高司令官殿、隊長は誰がなるのでしょうな。」

隊長に選ばれたものが、実質的にイギリス連邦陸軍の最強の機動兵士と認められた事になる。

ガタ

そして、リチャードは告げる。

「この部隊の名前はエレノア隊だ。任せたぞ、エレノア・ランスロット。」

「はい!………え?…………えぇ!?ワタシですかぁ!」

まだあどけなさが残る金髪の少女、エレノア・ランスロット16歳は、史上最年少でイギリス陸軍機動兵士部隊のトップに躍り出る事となった。



【マジシャン②】

ベルギー ブリュッセル
NATO本部まで5000m地点

日本国防衛軍の10名は戦場近くまで接近していた。

『帝(みかど)…………、戦況は分かるか?』

『少し待ってくれ。』

携帯端末でNATO本部がある施設のマリオネット反応を確認するのは北条 帝(ほうじょう みかど)である。

『連合国軍の機動兵士が23名、ロシア軍は25名。』

『随分と殺られたな………。』

『相当に強い機動兵士がいるのかしら?』

高岡 咲(たかおか さき)が指摘するのも当然で、ロシア軍の被害が5名なのに対して連合国の被害は27名、ほぼ一方的な展開と言える。

『マリオネット修理工場は無事みたいね。まずは、そこを押さえます。急ぎますよ!』 

『ラジャ!』『ラジャ!』『ラジャ!』

七瀬統括隊長の号令で、再び走り出す防衛軍の兵士達であるが、防衛軍の動きはロシア側も察知していた。

『隊長!敵の機動兵士が接近して来ます!人数は10名!識別反応は、日本国防衛軍!』

『日本国?なんで日本の兵士がヨーロッパにいるんだ?あっちも戦争中だろう。』

面倒そうに呟いたのは、ロシア軍の機動兵士、ギース・ロドリケス隊長だ。

『くそっ!挟み打ちにされるのは面倒だ。2部隊10名で迎え打つ。ついて来い!』

ザッ!

ザザッ!

同じくロシア軍の主力であるマジシャン部隊が、戦況を確認していた。

『防衛軍……………。これはこれは。』

『嬉しそうに、どうしたのです?隊長。』

コードネーム『レッドマジシャン』に話し掛けるのはコードネーム『レッドオーシャン』と言う女性の機動兵士である。

『連合国軍に参加している日本人の中に気になる兵士がいてね。』

『気になる?』

『『クレムリン親衛隊』が必死になって追っていた『ダビデ王』の亡霊さ。』

『ふふ、何ですかそれ。』

これは面白い事になって来たと、レッドマジシャンは思わず笑みを零した。

────────ダビデ王伝説


先のサウジアラビア紛争で、ロシア軍の追撃を逃れた日本人の女性兵士がいる。彼女の名前は羽生 明日香(はにゅう あすか)と言う。

『あくまで噂なのだが、その日本人が『ダビデ王』の生まれ変わりだと言うのだよ。』

『何を馬鹿な事を。』

『まぁ、そんな事は信じちゃあ居ないんだが、彼女の機動兵士としての実力は相当に高いらしい。なにしろ、レッドパンサーとエレナの追撃から逃れたらしいからな。』

『……………そんな、まさか。』

ロシア軍の兵士達からトップファイブと呼ばれる2人の機動兵士から逃げきるなど簡単な話では無い。

『それと、もう一つ。信じ難い噂もある。』

『………また噂ですか?』 

『未来から贈られて来ると言う聖書(バイブル)の話は聞いた事があるな?』

『それは………。知っていますが。』

『その中にエマと言う未来の機動兵士の話がある。どうやらエマは未来の世界から現代にタイムスリップしたらしい。』

『隊長…………。それ本気で信じてます?』

『ふ…………。いずれにしても面白い。クレムリン親衛隊より先に『ダビデ王』を拘束する。楽しみが増えたじゃないか。オーシャン、日本の防衛軍の実力を見て来てくれ。』 

『はぁ、仕方がないわね。』


日本国防衛軍10名の機動兵士を迎え撃つのは、ロシア軍ギース部隊10名だ。ギース部隊の特徴は経験豊富なベテラン兵士が多く実力は中の上、特に隊長であるギースの実力はロシア陸軍の中でも上位に位置する。

(防衛軍の実力を図るには丁度良いわね。)

シンクロを解除して、双眼鏡を覗き込むオーシャンは、防衛軍の到着を待つ。


ビビッ!

『来たか。一気にケリを付けるぞ!』

『ダー!』『ダー!』『ダー!』『ダー!』

ギース隊長の号令により、ギース部隊の兵士達が戦場へと走り出した。

対する防衛軍の兵士達は5人1組の基本的なチーム戦術で左右に別れて特攻を仕掛ける。先頭を走るのは2人の統括隊長である七瀬 怜(ななせ れい)と大和 幸一(やまと こういち)だ。

ビビッ!

『前方距離100m!』

『うぉおぉぉぉ!!』

ギュルギュルギュル!

『!』

初めて幸一の技を見た機動兵士は、その大胆な戦法に驚愕する。身体全体を捻りながら超高速で突進して来る様は、さなからバイソンのようだ。対戦相手は、ここで2つの選択肢を迫られる。正面から迎え撃つか、かわすかの二者択一。

『うぉ!』

多くの兵士は、幸一の気迫に押されて避ける事を選択する。今回の敵兵士であるロシア兵は、右方向へと飛び跳ねた。

バッ!

『うぉりゃぁぁぁ!!』

ギュルギュルギュルギュルギュル!

『はぁ!?』

そんな事は計算済みの幸一は、右足を思い切り地面に叩き付けて、無理やり方向を転回した。

『バスタード!キャノン!!』

ズバッ!

『ぐわっ!』

ゾクゾク!

これが、羽生 明日香が夢見た本物の戦場だ。幸一の必殺技が炸裂し、敵兵士の耐久値が大きく削られる。

『損傷率63%』

(馬鹿な!一撃で!?)

ビュン!

その直後に現れたのは北条 帝(ほうじょう みかど)である。幸一のやることなど全てお見通し。敵兵士が態勢を立て直す前に、留めの一撃を繰り出した。

『オーディンズ・ランス!!』

幸一の鋼色のマリオネットとは対照的な雷色の光学槍(ランス)が、ロシア兵の身体の中央に突き刺さった。

ズバッ!

バチバチバチバチバチバチ!

ドッガーン!

防衛軍の中でも攻撃力に掛けてはトップを荒らそう2人の連携で、ロシア兵を瞬殺する。

幸一が、ふと隣の戦場に目をやると、七瀬 怜が二本の光学剣(ダブルフルーレ)でロシア兵を八つ裂きにしているのが見えた。

シュシュシュシュシュン!

バチバチバチバチバチ!

ドッガーン!

日本国防衛軍が誇る第四統括隊長『七瀬 怜』は、表情一つ変える事もない。

(すごい……!)

高校時代に憧れた機動兵士達が、明日香の目の前で躍動している。

いきなり2人の機動兵士が殺られたロシア軍の隊長ギース・ロドリケスは、思わぬ展開に空いた口が塞がらない。

(何が起きた?)

ロシア兵の中でもベテラン揃いのギース隊の部下達が、相手に一撃も加えることなく瞬殺された。

シュン!

『!』

バシュ!

『ぐぉっ!』

『損傷率18%』

高岡 咲(たかおか さき)は、その一瞬を見逃さない。スピード型マリオネットの性能をフルに活かし、呆然とするギースに畳み掛ける。

ズバッ!

『損傷率43%』

『てめぇ!』

ガキィーン!

ビリビリ!

『今よ!明日香!』

『了解!』

『!?』

『音速剣(ソニック・スラスト)!!』

シュババッ!

『ぐわっ!』

ビビッ!

『損傷率67%』

『ちょっと待て!こらぁ!』

ビュン!

シュン!

最後は咲と明日香による挟み打ちによる同時攻撃だ。ギースに、どちらの攻撃を防ぐかを考える間も与えない。

バシュバシュ!!

『が…………、マジか……………。』

バチバチバチバチバチバチ!

ドッガーン!

日本国防衛軍の前に、ギース隊の兵士達は為す術がない。この時点で防衛軍の実力を把握したレッドオーシャンは、急いで隊長のレッドマジシャンへと連絡する。

『それは、また予想外ですな。』

人数的には、10対10の互角の戦闘にも関わらず、ギース隊が一方的に殺られるとは、防衛軍には相当に優秀な機動兵士が揃っているらしい。

ビビッ!

『マジシャン部隊に告ぐ、NATO本部の攻略は後回しです。』

『!』『!』『!』

『こんな所で負ける訳には行きませんからなぁ。全力で日本の機動兵士を叩き潰す!』



【マジシャン③】

その頃、最前線であるドイツとポーランドの国境沿いでの戦闘は停滞していた。それもこれも戦場のド真ん中で大地を陥没させるほどの大爆発を引き起こしたポルフスの仕業である。爆発に巻き込まれた機動兵士達の装甲の耐久値が、その一撃で吹き飛んだのだ。

もっとも、被害を受けたのはロシア軍の兵士のみならず、連合国の兵士達の耐久値も消滅し、シンクロが解除されたのだから戦闘どころでは無い。

両軍ともに、『パワードスーツ』の修理の為に自陣へ引き返し、停戦状態のようになっていた。

「ポルフス殿!」

「くそっ!意識が戻らない!」

機動兵士には物理攻撃は通用しない。それにも関わらず多くの機動兵士の装甲の耐久値が消滅したのには理由がある。ポルフスの精神力が、巨大な光学エネルギーを生み出したのだ。その代償なのか、ポルフスは意識を失い昏睡状態となっている。

「ロシア軍の動きはどうだ!」

「はっ!全軍がポーランド領へ引き返しています。」

それはそうだろう。ロシア軍とて、ポルフスの攻撃には度肝を抜かれたはずだ。そして、ポルフスが昏睡状態だと言う事を知らない以上は迂闊には動けない。

「ゲイリー将軍、被害状況が確認出来ました。」

「言ってみろ!」

「はい、5カ国連合軍の戦死者は56名、ポルフス殿を除く143名が戦闘可能です。」

「56名………かなり殺られたな。ロシア軍の被害は分かるか!」

「いえ、ポルフス殿の攻撃により大半の兵士がシンクロを解除された為に、正確な数字を掴むのは困難です。」

「くっ………、これでは、どちらが優勢なのか判断出来ん!」

「爆発の直前にあったロシア軍のシンクロ反応は160人です。」

「プロトワン…………。お前そんな事まで分かるのか?」  

「覚醒状態であれば割と…………。」

プロジェクト『Alice』によって産まれたプロトワンはオリジナル『Alice』のクローン体であるが、そんな能力まで持っていたとは、ゲイリー将軍も知らない所だ。

「若干ではあるが、ロシア軍が優勢か…………。」

おまけに最高戦力であるポルフスが戦える状態ではない。ポルフス無しで、テレイサの部隊に勝つのは至難の業である。

「国境戦線以外の戦況はどうなっている。」

ゲイリーの質問に答えるのは、フランス共和国副司令官である、エドワード・ルイ四世だ。

「フランス、ドイツ、ヨーロッパ大陸にある施設の大半は既に陥落している。」

「……………そうか。」

予想はしていたが、機動兵士が手薄となった施設は何と脆いのか。この時代、機動兵士が戦争の勝敗を決める。

「ベルリンに機動兵士を集めすぎたな。慌てて引き返したが間に合わなかった。現在はロシアの機動兵士が我々の軍事施設を利用している。」

「くっ…………。」

それは、つまり、替えの『パワードスーツ』は奪われ、耐久値の無くなった『パワードスーツ』の修理すら出来ない事を意味する。

「まともに武器が揃っているのは、ここベルリンとNATO本部くらいだ。」

戦況はロシア軍が有利に進んでいる。





ザッ

ザッ

ザッ

(まるでクレーターだな…………。)

『クレムリン親衛隊』の総帥、シーザー・クレシェフは、ポルフスの作った爆心地へと足を踏み入れていた。

そこには、木も草も生えていない、見渡す限りの死の世界が延々と続いている。

ザッ

ザッ

ザッ

(この辺か……………。)

ビッ!

ビビビビ!

モニターに示される光学反応は、機動兵士のそれではない。シーザー・クレシェフが装着する機動兵器にのみ反応する特殊な光学反応。

その名も────

────『MARIONETTE CANCELLER』



未来の天才科学者が発明した、究極の対機動兵士ウェポンである。

(しかし、次元移動は失敗か。)

シーザーは、粉々になった黒い球体の一部を拾い上げる。

ポルフスの技の発動と『MARIONETTE CANCELLER』の次元移動が、偶然に重なったが為に起きた大爆発。これはシーザーが意図した結果とは違う。

(ユダヤ人が開発した次元移動装置か。もう少し研究する必要があるな。)

ザッ

ザッ

ザッ





「テレイサ…………。」

「こんな所で何をされているのです?シーザー。」 

現在、ロシア軍の歩兵部隊を統率するのは、テレイサとシーザーの2人である。総司令官であるテレイサと総帥であるシーザーはトップファイブのナンバー1とナンバー2であり、共にアンドロメダとベガを殺した共犯者。2人の目的は同じだ。

「この戦場は私の指揮下にあります。貴方の目的は羽生 明日香(はにゅう あすか)、『ダビデ王』はこの戦場には居ない。」

「分かっている。『ダビデ王』がベルギーで発見された。私はそちらへ向かおう。」

ザッ

ザッ

「一つ質問があります。」

「………………。」

「この爆発、これは貴方の仕業かしら?シーザー・クレシェフ。」

あのまま戦闘を続けていれば、連合軍のトップの機動兵士であるポルフスとゲイリー将軍を殺す事が出来た。テレイサにして見れば、とんだ邪魔が入ったと言う事になる。

「考えすぎだテレイサ、これはポルフスの仕業だ。私は何もしていない。」

「そう…………。それならば宜しいのですが。」

シャキーン!

「………!?」

「アンドロメダとベガを殺した時点で私達は一蓮托生。裏切りは許さない。」

「………ふん。分かっているさ。」



俺達の目的は、世界中の全ての機動兵士を殺す事だ。

そして、もう一つ。

─────エマ・スタングレーの抹殺




【マジシャン④】

ベルギー ブリュッセル

NATO本部に近い戦場に5人の機動兵士が立ち塞がる。

レッドマジシャン、レッドオーシャン、レッドスモーク、レッドマスター、レッドアロー

ロシア陸軍特殊部隊『マジシャン部隊』と対峙するのは、日本国防衛軍特別歩兵部隊の10名の機動兵士達。

防衛軍を指揮するのは、第四統括隊長の七瀬 怜(ななせ れい)と、第五統括隊長の大和 幸一(やまと こういち)の2人である。

『どうする七瀬統括隊長。』

敵の機動兵士は5人、先程の戦闘より数的優位は確保されている。

『そうね、まずは相手の実力を知りたいわ。』

出来れば一人の犠牲者も出したくない。それが怜の本音である。

『まずは私が攻撃を仕掛けて相手の出方を見ます。』

『待てよ、1人では危険だ。俺も行く。』

怜は少しの迷いを見せた。大和 幸一の実力は知っている。爆発的な攻撃力なら防衛軍の中でもトップクラスの能力を持つ勇敢な兵士。

『わかりました。まずは、私達二人で特攻を仕掛けます。咲、明日香、北条隊員、他の皆さんは、この場で待機。私達が不利と判断したらフォローを頼みます。』

『任せて怜。』『了解した。』 

NATO本部を強襲したロシア軍の兵士も残り僅か。目の前の5人を倒せば勝利も同然である。

『大和統括隊長!行きますよ!』

『おぅ!』

バッ!ザッ!

ビビッ!

(動いたか…………。)

レッドマジシャンは面前のモニターを確認する。

(2人……、舐められたものです。)

世界最強と呼ばれたアンドロメダの『デストロイ部隊』、ベガ総帥が作り上げた『クレムリン親衛隊』。西側諸国にも名が知れているロシア軍の精鋭部隊であれば、2人で特攻を仕掛けようとは思わないはずだ。

『私達はそれほど無名なのでしょうか?』

『仕方がありません。私達に敵対した機動兵士は全て死んでしまいます。』

『ムカつくな。俺が行こう。』

名をあげたのはコードネーム『レッドスモーク』と言う巨漢の男だ。

『それでは、男の方は貴方に任せるわねスモーク。女は私が仕留める。』
 
シュン!

そう言って飛び出したのはコードネーム『レッドオーシャン』、マジシャン部隊の中では唯一の女の兵士である。

マリオネット戦闘に於いて重要なのは、相手のマリオネットの耐久値を相手よりも早く削り取る事に尽きる。其のために重要なのは、瞬発力とリーチの長さだ。

光学長剣(ロングソード)

それがレッドオーシャンの武器である。通常の光学剣(ソード)よりも2倍近い長さを誇るロングソードは、リーチの長さを活かすには最高の武器と言える。

ガキィーン!

シュン!

『!』

ガキィーン!

ビリビリ

そのオーシャンの連続攻撃を、怜は難なく凌いで見せた。

(二刀…………。この女……………。)

ヒュン!

ビシッ!

『面白いわ。』

オーシャンはロングソードを怜へ向けて構え直した。

ロングソードの弱点は小回りが効かない点にある。リーチと瞬発力は矛盾するが為に、ロングソードを使う機動兵士は思いのほか少ない。リーチを活かすなら、突きに特化した光学槍(ランス)を使った方が相性が良い。

それでも、尚、レッドオーシャンが光学長剣(ロングソード)を使うのには理由がある。

ビビッ!

『シンクロレベルβ(ベータ)』

『!』

オーシャンの機動兵器(パワードスーツ)はスピード型ではない。ロシア軍が開発した瞬発力特化型の機動兵器(パワードスーツ)を装着したオーシャンの瞬発力は、ロシア軍の中でも最高レベルにある。

ビュン!

バシッ!

ビビッ!

『損傷率15%』

先に攻撃を受けたのは七瀬 怜(ななせ れい)だ。オーシャンの瞬発力に怜の反応が遅れた形となる。

(……………速いわね。神坂第三統括隊長と同じくらいかしら。)

しかし、攻撃力はそれほどでもない。このレベルの機動兵士なら、防衛軍にも何人かいる。

『ダブルフルーレ!』

シャキーン

スピード特化の機動兵士なら、むしろ怜とは相性が良い。二刀を使いこなす怜は、スピード型の機動兵士を何人も葬り去って来た。レッドオーシャンと七瀬 怜の戦闘は、一瞬も気を抜けない瞬発力の勝負となる。


そして、もう一つの対戦は全く違う様相を見せる。

ブワッ!

バチッ!

ビリビリ!

(光学盾(シールド)…………。)

レッドスモークの装着するマリオネットは、防御型の『パワードスーツ』であり、特徴としては光学盾(シールド)と呼ばれる巨大な盾を装備している事だ。防衛軍では『ガードフレイム』とも呼ばれる光学盾(シールド)を扱う機動兵士は珍しい。

『とりゃ!』

ガキィーン!

『ふん!』

ガキィーン!

(こいつ…………。)

現代の機動兵士同士の戦闘はスピードが重視される。防衛軍の中でもスピード型のマリオネットを装着する兵士は全体の半数にのぼり、残りは汎用型と攻撃型に別れる。防衛型のマリオネットを愛用する兵士は極めて珍しい。理由は明白であり、護るだけでは戦闘に勝てないからだ。

『いつまでも防げると思うなぁ!』

ビュン!

バシッ!

ビリビリ!

幸一は、攻撃力に優れた機動兵士であるが、スピード型のマリオネットを装着している。瞬発力も悪く無い。それでも幸一の攻撃が当たらないのは光学盾(シールド)だけの影響ではない。

ビュン!

バシッ!

『くっ!』

『損傷率23%』

(こいつ………、巨体の割に動きが速い!)

『シンクロレベルβ(ベータ)』

『!』

ズバッ!

『ぐはっ!』

ビビッ!

『損傷率42%』

防御型のマリオネットを装着しながら、レッドスモークの動きは大和 幸一を凌駕しつつある。



『おい!何か不味く無いか?』

『七瀬統括隊長も大和統括隊長も、押されている?』

戦闘を見守っていた日本の機動兵士達が、異変に気が付くのに時間は掛からなかった。日本国を代表する2人の統括隊長が、ここまで苦戦するのは全くの予想外だ。

『私達も行きましょう!』

『おぅ!』

『いや、待て!』

慌てて戦闘に参加する決意を決めたのも束の間、8人の防衛軍の兵士達を取り囲むのは空中に浮かぶ光学短剣(ナイフ)である。

キラン!

シュバババババッ!!

『!』『!』『!』『!』『!』『!』

数十本もの光学短剣(ナイフ)が、一斉に、防衛軍の兵士達に襲い掛かる。

『ちっ!』『なによこれ!』『どうなってるの!?』

あまりにも非現実的な攻撃に、兵士達は戸惑うばかりである。

『くそっ!』

バシュ!ガキィーン!

ズバッ!

ビビッ!

『損傷率8%』

『咲!後ろ!』

ビュン!

ズバッ!

『きゃっ!』

『損傷率11%』

『くそ!全て打ち落とせ!!』


ここまでの所、戦況はマジシャン部隊の思惑通りに進んでいる。

(悪いな日本人………。)

不敵な笑みを浮かべるレッドマジシャンの背後から、更に数十本の光学短剣(ナイフ)が浮かび上がった。

『個々の能力なら、我々は『デストロイ部隊』にも引けは取らない。つまり、運が無かったと思って諦めるが良い!』

シュル!シュババババッ!!

『マジシャンズ・ナイフ!!』

コードネーム『レッドマジシャン』は、その奇想天外のマジックで戦う異質な機動兵士である。パワードスーツ、ロシアでは通称『マリオネチカ』と呼ばれる未来兵器の可能性を別次元にまで引き上げた異端児。マジシャンが得意とする戦法は、スピードでもパワーでも無い。


────マジックである────


ロシア陸軍特殊部隊『マジシャン部隊』に集まった四人の機動兵士達は、『デストロイ部隊』や『クレムリン親衛隊』に入る実力が無かった訳ではない。それ以上に、レッドマジシャンの強さに惹かれた最強の機動兵士達。

天から降り注ぐ光学短剣(ナイフ)が

『ぐっ!』『きゃぁ!』『うわぁ!』

防衛軍の装甲の耐久値を削り取って行く。