ADAMS編⑥
【第18支部①】
西暦2499年
旧神奈川県『軍事区域』にある厚木前線基地。
「噂は本当だったようね、最悪。」
そう言って、顔をしかめたのは、前線基地にて司令官を務めるアラサーの女性兵士、名前は北条 メグミ、階級は陸軍少将である。
「現在、確認されているアダムスチルドレンは、東北地方に2、近畿地方に3、九州地方と四国地方にそれぞれ1の合計7集団、関東地方のアダムスチルドレンは捜索中です。」
「う〜ん。厄介よね。」
メグミは金髪に染めたロングヘアをくるりと指に絡めて眉をひそめた。
「ようやく人類が戦力を整えて、関東地方の奪還を決意した矢先にアダムスチルドレンの出現とは、神は実にイジワルだわ。」
「旧世紀の兵士達………アダムスの子供達ですか。しかし同じ人間でしょう?人数もたかが知れている。それより俺達の目的は関東地方の奪還であり、無人戦闘兵器。」
「馬鹿ね、その無人戦闘兵器だけでも私達は苦戦しているのに、加えてスーパーマンが敵に回れば更に難易度が増すのよ。全国に現れたアダムスチルドレンへの対処に人員が割かれる。私達への援軍はしばらく期待出来そうも無いわ。」
厚木前線基地の兵員の数は3000人超、戦車と装甲車両の台数は500台と国内でも最大規模を誇り、関東地方にある人類側の唯一の拠点であるが、それでも兵員は不足している。
「しかし、アダムスチルドレンの存在は、事前に知らされていた。対策が無い訳ではない。」
300年前に失われた軍事技術を有するアダムスチルドレンは、脅威ではあるが所詮は人間。
「私にお任せを、司令官殿。2個師団もあればアダムスチルドレンの50人程度は瞬殺して見せます。」
「……………藤堂(とうどう)、お主、関東地方のアダムスチルドレンは捜索中と言ったな。」
「はい。」
「何人見つかったのだ?」
「まだ、1集団の50人のみです。」
「ふむ。アダムスチルドレンのアジトには大量の武器が隠されていると聞く。速やかにアジトを征服し武器の奪取を行うが良い。」
「お任せを…………。司令官殿。」
【第18支部②】
「ふぁ…………。」
霧島 凛(きりしま りん)、16歳は大きなあくびをする。
(お姉ちゃん、無事かなぁ……………。)
神奈川県にある日本帝国軍学校第18支部一学年に所属する生徒達が、コールドスリープ施設にて冬眠から目覚めたのは1ヶ月前の話で、周辺地域の探索は順調に進んでおり、現在は全生徒が会議室に集まり今後の対策を話し合っている最中である。
「凛(りん)さん…………、聞いてるのか?」
「ふにゃ?」
「重要な話をしている。きちんと聞け。」
「ふぁい。」
凛をたしなめたのは、第18支部の委員長を務める白井 圭人(しらい けいと)、一年生ながら軍学校での成績は校内4位、全国でも200位以内に入る優等生だ。
「これまでの探索結果をまとめると以下のようになる。」
生徒達は、携帯端末に映し出された画像を確認する。
東側地区(横浜方面)
荒れた大地が広がり人間が住んでいる形跡は見られない。コールドスリープ施設を2つ確認したが、チルドレンの姿は発見出来ず。冬眠に失敗した可能性が高い。
北側方面(東京方面)
同じく荒野が広がっているが、奥地にはシダ植物の森が確認されている。コールドスリープ施設を3つ確認したが、こちらも冬眠に失敗している可能性が高く人影は見当たらない。
南側方面(相模湾方面)
海の中では魚介類が大量に発見された。哺乳類の存在は確認出来ないものの、海の資源は豊富であり重要な食料となる。
西側方面(富士山方面)
「問題はここだ。昨日の探索で驚くべき発見があった。詳細の説明を、遠藤さんお願いします。」
端末には情報の詳細が映し出され、遠藤 黄金(えんどう こがね)が淡々と読み上げて行く。端末に映し出された説明は以下の通り。
第18コールドスリープ施設より西へ23km地点にて、軍事兵器の残骸を発見。確認された兵器の種類は、無人戦闘兵器3台、有人戦闘車両25台、車両の中より死亡した兵士の遺体が多数発見されている。
ゴクリ
無人戦闘兵器の種類は、クモ型が1台、円盤型が2台、有人車両の種類は日本帝国軍のデータには無いが造りは旧式の戦車や装甲車に近い。おそらく、この300年の間に開発されたものと推測される。
「残骸はそれほど古いものではなく、ここ数日の間に中規模の戦闘があったと思われます。」
生徒達は言葉を発する事もなく、会議室には異様な静けさが漂っている。
ゴホン
委員長である圭人が、遠藤の説明に補足を加えた。
「人類の存在が確認されたのは喜ばしい点だと思う。そして人類は戦車を造るだけの技術を保有している。これはアダムスの予想には無かった事だ。」
「一方、無人戦闘兵器の存在は全くの予想外です。300年前に開発された兵器が現在でも稼動しているのは驚くべき事象。」
「そして、その2つの勢力が敵対している。僕達にとって、どちらが敵なのか、どちらも敵なのか。全く予想が付かない。」
「ふぁ…………。」
「凛さん!あくび!」
「あ、ごめ……………。」
西暦2199年、全世界を巻き込んだ核戦争により人類の多くは死滅するが、それでいて人類が滅亡したかと言えばそうでもない。わずかに生き残った人類は再び繁栄し人口は増加に転じる。およそ200年間の極寒の季節は徐々に回復し、2400年代の後半には戦前の気温にまで温度は上昇する。その時代の日本では、小さな集落が誕生し、ゆるやかな国家が形成されている可能性もある。
「………だってさ。」
個室に戻った凛とその親友であるキララが、アダムスの予想した未来を復習している所だ。
2499年の日本では、刀剣による武装勢力が跋扈(ばっこ)する時代となっており、コールドスリープによって冬眠から目覚めたチルドレン達の武装には遠く及ばず、チルドレン達は速やかに未来の日本帝国を統治する必要がある。
「刀剣ね…………。」
この時点でアダムスの予想は大きく外れている。人類は新たな戦車を開発するに至る技術力と生産力を保持している。
「でもさ、探索した限りでは荒野が続くばかりよ?人間なんて住んでいないじゃない?」
「うん。そこが疑問なんだけど、関東地方の被害は他より大きいって予想だし、遠くへ行けば街くらい見つかるんじゃない?」
「う〜ん。そうだと良いんだけど。」
そんな事より凛が気にしているのは、姉が眠っている第三コールドスリープ施設の状態である。現在のところ、凛の第18コールドスリープ施設以外の施設は冬眠に失敗している。日本統治どころか、他のチルドレンが生きているかどうかも疑わしい状況なのだ。第三コールドスリープ施設との距離は少し遠いが、早急に探索しなくてはと思っている。
「問題は、やはり戦闘の跡よね。」
池花 キララ(いけばな きらら)は、そんな凛の想いなど知らずに、話を会議の内容に戻した。
「無人戦闘兵器と戦っていた人達は、果たして私達の敵か味方か?場合によっては戦闘になるわ。」
そして、その答えは翌日に判明する。
【第18支部③】
第18コールドスリープ施設から西へ2kmほど離れた場所に現れたのは、有人戦闘兵器、つまり戦車の大群である。ざっと見渡しただけでも50台の戦車があり、装甲車両も20台くらいは有りそうで、完全に戦闘の準備は出来ている様子である。
「どう思う圭人?」
「さあね、話をしてみないと何とも言えないかな。」
そう言って足を踏み出す圭人を副委員長の鬼頭(おにがしら)が止めに入る。
「危険だ、殺される可能性もある。」
「そうだな。1人では厳しいか。凛さん、ついて来てくれ。」
「ふぁ?」
委員長である白井 圭人(しらい けいと)が指名したのは、霧島 凛(きりしま りん)である。
「待て圭人!俺も一緒に行く!」
「ダメだ!」
「!?」
「もし俺に何かあったら誰が指揮を取る?」
「お前…………。」
「俺と凛さんで行く。他の者はここで待機だ。」
「ちょっと!それ私の命も危ないって事でしょ!?」
慌てて凛が抗議をするが、圭人は気にも止めない。
「ちょ!待ってよ!」
ザッ
ザッ
白井 圭人が凛を連れて行くのには理由がある。18支部一学年の生徒の中で、一番足が速いのが凛だからだ。
「凛さん、もし俺に何かあればすぐに逃げてくれ。」
「え?」
「そして仲間達に話の内容を伝えてくれ。俺達は情報が圧倒的に不足している。それを伝えるんだ。」
「白井君……………。」
白井 圭人は死を覚悟していると凛は悟った。
ザッ
ザッ
それから無言のまま歩き、戦車が並ぶ未知の軍隊の前に到着すると、1人の男が前に出て来た。背恰好は高身長で短髪、年齢は30歳くらいか。
「ようこそアダムスチルドレン、俺の名は藤堂 紫電(とうどう しでん)、階級は日本陸軍の大佐だ。」
(アダムスチルドレン?)
凛は聞き慣れない言葉を頭の中で反復する。
「俺は日本帝国軍学校第18支部の白井です。」
白井 圭人は一礼をして、藤堂と名乗る男性に握手を求めた。藤堂はその手を握り少し微笑む。
「若いな。高校生か。」
互いに聞きたい事は山ほどあるが、最初は社交辞令的な会話が続く。その間に凛は相手の軍事力を観察していた。
(ふむ……………。なるほど。)
戦車と言っても簡易的な造りで、全長は4mほど、砲台は光学兵器のそれとは違い火薬による兵器だろう。日本帝国軍の戦車と比較すればお粗末と言えるが、それでも歩兵相手であれば十分に威力を発揮しそうだ。
交渉は15分ほど続き相手の要求が明確となる。
「つまり、施設を明け渡せと?そう言う事ですか?」
圭人が語気を強めた。
「同じ日本人だ、我々が戦う必要は無い。我々の敵は別にある。」
「敵?無人戦闘兵器ですか?」
「ほぉ………、そこまで知っているのか。それなら話は早い。子供達を戦争に参加させる訳にも行かないだろう。奴らと戦うのは我々の仕事だ。」
「……………。」
「いや、実のところ我々も武器が不足している。無人戦闘兵器と戦うには兵力が圧倒的に足りないんだ。わかるだろ?」
どこで情報を仕入れたのかは知らないが、つまりは、コールドスリープ施設にある武器が狙いであると、そう言っている。
「1つ質問があります。」
「なんだ?」
「貴方達の最終目的を知りたい。」
それは核心に迫る質問である。
「そんな事は決まっている。」
しかし、藤堂は知らない。
「無人戦闘兵器を操っているアダムスの破壊。それが俺達の最終目的だ。」
300年前の日本帝国民にとって、アダムスは神にも等しい存在であり、そのアダムスを破壊するなど言語道断。もはや圭人にとって、目の前にいる人間は日本帝国に仇名す敵である。
「………どうやら交渉は決裂ですね。」
「なに?」
「凛さん、戻りますよ。」
圭人は振り向きざまに凛に告げる。
「全力で走って!!」
ブワッ!
エアシューズの出力を上げ、一歩目を踏み出した時。
ズキューン!ズキューン!ズキューン!
複数の銃声が後ろから聞こえた。
「白井君!!」
「早く走れ!!」
シュバッ!!
ズキューン!ズキューン!ズキューン!
(撃たれた!?)
微かな悲鳴が後方から聞こえたが、凛は振り向くことなく全力で走り抜ける。立ち止まっては凛まで銃弾の餌食になるからだ。そして、次に後方から聞こえて来たのは、銃声ではなく砲弾が発射される音で、施設の前に待機している仲間達の付近で次々と爆発が起きた。
戦車による一斉射撃─────
第18支部のコールドチルドレン達が目覚めてから33日目、戦闘の口火が開かれた。