ADAMS編⑤


【低空飛行型対人兵器①】


22世紀の終わりが近付いた頃でも、非帝国の主力は戦車と歩兵が中心であり、特にゲリラ戦を得意としていた。そのような戦闘に手を焼いた日本帝国が開発した機体が『低空飛行型対人兵器』、通称円盤型である。


円盤型の特徴は、高い機動性による高速移動と小回りの効く小さな機体であり、全長5mを越えるクモ型に対して円盤型の全長は2mに満たない。周囲には、ぐるりと光学兵器の発射口が設置されており、360度どこからでも攻撃出来るのが特徴だ。


歩兵であるコールドチルドレン達にとって、円盤型はクモ型よりも遥かに攻略し難い難敵であるのは間違い無い。事実として第二コールドスリープ施設を襲撃した無人戦闘兵器のうち、今まで撃破した無人兵器は全てクモ型であり、円盤型は1台も倒せていない。


ビュン!ズキュン!バビューン!


「ぐわぁ!」「うわ!」


円盤型から発射されたレーザー光線がチルドレン達を次々と撃ち抜き、戦場には絶叫がこだましている。


「馬鹿野郎!廃墟の裏に隠れろ!狙い撃ちにされるぞ!」


土方が叫ぶも、近くに盾となる廃墟は少ない。円盤型との総力戦を想定していなかったチルドレン達にとっては、荒野の広がる戦場はあまりに不利である。


「くそがぁ!」


ズドン!


土方 藤五郎がRPGを円盤型に放つも、軌道が逸れて明後日の方向で爆発する。


「引き返せ土方!その武器では相性が悪すぎる!」


とは言え、多くのチルドレンの主力武器は光学銃であり、それも相性が良いとは言えない。接近して来る円盤型を迎え撃つならマシンガンに限る。


ダダダダダダダダダダダダ!


「カスミ!?」


「土方さん!下がって下さい!ここは私が!」


白坂 霞(しらさか かすみ)が構えるのは、日本帝国製の機関銃(マシンガン)であり、琢磨の保つサブマシンガンよりも高火力の代物だ。それを見た琢磨が、一番近い円盤型へと走り出す。


ダダッ!


「!」「万丈!?」


「女!援護しろ!」


「女って……!いえ、わかりました!」


ダダダダダダダダダダダダ!


琢磨の指示を受けたカスミが、円盤型へ向けてマシンガンを連射するが高速で移動する円盤型には当たらない。しかし、それで良い。琢磨が円盤型に近づく時間さえ稼げれば問題無い。


急速に接近する琢磨に気が付いたのか、円盤型の周囲にある発射口からレーザー光線が発射された。


ズキュン!


距離にして50m。通常であれば、とてもかわせる距離では無いが、琢磨はそれをかわして見せた。


「!」「!」


そのまま接近した琢磨が頭上に腕を伸ばし、円盤型の真下からサブマシンガンをぶちかます。


ダダダダダダダダダダダダ!!


ドッガーン!!


「おぉ!」


「土方さん!今の見ました!?」


大きな瞳を広げて驚くカスミに、土方も苦笑いをしている。


「カスミ…………、全ての軍学校の生徒達の中でも、奴がトップレベルの成績を残したのには理由がある。」


「理由………ですか?」


「当たらないんだ。何でも万丈は光線の軌道を読めるらしくて、光学銃ではまず勝てない。」 


「そんな無茶苦茶な…………。」


「光学兵器しか持たない円盤型にとって、万丈は天敵かもしれんな。」


1台は倒した。


琢磨が周囲を見渡すと、既に戦場は広範囲に広がり、近くに敵の姿は見えないが、チルドレン達が地面に伏しているのが目に入った。


「土方!施設に戻って倒れている生徒の手当てを!」


助かる命であれば、助けた方が良いに決まっている。円盤型のレーザー光線の威力は光学銃の威力と変わらないため、バトルスーツの上からであれば助かるチルドレンもいるはずだ。


「すまんな万丈………。仲間達を施設に運んだらすぐに戻る!」


「おぅ!RPGは止めとけよ!マシンガンだ!」


それだけ言い残し、万丈 琢磨は次の円盤型を倒しにエアシューズの出力を上げた。




【低空飛行型対人兵器②】


円盤型の波状攻撃を受けたチルドレン達はバラバラに逃走し、各々が廃墟の裏へと隠れており、近藤 真(こんどう しん)と黒川 秋水(くろかわ しゅうすい)が逃れた廃墟の大きさは、横幅が5m、高さが6mほどの建物の残骸であった。


「ふぅ………危なかったっす。」


黒川は安堵の溜息を吐くが戦闘は終わっていない。


「安心するな、お前は右側、俺は左側を見張る。円盤型が現れたら迷わず撃て!」


「うぃっす。」


そう言って、黒川は銃身の長いライフル銃を構えた。


(円盤型を相手にライフルか…………。厳しいな。)


真は内心でそう呟く。高速で動く円盤型に狙いを定めるのは難しい。真の持つ光学銃ですら、適切な武器とは言えないのに、ライフル銃なら尚更だ。


マシンガンを所持していたチルドレンは、琢磨の他に数名しか居なかった。これは被害が拡大しそうだと、真は自身の判断の甘さを後悔する。しかし、クモ型さえ倒せば無人戦闘兵器は撤退すると、思い込んでいたのは真だけではない。


ドクン


ドクン


鼓動が高鳴り、真の額からは大粒の汗が吹き出した。300年後の世界であっても気温はそれほど変わらない。それはアダムスの予想した通りなのだが、無人戦闘兵器に襲われるなどアダムスの予想には無かった。


(なぜ、無人戦闘兵器が動いているのか?)


誰もが疑問に思う謎ではあるが、考えられる可能性は1つしかない。


(アダムス………………。)


300年前の軍事技術が残されているとしたら、それは全国に埋められたコールドスリープ施設か、あとは富士山中のアダムスが隠された場所だけだろう。


詳細は知らされていないが、アダムスと共に隠された兵器があっても不思議ではない。今、真達を襲っている無人戦闘兵器は、富士山に隠された300年前の日本帝国の兵器に違い無いと予想を立てる。


(いったいどれだけ隠されたのか見当も付かない。)


しかし、土方達の話では最初に無人戦闘兵器が現れてかれ、敵側に増援はなく、今の円盤型さえ倒せば危機は去ると考えられる。


(眼の前の敵を倒す事に集中すべきだ。)


ドクン


ドクン


ズキューン!


「!」


「ぐわっ!」


しかし、円盤型が現れたのは真と黒川が警戒していた左右のどちら側でもなくて、真上に現れた円盤型のレーザー光線の攻撃が真の左肩を撃ち抜いた。


「ちくしょ!」


ズキューン!


すかさず反撃するも円盤型は遠くへと離れた後で、真の攻撃は掠りもしない。


「大丈夫っすか!」


「バトルスーツの上からだ。問題無い。」


「いや、あんた…………。血が…………。」


レーザー光線はバトルスーツを貫通し、左肩から吹き出た血が迷彩服に広がって行くのが見える。


「まさか上から来るとは、侮ったな。」


そう言って見上げた頭上に、小さな物体が浮かんでいるのが見える。


「おい!なんだあれは?」


真が見上げた方向を、黒川の翡翠色の瞳が捉える。


「あれ…………ドローンっすよ。」


「なに?」


かなり高い位置ではあるが、間違いなく無人偵察飛行体である。


「くっ!こちらの位置は丸見えか!」


真は、廃墟の裏へ隠れても意味が無いのだと悟ったが対策が無い。あの高さでは光学銃の光線は届かないし、ましてや撃ち落とす事など不可能である。


「やって見るっす。」


「は?」


「俺のライフルの射程距離は2000mっすから。」


真の目からは小さすぎて、ドローンだと見分けるのも難しい標的である。いくらライフルでも当てるのは難しいだろうと。


─────射撃王


それが、黒川 秋水(くろかわ しゅうすい)の異名である。


「お前…………、本気で当てられるのか?」


「空中で静止してるっすから、まず問題無いっすね。」


当然とばかりに構えたライフルの銃口が、上空1000m以上の高さにあるドローンへと狙いを定めた。


ズキューン!


全国に100ある軍学校の生徒達の中でも、射撃訓練の成績で黒川に勝る生徒はいない。その正確無比な銃弾の軌道がドローンに命中するまでは数秒と掛からなかった。


ドッガーン!


「マジか!」


空中で爆発した無人偵察飛行体の残骸がパラパラと落下するのが見えた。


「これで奴らは目を失った!条件は五分五分だ!行けるぞ!」 


「いや、左肩の血が酷いっすから、施設に戻らないと!?」


黒川は飛び出そうとする真を慌てて止めに入った。




【低空飛行型対人兵器③】


「麗さん…………、どうするんです!?」


峯岸 健太(みねぎし けんた)が泣きそうな声で麗にしがみついた。


「ケン坊、静かに…………。見つかるわ。」


麗と健太が逃げ込んだのは、3方向と天井が崩れずに残された小さな廃墟であるが、建物内部はかなり狭く見つかれば逃げ場は無い。建物の外から聞こえる爆音の音からは近くで戦闘が行われている様子が見て取れる。


「ケン坊はここで待っていて。」


「麗さんは………?」


「私は外の様子を見て来ます。」


「な!危険ですよ、麗さん!」


「他のチルドレンが戦っています。隠れていても円盤型を倒す事は出来ないわ。」


「しかし!」


「大丈夫よ、無理はしないから!」


「ちょっと待っ………!」


そう言い残し、麗は建物の外へと飛び出して行く。


ビューン!


バシュ!


「ぐわっ!」「ちくしょう!」「うぉおぉぉ!!」 


第二支部の生徒の3人が、1台の円盤型と銃撃戦を繰り広げているが、高速で移動する円盤型を捉える事は難しく苦戦している様子が見えた。


(上空10m程度………ぎりぎり届かない距離。)


バトルスーツとエアシューズの力を借りても、麗の跳躍力では無理がある。


(もう少し高度を下げてくれたら…………。)


いや…………。


(廃墟の建物の上からなら行けるかも…………。)


麗は一番近くの建物の上へと素早く登り、物陰に身を潜めた。昔はビルディングか何かの屋上であったのか、廃墟と化した建物には遮蔽物は殆ど無いが、人間が1人身を隠すには十分である。


(あとは、円盤型が上空を通過するのを待つだけね。)


シャキィーン!


神代家に伝わる日本刀の名前は『紅桜(べにざくら)』と呼ばれる名刀で、その斬れ味は天下一品とも言われるが、それにはカラクリがある。


ふしゅう───


「陰陽術式・朱雀」


古代中国、あるいは日本に伝わる伝説上の生物である神獣の力を日本刀に宿す高度術式を、麗は小さく唱えた。


朱雀の力を借りた『紅桜』に斬れぬものは無い。


くしくもこの時には、黒川 秋水が敵の無人偵察飛行体を破壊した後であった為に、麗の居場所を上空から発見される事も無く、刻一刻と時間が過ぎて行く。


ビュン!


「くそっ!」「うわぁ!!」「きゃぁ!」


ドッガーン!


周辺から聞こえて来るのはチルドレン達の悲鳴であり、苦境に立たされているのが伝わって来る……が、麗は動かない。先に見つかれば日本刀しか持たない麗に勝機は無く、あくまで待ちに徹する。


何分が経過しただろうか。


何人のチルドレンが殺られたのか。


円盤型は何台倒せたのか。


状況が全く分からない中で、麗はひたすら円盤型が近付くのを待つ。この廃墟の建物の上を通過した時が、円盤型を叩き斬るチャンス。


そして、更に数分が経過した時、近くから知り合いの声が聞こえて来た。


「麗さん!どこですか!無事ですかぁ!?」


(ケン坊!?)


間違いなくあれは峯岸 健太(みねぎし けんた)の声であり、麗を探している様子である。

隠れていろと言ったはずなのに、なぜ出て来たのかと、麗は慌てて声のする方へと覗き見をする、とその時。


シュン!


前方から円盤型が近付いて来るのが見えた。狙いは明らかに健太であり、健太が慌てて光学銃を構えるが間に合わない。


「ケン坊!!」


思わず叫んだ麗は、建物の上から大きくジャンプをして『紅桜』を振り上げた。円盤型がレーザー光線を撃つ前

に斬り倒すしか無いと判断したのだが、やはり飛距離が足りない。


(届かない!)


「麗さん!」


すると、その低空飛行型対人兵器は攻撃対象を健太から麗に切り替え、至近距離からレーザー光線を発射した。


ドビューン!!


空中では避けることすら叶わない。


「きゃっ!」


命中した箇所は腹部の右側でありバトルスーツを貫通した光線が、それまで麗が隠れていた建物に当たり爆発した。


ドッガーン!!


「麗さぁん!!」


あまりの激痛に着地すらままならない状態で地面に激突した麗のもとへ、健太が駆け寄って来るのが見えた。


「馬鹿っ!逃げて!!」


もはや麗には、円盤型を倒す秘策もなく、まともに動く事も出来ないのだから、このままでは二人とも円盤型の標的になるだけだ。グルリと方向転換をした円盤型が、まるで二人に狙いを定めるように態勢を立て直し接近する。


死を


覚悟した───


今から300年前………、体感では2週間と少し前に桐生 大和(きりゅう やまと)が麗に告げた言葉を思い出す。俺達は『アダムス』に殺されるのだと、確かに大和は断言した。無人戦闘兵器を誰が操っているのかなど麗には分からないが、今のこの状況を作り出したのは、アダムスであろうと麗は思う。大和は何を思い姿を眩ませたのか、今なら分かる気がする…………。


ダダダダダダダダダダダダ!


「うりゃあぁぁ!!」


「!」「!」


万丈 琢磨──────


しかし、麗の前に現れたのは、大和ではなく琢磨である。琢磨が円盤型に向かってマシンガンを連射させながら、ものすごい勢いで走り込んで来るのが見える。


「琢磨…………君。」


今、この戦場で『低空飛行型対人兵器』に真正面から1人で仕掛けて勝てる生徒など、万丈 琢磨以外には居ないであろう。 


ズキューン!ズキューン!


ダダダダダダダダダダダダダダダダ!!


円盤型から放たれたレーザー光線は、琢磨に当たる事は無く、マシンガンの銃弾が円盤型を直撃する。


「なんであの距離で避けられるのよ………。」


バチバチバチバチ!


ドッガーン!!


円盤型が爆発したのを見届けた琢磨が二人の元へと近寄り声を掛ける。


「怪我をしているのか!?早く治療を!」


「えぇ………でも、致命傷では無いわ。」


「麗さん!すみません!」


「ケン坊、麗を施設へ運び手当てしてくれ!」


「琢磨さんは………。琢磨さんも一緒に!」


「まだ1台残っている。アレを倒したら戻る。頼んだぞ、ケン坊!」


そう言う残して琢磨は、その場を立ち去った。