【大陸対戦一回戦①】
帝国歴149年 12月
マゼラン帝国の首都マゼラン
「ダイヤモンド・ダスト!」
わっ!!
試合会場にあるフィールドの上空を無数の氷の塊が埋め尽くし、その全てが一斉に放出された。キラキラと輝くその姿はダイヤモンド・ダストを彷彿させ、この世のものとは思えない美しさを兼ね揃えている。
バシュッバシュッバシュッ!!
バリィーン!!
敵陣営にある円盤が音を立てて壊れるのを、相手の魔導士は呆然と眺める事しか出来なかった。
「勝者!ザグロム自治領所属!カリウス・メイスナー!!」
勝利のアナウンスが流れると、会場は盛大な歓声に包まれた。
「カリウス選手!大会新記録となる7連勝達成です!強い!もはや『魔導対戦』では敵無しです!」
「きゃあぁ!」「カリウス様!!」
カリウスは、ザグロム王国の貴族の一人息子として産まれ、容姿端麗な上に、魔導士としての才能は超一流、特に女性からの人気は凄まじく、今大会で最も注目される選手の一人である。
付けられた愛称は『氷の貴公子』、水のエレメンタルを操るカリウスが、大会初戦で圧倒的な強さを見せ付けた。
「まずは一勝か………、いやぁカリウス強いわ。」
観客に紛れて試合を観戦していた、バーバリーが感嘆の声を洩らした。
「ザグロムは今年も優秀候補の一角だ。過去の2大会は決勝でマゼラン帝国本土に敗れているが、今年は気合が入ってそうだな。」
同じく、隣で観戦していたサイリスも、素直にザグロムチームの強さを称えた。
ザグロム自治領は、その後の『騎士対戦』も無難に勝ち順当にベスト4へと駒を進める。
そして、隣のフィールドで、試合をしていたのは優秀候補筆頭のマゼラン帝国本土の生徒達である。マゼラン帝国総合学園、騎士部門ランキング1位、スーバーエリート騎士、トールギス・ゼネアスの登場に会場が湧いていた。
わっ!
「さすが地元の高校だけあって歓声が凄いな。」
「優勝して当たり前、プレッシャーも凄いだろ。」
シャキィーン!
バッ!
(速い!)
アルンヘイルのトップ騎士であるサイリスとバーバリーでも、驚くほどのスピードでトールギスは攻撃を仕掛けた。
「う!うわぁ!」
バシュッ!バシュッ!バシュッ!
目にも止まらぬ三連撃が、ソロモン自治領の生徒を瞬殺する。その強さは完全に次元が違っていた。
「な………なんだよあれ?」
バーバリーは大きな目を丸くして呟いた。マゼラン帝国と言えば魔導士よりも騎士のレベルが高い事で有名だが、それにしても強すぎる。
「あいつに勝たなきゃ優勝出来ないって事だ。これは気合い入れなきゃ俺達も瞬殺されるぞ。」
フィールドの上では、トールギスが大歓声に応えて手を振っており、まさに主役の振る舞いである。『魔導対戦』と『騎士対戦』を連勝し、3戦目を戦わずにマゼラン帝国本土代表はベスト4へ進出する。
マゼラン帝国、ザグロム自治領
2つの優勝候補が順当に勝ち上がり、残る一回戦は既に消化試合の様相すらある。
「サイリスさん!バーバリーさん!そろそろ出番です!」
アルンヘイル代表の二人の騎士に声を掛けたのは、マリー・ステイシアと言う光の魔導士である。アルンヘイル代表は3年生の騎士2人と1年生の魔導士2人の構成で戦う事になっている。
「おぅ!今行く!」
カツン
カツン
『生誕祭』の『魔導大会』の時も大勢の観衆がいたが、『大陸対戦』に集まる観衆の数は『魔導大会』の比では無い。地元である帝都の住民に加えて大陸全土から大勢の観客が集まっている。
その中には、マゼラン帝国騎士団や魔導士団の姿があった。試合の警備はもちろんだが、次代を担う若い兵士達の実力を確かめたいとの思いも強い。
アルンヘイル自治領の代表として参戦するドラグナー・モトにとっては、まさに夢の舞台と言える。
一回戦、3戦目
アルンヘイル自治領 VS ピアス自治領
一番手でフィールドに上がるモトは、嬉しさのあまり気持ちの高ぶりを抑えられそうにない。
(氷の貴公子、カリウス・メイスナー……。この世代、最強の魔導士は誰なのか。それを証明してあげるわ。)
ボッ!
ボボボボボボボボボボボボボボ!!
ドラグナー・モトの試合が始まった。
水の魔導士であるカリウスは、主に氷による攻撃を得意とする。フィールド全体に浮かび上がった氷の塊で攻撃するダイヤモンド・ダストの破壊力は、大会に出場している他の魔導士では足元にも及ばないと、誰もがそう思っていた。
ボボボボボボボボボボボボボボボボ!!
「!」「!」「!」「!」
それは灼熱の炎である。巨大な10の炎がフィールドに浮かび上がり、一気に敵陣営へと放たれた。
「炎の魔導士か!」
「何と言う魔力!」
カリウスに勝るとも劣らない膨大な魔力が試合会場を包みんだ。
「すごいですね、モトさん。」
「アリス…………。」
マリーに話し掛けたのは、アリス・クリオネと言う名の転校生である。今から2週間ほど前にアリスはアルンヘイル魔導学園に転校して来た。
『大陸対戦』の代表選手は既に決まっていたが、アリスの強い希望で今回の遠征に同行している。もともと4人で参加する予定であったため、マリーは少し戸惑ったが、他の3人が別に構わないとの事だったので一緒に帝都にまで来る事になった。アリスは登録上では補欠扱いであるが、マリーとモトの2人のいずれかが病気にでもならない限り試合に出場する事は無いだろう。
「アリス見ろ、これがモトの実力だ。」
誇らしげに語るのは、2学年上の騎士であるバーバリー・ダグラムである。
モトが生み出した炎は、ピアス自治領の選手の上に浮かぶ円盤を正確に捉えて一瞬で焼滅させる。
バリィーン!ジュワッ!
「おぉ!」
さきほどのカリウスと比較しても、遜色の無い威力と正確さは、高校生のレベルを越えている。
「勝者!アルンヘイル自治領所属!ドラグナー・モト!!」
わっ!
【大陸対戦一回戦②】
「まだ一年生ですって?信じられないわ。」
「アルンヘイルか、とんだダークホースが現れたな。」
これには、会場中にいる目の肥えた観衆も驚いた様子で、カリウスとモトの対戦を期待せずにはいられない。
マゼラン帝国とザグロム自治領の一騎打ちかと思われていた『大陸対戦』に、思わぬ伏兵が現れたのだから、会場が騒つくのも無理の無い話であるが、そうなると2戦目の『騎士対戦』にも大きな注目が集まる。『大陸対戦』は先に2勝したチームが勝者となるため、1人だけが強くても勝ち抜く事は出来ない。
そして、『騎士対戦』に参戦するのは、アルンヘイル騎士学校のエースである、サイリス・ロードリアである。
ざわ
「なにあれ?カッコいいわね。」
「騎士としては、小さいが大丈夫か?」
バーバリーと違いサイリスの身体はそれほど大きくなく、中性的な容姿は時に誤解を産む。アルンヘイルの地元であれば、誰もがサイリスの強さを知っているが、帝都の人間から見ると、場違いなようにも見えた。相手の選手は、ピアス自治領のエース騎士で体格はサイリスよりも一回り大きい。
(ここで勝てば2回戦へ進出か。)
アルンヘイル自治領は、過去の大会で2回戦へ進出した事は2回しかなく、ここ5年間は初戦で敗退している。もともと大きな自治領では無いので、騎士の数も魔導士の数も他の自治領ほど多くは無い。だからこそ、今年はチャンスの年なのだと、サイリスは試合用の木刀を握りしめた。
(不思議と緊張は無い………。)
2ヶ月前に『悪魔教徒』の魔導士と生死を賭けた戦闘を繰り広げたサイリスにしてみれば、命を落とす事の無い『大陸対戦』の戦闘を怖がる理由は無い。
ピアス自治領は、騎士と魔導士の育成にバランスが取れた中堅の強さを誇る自治領であるが、相手の騎士の名前は聞いた事が無い。
(………………やれるか。)
シャキーン!
『騎士対戦』とは『魔導対戦』とは違い、相手を倒す事を目的とする非常にシンプルな戦闘である。首から上への攻撃が禁止されている事と、真剣ではなく木刀で戦闘する以外は本物の戦闘と変わらない。相手が降参するか、審判が試合を止めるまでは試合が継続する。
ビュン!
先に動いたのはピアス自治領の騎士である。身体が大きい割にはスピードもあり、平均的な能力はかなり高い。
ガキィーン!
ビリビリ
なかなかの腕力に腕が痺れるが何とか踏みとどまったサイリスは、すぐさま反撃の一撃を繰り出した。
「うりゃ!」
バシュ!
「くっ!」
左腕をかすめたものの、木刀では致命傷には程遠い。相手の騎士は慌てて距離を取り木刀を構え直す。
マリーは、フィールドのすぐ近くでサイリスを応援しているが、なかなか目が離せない試合展開に声援を送るのも忘れて固唾を呑み込んだ。
「マリー、サイリスなら大丈夫だ。」
「バーバリーさん。」
「あの程度の騎士にやられる玉じゃない。サイリスはアルンヘイル騎士団を背負って立つほどの逸材。こんな所では負けないさ。」
しゅう────
サイリスは気を集中する。
騎士と騎士の戦闘は瞬発力の勝負となる。相手の動きを見極め、それより早く剣を叩き込めば勝利する。
バッ!
またしても、相手の騎士が先に動いた。しかし、正面から攻撃する事は無く、必ず左右のどちらかに重心が傾くはずだ。
(右か、左か………………。)
ぐっ!
(右だ!)
バシュ!!
素早く突き出したサイリスの木刀が、相手の騎士の右手の甲を薙ぎ払った。
「ぐわっ!」
晴天の空に大きな軌道を描き飛ばされた木刀が落ちるまでの時間は、ほんの数秒であっただろう。
カラン!
カラン!コロン!
「………………。」
「そこまで!勝者!アルンヘイル自治領所属!サイリス・ロードリア!!2連勝にて、アルンヘイル自治領の勝利です!」
わっ!
「やったぜ!サイリス!」
「サイリスさん!」
場内に大歓声が湧き、仲間達の笑顔が見える。
「…………勝ったのか。」
アルンヘイル自治領のチームとしては、6年ぶり三度目の2回戦進出となる。
「おめでとう。」
ドラグナー・モトは、小さな声で呟いた。
結局、一回戦の4試合は全て2連勝で決着する一方的な試合展開となり、勝ち進んだ4チームは近年では稀に見る高レベルの選手達が揃っていると評価される。しかし、マリー達にとって、本当の戦いは優勝候補と目されるザイロス自治領との戦闘だろう。
カリウスの連勝記録をモトが防ぐ事が出来るのか?
カリウス・メイスナー対ドラグナー・モトの『魔導対戦』が2回戦での最大の注目の的となる。
【女性騎士①】
その日の夜、帝都の街は、信じられないほど人が溢れていた。人口にして200万人、大陸最大の都市でもあるマゼラン帝国の首都は、アルンヘイルの街とは何もかもが違っていた。
「ちょっと見て!あの馬車!馬もいないのに動いてるわ!」
「マリー、あれは馬車じゃないよ。あれは魔力を動力とする魔力車って奴だ。」
「魔力?誰かが魔法で動かしているの?」
「簡単に言えばそうだが、少し違う。あれだけの質量の車を動かせる魔導士はいない。魔力を溜め込んだ水晶で動かしているんだ。」
「水晶………。そんな水晶があるのね。」
「もとは大陸南部で発明されたらしいが、統一戦争後にマゼラン帝国にも導入された。」
「へぇ、サイリスさん、詳しいのね。」
「私も始めて見た…………。」
アリス・クリオネは大陸中央部の出身らしく、帝都に来るのは始めてだと言う。
「すごい……………。」
モトにとっては憧れの都であり、もはや言葉にならない。
立ち並ぶ建物は、どれも綺麗で宮殿のようでもあり、夜だと言うのに、街中にある魔法ランプが街道を明るく照らしている。そして、料理は素晴らしく美味しかった。
これが、アンドロメダ大陸を統一したマゼラン帝国の力でもある。これほどの贅沢を味わえるのは、三等国民や二等国民の犠牲があってこそだと、ゼクシードなら言い兼ねないとマリーは思った。
「さて、明日は2回戦だ。そろそろ宿に戻ろう。」
このまま街中を歩き回りたい所だが、マリー達の目的は観光ではなく『大陸対戦』で優勝する事だ。今日は早めに休んだ方が良いとのバーバリーの言葉に賛同し5人は宿に戻ることにした。
と、その時、マリー達が目にしたのは複数人の騎士である。中央にいるのは女性の騎士で、それを取り囲むように10人ばかりの騎士が木刀を構えている。
「なんだ?喧嘩か?」
「木刀…………、高校生でしょうか?」
年齢的にはマリー達とそう変わらない騎士達であり、騎士剣を持っていないのは正規の騎士団には所属していない証拠でもある。
「あの制服はマゼラン帝国の生徒………、地元の学生か。」
「それより、どうするのです。あれは喧嘩ではなく多対一、しかも相手は女性です。助けないのですか?」
ドラグナー・モトの指摘はもっともで、一人の女性を取り囲む様子は穏やかではない。よく見ると中心にいる女生の騎士は他の生徒とは服装も違っている。
しかし、助けると言っても相手は10人もの騎士で、サイリスとバーバリーだけで勝てるとは思えない。下手に巻き込まれると、マリーやアリスに危害が及ぶ事になるし、なによりモトが魔法でも使いだしたら大変な事になる。
シャキーン!
「!」「!」
女性の騎士が木刀を構えた。
(………………1人で戦う気か?)
金髪が映える綺麗な女性であるが、華奢な身体からは強いとも思えない。サイリスが迷っていると、女性騎士の声が聞こえて来た。
「今回の大会への出場は私の意思では有りません。軍の命令です。それでも納得頂けませんか?」
(大会?……………『大陸対戦』のことか?)
「うるせぇ!トールギス先輩が許しても俺達が許さねえ!軍の犬が!」
「『大陸対戦』に参加するのは、マゼラン帝国総合学園の生徒と決まっているんだ!近衛騎士団だか何だか知らねえが、お前の出場を認める訳には行かない!」
「お前が怪我をすれば、補欠登録のレオンさんが出場できる!お前よりレオンさんの方が強いに決まっている!」
なるほど、だんだんと状況が掴めて来た。あの女性騎士が『大陸対戦』の選手に選ばれた事を気に入らない生徒達に襲われている構図か。
(しかし、あの女性がマゼラン帝国の騎士代表?)
優勝候補筆頭にして、特に騎士の実力は他の自治領を遥かに凌ぐであろうマゼラン帝国。その代表が、あんな細身の女性とは驚いた。サイリスは少し興味を持ち始める。
「バーバリー、みんな………。少し様子を見たい。」
「サイリス?」
「あの女性騎士の実力を確かめたいんだ。」
「実力って………、相手は10人だぞ?勝てるはずも無い。」
「いや、正確には12人、後方に2人の魔導士がいる。」
「!?」
騎士10人に魔導士が2人、どう考えても勝てる見込みは無い。
(しかし、あの女性騎士の落ち着きようは何だ?)
「近衛騎士団とか言っていたな。あの十字の紋章は確かに近衛騎士団のものだ。」
「近衛騎士が大会に参加?」
「わからんが、様子を見る価値はある。マゼラン帝国の『騎士対戦』の代表に選ばれた騎士の実力を見るには丁度よい機会だ。」
その時、サイリスやマリー達は、その騎士の名前すら知らなかった。美しい金髪に透き通るような緑の瞳。とても兵士とは思えないほどの華奢な身体つき。そんな彼女が、大陸最強と言われる近衛騎士団に加入している事実。
「行け!殺さなければ手足の二三本を折っても構わない!」
取り囲んでいた生徒の1人が声を挙げ、それが戦闘の号令となった。マゼラン帝国の騎士学校の生徒達とあって、その1人1人のレベルは高い。アルンヘイル騎士学校に在籍していたなら、誰もが上位ランクに位置する実力者に見える。
しかし────
ビュン!
ブワン!
「そりゃあ!」
ブルン!
生徒達の攻撃が全く当たらない。女性騎士は顔色1つ変えずに、全ての攻撃をかわしている。
「おい、なんだありゃ?」
思わず声を漏らしたのは、隣で戦闘を見ているバーバリーであった。多勢に無勢の戦闘であり、女性騎士が一方的にやられる姿を想像していたのだろう。
「まるで、演舞のよう…………。」
同じく、戦闘を見ていたアリスは、驚きよりもその美しさに見惚れているようだ。
(確かに、信じられない。)
マゼラン帝国の騎士代表の実力を見定めようとしていたサイリスであったが、これは想像を絶している。大人と子供、いや、騎士と一般人が戦闘をしているのかと見間違えるほどの実力差が、そこにはあった。
「まだよ…………。」
そう口を挟んだのはドラグナー・モトである。
「あ、魔導士が!」
マリーが指差す方向を見ると、2人の魔導士が魔法を詠唱しているのが分かった。
「ファイア!」「アイスボール!」
ボワッ!ビュン!
戦地に於いて、前線で戦う騎士を援護するのが魔導士の役目である。2人の魔導士が放った攻撃魔法は正確に女性騎士へと飛んで行った。さすがは帝国の魔導士と行ったところだろう。
ボボ!
ビュワ!
す────
すると女性騎士は手に持つ木刀ではなく、腰に装着していた細長い騎士剣を取り出した。
(騎士剣!?しかも細い!)
あまり見たことの無い形状の極細の剣。しかし、木刀ではなく真剣を持っている所を見ると、やはり本物の近衛騎士団の騎士。
シュバッ!
ぷしゅ────
「!」「!」「!」
「え?…………今、何をしたの?」
思わずアリスが疑問を口にした。女性騎士を狙った炎と氷の魔法が、一瞬にして消え失せたのだ。
「剣圧でエレメンタルを消し飛ばしたのよ。何てスピードなの………。」
一流の騎士ともなれば、剣で魔法を打ち消す事も可能と言われているが、それは本当に一部の騎士に限る。とても高校生レベルの剣技ではなく、もはや完全に勝負はついている。あの女性騎士と高校生達との間には天と地ほどの実力差がある。
ゴクリ
あれが…………。
優勝候補筆頭
(マゼラン帝国チームの騎士代表の実力………………。)
サイリスは、言葉を失っていた。