【誘拐①】


帝国歴149年10月


マゼラン帝国 自治領アルンヘイル

騎士学園3学年に所属する騎士、サイリス・ロードリアは、『生誕祭』で行われる『武闘大会』で見事に優勝を果たした。


その実力に加え、美しいとさえ表現出来る中性的な美貌を併せ持つ好青年は、アルンヘイル市民、特に若い女性から絶大の人気を誇る。


「おめでとうサイリス、お前には敵わないな。」


同学年でクラスメイトである、バーバリー・ダグラムはサイリスとは違い武骨な戦士である。その圧倒的なパワーで相手を圧倒するタイプで『武闘大会』では準優勝を果たした。二人はともにアルンヘイル騎士団への入団は間違いないと言われている実力者である。


「バーバリー、こんな所で喜んでいる暇は無い。」


「あぁ、そうだったな。」


「俺達の目標は、『大陸対戦』での優勝だ。昨年の屈辱を果たさねばアルンヘイルの名が廃る。」


『大陸対戦』


アンドロメダ大陸は12年前にマゼラン帝国によって統一されたが、当時、マゼラン帝国に味方をした7つの国々があった。統一後、7つの国々は自治領と名を変えたが、自治領を支配する総督府には、その国の人間が配属され実質的には独立を保っている。


『大陸対戦』とは、その7つの自治領とマゼラン帝国を合わせた8つの騎士学校や魔導学園に通う生徒達が、互いの技を競い合い親睦を深める事を目的とした一大イベントである。


昨年は同じ自治領であるソロモンに一回戦で敗退した。サイリスは3戦目の『混合対戦』に出場予定であったが、1戦目の『魔導対戦』、2戦目の『騎士対戦』に敗れて出番は無かった。


「優勝を目指すには、優秀な魔導士の力が必要だ。」


『大陸対戦』は、言うなれば団体戦である。騎士2人、魔導士2人がチームを組んで先に2勝した方が勝ちとなる。今年はアルンヘイルにとって、優勝を狙える年だと、サイリスは確信していた。


『生誕祭』の『武闘大会』で優勝したサイリスに加えて、同じく『魔導大会』で優勝した魔導士『紅の魔女』がいる。騎士、魔導士ともに最高レベルの生徒が揃っている。


「スティファニー・モトか………、確かにあの女はえげつない。しかし、彼女はアルンヘイルの生徒ではない。確か隣町のコスタリアの魔導士だろ?」


「それがだ。『生誕祭』のあとにアルンヘイル魔導学園に転入している。」


「なに!本当か?」


「何でも町外れにある教会の神父さんが養子として引き取ったらしい。」


「マジか…………。あのミネルヴァさんの教会か。」


「いや、ミネルヴァさんは使用人だ。神父さんの教会だろ?」


「……………。」


「そして、もう一人の魔導士も目途はついている。」


「なに?」


「魔導大会の決勝戦を見ていないのか?」


「あぁ、………………マリー・ステイシアだな。」


「光と闇の魔導士など聞いた事が無い。優勝したのはスティファニーだが、実力は『紅の魔女』と同等かそれ以上と見た。」


ゴクリ


「ソロモン自治領など目じゃない。マゼラン本土の生徒達を倒して優勝するぞ。」





マゼラン帝国 自治領ザグロム


『大陸対戦』大会5連覇を狙うマゼラン帝国本土の対抗馬として、最も有力な自治領が、このザグロムである。7つある自治領の中でも最大の領土を誇るザグロムには、多数の騎士と魔導士の学校がある。その中でも、今年の代表として選ばれた生徒は極めて質が高い。


中でも、ザグロム魔導学園3学年に在籍する、カリウス・メイスナーは、過去の2大会に於いて6戦6勝の無敗という優れた成績を誇っていた。


『魔導対戦』『騎士対戦』『混合対戦』のうち、先に2勝したチームが勝ち抜けするトーナメント方式にあって、ほぼ確実に『魔導対戦』で先勝するザグロムのアドバンテージは大きい。


「どうしたカリウス?誰か気になる魔導士でもいるのか?」


伝統的に騎士の育成に力を入れているマゼラン帝国では、比較して魔導士の実力は落ちると言われているが、近年はそうとも限らない。大陸統一戦争で直轄地にした大陸南部の優秀な魔導士を積極的に引き入れ、今では魔導士の実力も相当に上がっている。


「あぁ、もちろんマゼラン帝国本土のチームはチェックしているが、別に気になる自治領がある。」


「別に?お前に勝てる魔導士がいるとは思えないが。」


「アルンヘイルの『魔導大会』で優勝した魔導士、スティファニーと言ったか。」


「……………『紅の魔女』、どうせ田舎の魔導士だ、大した事は無いぜ。」



その頃

ザグロム中央学園(騎士専攻科)では、『大陸対戦』の代表を賭けた決闘が行われていた。


(今年は優勝出来るチャンスだ。何としても代表に選ばれてやる!)


代表選まで勝ち残ったのは、3学年のバックス・シャープナーと言う大柄な生徒と、今年の春に入学した1年生、デボス・ラ・デボラスである。


「先輩、早く始めましょうよ。日が暮れちゃいますよ?」


「なんだと!」


「身体だけはデカイのに、怖くなりました?」


「貴様ぁ!」


デボスの風貌はとても騎士には見えない。細身の身体に腰まである黒い長髪で、顔は殆ど隠されている。


「うぉりぁ!!」


先に仕掛けたのはバックスである。高身長から繰り出される剣技は、例え木刀であっても重症を負わす事が出来る。狙いはデボスの頭だ。


「あ、首から上への攻撃は禁止ですよ。」


ガキィーン!


ビリビリ


「くっ!」


バックスの攻撃を、事もなげに防いだデボスが、ニタリと笑みを浮かべた。


「パワー、スピード、申し分ないですが、それでは本土の騎士には勝てない。」


「貴様……………。」


「牙突(がとつ)!!」


ドバッ!!


「ぐはっ!!」


次の瞬間に繰り出された鋭い突きが、バックスの腹部を直撃し、後ろへ大きく吹き飛ばされる。


「先輩は、技を磨いた方が良いですね。先輩の動きは見え見えなんですよ。」


「う……………。」


顔を覆い隠すようなデボスの髪の間からは、ギョロリと大きな瞳が覗いていた。






マゼラン帝国首都 マゼラン


帝都と呼ばれるこの街には多くの騎士学校や魔導学園が存在する。その中でもエリート中のエリートが通うマゼラン帝国総合学園は『大陸対戦』に参加する生徒を独占する慣例がある。その総合学園に一報が届いたのは、その年の秋であった。


「なんだと?」


「我が校から参加出来る騎士は1人だけ?馬鹿な!」


「もう10月だぞ!『大陸対戦』まで残りわずかのこの時期に何を!」


『大陸対戦』が始まって、今年で12年目、過去11回の大会のうち9回の優勝を誇るマゼラン帝国本土にあって、その全ての参加者を独占して来た総合学園の生徒達にとっては、まさに寝耳に水、青天の霹靂である。


「どこの学校だ!俺達より強い生徒がいる学校などあるのか!?帝都騎士学園か!それとも南部の騎士学校か!?」


「軍の命令だそうだ。」


「はぁ?軍だと?」


「近衛騎士団付属の帝国軍学校から、大会に参加する騎士が1人派遣される。今日にも到着するだろう。」


「近衛騎士団………………、だと?」


ゴクリ


過去の大会に、軍の付属学校から参加した生徒は1人もいない。


「面白い、近衛騎士団がどれほど強いかは知らねぇが、付属学校に通う生徒なら俺達と立場は同じ高校生だ。その実力を見せて貰おうじゃないか!」





【誘拐②】


アルンヘイルの外れにある教会


「えぇ!私が『大陸対戦』に?そんなの無理です!」


マリーが、二人の騎士の要請を拒絶していた。


「あんな大きな大会に出られる訳が無いじゃないですか!それに、私まだ1年生ですよ!?」


「学年は関係ないだろう?実際に『魔導大会』で決勝まで残ったのは君達2人の1年生だ。そうだろう?スティファニー・モト。」


サイリスが視線を送ったのは、マリーの隣に座るモトであった。ドラグナー神父の養子になった為に、今ではドラグナー・モトと名前が変わっている。


故郷であるコスタリアの盗賊団が、マゼラン帝国に反旗を翻したことにより、モトの地元の騎士や魔導士の多くが捕らえられたが、モトは神父さんの養子に入る事で、なんとか逃れる事が出来た。モトが盗賊団に敵対した事も、野党の仲間と見られずに済んだのかもしれない。


マゼラン帝国魔導士団への入団の道を絶たれたモトにとって、『大陸対戦』への出場は願ってもいないチャンスである。


「マリー、私は参加したい。」


「えぇ!?」


「私の魔導士としての実力を測る良い機会になる。一緒に行きましょう!帝都へ!!」



─帝都



大陸を支配するマゼラン帝国の首都。そこは、大陸中の騎士や魔導士が憧れる聖地でもある。


しかし


「少し…………考えさせて下さい。」


「マリー?」


2人の騎士を残して、マリーは教会の周りにある森の中へと向かった。秋を迎えたアルンヘイルの心地よい風がマリーの身体を吹き抜ける。


(……………ゼクシードさん。)


マリーはゼクシードの言葉を思い出していた。


『マリー、君が見ている平和は世界の一部にしか過ぎない。』


マゼラン帝国と7つの自治領の国民は、一等国民として平和を享受している。しかし、大陸南部の人々には人権は与えられていない。


『僕達、三等国民には平和は訪れない。』


『…………ゼクシードさん。』


『例え相手がマゼラン帝国だとしても、どんなに強大な敵だとしても、僕等は戦わなければいけない。それが、パラスアテネの四天王と言われる僕の使命。』


『パラスアテネの四天王…………。それは………。』


『そう。それはイースも同じだ。近く僕等は、マゼラン帝国と戦争をする。その時にマリー。君は僕等とともにいるべきだ。アンドロメダ大陸を救う為に。』


『そんな…………。私なんか……………。』


『マリー…………。君は世界で唯一の召喚士であり、悪魔の力を味方につけた魔導士。君とは戦いたくはない。』


(ゼクシードさん…………、私、どうしたら。)


ザッ


ザッ


「!」


(誰かいる!?)


騎士学園の生徒か、それともモトが追って来たのか。マリーが足音のする方へと振り返ると、全身を黒いマントに身を包んだ男が立っていた。


(魔導士?)


「会いたかった。いや、話したかったよ。マリー・ステイシア。」


「誰………ですか?」


「知らないか。いや、それも無理のない話だ。我々は表に出る事のない闇の魔導士。」


「…………闇の魔導士?」


「そう、闇だ。自然界に存在する6つのエレメンタルの中でも特別な存在。闇の魔導士こそが、世界を支配するに相応しい。」


(世界?何を言っているの……………。)


ドクン


何とも得体の知れない男が、一歩づつマリーに歩み寄る。


「それ以上、近寄らないで下さい!人を呼ぶわよ!」


マリーが、そう叫ぶと男はニヤリと笑みを浮かべた。


「無駄だよマリー、我が闇の魔法の前では教会にいる騎士や魔導士ごときでは敵わない。」


(なにを…………。)


「それよりマリー。見せてくれないか?」


「…………見せる?」


「そうだ、君が隠し持っている『悪魔の魔導書』を!」


「!?」


なぜ!


『悪魔禁書』の事を知ってるの!


ゆっくりと、そして何とも得体の知れない笑みを浮かべながら、男は語りだす。


「我が教団の崇拝する神は『悪魔』、「何百年もの間、我々は『悪魔』を探し続けた。」


「………………。」


「やはり『悪魔』は存在した。アルンヘイル(悪魔の住む場所)とは、よく言ったものだ。」


2年前……………。


「紅星(あかぼし)が輝くあの日、武闘大会の会場を埋め尽くした邪悪な気配。吾輩は歓喜した。あれこそが悪魔の魔力!」


「サラ・イースター?たった一人の魔導士が帝国騎士団を壊滅出来る訳が無かろう。あれは『悪魔』の仕業だ。」


「そして、今年の『魔導大会』で君が使った闇の魔法。光の魔導士である君が闇の魔法を使えるはずが無い。」


ドクン


「2年前も今年の大会にも、共通しているのは、マリー・ステイシア、君の存在だ。」


ドクン


「考えられる答えは1つしかない。君は悪魔の召喚士であ〜る。」


男の推測は、ほぼ当たっていた。普通の人間であれば『悪魔』の存在自体を否定する。マリーが『悪魔』を召喚出来ると言っても誰も信じない。しかし、この男は最初から『悪魔』が存在する前提で話している。全く非常識な思考回路だ。


「あなたは、いったい…………。」


「あ?自己紹介がまだだったか…………。」


何とも不気味な笑みがマリーの心情を不快にさせる。


「我が名は、リーデンベルグ、悪魔を崇拝する悪魔教徒であ〜る。」


「悪魔………教徒……………?」


「そろそろ話も終わりだ。早く『悪魔の魔導書』を渡しなさい。」




【誘拐③】


光の魔導士であるマリー・ステイシアは、日頃から自身の身体を光の魔法で防御している。持続魔法を掛け続ける事は多くの魔力を消費する上に精神力をも消耗する。つまり、そんな事をしている魔導士は普通は存在しない。


リーデンベルグは、手っ取り早く『悪魔の魔導書』を手に入れる為にマリーを誘拐する事を考えた。殺しては魔導書の在り処が分からなくなるからだ。


「スリープ!」


ゆえに、リーデンベルグの使った魔法は睡眠魔法である。マリーは、リーデンベルグが魔法を放つと同時に走り出した。


「…………は?………睡眠魔法が効かない。」


(いつの間に、防御魔法を…………。)


マリーが走る先にあるのは、ドラグナー神父のいる教会である。教会にはモトもいるし、2人の騎士もいる。


「ドラグナー神父!モト!!」




(手荒な真似はしたく無かったのだが。)


走るマリーを、目で追うリーデンベルグは、すっと片手を上げ仲間達に指示をする。


「あの少女を捕えなさい!!」


ババッ!


(!)


すると、目の前に4人の黒服の男が現れた。


(他にも仲間がいた!?)


そのうちの1人が、素早い動きでマリーに接近し腹部を強打する。明らかに騎士の動きである。


「うっ!」


マリーの魔法防壁は、魔法に対しては大きな効果を発揮するが、物理攻撃を完全に防ぐ事は出来ない。それでも、黒服の騎士は驚いた表情をする。魔導士の身体能力は一般の庶民と変わらない。騎士の一撃を受けてなお、反撃を繰り出す事は予想していなかったからだ。


「スター・ストリーム!!」


至近距離からの一撃が、逆に黒服の男を吹き飛ばした。


「ぐわっ!」



「「「ブラックスネーク!!」」」


ブワッ!!


「!?」


シュルルルル!!


「きゃあぁぁぁ!!」


残り3人の黒服の男が一斉に放ったのは闇の魔法だ。黒い影のようなものがシュルシュルと伸びてマリーの身体を覆って行く。攻撃魔法ではなく拘束魔法。


「むぐぐ…………。」


「無駄な抵抗は止めなさい。」


リーデンベルグは、マリーの頬に手を当てニヤリと呟く。


「我が教団の支部へ案内しましょう。お楽しみはそれからです。」




一方、ドラグナー神父の教会


「今、マリーの声が聞こえなかった?」


「悲鳴か?行こう!!」


モトに、2人の騎士、サイリスとバーバリーが駆け付けた時には、既にマリーの姿は無かった。見つけたのは複数の足跡のみで、どこへ行ったのかは分からない。


「くそっ!どういう事だ!」


「誘拐?」


急いで教会へ戻った3人が事情を話すと、ドラグナー神父が、慌てて現場へ駆け付けた。


「むぅ…………。魔力の気配が残っている。マリーを拐ったのは魔導士か。」


そして、神父は光の魔法を詠唱する。


「父上…………、魔導士だったのですか?」


モトを養子として迎え入れたドラグナー神父であるが、彼が魔導士だったとはモトも知らなかった。


「簡単な魔法しか使えんが、探知魔法は得意な方だ。」


それから4人は、光の導くままにマリーと魔導士の気配を追った。アルンヘイルの郊外にあるドラグナー神父の教会よりも、更に西へと続く森林は、普段は人の寄り付かない大自然が広がっている。


2時間ほど歩いただろうか。


「止まってくれ。気配が強くなった。」


ドラグナー神父が、3人を静止させて様子を探っていると、森の奥に小さな教会が見えて来た。


「あれ!」


「こんな所に教会が…………。」


大きさはドラグナー神父の教会とさして変わらないが、壁の色は真っ黒で、あまり見かけない種類の教会である。


「まずい事になった。」


神父の呟きに3人が反応する。


「まずい?」「知ってるんですか?」


「随分と久し振りに見たがね。何せ奴等は表には出てこない。」


「……………奴等?」


そして、ドラグナー神父は告げる。


「あれは『悪魔教』の教会…………。奴等の信仰する神は『悪魔』だ。」


「!」「悪魔だって!?」



─悪魔教



サイリス・ロードリアが、その宗教の名前を聞いたのは、今回が初めてであった。神父の話では『悪魔教』の歴史は長く、アルンヘイルの街が誕生した千年前と同じ時期から活動を続けている。


サイリスは神父の指示を受けて、すぐにアルンヘイル総督府へと向かった。騎士であるサイリスの足なら、常人の数倍の速さで総督府へ辿り着ける。


「大変です!マリーが誘拐されました!」


「なんだと!?」


それほど大きな街でもなく、マリーは今年の『魔導大会』で準優勝を果たしている。アルンヘイルの騎士ならマリーの事を大抵は知っている。


「それで、どこだ!どこへ行けば良い!」


騎士の質問にサイリスは即答する。


「西の山奥にある『悪魔教』の教会です!」


「悪魔教だと!?」


この時、サイリスは初めて『悪魔教』の存在を思い知った。


「悪いなサイリス。アルンヘイルの兵士は、その事件には関与出来ない。」


「な!……どういう事ですか!?」


「悪魔教団とマゼラン帝国は同盟関係にある。我々が手を出せる案件ではない。」


「!!」


(馬鹿な……………。)


大陸を支配するマゼラン帝国の力は絶大である。マゼラン帝国と、同盟関係?


(悪魔教とは、いったい……………。)