【最終試験②】


大陸北部、マゼラン帝国の首都から西に300キロメートルほど離れた海岸沿いで、オーバー・シュールは産まれた。幼少の頃から騎士としての才能は目覚ましく、身体能力は同年齢の騎士と比べても総じて高かったと云われている。


問題は背が伸びなかった事にある。騎士学校の中等部に入った頃には既に成長が止まり、リーチの短さから剣士としての道を諦めざるを得なかった。


そこで、シュールは投擲(とうてき)による戦闘を身に付けた。幾日も幾日も練習を積み重ね、百メートル先を飛ぶ鳥を確実に仕留めるまでに成長する。


帝国歴148年、この年、シュールは20歳となり、近衛騎士団が3年ぶりに団員を募集しているとの情報を聞きつける。


(ついに来たか……………。)


低身長で一度は諦めた騎士団への入団であったが、今なら自信を持って試験に望める。


案の定、試験に参加している騎士は、どれも大した実力は無かった。身体だけが大きいウスノロの騎士などシュールのナイフに掛かれば一撃で倒す事が出来る。そう思っていた矢先に現れたのが、シャルロット・ウォーレンと言う名の自分よりも若い女の騎士であった。


シャルロットは明らかにスピードタイプの騎士である。パワータイプの騎士の方が遥かに戦い易く、残った3人の中では最もシュールとの相性が悪い。


先ほどの戦闘よりシャルロットは光の魔導士の才能がある。光のエレメンタルを身にまとい自らの身体能力を強化する『強化魔法』の使い手だろう。持続時間は不明だが、一瞬のスピードなら平均的な騎士の3倍から5倍のスピードで動けると思った方が良い。


(最後に厄介な奴が現れたな。)


小柄なシュールもスピードには自信があるが、強化魔法を使った騎士には流石に敵わない。スピード勝負なら分が悪い。


(つまり、先手必勝…………。)


ジャギジャキーン!


全身を覆うマントに隠してあるナイフの数は100本を超える。一次試験で使用したナイフは20本、まだまだ余力はある。


(接近される前に、ナイフの雨を降らせてやろう。)


ドクン


ドクン


ピク!


シュバババババッ!!


シャルロットが足を踏み出したタイミングで、シュールは10本のナイフを投げつけた。距離は少し遠いが、獲物を外すほど愚かではない。全てのナイフが正確にシャルロットを目掛けて飛んでいった。


シャキィーン!


ババババババッ!


「!」


そのナイフを、シャルロットは高速の剣技で打ち落とした。10本全てのナイフが騎士剣に弾かれて地面へと落下する。


(こいつ…………。)


光のエレメンタルがシャルロットの身体を覆っている様子は見られない。つまり魔法の効果無しで、対応したことになる。


(どんな動体視力と反射神経をしてやがる。)


ジャギジャキーン!


急いで、次のナイフを構えたシュールは、神経をシャルロットへと集中させた。


(この距離では当たらない。もっと接近した時にナイフを投げつける。)


ドクン


ドクン


いや…………。


それではダメだ。とシュールは思い直した。魔法無しであの速さなのだから、光の強化魔法を使われたら勝ち目は無い。シャルロットが魔法を使う前に倒す必要があり、シュール自ら接近戦に持ち込み倒すしか方法は無い。


ゴクリ


(シャルロットの間合いになる寸前にナイフを投げつけ即座に離脱する!)


ビュン!


「!」


(今だ!)


シュバババッ!


一気にシャルロットとの距離を縮めたシュールが、至近距離から10本のナイフを投げつける。




【最終試験③】


最初に飛んで来たナイフは5本。シャルロットは躊躇することなく踏み込み、高速の剣でその全てを叩き落とした。少し遅れて、残りの5本のナイフが接近する。目前に迫ったナイフの軌道を読み、更に3本のナイフを弾き返す。残る2本のうち1本は顔の左側を通り抜け、最後の1本は右頬を掠った。


(馬鹿な!)


シュールの放ったナイフを、前進しながら全て避け切ったシャルロットが、騎士剣を振り上げる。


「化け物か!!」


ズバッ!!


騎士剣の鋭い刃がシュールの黒いマントを斬り裂く。


「!」


しかし、手応えが無い。


マントを脱ぎ捨てたシュールが、後方へと大きく飛び跳ね、なんとかシャルロットの攻撃をかわして見せた。


ズサッ!


(危なかった…………。)



この攻防を見ていた、赤目の騎士マクガーレンが、ひゅうと口笛を鳴らし称賛の言葉をかける、


「嬢ちゃん、やるじゃねぇか。」


ドクン


ドクン


(2人とも、素晴らしい動きだ。)


試験官を務めるマーベリックの予想を越えるハイレベルな攻防は実に見応えがある。


しかし


シャキィーン!


「貴方の負けです、シュールさん。」


「…………なんだと?」


騎士剣を構えたまま、シャルロットは言葉を続ける。


「貴方の武器はマントの中でしょう?マントを脱ぎ捨てた貴方に勝ち目は有りません。降参して下さい。」


ザッ


ザッ


ジリジリと詰め寄るシャルロットに対し、シュールは対抗する術を持たない。


「光の強化魔法無しで、俺様の攻撃をかわされては勝ち目は無いか………。」


「……………。」


「しかし、強化魔法を使えばもっと楽に勝てたはずだ。なぜ魔法を使わない?」


「……………。」


「使わずとも、俺様に勝てると思ったか?それとも………。」


「……………。」


「一次試験の終盤で魔力を使い果たしたか。」


ザッ


ザッ


「言いたい事はそれだけですか?」


「……………。」


「では…………。」


シャキィーン!


シャルロットが騎士剣を構えた時、不意に視界が歪んで見えた。


(……………!?)


頭が朦朧(もうろう)とし、視界がぼやける………………。これは……。


くらりと、その場に倒れ込むシャルロット。


「ようやく効いて来たか。」


「?」


「俺様のナイフを掠ったろう。」


(……………………まさか。)


「即効性の麻痺毒だ。しばらく動く事は出来ない。」


(そん………な……………。)


降参しろ?余裕ぶっこんでじゃねぇよ。戦場では殺るか殺られるかだ。油断したお前の負けだ。」


この場に居合わせた騎士は4人。先に試験に合格したマクガーレンと、試験官である近衛騎士団の騎士が3人。


「マーベリックさん。試合を止めますか。」


「……………。」


「彼女はグエルさんの一人娘だと聞いています。このままでは命を落とす危険があります。」


入団試験の際に命を落とすのは自己責任であり、殺した騎士の罪は問われない。


無造作に斬られた黒いマントには、まだ数十本のナイフが残っており、オーバー・シュールはその中から3本のナイフを拾い上げた。


「さて………。どこを狙おうか。」


麻痺毒が全身へと行き渡り、シャルロットは声を出す事も出来ない。


「マーベリックさん!試合を止めましょう!」


「待て、まだ決着はついていない。」


「何を!彼女、声が出ないようです!降参も出来ません!」


ドクン


ドクン


ドクン


「死ね………………。」


オーバー・シュールがナイフを振り上げだ。





【最終試験④】


ズバッ!!


「ぐわぁ!!」


試験会場に悲鳴が鳴り響き、シュールが持っていたナイフが地面へと転げ落ちる。


「な!なんだこりゃぁ!?」


右腕の肘から上がザックリと斬り落とされ、大量の血が吹き出しているのを見て、シュールは絶叫する。


「貴様ぁ!なぜ動ける!!」


シャキィーン!


「ぐっ!」


「貴方の言う通り、私は甘かったようです。次は命を取ります。」


立場は完全に逆転し、もはやシュールに勝ち目は無い。


(光の魔法……………。)


シュールがシャルロットから目を離したのは、ナイフを拾い上げたほんの数秒。その時にシャルロットは自らの身体に治癒魔法を掛けた。


(それに気付かすに不用意に近付いたオーバー・シュールの負けだな。)


「そこまでだ!勝者!シャルロット・ウォーレン!」


これにより、半日以上に渡って行われた、近衛騎士団への入団試験は終わった。見事に合格した2人の騎士は、参加者の中でも最高齢のマクガーレンと、最年少のシャルロットである。


「おめでとう。これからお前達はマゼラン帝国近衛騎士団の団員として、大陸の平和の為に尽力を尽くして貰う。」


マゼラン帝国近衛騎士団


それは正義の象徴


「騎士団の規律は厳しいが、それ相応の栄誉と報酬が手に入る。誇りを持って任務にあたることだ。詳細は後日、追って連絡する。以上だ!」



ザッ


ザッ


(シャルロット…、グエル・ウォーレンの娘か。)


騎士と魔導士の才能を持ち併せて産まれて来る子供は、少数ではあるが存在する。大陸最強と言われる近衛騎士団の中にも、魔法を使える騎士は複数人いる。しかし、光の魔法を扱える騎士となると、そう多くは無い。


思い起こされるのは『剣聖』ファンベルク・ガードナーである。ファンベルクは光の強化魔法を得意とする騎士であった。


ゾクゾクッ!


マーベリックは、背筋に悪寒が走るのを感じた。


シャルロットの戦闘スタイルは、伝説とまで言われる『剣聖』ファンベルクの戦闘スタイルとよく似ている。


(まだ若いが、将来的にはマゼラン帝国近衛騎士団を背負って立つ騎士になるかもしれんな。)


マーベリックは、そんな事を考えていた。