【一次試験①】


帝国歴147年


アルンヘイルで『生誕祭』が行われていた同じ時期。

大陸南部にある小さな街に一人の男が現れた。


ザッ、ザッ、ザッ


彼の名はグエル・ウォーレン、元マゼラン帝国近衛騎士団に所属していた帝国騎士である。


(ここか……………。)


ここは、大陸統一戦争で命を落とした、反帝国軍の兵士達が祀られている墓地の1つ。墓標を数えるだけでも数千人の命が失われた事が分かる。帝都にある帝国軍の墓地と比べると、木簡に名前を掘っただけの貧素なものではあるが、墓標があるだけマシな方だ。


ザッ、ザッ、ザッ


そして、グエルが足を止めたのは、墓地の中央付近にある墓標の前である。大陸統一戦争から10年も経過しているのに、そこには沢山の花が供えられていた。


墓標に刻まれている名前は


──ファンベルク・ガードナー


元マゼラン帝国近衛騎士団の団長、つまりグエルの上官にあたる騎士の名前であった。


「シャルロット、こっちへ来なさい。」


グエルが遠くを歩く女性騎士を呼び寄せた。彼女は、大陸統一戦争で両親を失い孤児となったところをグエルに引き取られた経緯がある。当時の年齢で4才であった事もあり、シャルロットはグエルを実の親のように尊敬している。


「この墓標が『剣聖』の…………。」


「そうだ、シャルロット。マゼラン帝国の歴史上で、いや、アンドロメダ大陸の歴史上で最も強く偉大な騎士。それが我が団長、剣聖ファンベルクだ。」


グエルは、懐かしむような目で墓標を見つめる。


マゼラン帝国近衛騎士団の団長でありながら、大陸統一戦争では、マゼラン帝国を敵に回し戦った数少ない騎士の1人。


「団長は大陸統一戦争に反対していたのだ。」


「………………。」


「覚えておくが良い。お前が帝国騎士団に加入しても、それが全てでは無い事を。」


マゼラン帝国の近衛騎士といえば、この世界の最高峰であり、絶対的な正義の象徴。その近衛騎士団に所属していた父が、まるで帝国を否定するような物言いである。


なぜ『剣聖』は、自分の命を失ってまで、帝国に逆らったのか。地元であるはずの帝都に墓を築くことも出来ず、大陸南部の三等国民が住む田舎街にしか墓標が無い現実。


「私の夢は帝国騎士団に加入する事ではありませんわ。お父様と同じ近衛騎士団に入団する事です。」


父が、そして『剣聖』が所属していたマゼラン帝国近衛騎士団に加入すれば、何かが分かるかも知れない。




帝国歴148年2月


帝都マゼランにあるマゼラン帝国近衛騎士団本部。


「これより、近衛騎士団入団試験を始める。」


大陸最強と名高い近衛騎士団が入団試験を行うのは3年ぶりのことであり、今回の試験に合格出来る人数は若干名とだけ知らされている。その狭き門に集まった騎士の数は63名、帝都出身の者もいれば、遠く大陸南部から参加する者もいる。


ゴクリ


(いよいよ試験が始まるわね…………。)


父に元近衛騎士団の団員を持つシャルロットであるが、特別待遇はいっさい無く実力が全ての世界。周囲を見渡すと、強面で屈強な騎士達が騎士剣を携え試験が始まるのを待っていた。


試験に参加出来るのは16歳以上の一等国民、または二等国民と決まっており、16歳になったばかりのシャルロットは最年少の挑戦者であり、しかも女性の姿は見えない。どのような試験なのかは分からないが、気を引き締める必要がある。


ザッ、ザッ、ザッ


「63名か…………。」


前方に立つ近衛騎士団の団員が、参加者を見回し試験の内容を告げる。


「帝都の北側にそびえるマゼラン山脈にビッグホーンと言う魔獣が住んでいる。知らない者はいないな。」


ざわ


「その魔獣の頭部に生える角を切り落とし、ここへ持って来い。」


ざわ、ざわ


「夕刻に、ここで待っている。日が暮れた時点で角を持っていない者は失格!角を持っている者だけに、次の試験を受ける資格がある。それと試験最中の事故死には帝国は責任を持たない。以上だ!」


ざわ!ざわざわ!


ビッグホーン


マゼラン山脈に住む魔獣の中では、最も凶悪と言われている魔獣で、大鹿を更に大きくしたような四つ脚の魔獣だ。特徴は、頭部に生える巨大な角で、長いものなら1メートルは越えるだろう。


バッ!ザザッ!


「!」


すると、周りにいた騎士達が一斉に走り出した。向かう先はもちろんマゼラン山脈である。距離にして120キロメートル、騎士の足なら30分もあれば十分に辿り着ける。


「ビッグホーンか………。これはまた厄介な魔獣を指名したものだ。」


振り返ると、一人の騎士が小さな岩に腰を掛けているのが見えた。褐色の肌に赤い瞳は北部の人間ではなく、おそらく大陸南部の出身だろう。


「厄介………ですか?」


シャルロットは野生のビッグ・ホーンは見たことが無いが、それほど恐ろしい魔獣なのだろうか。


「今に分かるさ。ふぁ、俺は明日に備えて眠るとしよう。」


そう言うと、褐色の肌の騎士は、その場で地面に寝転がった。全く緊張感が無いと言うか試験に参加する気があるのかも疑わしい。


「あぁ、嬢ちゃん、気をつけな。アンタみたいな若いオナゴは真っ先に狙われる。」


「!………何を!」


「はは、まぁ健闘を祈る。」


そして男は、寝息を立てて眠ってしまった。


(この男、なんなのかしら…………。)




【一次試験②】


マゼラン山脈


帝都の北部にあるマゼラン山脈の標高は3000メートルと、アンドロメダ大陸の中では3番目に高い山々が連なっている。そして、この季節であれば、まだ雪が残っているのが一般的だ。


ザク


ザク


(深い雪…………。足が取られるわね。)


騎士にとって機動力は非常に重要であるが、この足場だとスピードは半減される。更に悪いことに空から雪が降って来た。


(早くビッグホーンを探さないと。)


す……………。



光のエレメンタル



シャルロットが手のひらを上に向けると、蛍のような光が浮かび上がった。その光の粒達が、天空高く舞い上がると、次の瞬間には広大なマゼラン山脈を駆け巡る。これは光の探知魔法の一種である。


(少しずるいけど、この方が早い。)


騎士の才能を持って産まれて来る人間は千人に1人と言われており、魔導士の才能を持つ人間は数千人に1人と言われている。そしてごく稀に、騎士と魔導士の両方の才能を持って産まれて来る子供がいる。シャルロット・ウォーレンは、そんな希少な人間であった。


シャルロットが放つ光のエレメンタルが、広大な大地から的確に魔獣の位置を洗い出す。


(………………いた!)


距離にして2000メートル東方の地点。見つけてしまえば、こっちのものだ。シャルロットはすぐさまビッグホーンの反応があった地点へと走り出した。



グオォーン!!


ビッグホーンは大きな声を発して、目の前の騎士を威嚇する。入団試験に参加している騎士の1人、名前は甲斐と言う男である。


「くそっ!でかい上に速い…………。」


ビッグホーンの巨体は高さだけでも騎士の2倍、全長は5メートルを越している。その上、雪上でのスピードは騎士の動きを上回る。


ビカッ!


バチバチバチバチッ!


「くっ!」


更に厄介なのは、頭部にある角から発せられる電撃攻撃である。あの攻撃を受ければ、さすがの騎士でも重症を負うに違いない。


「これがマゼラン山脈に生息する最強最悪の魔獣か。」


ズサッ!


「誰だ!」


「先約がいたのですね。」


(女……?)


甲斐は、辿り着いたシャルロットを凝視する。


「はっ!貴様のような少女が何をしに来た。怪我をする前に帰りな。」


「……………私も試験参加者です。」


「お前が?…………近衛騎士団も舐められたものだな。」


そして、甲斐は騎士剣を構えた。


「お前の出番は無い。この獲物は俺が狩る。」


グオォーン!!


男の年齢は30歳前後、騎士としては身体が大きく、黒髪と服装から大陸南東部の出身に見える。


「無限双刃(むげんそうは)!」


シャキ、シャキィーン!!


(二刀………………。)


やはり、帝国騎士の主流からは、かけ離れた剣術。両手に持つ二本の騎士剣で手数で圧倒する戦法か。


バシュッ!


ズバッ!


ギャオォーン!!


ビュン!


シュバッ!


しかしビッグホーンは、その巨体からは想像出来ないスピードで、甲斐の攻撃を躱(かわ)して行く。雪上での戦いなら魔獣の方が1枚上に見える。


だが、甲斐には策があった。


グオォーン!!ギャオオォーン!!


ビッグホーンの身体から鮮血が飛び散り、あたり一面の雪が真っ赤に染まって行く。


(これは…………。トラップ?)


よく見ると木々の間に、細い糸のような物が張り巡らされている。戦闘中に仕掛けたのなら大したものだが、そんな素振りは見られなかった。


(事前に罠を貼って追い詰めたのね。)


ギャオオォーン!!


バチバチバチッ!


しかし、問題は次の攻防だろう。追い詰められたビッグホーンが、攻撃に転じ頭部の角に電流が走る。この攻撃を躱せなければ、逆に甲斐の命が危ない。


ビカッ!


バチバチバチッ!


ばっ!


その攻撃を、甲斐は一本の騎士剣を手放す事で躱して見せた。電撃攻撃は騎士剣に集中し、甲斐本人は空中へと大きく飛び、もう片方の騎士剣でビッグホーンの角を狙い討つ。


ズバッ!


ギャオオォーン!!


(勝負あり……………。)


真っ二つに折れた角が空中へ投げ出され、甲斐は左手でそれを掴み取った。


ザッ!


「終わりだ。残念だったな少女。」


「いえ、お見事です。私は他を探します。」




【一次試験③】


試験が始まって、既に半分以上の時間が経過しているが、ここまでの試験で気が付いた事は、魔獣であるビッグホーンの生体数が異常に少ない事だ。


グオォーン!!


(ようやく見つけた………。)


光の探知魔法を駆使しているシャルロットだから2頭目のビッグホーンを探し出す事が出来た。しかし、魔法を使わずにビッグホーンを探すのは至難の技と言える。


(他の受験者達は、どうしているのかしら?)


ザク


ザク


そんな事を考えながらシャルロットは雪の中を進んで行く。先にも増して雪の降りが激しくなっており、早く仕留めて戻りたい気分にさせる。


距離にして300メートル。騎士の足なら一瞬で間合いを詰める事が出来る距離だ。しかし、ビッグホーンはその巨体に反して瞬発力に優れている。雪上での戦闘なら騎士よりも速く動ける可能性すらある。


それならば…………。


しゅん


と、シャルロットは自らの気配を絶った。視界には入っていても、気配の無い人間を敵と認識するのは難しい。ゆっくりと、時間を掛けてシャルロットはビッグホーンに接近して行く。


グル………?


ビッグホーンは、不思議そうな顔でシャルロットを眺めるが、その場から動く様子は見られない。


ピタリ


あと数メートルの所でシャルロットは足を止め、角のある頭部を見上げた。近くで見るとビッグホーンの巨体は更に大きく見える。


(あとは、角を折るだけ…………。)



すぅ


シャルロットが光のエレメンタルを呼び寄せると、全身が薄っすらと光り輝いた。雪山の中で発光する妖精の如く、その姿は神秘的で美しい。


シュバッ!!


ピキィーン!!


グル………?


ぱしっ!


「任務完了…………。」


まさに一瞬の間にシャルロットはビッグホーンの角を切り落としていた。魔獣であるビッグホーンが全く気付かぬうちに。


パチパチパチパチ!


「!」


「見事な技だな。」


「誰!」


ザク


ザク


(見られていた…………。全く気配に気付かなかった。)


シャルロットが騎士剣を構えると同時に


グワオォーン!!


ビッグホーンが、その男に襲い掛かる。


「おいおい、角無しで俺に勝てるとでも思ったのか。」


シャキィーン!!


「天剣!!」


ズバァ!!


ギャオォォーーン!!!


「!」


その男が騎士剣を振り抜くと、ビッグホーンの巨大が真っ二つに斬り裂かれた。


(すごい……………!)


シャキィーン!


「ふぅ………。」


(この男…………。強い!)


この男も入団試験の参加者なのかと、シャルロットは身構えるが、男は涼し気な顔で語りだした。


「邪魔をして悪かった。俺はマゼラン帝国近衛騎士団が騎士、ミハエル・マーベリックだ。一応、試験官を任されている。」


「試験官…………。帝国騎士でしたか。」


(通りで強いはずだ。)


「先ほどの剣技、見事であった。君のような若く美しい女性が入団してくれると、俺も嬉しいのだがね。」


「…………えっと。」


「はは、何せ近衛騎士団には女性はいない。むさ苦しい職場だ。」


ザッ!


「無事に試験に合格する事を祈っているよ。」


「……………。」


ザッ


ザッ


(シャルロット・ウォーレン………。グエル・ウォーレンの一人娘か………。)


グエルと言えば、大陸統一戦争で活躍した騎士の1人。当時の近衛騎士団のナンバー3であったが、『剣聖』ファンベルクが帝国を裏切った時に引退している。もし、グエルがファンベルグと共に帝国に敵対していたなら、『剣聖』を倒す事は出来なかったかもしれない。


(その娘が近衛騎士団へ入団するか…………。)


だが、試験の本番はこれからだ。彼女が無事に一次試験を突破出来たなら、歓迎しようではないか。