【決着①】


マゼラン帝国歴149年

アルンヘイル魔導大会『決勝戦』

スティファニー・モト VS マリー・ステイシア


ボボボボボボ…………。


ふしゅう………………………。


ボボ…………………。


(炎を持続出来ない!)


スティファニー・モトが目の当たりにしている光景は、まさに信じ難いものであった。マリーの防御魔法を包み込んだサン・フレアの炎の上を、覆い被さるように展開される闇の魔法が、モトの炎を駆逐して行く。


「ダブルウィザード(二重魔法使い)、しかも光と闇の魔法……………。こんな魔導士が存在するとは………。」


劣勢の中、モトはマリーに羨望の眼差しを向けた。


自分と歳の変わらない少女が、これほどの魔法を身に付けるなど並大抵の努力ではない。マリーに負けるなら致し方ないとさえ思える。


ふしゅう……………。


ボボ…………………。


「良し!マリー!もう少しだ!」


カールの声援が聞こえる。


「く………………。」


もう………少し………………………。


大粒の汗がマリーの額から流れ落ち、意識が朦朧とするのが分かった。


『マリー……………、いつまで召喚を拒むつもりだ。』


「…………。」


『我が魔法のみを召喚するとはふざけた事をする。こんなものが通用すると思うてか。』


ゴゴゴゴゴゴゴゴォ!


─────悪魔


ゼクシードが感じた気配は悪魔の気配ではなく、悪魔の魔法の気配。マリーは悪魔の召喚すらしていない。


『悪魔禁書』を手に入れてから2年の間に、マリーが研究を重ねて来た『部分召喚魔法』。しかし、そんな都合の良い魔法が通用する相手ではない。


悪魔は部分召喚が発動されたと同時に、マリーへの精神攻撃を続けていた。召喚士である魔導士の精神を破壊することで、主従関係を崩壊させ自由に外界へと降り立つ事が出来る。


今のマリーでは、悪魔を完全にコントロールする事は難しい。


「う……………。」


マリーの顔面から血の気が引き、汗が滝のように流れ出した。


(マリーの様子がおかしい…………。)


その事にいち早く気付いたのは、ゼクシードである。やはり、マリーは悪魔を制御出来ていない。


「止めろマリー!魔法を解除するんだ!!」


「!」


ふしゅ………………。


ボボボボボボボボボボッ!


バリィーン!



しん、と場内が静まり返った。


「マリー?」


「円盤が………破壊された……………。」


マリー・ステイシアの頭上に浮かぶ円盤が、音を立てて砕け散った。


「スティファニー・モトの炎が、マリーの光の防壁を呑み込んだ…………。」


「はぁ、はぁ………。」


そして、マリーは振り返りカールに告げる。


「ごめん、負けちゃった。」


わっ!


「勝者!スティファニー・モト!優勝です!!」




【決着②】


『生誕祭』四日目に行われた『魔導大会』の決勝戦は、この後に行われた『武闘大会』が色褪せるほどに鮮烈な印象を観衆に与えた。長い歴史を誇る『魔導大会』の中でも、トップレベルの戦闘を繰り広げたモトとマリーの二人の魔導士には、惜しみない拍手が贈られたという。


『生誕祭』最終日


『武闘大会』の決勝戦は地元であるアルンヘイル騎士学園の生徒が優勝し幕を閉じた。夜空には今年最後の紅星(あかぼし)が名残惜しむように輝いている。


賑わう街中を1人で歩いているのは、『魔導大会』で見事に優勝を果たしたスティファニー・モトであった。


(納得が行かない……………。優勝はしたものの、まるで勝った気がしない。)


光と闇の魔法を同時に扱うアルンヘイル魔導学園の少女を、モトは探していた。


あれほどの才能を持つ魔導士に出会うのは初めてだ。このまま彼女を残して帝都へ行く事は出来ない。少女マリーは、こんな田舎街の魔導士として終わる器ではない。


(説得しよう…………。)


マリー・ステイシアを説得して、一緒に帝都にある魔導学園へ転校し、ゆくゆくはマゼラン帝国魔導士団にに加入する。


この世界は、魔導士にとって不遇の世界であるが、マリーとなら魔導士の地位を向上させて、騎士と並ぶ評価を得られるかもしれない。そんな事を考えながら、スティファニー・モトはマリーを探していた。


と、その時


街の南側から悲鳴が聞こえて来た。何事かと振り返ると、街の人々が騒いでいるのが見える。


「大変だぁ!盗賊が襲って来たぞ!」


「!」


すると、数分もしないうちに、大勢の人間がなだれ込んで来るのが見えた。


(あれは…………。)


明らかに一般人とは違う風貌の騎士や魔導士がこちらへ向かって来る。そして、その者達には見覚えがある。


(まさか…………コスタリアの兵士!?)


旧コスタリア王国の残党兵が、盗賊となって暴れている事は知っていたが、まさかアルンヘイルにまで来るとは思わなかった。先頭に見えるのは、悪名高いクレイジー・ハックである。


「進め!目指すは総督府!アルンヘイル宮殿だ!」


(馬鹿な!)


民間人や商人を襲うのとは訳が違う。総督府を襲うと言う事はマゼラン帝国を攻撃する事を意味する。そんな事をすれば…………。


先の戦争で二等国民となったコスタリア人は、マゼラン帝国に反旗を翻す事になる。国家の滅亡だけでは済まされない。下手をすれば三等国民、いや騎士と魔導士は皆殺しにされる。


それは、コスタリア出身のスティファニー・モトにとっても重大な出来事になる。マゼラン帝国の魔導士団に入団するなど、夢のまた夢、下手をすれば殺される。


「止めろぉ!!」


ボボボボボボボボボボッ!


スティファニー・モトは無意識のうちに魔法を繰り出していた。盗賊団を宮殿に行かせてはならない。私の全魔力を使い果たしてでも、盗賊団を止めて見せる!


ボワッ!


「何だ!?」「魔導士か!」


盗賊団の行く手を阻むように、巨大な炎が燃え盛った。『紅の魔女』の真骨頂である、炎の攻撃魔法だ。


「うわぁ!」「熱っ!」


「ちくしょお!アルンヘイル魔導士団か!」


(引き返して!お願い!)


モトは心より願った。これ以上、マゼラン帝国に逆らってはならない。この大陸の支配者であるマゼラン帝国は絶対的な強者!なぜ分からない!!


ビュン!!


「!」


燃え盛る炎の中から現れたのは、クレイジー・ハックだ。モトと同じく真っ赤な長髪をなびかせたハックは、騎士剣を大きく振り上げる。


「小娘がぁ!邪魔をするな!!」


バシュッ!!


ズバッ!!


「ぐはっ!」


それは、一瞬の出来事であった。振り下ろされた異常に長い騎士剣が、モトの上半身を斜めに斬り裂いた。


ブワッ!


紅の鮮血が飛び散り、モトはその場に倒れ込む。


ドサリ!


(う……………。)


声が出ない……………。


見ると胸部から腹部にかけて、バッサリと身体が引き裂かれ大量の血が流れているのが見えた。


(あぁ………………。)


これは、助からないと、スティファニー・モトは薄れ行く意識の中で、そう考えていた。




【決着③】


帝国歴149年


クレイジー・ハックが率いる元コスタリアの盗賊団は、アルンヘイルの総督府へとなだれ込んだ。迎え撃つのは、アルンヘイル騎士団とアルンヘイル魔導士団の総勢100名からなる兵士達である。人数はほぼ互角であったが、盗賊団は劣勢を余儀なくされた。


「ハインリッヒ!そっちは任せた!」


「任せろ!」


ビュン!!


スパァ………ッン!!


「ぐわぁ!」


ズバッ!


「ぎゃあぁぁ!!」


ハインリッヒが騎士剣を振るう度に、盗賊達の首が刎ねられていく。


「くそっ!帝国騎士だ!」


「近衛騎士団が、なぜここに!?」


マゼラン帝国騎士団の中でも最強と噂される近衛騎士団の二人の実力は圧倒的であった。


「どけ!俺が殺る!!」


「クレイジー・ハックか………。」


ハックを迎え撃つのは、近衛騎士団のナンバー3、ミハエル・マーベリックだ。


「うぉりゃあぁぁ!!」


通常の騎士剣の2倍近い長さの獲物を振り下ろすハックの攻撃を、ミハエルは左手に持つ短剣で受け止める。


ガキィーン!


ビリビリ!


「うっ!」


「不合格だ。」


「……………なに?」


「その程度の実力では、近衛騎士団の新兵にすら敵わない。」


シャキィーン!


「!!」


ズバッ!!



偶然にもアルンヘイルに訪れていたマゼラン帝国近衛騎士の二人の活躍もあり、盗賊団は壊滅した。




3日後


チッ


チチチ


鳥のさえずる音に導かれるように、スティファニー・モトは目を覚ました。窓から差し込む陽射しがとても眩しく感じる。


(ここは………………。)


小さな部屋に置かれたベッドの上でゆっくりと上体を起こしたモトは、ソファに腰を掛ける女性と目が合った。


「あ!良かった!マリー!目が覚めたわよ!」


すると、部屋の外からドタバタと足音が聞こえ、1人の少女が駆け込んで来た。


「スティファニーさん!」


「マリー…………ステイシア!?」


モトは驚いて目をパチクリさせる。


「あぁ!動いちゃダメよ!安静にして下さい!」


全く状況が理解出来ない。ここはどこで、なぜマリーがいるのか。そして何よりも…………。


「私…………生きてる?」


モトは恐る恐る自分の胸に手をやった。『生誕祭』の最終日、故郷であるコスタリアの盗賊団がアルンヘイルの街を襲い、その時にスティファニー・モトは斬られたはずだ。


(傷口が塞がっている……………。)


そんなはずは無い。バッサリと斬られた傷口から大量の血が流れ出し、モトは気を失ったのだ。あれは致命傷であった。


「うん。まぁ、もう大丈夫だってゼクシードが言っていたわ。」


「ゼクシード?」


「自称、世界最高の魔導士よ。とくに治癒魔法にかけては大陸広しと言えど右に出る者はいないと………、自称だけど。」


そう言ってマリーは笑っていた。


(どうやら、私は助けられたらしい。)


「その…………、ゼクシードさん?はどこに居るのかしら?」


「う〜ん。二日前の夜に故郷へ帰っていったわ。要件は済んだとか何とか言って。」


「要件?」


「うん。いや、私も何の要件かは知らないんだけど。」




ザッ


ザッ


ザッ


「早かったな、ゼクシード。」


ルーカス・レオパルトは、銀髪の魔導士の顔を見るとそう呟いた。


「それで、どうだったのだ?」


────紅の魔女


彼女は果たして、ヴァローナ・モトと同一人物なのか。



「残念ながら別人だ。」


「だろうな。」


ルーカスは素っ気なく答えて笑っていた。