【紅の魔女①】


私に物心がついた頃には、私の故郷は滅んでいた。コスタリア王国と言う国は地図から消滅し、そこはマゼラン帝国の一部となった。


─────二等国民


それが、私達につけられた階級である。


もともとのマゼラン帝国の国民、および当初からマゼラン帝国に味方をした7つの国々は一等国民として、あらゆる面で優遇されている。その1つが旧アルンヘイル王国、現在のアルンヘイル自治領である。


コスタリア王国と隣国のアルンヘイル王国は、人口も国土の広さも、文化さえも非常によく似た兄弟のような国であったが、2つの国の運命を変えたのは13年前のことである。


マゼラン帝国が大陸統一戦争を開始してから、私達の国は2つの選択を迫られた。マゼラン帝国の一部となり、大陸を支配するのか。それともマゼラン帝国と対立し自国の主権を護るのか。


小さな国にすぎないコスタリア王国が、マゼラン帝国に敵うはずもなく、無抵抗で要求を受け入れようとする者もいたが、国民の大半はマゼラン帝国の要求を拒絶した。


「馬鹿な大人達……………。」


スティファニー・モトは、いつしか、そう思うようになった。マゼラン帝国に抵抗したばかりに、祖国を失い、二等国民に成り果てたコスタリアの住民は、非常に貧しい暮らしを余儀なくされた。隣国であったアルンヘイルでは、殆ど税金が掛からない裕福な暮らしをしていると言う。


苦労するのは、大人だけでは無い。二等国民であるコスタリアの騎士や魔導士が正規の兵士としてマゼラン帝国に採用される事は殆ど無く、力を持て余した騎士や魔導士は山賊か海賊に成り果てる。


スティファニーが、ここまで這い上がるのに、どれだけ努力したと思っているのか。


『君の素質は認めよう。マゼラン帝国魔導士団の席を1つ空けておく。』


『本当ですか!ありがとうございます!』


『しかし、上層部に推薦するには、実績が欲しいとこだ。』


『実績………ですか?』


『二等国民が帝国魔導士団に入るのを良く思わない人間は大勢いるのでね。』


『…………それは。』


『アルンヘイルの『生誕祭』で行われる『魔導大会』で優勝すること。それが条件だ。』


ボワッ!


ボボボボボボボボッ!


ブワッ!


「勝者!スティファニー・モト!決勝進出です!!」


ここまでは、圧倒的な強さで勝ち進むことが出来た。アルンヘイルで一等国民として育った生徒達に負ける気は全くしない。


しかし…………。


「スター・ストリーム!!」 


ビカッ!


ドッガーン!


「やったぜ!マリー!」


「勝者!マリー・ステイシア!決勝進出です!!」


(なんだ、あの異色の魔導士は…………。)


この手の魔導士の大会で、攻撃魔法を苦手とする光の魔導士が活躍するなど聞いた事が無い。事実、マリーの攻撃魔法はお世辞にも褒められるものではない。


(しかし、あの防御魔法は次元が違う。)


スティファニー・モトは、マリーが作り出す光の防壁の完成度を理解していた。たかが16歳の少女が、どれだけ練習を積み重ねたら、あそこまで防御魔法を極めることが出来るのか。おそらく、その苦労はスティファニー・モトに勝るとも劣らない。


(何の苦労も知らない一等国民が…………。)


しかし、負ける訳には行かない。とモトは心を引き締める。この大会で優勝すれば、モトはマゼラン帝国魔導士団に入団出来る。そして、それは一等国民になる事を意味する。大陸統一戦争でマゼラン帝国に敵対した国々の国民であっても、優れた人間であれば一等国民の地位が与えられることがある。


(私の攻撃魔法と、貴女の防御魔法。どちらが優れているかの勝負です。)




【紅の魔女②】


『生誕祭』四日目。『武闘大会』の一回戦が始まったこの日の夕方には『魔導大会』の決勝戦が行われる事になっている。観戦者の数も昨日までとは比べるまでもなく、大勢の観光客や地元の市民が集まっていた。


ガキィーン!


ブンッ!


バシュ!


「そこまで!勝者!アルベルト・ヒューマン!!」


わっ!


その観客に交じって試合を観戦しているのは、マゼラン帝国近衛騎士団の騎士、マーベリックとハインリッヒの二人であった。


マゼラン帝国近衛騎士団


それは、大陸最強と言われる帝国騎士団の中でも序列1位に位置する最強の騎士団の称号である。二人は任務でアルンヘイルへ来たのではなく、あくまで休暇を楽しむ為に『生誕祭』に来ていた。


「ふむ。今の青年はなかなか良かった。」


「マーベリック、この後の『魔導大会』の決勝戦まで時間がある。何か食いに行こう。」


長い歴史を持つアルンヘイルの街には、伝統的な料理が豊富にあり、極寒の地にある帝都には無い食材も多い。とくに『生誕祭』の最中は、どの店も混み合っており、街は大いに賑わっていた。


ざわざわ


「おい!マゼラン帝国の騎士だぞ!」


「何かあったのかしら?」 


思い起こされるのは、二年前の『アルンヘイル事件』である。50人もの帝国騎士が全滅するという前代未聞の大事件だ。


「最近、噂の盗賊団でも狩りに来たんじゃないか?」


「盗賊団?………あぁ、クレイジー・ハックか。」


もとコスタリア王国の騎士や魔導士を集めて、勢力を拡大している野盗の一派であり、棟梁のハックは凄腕の騎士との噂だ。


「アルンヘイルは大丈夫だろう?アルンヘイル騎士団に魔導士団もいる。二等国民のコスタリアの残党に負ける訳が無いさ。」


(…………二等………国民。)


「ん?どうしたマーベリック。」


「………いや、何でもない。」


マゼラン帝国の支配は、国民を3つの階級に分ける事から始まった。とくに最下層にいる三等国民には人権すら与えられていない。三等国民とは、元のパラスアテネ神聖国、魔導国家連合の住民達だ。


「それより、ハインリッヒ。この料理は絶品だ。お前も食べて見ろ。」





ふしゅう……………。


(今日は火のエレメンタルがすこぶる調子が良い。)


「まさに魔法日和…………。」


ボボボボボボボボボボッ!


炎の幽玄な揺らぎを見ていると、全てを忘れさせてくれる。自然界に存在するエレメンタルにとって、重要なのは、その人間が持つ素質と努力のみ。


出身地も人種も、貧富の差も関係ない。


「魔法こそが、私の人生。」


ゴゴゴゴゴゴォ!


決勝戦の会場に現れた『紅の魔女』の雰囲気は昨日までのそれとは全く違う。全てを焼き尽くすかのような強大な魔力が会場中を埋め尽くして行く。


「なんか怖いなアイツ…………。大丈夫か?マリー。」


「大丈夫よ、カール。」


カールの心配をよそにマリーはいつもと変わらない笑顔を見せた。


ドクン


ドクン


ボワッ!


試合開始とともに魔法を放ったのは、スティファニー・モトである。先手必勝とばかりに放たれた炎は、鮮やかな軌道を描きマリーの頭上にある円盤へと進んで行く。


「スター・プロテクト!!」


ビカッ!


すかさずマリーは、自らの護る円盤を防御魔法で包みこむ。時間にして僅か数秒の差であるが、モトの炎は防壁の前に弾き飛ばされた。


そして、今度はマリーが攻撃魔法を構築する。


「スター・ストリーム!!」 


威力は低いが、円盤を壊す程度であれば十分な光の矢が、モトの円盤へと飛んで行く。


「ファイア!!」


「!」


バシュッ!


「その程度の魔法…………。撃ち落とすなど容易い。」


ざわざわ


「見たか、ハインリッヒ。」


「あぁ……。」


飛んで来る魔法を、魔法で撃ち落とすには相当の技術が必要であるが、スティファニー・モトはそれを容易にこなしているように見える。


そして、マリー・ステイシア。防御魔法は瞬間的に発動するだけなら、それほど難しくはないが、それを長時間持続するのは至難の技である。しかも、マリーは防御魔法を維持しながら、攻撃魔法も繰り出した。


「二人とも高校生のレベルを越えているな。」


マゼラン帝国近衛騎士団の二人は、一流の魔導士を間近で目にする機会が多い。その二人に認められたなら、既に二人は魔導士として十分に通用すると言える。


「しかし、このままでは勝負はつかない。」


「次に何を繰り出すのか。楽しくなって来たではないか。」




【紅の魔女③】


(やはり、あの防御魔法は簡単には崩せないか。)


魔力の総量なら、負けるとは思わない。しかし、通常の魔法攻撃が通用しないのは理解した。ならばと、スティファニーは右の手を天に掲げた。


ボボボボボボボボボボ!


ボワッ!!


ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴォ!!


「!」「!」「!」


「なんだ、あの魔法は!?」


ざわざわ


驚いたのはカール・バウアーだけではない。『魔導大会』の会場がどよめいたのは、上空に浮かぶ巨大な炎の塊を目にしたからだ。円形のその塊は直径にして10メートルはあるだろう。


「炎の持続魔法か!」


「信じられないな………。」


防御魔法を持続させる事も難しいが、攻撃魔法を持続させることは更に難しい。攻撃魔法はその性質上、一気に放出した方が遥かに簡単なのだ。


紅の魔女


スティファニー・モトの魔導士としての素質は、どうやら本物らしい。


「くらえ!サン・フレア!!」


ボワッ!


モトの掛け声と共に、巨大な炎の塊がマリーの頭上へと放たれ、一気に円盤を包み込む。


ボボボボボボボボボボボボッ!


円盤を護る『光の魔法』と全てを焼き尽くす『炎の魔法』。互いに持続魔法であるが為に簡単には消滅しない。


「これは、魔力の総量の勝負となる。先に魔力が尽きた方が負けるか………。」


ゴクリ…………。


それならば、勝つのはスティファニー・モトだろう。試合が始まる前からモトの魔力は会場を支配していた。


ボボボボボボボボボッ!


少しづつ、炎の魔法が光の防壁を削り始めた。勝負はついたと誰もが思う中、ゼクシードは笑っていた。


(ふふ……。それにしても…………。)


『悪魔禁書』を隠しつつ、ここまで魔法を使いこなすとは、マリーの素質は底が知れない。


そして…………。


(悪魔の存在すら光の魔法で隠す気か、マリー。)


会場にいる誰もが、その存在に気付かない。光の魔法のスペシャリストであるゼクシードすら、ようやく探知出来るほどの巧妙な魔法。


ボボボボ…………。


「!?」


闇が……………。


スティファニー・モトが作り出した炎の塊が、闇に侵食されて行く。


「闇の魔法だと!?」


「馬鹿な!!」


近衛騎士団の二人が思わず声を上げるほどの非現実的な魔法。世界には多くの魔導士が存在するが『闇の魔導士』は数えるほどしかいない。そして、二種類の魔法を使いこなす魔導士は更に少ない。


「あり得ない…………。彼女は光の魔導士だろう!」


そして、光と闇のエレメンタルは、その性質が真逆である。『光の魔法』と『闇の魔法』を同時に扱える魔導士など、この世に存在するはずが無い。


ざわざわ


(驚くのも無理は無い…………。)


悪魔の存在を知らない者からすれば、マリーが二種類の魔法を操っているように見える。しかし、現実は更に非現実的である。闇の魔法を繰り出しているのは、マリーではなく『悪魔』なのだから。


「ふっ……。こんなもの、誰が信じられようか。」


ゼクシードは呆れて笑うしか無かった。