MARIONETTE- Еmma


【遭遇①】


ビギビキ


ふしゅう………


───完全シンクロ───


それは、究極の機動兵器


ヨーロッパ連邦共和国のSS級兵士である、シュバルツ・シュナウザーは、シンドウの動きを捉える事が出来ない。


バシュッ!


『くっ!』


『損傷率63%』


『シュバルツ隊長!』『援護します!』


ビュン!シュバッ!


ガギガギガキィーン!!


『!』『!』『!』


シンドウは嗤う。


『共和国の機動兵士の実力は、こんなものか。』


まるで、人間のようにシンドウは語り掛ける。とても死んでいる遺体に取り付くパラサイトには見えない。


『完全シンクロ…………。貴様、本当にパラサイトなのか!』


『……………蒼いイナズマ、何を驚いている。お前の実力はその程度か。』


優れた運動神経と動体視力、瞬発力にパワーを持ち合わせた選ばれた兵士、それが機動兵士である。その中でもSS級兵士と呼ばれるシュバルツは、機動兵士の中でも実力は最上位のはずだ。


幼少の頃から貧弱で、同級生に虐げられていたシンドウにとっては、シュバルツは雲の上の存在であり、手も足も出ない程の実力差があって然るべき。


それが、どうだ。


『完全シンクロ』により、超人的な能力を身に着けたシンドウの攻撃を、シュバルツは防ぐ事すら難しい。実力差は歴然だ。


『ふ…………。』


成功だ────


『ふははは、は!』


理論的には、パラサイトとなったシンドウに勝てる機動兵士など存在しない。あらゆるパラメータが最高値を叩き出しているからだ。しかし、データと実戦が違う事をシンドウは知っている。能力では人間を上回るパラサイトが極東戦争では全滅させられた。それゆえの実戦経験。最初の相手として選ばれたシュバルツ・シュナウザーが、この程度の実力ならば拍子抜けも良い所だ。


ふしゅう……………


人間か、パラサイトか………。


(確かに、そんな事はどうでも良いな。)


シュバルツは、光学槍(ランス)を構え直した。奴の正体など、倒してからいくらでも暴く事が出来る。ならば今は、奴を倒す事に全力を尽くすべきだろう。


ビビッ!


『シンクロ率97%』


蒼い光学槍(ブルーランス)が、薄っすらと光を帯び、シュバルツの意識が投影されて行く。機動兵器マリオネットには、その人間が持つ能力を何倍、時には何十倍にも増幅させる力がある。足の速い人間がマリオネットを装着すれば、誰よりも速い兵士が誕生し、力のある者が装着すれば、強力なパワーを持つ兵士が誕生する。


それは、運動神経にだけ言える事ではない。精神力をも増幅させるマリオネットには、数値で表せない強さが隠されている。


シュバルツは精神力の兵士。


ビビッ!


『シンクロ率100%』


ビュン!


『ブルーランス!』


シンドウのスピードが10だとすれば、シュバルツのスピードは5割程度。瞬発力、反応速度、動体視力、その全てに於いてシュバルツを上回るシンドウは、蒼い光学槍(ブルーランス)の軌道を見極め、最小限の動きで躱す事すら可能である。


すっ


グワンッ!


『!』 


シュバッ!


ビビッ!


『損傷率17%』


(軌道が変わった!?)


この戦闘に於いて、初めてシンドウの装甲の耐久値が削られた。


ビビッ!


『シューマ、アン、力を貸してくれ。』


『もちろんだ。』『ラジャ!』


ビュン!


ザザッ!


正面にシュバルツ・シュナウザー、右後方にシューマ、左後方にアンが配置。彼等はただの機動兵士ではない。ヨーロッパ連邦共和国の中でも屈指の機動兵士。


シュバルツは周囲のパラサイトに動きが無い事を確認する。


『貴様がパラサイトを支配していると言う話、どうやら本当らしいな。』


『……………。』


『正直、他のパラサイトが動けば俺達が勝つ可能性はゼロだ。しかし、お前一人なら勝てない事も無い。』


『…………ほぉ。』


『機動兵士の戦闘の基本はチーム戦だ。それを見せてやるよ。』  


シュバッ!


3方向からの一斉攻撃。


機動兵器『マリオネット』には、それを装着した人間の能力を増幅させる力がある。シンクロ率が高くなればなるほど、能力の拡大幅が増加する。


ガギガギガキィーン!


『はっ!』


ガキィーン!


『こっちよ!』


グワン!


ガキィーン!


(流石に速い……………。しかし!) 


『蒼い光学槍(ブルーランス)!』 


ズバッ!


『!』


ビビッ!


『損傷率37%』


(ちっ!)


シュバッ!


シンドウは慌てて3人の兵士から距離を取った。


(なるほど、物理的限界か…………。)


1対1の戦闘であれば、単純に戦闘能力の高い方が有利になる。しかし多対1の戦闘では状況が全く異なる。装着している人間の肉体的機能が、機動兵器『マリオネット』の性能に追い付かない。相手のレベルが上がるほど、複数同時攻撃には対処出来ない。


『お前、パラサイトの弱点を理解しているのか?』


『…………言ってみろ。』


『人間を凌ぐ超人的な能力を誇るパラサイトは、その力ゆえに自滅する。自らの腕の間接を外し、時には骨を切断して敵の攻撃を回避する。殆どのパラサイトは、そうやって自滅して行く。痛みを感じないゆえの代償とも言えるがな。』 


『……………。』


『極東戦争で見つけたパラサイトの弱点。それがあの戦争で人類が勝利した理由だ。』


チーム戦による同時攻撃で、パラサイトに物理的限界を越えさせる事が出来れば勝てると、シュバルツはそう告げる。


『ふむ…………。ほぼ俺の見解と同じだ。』


『…………。』


『猿レベルの知能しか持たないパラサイトであれば、それは有効な手段、認めよう。』


ふしゅう…………


『しかし、パラサイトの弱点はそこではない。』


『なに?』


『知能だよ………。平均にして人間の脳の83%しか再現出来ない劣化型パラサイトには限界がある。奴らは獣と同じだ。』


『………。』


『そこでだ。人類最高の頭脳を持った人間の脳を、100%再現出来るパラサイトが現れたらどうなる?』


『人類最高の頭脳…………だと?』


『それが俺だ。俺は『完全シンクロ』を実現させた唯一のパラサイト。弱点など無い。』




【遭遇②】


ビビッ!


『第28区008地点にて、シュバルツ総隊長の部隊とパラサイトが交戦中!』


『3人………!生き残りは僅か3人か!』


『パラサイトの数は4体…………。いや、敵パラサイトに味方の機動兵器の識別反応を確認!どうなってるの!?』


ビビッ!


『シュバルツさん!エマです!状況を教えて下さい!』


ハンドラー隊よりも早く、現場に駆け付けたのはエマ総隊長の率いる部隊だ。人数は5人、他の指揮下の兵士達は別の地点でパラサイトと交戦中だ。


『エマ総隊長、助かった。』


シュバルツは応答する。


『詳細は後だ!優先されるのはシンドウ!この男を倒さなければならない!』


『シンドウ!?』


シュバルツの蒼い装甲が一段と闘気を纏って行く。


『人類最高の頭脳?笑わせるなシンドウ。お前は俺の策に嵌まった。』


ザッ!


ザザッ!


『お待たせしました!』


『こいつがシンドウ!敵の機動兵士!?』


エマ、ジャンセン、ゴールドシュミット、他に2人の機動兵士がシュバルツ達に合流し、ヨーロッパ連邦共和国の機動兵士の数は8人となる。対するパラサイトはシンドウを含めて4体。人数的には未だに厳しいが、勝率はぐんと上がる。


なぜなら、駆け付けた兵士はただの兵士では無い。



──────戦慄の女神



対パラサイト戦闘に於いて、エマ・スタングレーほど、頼りになる機動兵士は存在しない。


『この男がパラサイトの黒幕だ。』


『!』『!』『黒幕?』


『どう言う事ですか!?』


『どうやっているかは分からんが、奴がパラサイトを統率している。そして強い!油断するなよ!』


ふしゅう…………


シンドウは新たに駆け付けた5人の機動兵士を一望する。いや、シンドウの瞳に映るのはエマ・スタングレー一人だけだ。


(エマ・スタングレー…………、久し振りだ。)


極東戦争でのエマの活躍は、偵察用ドローンで全て観察している。当時の年齢で16才、その若さで世界最強との呼び声が高い機動兵士。


ゾクゾク


これは高揚感だ。まるで最愛の恋人と再会したかのような感覚。シンドウの本体は既に肉体のある身体ではなく、マリオネットに内蔵されているCPUにある。


(ふん…………。機械が人間を見て興奮するとは。)


スチャ!


『我が名はシンドウ。』


まずは、スピード勝負と行こう。


ビュン!


『!』


ガキィーン!


『!』『!』『!』『!』『!』


バッ!


ガキガキガキィーン!


シンドウの怒涛の攻撃を、エマは神速の受けで応戦する。そのスピードは徐々に速くなり、一瞬の隙も見せられない。


ゴクリ…………。


(速い…………。)


シュバルツは目を見開いた。シンドウの赤と黒の装甲と、エマの薄い桃色の装甲が交互に入れ代わり、下手に手出しが出来ない。これでは連携攻撃をする余地が無い。


『次元が違う…………。これほどとは………。』


ズバッ!


『きゃっ!』


ビビッ!


『損傷率23%』


(強い…………。)


エマを相手に、ここまで戦える兵士は久し振りだ。一瞬でも気を抜くと確実に殺られる。


ビビッ!


『シンクロ率95%』


(もう少し……………。)


シュバッ!


ガキィーン!


ビリビリ!


(凄いな…………。これが本物。)


極東戦争時のデータなら全て記録している。エマ・スタングレーはスピード型マリオネットを操る兵士で、瞬間速度は極東戦争に参加した機動兵士の中では最速。パラサイトの平均速度をも上回る稀な兵士。完全シンクロにより、極限のスピードを手に入れたシンドウと五分に渡り合えるとは全く畏れ入る。


(そろそろ………本気を出すか。)


ビビビビビビビビッ!


『!』


人間時代の全ての行動本能、思考回路をシャットアウト。エマを倒す為のシミュレーションを無限再生。無駄な動きを排除し、完璧な動きで敵を排除する。


シュバッ!


『!』


バシュ!


ビビッ!


『損傷率48%』


(動きが変わった!?)


ビュン!


ガキィーン!


グルン!


バシュ!


ガキガキガキィーン!


ビリビリ!


シンドウの不規則な動きに戸惑うエマ。これは人間の戦闘ではない。


『何を驚いている。俺はパラサイトだぞ。』


『!?』


ズバッ!


『損傷率80%』


『くっ……………。』


(パラサイト?いや、パラサイトとも動きが違う。)


まるで、機械を相手にしているような感覚。


す─────


『む?』


エマ・スタングレーは光学剣(ソード)を天に向けて構えた。


(………何のつもりだ?)


こんな構えのエマは見た事が無い。


(アロン………貴方の技を借りるわね。)


ゴゴゴゴゴゴォ!


ピカッ!


エマの光学剣(ソード)が太陽光を浴びて光り輝く。


『天剣!』


───────アポロン!


 

『!?』


ブワッ!


光学剣(ソード)が振り下ろされると同時に、大気が歪み大地が吹き飛んだ。


ドッガーン!!


『くっ!』


ビビッ!


『損傷率77%』


(何という威力だ!掠っただけで耐久値が持って行かれた!?)


これまでのエマ・スタングレーは、瞬発力を活かしたスピード型の戦闘スタイル。しかし、この攻撃は攻撃力を重視したパワータイプ。シンドウのデータには無い戦い方だ。地面が吹き飛び、大地が陥没するほどの威力に、シンドウは上空へと吹き飛ばされる。


しかし、直撃ではない!


モワッ!


この爆煙が切れた瞬間に攻撃に移る!


ビビッ!ビビッ!ビビッ!


『!?』


その時、モニターに映し出されたのは、共和国軍の機動兵士達の姿だ。


『うぉりゃあぁぁ!』『今よ!』『死ね!!』『はっ!』


『貴様ら!?』


ガキガキガキィーン!!


四方向からの一斉攻撃をシンドウは超反応で防ぎきる。


グンッ!


しかし、共和国軍の攻撃は終わらない。


『ブルースネイク!!』


『シュバルツ!?』


蒼い軌道の光学槍(ブルーランス)が、変則的な動きでシンドウに襲い掛かる。


『くそっ!』


ガキィーン!!


『これも防ぐか!』


エマの攻撃は、仲間が攻撃する為の伏線にすぎない。連携こそが人類の最大の攻撃!


シュッ!


『今だ!アン!』


ヨーロッパ連邦共和国軍S級兵士、アン・スカーレットが、光学剣(ソード)を振り上げるのが見えた。


(くそっ!態勢が崩れている!)


損傷率は77%、下手をすると次の一撃で負ける。ならば……………。


ゴキガギ………。


(間接を無理やり外して対応する!)


ガキィーン!


『!』


痛みを感じないパラサイトの真骨頂だ。


シュン!


『エマ!?』


それはパラサイトの弱点でもある。利き腕の間接を外した状態では、二度目の攻撃は防げない。空中でアンと入れ替わるように現れたエマ・スタングレーが高速の剣を叩き込む。


『はぁあぁぁぁ!!』


シンドウは悟った。これが機動兵士の戦い方なのか。個別の戦闘能力で劣る人間が、パラサイトを狩る方法は集団によるチーム戦。世界最高峰の機動兵士であるエマ・スタングレーですら、仲間の助けが必要だと。


『ギギ!』『ガガガ!』『ギガ!』 


バチバチガキィーン!!


『!』


(パラサイト!?)


それまで、傍観していた3体のパラサイトが、シンドウを助けるように乱入し、エマの高速の剣を防いで見せた。


『そんな!』『パラサイト!?』『馬鹿な!』


極東戦争に於いて、パラサイトが他のパラサイトを助けるなんて事例は確認されていない。


ズサッ!


ふしゅう………………


『エマ…………。』


『!』


『俺はパラサイトを操る事が出来る。』


『そんな、まさか…………。』


『お前とは、1対1で戦いたかったが残念だ。先にこの決闘を汚したのはお前達だ。その報いを受けるが良い。』


ビビッ!


ビビビビ!


ビビビビビビビビビビビビッ!


『!』『!』『!』『!』『!』『!?』




そこからの戦闘は地獄となった。


『シュバルツ隊長!大変です!』


『これは…………、どうなってる!?』


モニターに映し出されたのは、数十体のパラサイト反応。4体しか居なかったパラサイトが急増している。


『識別反応は共和国軍!どう言う事ですか!?』


黄色い点滅は敵であるパラサイトの表示であるが、マリオネットの識別はヨーロッパ連邦共和国軍のもの。


『これでは、まるで、戦死した仲間の兵士がパラサイトに取り込まれた感じで…………。』


有り得ない。ヨーロッパ連邦共和国の機動兵器『マリオネット』には『強制シンクロ』装置は組み込まれていない。


─────パラサイトになる訳が無い


ビビッ!


『パラサイトの数は既に30体を越えています!まだ増えています!』


『すぐに撤退しましょう!この数のパラサイトには勝てません!』


エマはシンドウを睨みつけた。


『これは、貴方が……………。』


『戦慄の女神、エマ・スタングレーよ。生き延びる事が出来たなら、また会おう。』



─────機動兵器シンドウ




これが、エマとシンドウの最初の遭遇である。