MARIONETTE- Еmma
【戦慄の女神①】
西暦2☓☓0年
この時代、高度に発達した科学技術は旧来の主力兵器である戦闘機も戦車もミサイルまでも、無力な鉄屑へと変えていた。
新たな主力兵器として登場したのは『パワードスーツ』、通称『マリオネット』と言われる機動兵器だ。大量破壊兵器にとって変わった『マリオネット』は、人類の戦闘方法を大きく変えた。
戦闘に必要なのは個人の能力。戦争は主に機動兵士同士の戦闘により決着する。旧来型の戦争とは違い、多数の民間人が巻き込まれる危険は減少した。
ゆえに戦争は激化した。
抑止力と言う概念は無くなり、世界中で戦争が巻き起こる。優れた兵士がいれば小国が大国に打ち勝つ可能性すら出て来るのだから、簡単に戦争が起きる事態となった。
そして、戦争に参加した国々は考える。もしも強制的に『シンクロ率』を上げられるなら、無敵の軍隊が誕生するだろう。最初に『強制シンクロ』装置を開発したのは極東にある島国である。
ビビッ!
『シンクロ率200%』
それは予想通り、絶大な力を発揮した。極東の島国は相手国の1/10の兵力で敵国を打ち負かして行く。その技術はやがて世界中の国々へと広がり世界は『強制シンクロ』を競い合うようになった。
それが悲劇の始まりとも知らずに……………。
東にある大陸で大きな戦争が起きた。この時点では『強制シンクロ』は常識となり、極東の島国の優位性は無くなっていた。そして、大部隊を大陸に送り込んだ極東の島国は大敗を喫する事となる。
「生命反応は有りません。」
「全滅……………。」
「馬鹿な!」
全兵力の80%を投入した極東の島国は、もはや立ち直れない程の被害を被る。
ビビビビビビビビビッ!
「…………何だ?」
そこで異変が起こる。
全滅したはずの機動兵士達が、次々と起き上がり始めた。応答にも反応しない無言の兵士達。驚く事に無言の兵士達の『マリオネット』の耐久値は自然と修復されて行く。
「何が起きている!」
「わかりません!」
「しかし!我が部隊は復活を成し遂げました!!」
それは、奇跡であった。
倒されても自然と耐久値を回復する機動兵士はまさに無敵の軍隊。瞬く間に敵の機動兵士を全滅させた極東の島国の兵士達は大歓迎のもと本国に迎えられる。
ビビビビビビビビビッ!
そこから悲劇が始まる。本国へ帰国した機動兵士達が無差別に殺人を開始したのだ。この時代の最高科学兵器である『マリオネット』に対抗出来る兵器は存在しない。島国の住人達は『マリオネット』に蹂躙され殺害された。
世界はこの殺人部隊を恐れた。
人間の命令を聞かず、倒しても修復して復活する機動兵士。連合国と言われる機動兵器『マリオネット』先進国の国々は戦力を極東の島国に集結させる。
ビビッ!
『敵の部隊です!戦力はおよそ300!』
『まずは首都を奪還する!気を抜くな!』
戦闘は激化する一方だ。
そして連合軍の研究者達は無敵の軍隊の謎の究明に成功した。
驚く事に機動兵器『マリオネット』は、人間の脳に侵食し脳からエネルギーを吸収する。それにより破壊された装甲を修復し活動を継続し続ける。この時点では既に『マリオネット』を装着した兵士は死亡している事も確認された。
「まるで寄生虫ですね………。」
─────『パラサイト』─────
連合国の研究者は、彼等の事をそう名付けた。
本来『マリオネット』とは、装着した人間が機動兵器に働き掛け能力を引き出す仕組みである。しかし『強制シンクロ』装置は機動兵器側から人間の脳を刺激する仕組みであり、その構造原理は真逆である。
『パラサイト』を産みだす原因は『強制シンクロ』装置である事が判明したのだ。
西暦2☓☓0年
イスラエル 首都エルサレム
「よくぞ、戻りました。エマ…………。アロン………。此度は大変な任務でした。」
極東の島国での戦闘は熾烈を極め、派遣された連合国の兵士達は、その大半が戦死した。イスラエル軍特殊部隊の中でも、無事に帰国出来た兵士はエマ・スタングレーとアロン・ファスナーのみで、他の兵士は全員が戦死、犠牲者の数は48名にも上る。
イスラエル軍特殊部隊
エマ・スタングレー中佐
17歳になったばかりのエマは、マリオネット先進国であるイスラエルの中でも、将来有望な兵士である。
「サラ様…………。多くの犠牲者を出しました。無念で御座います。」
「敵は前代未聞の化物『パラサイト』です。貴女が無事に帰国出来ただけでも、私は嬉しい。」
鎮痛な面持ちで謝罪するエマを、サラは優しい言葉で労う。
実際、今回の戦争は歴史的に大きな転換期を迎える事となった。連合国ではマリオネットの『強制シンクロ』を禁止して、同じ悲劇を繰り返さない事を誓ったものの、一部の国家は『強制シンクロ』の研究を続ける事となり、更なる悲劇が世界を覆った。舞台は、西暦2☓☓2年のヨーロッパ、極東での事件から二年後の話である。
西暦2☓☓2年
ヨーロッパ連邦共和国東部(旧ポーランド)
ビビッ!
「エネルギー反応!ウクライナ方面より機動兵士を発見しました。」
「ウクライナ方面?どこの国だ?」
ビビッ!
「識別不能、応答は有りません。」
「数は…………。」
共和国軍のリーダーである兵士、ヘドリック・ジャンセン隊長は、モニターに映る敵の数を確認する。
「37、38、39………………!?」
(何だ、この数は………、戦争でもするつもりなのか?)
機動兵士の数は、有に50人は越えていた。
この時代のヨーロッパ連邦共和国は、ヨーロッパ大陸の大半を支配する巨大国家であり、マリオネット先進国でもある。世界各地で戦争が起きても、ヨーロッパ連邦共和国に侵攻する国は皆無であり、本気で侵攻するなら自殺行為だ。故に兵士達は自らの目を疑った。
「第28区警備隊!総員戦闘準備!!」
「ラジャ!」「ラジャ!」「ラジャ!」
「『マリオネット』、オン!」
「『マリオネット』、オン!」
「『マリオネット』、オン!」
ギュイーン!ギュイーン!ギュイーン!
ヨーロッパ連邦共和国が誇る量産型マリオネット『フリーダム』を装着した兵士の数は30人。マリオネットの戦闘は通常チーム戦で行われる。5名1組の部隊が6隊で合計30人だ。第28区警備隊のジャンセン隊長は、ここで敵兵の異変に気が付く。
(どういう事だ?現れた機動兵士の動きがバラバラで全く統率が取れていない…………。)
『パワードスーツ』が開発されて、既に数十年の時が経過している。その間に様々な戦術が生み出され、少人数、通常は5人〜6人のチーム編成での戦闘が機動兵士戦闘のセオリーとなっている。理由は2つ。
いかに優れた機動兵士であっても、複数人の機動兵士に囲まれると対応が難しく、単独戦闘は不利とされる。逆に多人数のフォーメーションでは、機動兵士の最大の武器である機動力が相殺される。5〜6人でのチーム編成が、最も効果的で指揮を取りやすい。
しかしである。現れた未確認機動兵士達は、それぞれが自分勝手に行動し、とても指揮が統率されている様子には見えない。
ビビッ!
『隊長!』
『どうした?』
そこで、新たな一報が入る。
『奴ら………、民間人を襲っています!』
『なに!?』
『街中に侵入した奴らが、次々と民家を襲い殺戮を始めました!どうしましょうか!』
『馬鹿な……………。』
現代戦闘に於いて、戦争とは機動兵士VS機動兵士で行うものであり、民間人を攻撃する事は国際条約で禁止されている。そもそも民間人を攻撃するメリットが殆ど無い。
(いや…………、まさか。)
─────『パラサイト』─────
ジャンセンの脳裏に浮かんだのは『パラサイト』と呼ばれる機動兵士の俗称だ。二年前の極東に現れた異形の機動兵士。奴らは好んで民間人を襲っていたと聞く。なぜなら人間は『パラサイト』のエサだからだ。
『くそっ!全部隊へ告げる!民間人を救出する!敵兵はパラサイトの可能性がある!十分注意を払え!!』
ビビッ!
『フォーメーション303!敵機動兵士を取り囲んだ!』
『良し!ジャックとアンソニーは左右から攻撃しろ!シュミットとマリーは後方から、俺は正面から攻撃を仕掛ける!!』
『ラジャ!』『ラジャ!』『ラジャ!』『ラジャ!』
グワッ!ブルン!
ガキガキィーン!!
『!』『!』
敵の機動兵士の反応速度は、ジャックとアンソニーの予想を遥かに上回るものであった。通常、機動兵士の強さはマリオネットとのシンクロ率に比例する。シンクロ率が100%となった時点で最大限の能力を発揮する事が出来る仕組みであるが、100%のシンクロ率を達成する事は案外難しい。一流の兵士であっても90%を越えれば上出来で、100%に達する兵士は殆どいない。
しかし
ブワッ!!
『ぐわっ!』『きゃっ!』
ビビッ!
『損傷率33%』『損傷率24%』
パラサイトの反撃により二人の兵士の装甲の耐久値が削り取られる。
(反応速度が異常に速い!やはり、パラサイト!!)
ジャンセン隊長の予想は的中した。
パラサイトには、シンクロ率など関係無い。パラサイトの本体は『パワードスーツ』そのものであり、人体と一体となった機動兵器。
ババッ!ズサッ!
その時、後方から攻撃を仕掛けるのはシュミットとマリーだ。
『今だ!マリー!!』『任せて!』
いかにパラサイトとは言え、後方から攻撃されては防ぎようが無い。人類は機動兵士の戦闘方法を熟知している。
グルンッ!
『!』『!』『!』『!』
しかし、パラサイトの持つ光学剣(ソード)が異常な方向から飛んで来た。
『な!?』
グサッ!ズバッ!
『きゃあ!』『くっ!』
ビビッ!
『損傷率24%』『損傷率33%』
(関節を外した!?)
『くそっ!』『隊長!危ない!!』
グルンッ!
ズバッ!!!
(馬鹿な!?)
ビビッ!
『ぐぉ!』
『損傷率28%!』
─────有り得ないだろう!?─────
それがジャンセンの率直な感想であった。正面を向いたまま、後方の二人に攻撃を仕掛けて、次の瞬間には正面のジャンセンを攻撃する。5人からなる連続攻撃が全く通用せずに、逆に全員が返り討ちに合う。
(どんな反応速度だ……………。)
ババッ!
『全員距離を取れ!!』
『ラジャ!』『ラジャ!』『ラジャ!』『!』
ズバッ!!
『きゃぁぁ!!』『マリー!!』
もともと瞬発力が違い過ぎる。パラサイトとの距離を取ろうとしたマリーが、追撃され光学剣(ソード)の餌食となった。
ズバッ!バシュ!ビジャッ!
ビビッ!
『損傷率!リミットオーバー!』
バチバチバチバチ!
ドッガーン!!
『マリー!!』『マリー!!』『マリー!!』
全ての物理攻撃を無効化し、光学兵器でのダメージすら装着した人間には伝わらない『パワードスーツ』は、人類が発明した最高の戦闘兵器と言える。しかし『パワードスーツ』通称『マリオネット』も無敵ではない。装甲の耐久値が消耗しゼロになった時点で『パワードスーツ』は爆発音を上げて解除される。マリオネットが解除されると、残された人間は無防備の人間に過ぎない。
「た………助けて……………。」
そして、パラサイトは予期せぬ行動に出た。
ガバッ!
「!?」
光学剣(ソード)ではなく、剣を持たない左手をマリーの頭部に充てると、その人差し指を頭の中へと突き刺した。
ズボッ!
「!!」
『うぉおぉ!?』『マリー!!』『何を!?』
ドクドクドクドクドクドクドクドク
それはジャンセン達にとって、初めて見る光景である。人間の脳内へ指を突っ込み、何かを吸収している様に見える。
しゅう
しゅう
人間はパラサイトのエサであり、パラサイトの好物は人間の脳味噌だ。
『馬鹿な…………。』
『指先から吸収したの…………?』
『噂には聞いていたが、これがパラサイトか。』
『…………マリー………………。』
【戦慄の女神②】
人類は、未だかつてない敵に再び遭遇する。
二年前、極東の島国に現れたパラサイトの数は、およそ400体と記録されている。これは大陸へ向けて出発した極東の機動兵士全体の兵士達の8割にも及び、大半の兵士がパラサイトに取り込まれた事になる。
『強制シンクロ』装置
極東の島国は、特殊な『強制シンクロ』装置を新たに開発し実戦投入していた。おそらく、それが要因であろう。連合国の研究者達は、そう結論付けた。
全てのパラサイトを駆逐する為に、連合国から極東へ送られた兵士の数は2000人を越えた。その数はパラサイトの5倍である。5倍の兵力をもって、ようやく絶滅させたはずのパラサイトが、ヨーロッパに現れるなど誰が予想出来ただろうか。ヨーロッパ連邦共和国、第28区警備隊の総隊長であるヘドリック・ジャンセン隊長は自らの過ちに気が付いた。今回、現れたパラサイトの数は57体。対する第28区警備隊の機動兵士の数は30人。
最初から勝ち目は無かった───
民間人を助けるなどと、甘い考えを起こしたのが間違いだ。この人数では絶対に勝てない。
シュバッ!
『!』
ズバッ!バシュッ!
バチバチバチバチバチバチバチ!
ドッガーン!!
『アンソニー!!』
『くそっ!退却だ!全隊員に命令だ!撤退せよ!』
ジャンセンは指揮下にある第28区警備隊に撤退命令を下す………、が、、、
バチバチバチバチバチ!
ドッガーン!ドッガーン!ドッガーン!
面前にあるモニターに映る赤い点滅、つまり味方の機動兵士の反応が次々と消滅して行くのが見えた。
『隊長!!』
『ジャック!!』
ズバッ!!
ジャックの伸ばした手は、ジャンセンには届かない。
バチバチバチバチバチ!
ドッガーン!
『…………ジャック………。』
もはや、戦場は地獄と化していた。パラサイトの動きは、共和国軍の機動兵士の動きを遥かに上回り、まるで大人と子供の戦闘である。
噂には聞いていた。
2年前の極東での戦闘は、ヨーロッパ連邦共和国からも多くの犠牲者を出している。しかし、ここまで強いとは思わなかった。
『うぉおぉぉぉぉ!!』
ジャンセンは光学剣(ソード)を振り上げてパラサイトへと突進する。目の前で仲間を殺されて、既に理性的な判断は失っている。
グワン!
ガキィーン!!
パラサイトは当然のようにジャンセンの光学剣(ソード)を受け流し、そのままジャンセンの頭部へ自らの光学剣(ソード)を叩き込む。
ズバッ!
ビビッ!
『損傷率78%』
後ろへ大きく吹き飛ばされたジャンセンを、更にパラサイトが襲い掛かる。
死を悟った……………。
(こんな化物相手には勝てない。)
ジャンセンがそう思った時に、パラサイトの身体が蹴り飛ばされるのが見えた。
『うぉりゃあ!』
『シュミット!?』
『何やってんすか隊長!早く逃げましょう!』
アーサー・レイン・ゴールドシュミット
英国貴族の血を引く若手兵士がジャンセンの部隊に配属されたのは一ヶ月前の事だ。この時代には貴族は愚かイギリスと言う国家も存在しない。しかしシュミットは、自分の遠い祖先がイギリス貴族だと言う事に誇りを持っている。
『北西の方角から逃げましょう!敵の数が少ない!』
隊長であるジャンセンよりも、よほど冷静に状況判断が出来ているように見える。
それから二人は一目散に逃げ出した。パラサイトの追撃はそれほど多くなく、2体のパラサイトと戦闘になったが、シュミットが上手く捌いて致命傷は間逃れた。
『はぁ、はぁ、はぁ………。』
『敵兵士…………、パラサイトの反応が無くなりました。』
面前のモニターには、敵も味方の兵士の反応も無く、かなり遠い場所まで逃げた事になる。
『ここは、第27区か…………。他の兵士は逃げ切れただろうか。』
『……………、おそらく無理でしょうね。味方兵士の反応は随分と前に無くなっています。』
『……………そうか。』
(シュミット…………、逃げながら他の兵士のレーダー反応を確認していたのか………。)
ゴールドシュミットの年齢は19才で、軍隊に加入してから1年しか経っていない若手兵士であるが、これでは、どちらが隊長か分かったものではない。ジャンセンは苦笑いをした。
『パラサイト…………、想像以上の強敵っすね。』
『あぁ…………。完全に俺の判断ミスだ。』
『仕方ないっすよ隊長。とにかく本部へ戻り報告しましょう。』
ヨーロッパ連邦共和国東部(旧ポーランド)で起きた突然の戦闘により、第28区警備隊30名のうち28名が戦死した。生き残ったのは僅か2名。対するパラサイトの被害はゼロで、一人もパラサイトを倒す事が出来なかった。
これは緊急事態である────
【戦慄の女神③】
ヨーロッパ連邦共和国大統領府
「まさかパラサイトが再び現れるとは………。どこの国の兵士か確認は出来たのか?」
大統領の質問に答えるのは、共和国陸軍歩兵部隊総司令官である、ドルトムント・ガスターである。
「中央アジアの小国『マグリル共和国』の歩兵部隊が行方不明になっています。おそらく、パラサイトに取り込まれたのかと。」
「『マグリル共和国』、反連合国に属する小国か………。」
「奴らは『強制シンクロ装置』の開発を続けていたのでしょう。これ以上のパラサイトの発生を防ぐ為にも滅ぼす必要が有るかと。」
「………それは後回しだ。今は第28区に現れたパラサイトの殲滅が最優先だ。……殺れるか?」
「お任せ下さい。既に部隊の編成を急がせております。50名からなる部隊を3編成、合計150名の機動兵士で対処予定です。」
「150名…………。我々も2年前の極東での戦闘で大きな被害を受けた。人員が不足しているのは承知している。しかし、150名だけで大丈夫なのか?」
大統領が危惧するのは、もっともな話である。極東戦争ではパラサイトの5倍の兵力でようやく勝利したものの多くの犠牲者が出た。今回、現れたパラサイトの数は60体に近い。150名の兵力では些か物足りない。
「だからこそです。力の無い兵士を派遣しても犠牲者が増えるだけです。少数精鋭とまでは行きませんが、選ばれた兵士は優秀な兵士ばかり、機動兵士の戦闘は数よりも質が大きく影響します。」
「…………ふむ。」
「それに、部隊の総隊長を任せる3名は全員が極東戦争の生き残りです。」
「ほぉ………。それは誰かね?」
「はい。ヨーロッパ連邦共和国陸軍歩兵部隊、SS級兵士である、ハインリッヒ・ハンドラー。同じくSS級兵士、シュバルツ・シュナウザー。」
極東戦争でのハンドラーの実績はパラサイト16体撃破、シュバルツの実績はパラサイト17体撃破。ヨーロッパ連邦共和国の中ではトップレベルの兵士である。
「そして、もう一人…………。」
ドルトムント・ガスター総司令官は、最後の総隊長の名前を告げる。
「イスラエル軍特殊部隊、エマ・スタングレー中佐。」
「イスラエル軍?………エマだと?」
「はい。連合国の中では伝説的な機動兵士です。極東戦争での実績はパラサイト23体撃破とダントツでトップの数値を残しています。極東戦争で名付けられた彼女の異名は…………。」
────戦慄の女神────
「おそらく、現代の機動兵士の中では最強の兵士です。」
三日後
ヨーロッパ連邦共和国
第27区にある歩兵部隊基地
ざわ
ざわざわ
「隊長………、聞きましたか?」
共和国軍の兵士であるゴールドシュミットが隣に並ぶジャンセンに声を掛ける。
「よせ、俺はもう隊長でも何でも無い。」
ジャンセンとゴールドシュミットは、パラサイト殲滅作戦の150名の兵士の中に選ばれていた。第28区の地理的状況、及びパラサイトとの戦闘を経験した実績が買われたのだろう。
「俺達の部隊の隊長…………。あの伝説の女神らしいっすよ。」
「…………戦慄の女神か。」
カツン
カツン
カツン
ウィーン
「お待ちしておりましたエマ隊長。」
居並ぶ149名の共和国軍兵士。最後に現れたのはイスラエルより駆け付けたエマ・スタングレーだ。
ざわ
ざわざわ
(若い…………。そして、思ったよりも小柄だ。)
パラサイトを23体倒したと言う伝説の兵士。映像では見た事があったが、実物を見ると更に小さく見える。身長はおそらく160cmに届かない程度で欧州基準ではかなり小さい。
「あれで本当にパラサイトと戦えるのか?」
「連合国の宣伝の為に作られた作り話とか?」
ざわざわ
すっ
そこで前に出たのは共和国軍隊長、SS級兵士のシュバルツ・シュナウザーだ。
「2年振りですエマ殿。」
「こ……こんにちは、シュバルツさん。」
エマは緊張した面持ちで返答する。
「あの時は随分と助けられました。改めて礼を言おう。」
ざわ!
ざわざわ
「皆の者!よく聞け!!」
シュバルツが全兵士に向けて号令を掛ける。
「パラサイトは人間では無い!そして強敵だ!油断はするな!!」
ヨーロッパ人にしては珍しい黒髪のシュバルツは、体格も大きく迫力がある。
「しかし不安になる必要は無い!俺達はパラサイトの弱点を知っている!対処方法もだ!2年前とは違う!」
極東戦争の経験は、必ず役に立つとシュバルツは言う。
そして…………。
「何よりイスラエルからエマ殿が来てくれた!戦慄の女神の異名は伊達では無い!彼女は俺やハンドラーよりも強い!」
ざわ
ざわざわ
「あの…………。イスラエル軍特殊部隊エマ・スタングレーです。よろしくお願い致します!」
第28区への『パラサイト殲滅作戦』
人外なる『パラサイト』との戦闘経験がある兵士は、3人の総隊長を除けば殆どいない。しかし、多くの兵士達は、2年前の極東戦争の情報は知っている。
『強制シンクロ』装置による超人的な戦闘能力!
脳を破壊しない限りは殺しても死なない生命力!
その情報が兵士達を不安にさせている。
カツン
カツン
カツン
「『マリオネット』、オン!」
ギュィーン!
だからこそ、兵士達は、その薄桃色の機動兵士に憧れるのだろう。
『エマ・スタングレー!行きます!』
バッ!!
イスラエル製のスピード型マリオネットを操るエマの走行速度は、汎用量産型マリオネット『フリーダム』を装着している共和国軍の兵士達よりも速い。
ビビッ!
『敵マリオネット反応あり!距離2000m!モニターに映る反応は他に2体、それぞれが単独行動です!』
『エマ隊長、俺達が追い付くまで待機してくれ!』
同じ総隊長であるシュバルツの指示に、エマは首を振った。
『いえ、皆さん不安がっています。人類がパラサイトよりも強い事を証明しなければいけない。まずは一体仕留めて来ます!』
『!』
『無茶だ!いくらエマ殿でもパラサイト相手に一対一ではリスクが大きい!』
『任せて!』
グンッ!!
薄桃色のマリオネットが更に加速する。
極東戦争から2年、イスラエル軍の機動兵器の性能は格段に上がっている。何より2年前と違うのは、パラサイトとの戦闘を想定して特訓を重ねて来た。
(一対一の戦闘で負ける訳には行かない!)
シュバッ!!
『!』『!』『!』
(なんて加速だ…………。)
ヨーロッパ連邦共和国の兵士達は、エマの驚異的なスピードに驚いている。モニターに映し出される赤い点滅と、パラサイトを表す黄色い点滅との距離は、ものの数秒で縮まった。
エマは右手に持つ光学剣(ソード)を、前方に向けて構え神経を集中させる。
(最初の一撃が肝心です!全力で行く!)
ビビッ!
『シンクロ率96%』
エメラルド・サファイアの瞳が、薄っすらと輝き出す。エマはユダヤ人と言っても、スラブ民族の血を引く白人系のユダヤ人で、血を遡れば東欧のポーランドに行き着く家系にあたる。つまり、この地はエマにとっての第二の故郷みたいなもの。
ビビッ!
『距離200m!接近します!』
『ギギ…………!』
パラサイトがエマの接近に気付いた時には既に遅い。鋭く突き出された光学剣(ソード)が、パラサイトの腹部を捉えたのはその0.3秒後だ。
ズバババ!!
『グガッ!?』
『うぉおぉぉぉ!!』
ズババババババババッ!!
グワンッ!
『!』
ブルン!!
ザッ!
直後に飛んで来たパラサイトの攻撃を、エマは紙一重でかわし後ろへ飛ぶ。
『ギギギギ……………。』
(やはりパラサイト…………。簡単には行かない……。)
『けれど!』
ビュン!
ガキィーン!!
ババババババッ!
ガギガギガキィーン!!
パラサイトの攻撃を超反応で受け止め、それ以上のスピードで光学剣(ソード)を打ち込むエマ。しかし、その攻撃をパラサイトもまた受け止める。超高速の打ち合いは全くの互角に見える。一度でも反応が遅れたなら、殺られるのはエマだ。
ズバババ!
ガキィーン!
人間には体力の限界があり、精神力の限界もある。長期戦になれば不利は否めない。
ビュン!
次の瞬間、エマの高速剣がパラサイトの死角へと放たれる。普通では防ぐ事が出来ない軌道であるが、それをパラサイトは右肩の関節を外して対応した。
グニャ!
ガキィーン!!
『!』
これは、パラサイトの習性である。装甲の耐久値を削られ無い為の本能。そして、パラサイトが取り込んでいる人間は既に死亡している為に痛みを伴う事も無い。
エマは、これを待っていた───
『はぁあぁぁぁ!!』
バシュッバシュッバシュッバシュッ!!
『ガハッ!?』
ビビッ!
『損傷率73%』
パラサイトとは言え、一度外れた関節を元に戻すには時間が掛かる。その間は左手一本で戦う羽目になるのだ。
『とどめよ!』
ズバッ!!
バチバチバチバチバチバチバチ!
『ギギギギ……………。』
ドッガーン!
これが、極東戦争で編み出したパラサイトとの戦闘方法である。並の兵士ならいざ知らず、エマ・スタングレー相手に左手一本で戦うなど無謀にも程がある。
しかし、ここからだ。装甲の耐久値が無くなり人間とのシンクロが解除された『パラサイト』は、すぐさま人間の脳内からエネルギーを吸収する。復活までの時間には個体差があるものの、推定10秒から20秒。これを知らずに、どれだけの兵士が犠牲になったことか。
ビキィーン!
『はっ!』
ズバッ!
ビチャッ!
人間の脳を光学剣(ソード)で切り裂いたエマに血飛沫が降り掛かった。
──────戦慄の女神──────
極東戦争では、戦闘を終えたエマの薄桃色の装甲は、パラサイトを倒した時に付いた返り血で赤く染まっていたと言う。
(ふぅ…………………。)
エマは自らの装甲の耐久値を確認する。
『損傷率0%』
『まぁ、上出来かしら。』
これにより、人類とパラサイトとの戦争
第二幕が開かれたのである。