MARIONETTE- Еmma
【プロローグ➀】
西暦2060年5月3日
ドイツ連邦共和国 首都ベルリン
ベルリン郊外にある陸軍施設の食堂には、多くの機動兵士達が集まっていた。その顔触れは実に多彩で地元のドイツ連邦の機動兵士に加え、イギリス連邦、フランス共和国、アメリカ合衆国、日本の防衛軍の兵士までが顔を揃える。
「いいぞ!ミッチェル!一万ドルを賭けてるんだ!負けるなよ!」
「イギリス連邦の名に掛けて負けは許さんぞ!ジェームズ!!」
食堂の前方には巨大なスクリーンが設置されており、兵士達は各々が応援する機動兵士に声援を送っている。
「ちょっとした賭博場ですね………。」
七瀬 怜(ななせ れい)は呆れた様子で、向かいに座る仲間の兵士に話し掛ける。
「他に楽しみは無いからな。いつ戦争が始まるか分からない状態だ。じっとしていられない気持ちは分かるさ。」
食堂内には300名を越える機動兵士が集まっており、食堂内にいる日本人は七瀬 怜と大和 幸一(やまと こういち)の2人だけである。
バシュ!
ガキィーン!
ズバッ!
バチバチバチバチ!
ドッガーン!!
「うぉおぉ!!やったぜミッチェル!!」
「さすがは聖戦騎士団だな。フランスの精鋭部隊なだけある。」
「おい!次はいよいよだぞ!」
いつからとも無く始まった対人戦の模擬戦は、多い日には1日に5試合組まれる事もある。そして、本日のメインイベントはイギリス連邦の機動兵士アーノルド・ハシュラム大佐の試合だ。アーノルドは過去にはヨーロッパの機動兵士の大会で優勝した経験もある実力者で、現在はイギリス連邦陸軍特殊部隊の隊長を務めている。昨日までの試合は9戦9勝で、本日勝てば10連勝の記録を打ち立てる。一方の対戦相手は日本国防衛軍に所属する機動兵士で、名前は羽生 明日香(はにゅう あすか)と言った。
「おいおい、対戦相手は若い女性兵士かよ!」
「日本人?羽生 明日香………、聞いた事の無い名前だな。」
賭け率のオッズは20対1と大きな差が開いているが、それは当然の結果だろう。イギリス連邦軍のエース級の機動兵士と無名の日本人兵士では相手にならない。
「七瀬統括隊長………、どう思う?」
大和 幸一は怜に尋ねる。これは、どちらが勝つのか?と言う意味では無い。幸一が質問しているのは、あの日本人兵士は【本当に羽生 明日香なのかどうか】と言う質問だ。
「そうね…………。」
スクリーン越しに見る明日香の雰囲気は、怜が知っている明日香とは明らかに違う。正確に言えば、怜が知っているもう一人の明日香と言うべきか。
「Emma(エマ)…………。確か彼女はそう名乗っていたわ。今の明日香は、エマの雰囲気に近いかしら。」
ゴクリ…………。
「ちっ!賭けとけば良かったか………。」
幸一は残念そうに舌を鳴らした。
七瀬 怜と大和 幸一は日本国防衛軍の中でも5人しか居ない統括隊長のうちの2人であり、日本国の最高戦力である。
ビビッ!
『日本人か…………。』
アーノルドは3年前の横浜紛争を思い出していた。3年前、日本で起きた米軍と防衛軍との戦争に参戦したアーノルドは、日本人の兵士によって敗れた経歴がある。
『悪いが日本人に負ける訳には行かない。アンタには無関係だが、本気でやらせて貰う。』
今回の試合は、あくまで模擬戦である為にアーノルドは自身専用の『マリオネット』を装着はしていない。二人が装着しているのは、ドイツ連邦陸軍が使う汎用型の『マリオネット』だ。つまり『マリオネット』の性能による差は一切ない完全な実力勝負。
羽生 明日香(はにゅう あすか)は、20歳になった。防衛軍に入隊して3年目になる。
(この身体にも随分と馴染んで来たわ………。)
入隊して間もなくの防衛軍での練習中に、羽生 明日香の身体に異変が起きた。明日香の身体に潜むもう一人の人格が顔を見せる。
『エマ・スタングレー』それが彼女の名前だ。
二人の人格が混ざり合い、既にどちらが本物の人格なのかも判断が付かない。それを羽生 明日香は快く受け入れていた。
(行くわよ明日香……………。)
明日香は自分で自分に言い聞かせる。
(うん。準備は出来てるよ、エマ……………。)
「『マリオネット』、オン!」
ギュィーン!!
明日香の肩と背中に装着された『マリオネット』から現れた装甲が、瞬時に全身を包み込む。
────機動兵器『マリオネット』
現代科学では解明出来ない機動兵器『マリオネット』には幾つかの大きな特徴がある。装着した人間の能力を数倍から数十倍に引き出す事もその一つだ。例えば100mを10秒で走り抜けるランナーがいたならば『マリオネット』を装着すれば1秒と掛からずに100mを走破出来るだろう。
ビュン!
『!』
ガキィーン!!
明日香の光学剣(ソード)とアーノルドの光学剣(ソード)が、激しく音を立ててぶつかりあった。
(こいつ……………。速い……………。)
予想外のスピードで攻撃を仕掛けた明日香の剣をアーノルドは間一髪防ぐ事に成功した。
機動兵器『マリオネット』のもう一つの大きな特徴は、物理兵器での攻撃を一切 寄せ付けない事だろう。銃弾による攻撃も戦車砲の直撃も、仮に原子爆弾が投下されても機動兵器『マリオネット』を装着した人間を殺す事は出来ない。
機動兵器『マリオネット』の登場により、現代戦争の定義は大きく変化した。優秀な機動兵士を多く保有する国が世界の覇者となる。ゆえに世界の大国は大金を注ぎ込んで機動兵器『マリオネット』の開発に没頭していった。
グルン!
バシュ!
『!』
ビビッ!
『損傷率18%』
おおっ!
スクリーンで試合を観戦していた兵士達がどよめいた。これまで圧倒的な強さで9連勝を果たしていたイギリス連邦のアーノルド・ハシュラム大佐の装甲が明日香の光学剣により損傷を受けたのだ。
機動兵士同士の戦闘は『光学兵器』と呼ばれる武器を所持して戦う事になる。なぜなら『マリオネット』には『光学兵器』以外の武器は通用しないからだ。一般的に使われる光学兵器には光学剣(ソード)、光学槍(ランス)、光学斧(アックス)などがあるが、明日香とアーノルドが所持している武器は光学剣(ソード)と呼ばれる汎用兵器である。
最初に損傷を負ったのは、予想に反してアーノルドであった。
(……………18%。傷は浅い。)
『マリオネット』の装甲には、それぞれ耐久値が設定されていて、損傷率が100%を越えると『マリオネット』とのシンクロが解除される。シンクロの解除とは『マリオネット』の装着が外れた状態であり、試合では戦闘不能を意味し、本物の戦場では死に直結する事態となる。
ザッ!
反撃に出たアーノルドが、光学剣を真横に振り抜く。イギリス軍の精鋭部隊の隊長を務めるアーノルドの瞬発力は、この場にいる全機動兵士の中でもトップクラスであろう。昨日までの模擬戦では、9人の機動兵士達がアーノルドの剣技によって敗れ去った。
それを
ガキィーン!
明日香が咄嗟の判断で防御すると、そのまま光学剣(ソード)を前方に突き出した。
ズバッ!!
『ぐっ!』
ビビッ!
『損傷率47%』
今度の一撃は直撃であり、アーノルドの耐久値が大きく目減りした。剣のスピード、瞬発力、反応速度に、判断力、明日香の能力は全ての面でアーノルドを上回る。
(なんだ、この女は…………。日本にこんな兵士が居たのか…………。)
イギリス連邦と日本国は現在は同盟関係にあり、名のある機動兵士は世界的にも有名になっている。日本で言えば5人の統括隊長が防衛軍の最高戦力とされており、特に第一統括隊長の伊集院 翼(いじゅういん つばさ)の名前は世界的にも知られている。
しかし、羽生 明日香は、学生時代には一度も『マリオネット』を装着した事の無い、ど素人であり『マリオネット』の主要な大会にも出場した経験が無い無名の兵士である。アーノルドはもちろん、試合を観戦していた兵士達が驚くのも無理の無い話だ。この試合展開を予想出来た人間など、日本国の二人の統括隊長を除けば皆無である。
「間違い無いわね。あそこで戦っているのは明日香ではなく…………。エマ。」
怜は知っている。昨年行われた統括隊長選抜試験で見せた羽生 明日香の実力を………。いや、羽生 明日香の正体を知っている。
エマは現代の機動兵士ではなく、機動兵器『マリオネット』が作られた未来に於ける機動兵士。いわゆる本場から来た世界で唯一の機動兵士だ。現代人では知り得ない、本当の機動兵器『マリオネット』の戦闘に熟知している機動兵士のエキスパート。
─────負けるはずが無い────
ズバッ!
『ぐぉ!?』
バチバチバチバチバチ!
ドッガーン!!
試合を観戦していた兵士達が静まり返った。アーノルドの装甲の耐久値はゼロとなり、シンクロが解除された事を示す爆発音が鳴り響く。試合を見ていた兵士達は、それを茫然と眺めるしか無い。イギリス連邦のトップ兵士が、無傷で一方的にやられる姿など誰が想像出来ようか。
しばしの静寂の後に、沈黙を破ったのは一人のフランス人の兵士であった。
パチパチパチ
「ブラボー!!」
サン・ルヴィエ・ポルフスは羽生 明日香に盛大な拍手を贈った。ポルフスは実に絵になる男で金髪碧眼の容姿とスラッとした高身長は目立つ事この上無い。そして、ポルフスはこの場にいる機動兵士の中では一番の有名人でもある。
───フランスの皇帝ポルフス───
それがポルフスに付けられた異名である。
「強い仲間は多い方が良い。そして彼女は間違い無く強い。なによりチャーミングだ。実に喜ばしい事だ。」
ポルフスは満面の笑顔で勝者である明日香を祝福するが、スクリーンの向こう側にいる明日香には、もちろんその言葉は届いていない。
「しかし、世界は広い。これほどの兵士が無名とは…………。日本の機動兵士の実力は相当に高いとお見受けする。なぁ、そこの2人。」
怜と幸一の方へと話を振るポルフスに、幸一は冷静に答える。
「世界三大英傑に称えられるポルフス殿には敵いません。俺達は足を引っ張らないように全力を尽くすだけです。」
「ふむ……、日本人は腰が低いな…………。戦場で一緒に戦えるのを楽しみにしているよ。」
そう言ってポルフスは食堂を後にした。本日、行われる模擬戦の予定は他になく、他の機動兵士達もゾロゾロと退出して行く。
「ふぅ………。いきなり、話し掛けられて驚いたぜ。」
「ふふ、上手く返答出来たじゃない。」
そう言って怜は笑っていた。
実際、ポルフスの言っていた事は真実だろうと思う。幸一の目の前にいる女性、日本国防衛軍、第四統括隊長、七瀬 怜(ななせ れい)の実力は底が知れない。同じ統括隊長でありながら、幸一は怜の実力を高く評価している。
「同じ戦場で戦えるのを光栄に思うのは俺も同じだ。」
「ん?何か言いました?」
「いや、何でも無いさ。」
2人がベルリンへ来てもうすぐ1ヶ月になる。いつ始まるかも分からないロシア軍との戦争を前に、幸一はそんな事を考えていた。
【プロローグ②】
西暦2☓☓4年
ビギ
ビキビキ……………。
ビュン!!
『!?』
『エマ!危ない!!』
『アロン!?』
バッ!!
ガキィーン!!
バシバシッ!ガキィーン!!
『ガガ……………。』
『敵!?』
どこから現れたのか。その敵兵は首都エルサレムに姿を現した。イスラエル歩兵騎士団の団員であるアロンが居なければエマの命は危なかっただろう。
『くっ!』
ババッ!
すぐさま反撃に転じたエマのスピードはイスラエル軍の中でもトップクラスで、的確に敵兵の急所を狙い打つ。『マリオネット』の急所は肩と背中にある機動兵器の本体である。
グワン!
スカッ!
『!』
しかし、その敵兵は上半身を有り得ない方向に折り曲げてかわす事に成功した。
ボキボキ
ズバッ!!
『きゃっ!』
ビビッ!
『損傷率22%』
『エマ!』
『大丈夫です!』
ザザッ!
アロンとエマは態勢を立て直し、光学剣(ソード)を構え直した。アロン・ファスナーとエマ・スタングレーの2人はイスラエル軍のエースとも言える存在だ。2人の戦歴は数え切れず、世界中で多くの機動兵士と戦い勝利を収めた。
それでもなお、この敵には油断が出来ない。
ビビッ!
『左右同時に斬り込む!』
『ラジャ!』
ザザッ!
同じ戦場で死線をくぐり抜けた2人には、多くの言葉は要らなかった。アロンは左側から、エマは右側から光学剣(ソード)による攻撃を仕掛ける。もちろん2人のスピードは世界でも屈指の速さを誇り、2対1の状態で2人の攻撃を防げる兵士など皆無であろう。
しかし、その敵兵は死を恐れる事は無い。アロンに狙いを定めた敵兵は、2人よりも速い速度で光学剣(ソード)を振り上げる。
ズバッ!!
『ぐっ!』
ビビッ!
『損傷率32%』
『はぁ!!』
バシュ!!
『損傷率23%』
『ガガガガガガッ!』
ビュン!
ガキィーン!!
ビリビリ
信じられ無い事に、その兵士は2人を相手にして互角の戦闘を演じている。『強制シンクロ装置』の性能は『マリオネット』を装着している人間の機動兵士としての能力を何倍にも引き出す事が出来る。
『ギギ……………。』
いや、一つ訂正しよう。
ババッ!
『!』
ズバッ!
ビビッ!
『損傷率46%』
その兵士は既に人間ではない。
──────パラサイト──────
それが、エマ達が戦っている敵兵の総称である。
(神経を研ぎ澄ます……………。)
シンクロ率を100%にまで高めなければパラサイトには勝てない。
しゅう……………。
エマの持つ光学剣(ソード)の周りの大気が熱を帯び、ぼんやりと空間が歪み始めた。
ビビッ!
『アロン…………。行きます。』
『OK!任せろ!』
ザザッ!!
バシュッ!
ズサッ!
『はぁ!』
ガキィーン!!
グワン!
ズバッ!
ガキガキガキィーン!!
休む暇も無く攻撃を続ける2人に対しても、パラサイトは驚異的な反応で防御し続ける。
『はぁはぁ…………。』
エマがモニターに映る自身の損傷率を確認すると、既に70%を越えている。
(ここで、決める……………。)
ギュン!!
そして、エマの次の攻撃は、この日 最高速度を記録した。アロンが見ても見極める事が難しい高速の剣先がパラサイトの身体の中心部へと放たれた。
『音速剣(ソニック・スラスト)!!』
シュバッ!
グワン!
ガキィーン!!!
この攻撃にも反応したパラサイト。
ボキボキ!
しかし、攻撃を受けたパラサイトの右腕がポッキリと折れ曲がった。
『今よ!』
『良し!!』
バシュ!
ズバッ!!
シャキィーン!!
バチバチバチバチ!
ドッガーン!!
音を上げてパラサイトの装甲が崩れ落ちる。
ビキ
ビキビキ
それでも、なお───
────パラサイトは動き続ける───
【プロローグ③】
ガバッ!
「はぁ…………。はぁ…………。」
(……………夢?)
防衛軍所属、羽生 明日香(はにゅう あすか)は20歳の女性隊員である。サウジアラビア紛争後にバッサリと切り落とした髪は明日香の決意の現れだ。
(…………いや、これは、エマの記憶…………。)
1年前に明日香の身体に入り込んだ未来からの来訪者、エマ・スタングレーは、驚異的な強さを誇る機動兵士だ。『マリオネット』初心者の明日香がここまで生き延びる事が出来たのはエマの力に他ならない。
「エマ…………。起きてる?」
「…………………。」
反応は無い。
なぜ、エマ・スタングレーが羽生 明日香の身体を選んだのかは不明であるが、エマには一つの目標がある。それは、未来に確実に訪れる人類滅亡を阻止する為だ。
歴史は繰り返すと言うが、人類は戦争を止める事が出来ない。高度に発達した技術により機動兵器『マリオネット』を開発した未来人は、戦争の概念を大きく変えた。物理兵器の効力を無効化し『マリオネット』に適正のある少数の機動兵士同士の戦闘による戦争。それは、犠牲者を最小限に抑える為の人類の叡智である。
そのはずであった。
しかし、現実の未来では、大量の民間人が犠牲となり、多くの国家が滅びたと言う。もはや未来の世界では人類を救う事は出来ない。そこで、未来世界にて最先端の科学力を誇るユダヤ人達は、一つのプロジェクトを計画した。
─────人類救済計画────
それは、過去の世界を改変して戦争の無い平和な世界統一国家を創り上げると言う壮大な計画だ。その為に機動兵器『マリオネット』は現代の世界へと送り込まれた。
生物を過去の世界へと時間移動をする技術は確立していないものの、無機物であれば移転移動出来るらしい。これは、ユダヤ人のみが開発した未来技術でもある。そして、未来のユダヤ人は、人間の『魂』を過去に送る事に成功した。その最初で唯一の人間がエマ・スタングレーなのだ。
明日香は思う。
この嘘のような現実を受け入れなければならない。すなわち、それは人類を救う事に繋がるのだから。
「明日香…………。どうしたの?」
「あ、ごめん。起こしちゃった?」
高岡 咲(たかおか さき)は、明日香と同い年で、防衛軍の同期でもある。同じ部隊に配属となり一緒にサウジアラビアの米軍基地を視察している最中にロシア軍に襲われた。その時に咲を助け出したのが明日香だ。
「明日香…………。」
「ん?」
「私達は同じ第28歩兵部隊の仲間だよね。隊長も他の皆も死んじゃったけど、私は助かった。明日香には本当に感謝している。」
「え………。そんな私なんか…………。」
「だから、明日香が悩んでいる姿を見ていられないの。」
咲は明日香の事を一番間近で見て来た。入隊してからずっと同じ部隊で訓練に励み、サウジアラビア紛争でも一緒だった。明日香が普通の兵士ではない事も知っている。
「大丈夫?今回の作戦にも無理に志願する必要は無かったんじゃないかな…………。」
イギリス人の兵士に助けられ、ヨーロッパに渡った2人は、日本へ帰国する事も可能であった。しかし2人はドイツへ行く道を選んだのだ。
「ごめん…………。咲にまで付き合わせて…………。」
「いや、私は怜が参戦すると言うから、残っただけよ。私の事は気にしないで。」
翌日
昨日と同じく、陸軍施設の食堂には多くの兵士が集まっている。目的は機動兵士同士の模擬戦を観戦する事だ。
「今日の相手は、ドイツ連邦の新鋭ラックスマンか、若いな。」
注目の一戦は、昨日イギリス連邦のエース、アーノルド・ハシュラム大佐を一方的に打ち負かした羽生 明日香(はにゅう あすか)と言う日本の機動兵士の戦闘である。無名でありながら衝撃的な勝利を収めた明日香との対戦を希望する兵士は少なく、若手のラックスマンの登場となった。
「若いと言っても年齢は、日本の兵士と同じくらいだ。ドイツと日本の新鋭同士の対戦、見ものだぞ。」
オッズは6対1で明日香に人気が集中しているが、昨日の一戦を「まぐれ」だと思っている兵士も多い。
「『マリオネット』、オン!」
「『マリオネット』、オン!」
ギュィーン!ギュィーン!
二人の機動兵士が戦闘態勢に入り、いよいよ試合が始まった。
『行くぞぉ!』
ザッ!!
最初に動いたのはラックスマンだ。オーソドックスな戦闘スタイルは、攻守共に手堅い戦闘をするタイプ。その攻撃を、ドイツ連邦軍の汎用型『マリオネット』を装着している明日香が軽快に捌いて行く。
ガキィーン!
ガキガキィーン!
『くそっ!』
一旦、距離を置いたラックスマンが光学剣(ソード)を構え直した。
どよどよ
「あの日本の女性兵士、やはり強い…………。」
「あのドイツの兵士、動きが荒いな。」
「ポルフス殿………………。」
皇帝ポルフスは、昨日に引き続き模擬戦を観戦していた。目的は羽生 明日香(はにゅう あすか)の試合を観る事だ。
「あれでは彼女の実力が分からない。相手が弱すぎる。」
バシュッ!
『損傷率48%』
『くそ!』
『行きます!』
『!』
ババッ!!
バシュッ!
ズバッ!
『損傷率88%』
『ぐおぉぉぉぉ!!』
(今日は身体が軽い……………。)
ラックスマンの動きがスローモーションのように見える。エマ・スタングレーの記憶が明日香の身体に馴染んで来たのだろうか。
(全く負ける気がしない。)
シュバッ!!
『うっ!』
バチバチバチバチバチバチバチ!
ドッガーン!
ポルフスの予想通り、戦闘は一方的な展開となり、明日香は昨日に続いて無傷の2連勝となった。この時点で、明日香の実力を疑う兵士は一人も居ない。
「日本国防衛軍!羽生 明日香兵士の勝利です!」
おぉ!わっ!
「次の対戦相手はいませんか!」
ざわざわ!?
模擬戦で戦う兵士は事前に登録があるはずで、対戦相手をその場で決める事は無い。しかし、次の対戦相手が決まっていないとアナウスがされた。
「………どうなってんだ?」
「予定の対戦相手が逃げたって所だろう。」
ポルフスは食堂にいる兵士達を見回した。昨日にも増して観戦者は多く、各国の精鋭部隊が顔を揃えている。それでも、名乗り出る者が居ないのは、それほど、羽生 明日香の強さを感じ取っているからだ。
「どなたか対戦する勇敢な兵士はいませんか!!対戦相手が不在ですと賭けは成立しません!どなたか!」
(無理だな……………。)
ポルフスは思考する。彼女の相手になれるのは、精鋭部隊の中でもトップクラスの機動兵士だけだろう。名声も栄誉もある機動兵士が無名の機動兵士に負ける事は許されない。模擬戦に参加するメリットが一つも無い。
(今日の模擬戦はこれで終了か…………。)
ポルフスが席を立とうとした時
ガタッ
「私が参戦します。よろしいですか?」
ざわ!
一人の女性兵士が名乗りを上げた。
ざわざわ
(あれは日本国防衛軍の七瀬 怜………。伊集院と同じ統括隊長の一人…………。)
「七瀬統括隊長!?」
隣で観戦していた、大和 幸一(やまと こういち)は、驚いて怜の名前を呼ぶが、同時に一つの衝動に駆られた。「どちらが強いのか?」と言う素朴な疑問。
幸一は、怜の強さを誰よりも痛感している。高校時代の学園対抗戦では一方的な試合で敗北した経験があり、統括隊長選抜試験では、あのアスカと互角以上の戦闘を繰り広げていた。同じ統括隊長で有りながら、幸一と怜との実力には大きな差がある。七瀬 怜(ななせ れい)であれば、伊集院第一統括隊長にですら勝てるかもしれない。そして、底が知れないと言う点では、羽生 明日香(はにゅう あすか)も同じである。
(いや、正確にはエマ…………。)
──────エマ・スタングレー
同じ防衛軍の仲間でありながら、明日香の正体には不明な点が多い。エマ・スタングレーとは何者なのか?
(………つまり、そう言う事か。)
幸一は理解した。七瀬 怜は、エマ・スタングレーと戦闘する事で、彼女の真の実力を測ろうとしている。
オッズは予想以上の接戦となり、2対2と全くの互角。七瀬は統括隊長となって間もないが、その噂くらいは聞いた事があるのだろう。
「実に興味深い……………。」
ドサッ
「ポルフス殿………。」
それまで七瀬の座っていた席に腰を下ろしたのは、伊集院統括隊長、シリウス・ベルガー将軍と並び称される、世界三大英傑の一人、サン・ルヴィエ・ポルフスである。
「ムッシュ幸一、君はどちらに賭けたのだね?」
近くで見たポルフスは、実にダンディな紳士である。
「二人の実力は俺なんかでは測れない。」
「ほぉ、君も統括隊長だろう?」
「あの二人は次元が違う。それでも、そうだな………。」
「うむ………。」
「勝つのは七瀬統括隊長。」
七瀬 怜が、負ける姿は想像が出来ない。
「『マリオネット』、オン!」
ギュィーン!
ビビッ!
『七瀬統括隊長、よろしくお願いします!』
『明日香さん。本気を出して下さい。』
『本気?』
『私を『パラサイト』だと思って。』
『!』
シュバッ!!
ビビッ!
『損傷率22%』
『!』
(速い………………!)
全く軌道が読めなかった。入隊して3年、色々な兵士と模擬戦を重ねて来た明日香であるが、こんな事は初めてだ。
『昨年の統括隊長選抜試験、パラサイトとなった飛香との戦闘は、私にとっても良い経験になりました。』
『…………隊長。』
『パラサイトとは何者なのか?…………いや。』
ゴクリ
『エマ・スタングレー、貴女は何者なの?』
シャキイーン!
『ダブルフルーレ!!』
『!!』
ガギガギガキィーン!!
何とか怜の攻撃を凌いだ明日香は、もう一人の自分に語り掛ける。
(エマ……………。)
(…………………明日香、気をつけて。)
そこから感じられるのは、エマの本気だ。
(信じられないけれど、彼女の瞬発力はシンドウをも彷彿させる。)
(シンドウ?)
────機動兵器『シンドウ』────
未来の世界を滅ぼした、最強最悪の機動兵器
───────パラサイトよ