MARIONETTE- Елена

【終戦①】

西暦2060年4月5日

西側諸国に於いて最強の機動兵士と言われたシリウス・ベルガー将軍は『クレムリン親衛隊』の前に敗れる。しかし、それは本来の目的ではない。

レッドパンサー、改めシーザー・クレシェフは、細長い光学剣(ロングソード)の狙いをアンドロメダに定める。


────彗星のアンドロメダ


長くロシア軍のトップに君臨しロシア軍最強と言われるアンドロメダを殺す必要がある。それが、シーザー・クレシェフの目的だ。

『ミゲイル……、いよいよだ。』

7歳でロシア軍に入隊したシーザーとミゲイルが夢見た野望は、すぐ手の届く所まで来ている。

ビビッ!

『隊長。』

『レッドボーイ…………。』

『アンドロメダ総司令官の技は盗みました。もう負けませんよ。』

剣を交えた相手の技を習得するレッドボーイは、また一つ強くなった。

『アンドロメダ。』

『……………。』

『お前の負だ。』

アンドロメダの周囲を取り囲むのは『クレムリン親衛隊』の4人の機動兵士。その少し離れた所にアリスが戦況を眺めている。

(シリウス将軍…………。)

いや、今は死を悲しむ暇は無い。問題はレッドパンサーと名乗る男が放った言葉だ。

『耐久値がゼロになる事は無いのだよ。』

そんな事が可能なのだろうか?つまり、それは無敵を意味し、アリスがどれほど強くても倒す事が出来ない。

そして、エレナ・クレシェフだ。エレナの戦闘能力はアリスと互角かそれ以上である。

(勝てない……………。)

シリウスが戦死した以上、残された兵士はアリスのみ。シリウスの最期の言葉はこうだ。

「逃げろ…………アリス…………。」

他に選択肢が無い。

問題はエレナ・クレシェフだろう。他のロシア兵なら振り切る事が出来ても、果たしてエレナから逃げる事が出来るだろうか。エレナのスピードはアリス以上の可能性が高い。追い付かれて戦闘になれば他の親衛隊のメンバーにも追い付かれる。

ビビッ!

『ここまでのようね…………。』

口を開いたのはアンドロメダ・マウラーである。

『私の願いはシリウス兄さんと決着を付けることであり、真の後継者を決める事でした。しかし兄さんはもう居ない。』

『………諦めたか。』

『レッドパンサー、私は一つの目的を失いましたが、新たな目的が出来ました。』

『……………。』

『貴方達を殺す事です。』

『!』『…………。』

『ふん。この状況でお前が勝てるとでも?』

『そうかしら?』

『クレムリン親衛隊』のトップファイブのうち4人がアンドロメダを取り囲んでいる。一人ひとりの実力はアンドロメダにも匹敵する。

『道連れなら可能です。』

『…………道連れ………だと?』

『この先300メートルほど離れた先に超電磁砲(レールガン)の格納庫がある事をお忘れかしら?』

『なに?』

『アメリカ軍の輸送機を一瞬で破壊する光学兵器、その兵器が爆発したらどうなるでしょう。』

『…………まさか、お前。』

超電磁砲(レールガン)に蓄えられている光学エネルギーの質量は、数千トンだ。それが爆発すれば『グリーン・モンスター』一帯が吹き飛ぶ事になる。そして、それは単なる爆発ではなく、機動兵器『マリオネチカ』の耐久値を削り取る事も可能な光学兵器になるだろう。

『止めろ!アンドロメダ!!』

『レッドパンサー。さようなら。』

カチッ!

『!』『!』『!』『!』

ドッガーン!!!

『ぐぅ!』

巨大な爆音が鳴り響き、『グリーン・モンスター』一帯に爆炎が上がる。同時に吹き荒れる爆風がレッドパンサーの身体を吹き飛ばした。

『ぐっ!』

(馬鹿な!本当に爆破させやがった!?)

ボボボッ!ドッガーン!!

(くっ!)

物凄い爆煙により、辺り一帯は何も見えない。レッドパンサーはすぐにマイクロエコーで仲間達の生存を確認する。

ビビッ!

『こちらレッドパンサー!エレナ!ミゲイル!レッドボーイ!生きてるか!!』

ビビッ!

『酷い煙だが無事ですぞ…………。』

『僕も大丈夫です!』

『………………問題無い。』

(全員、無事………………。いや、何かがおかしい。)

確かに物凄い爆発であったが、光学エネルギーらしきものは見えない。

(これは………、超電磁砲(レールガン)の爆発では無い?)

ビビッ!

『お前達!装甲の耐久値はどうなっている!』

『…………異常は無いな。』

(やはり………。)

アンドロメダが爆破したのは、超電磁砲(レールガン)ではない。通常の爆発であれば機動兵器に損傷を与える事は出来ない。となると考えられるのは………。

ビビッ!

シーザーは急いでモニターを確認する。

モニターに映し出されるのは、生き残っているロシア兵の位置情報だ。残り30名余りとなったロシア軍の兵士がグリーン・モンスターの敷地内に点在している。

(くっ!どれだ!)

この中にアンドロメダとアリスが居るはずだ。アンドロメダの狙いは道連れなんかではなく逃走。爆発のドサクサに紛れて逃げる事である。

モニターの中で不自然な動きをしている兵士は2人だ。一人は東側へ移動しており、一人は西側へ移動している。2人とも物凄いスピードだ。

ビビッ!

『エレナ!モニターを確認しろ!』

『?』

『西へ逃げる兵士がいるだろう!それを追え!!』

『……………了解?』

『ミゲイルとレッドボーイは東側だ!急げ!そのどちらかがアンドロメダだ!!』

『『ダー!』』

『クレムリン親衛隊』の3人の兵士が東西へと別れて走り出す。

(くそっ…………。ここまで来て逃す訳には行かない……………。)

ドサッ!

しかし、シーザーはその場で倒れ込み既に力が入らない。先程のシリウスの攻撃を受けた時に能力を使い過ぎたのだ。

(暫くは動けそうに無い…………。頼んだぞ、みんな…………。)





【終戦②】

ビビッ!

『レッドボーイ!追い付けるか!』

マイクロエコーから聞こえて来るのはアンドロフ・ミゲイルの声だ。

『う~ん。移動速度はほぼ同じですね。追い付けそうに有りません。』

こうなっては手遅れだ。敵の機動兵士は爆発と共に走り出している。そして、レッドボーイよりもスピードに劣るミゲイルであれば尚更追い付く事は不可能である。

『隊長には悪いけれど諦めましょう。』

『困ったですな………。』

『困る……ですか?』

『アリスはともかくアンドロメダを取り逃がせば問題になるな。仮にもアンドロメダはロシア陸軍の総司令官ぞ。下手をすれば我々がロシア陸軍の全てを敵に回す。』

『……………。』

『アンドロメダだけは必ず仕留めなければならぬ…………。』

『そうは言いましても………。もう数十キロは離れています。』

『………………。』




ザザッ!!

(シリウス兄さん…………。)

サウジアラビアの砂漠の中を、アンドロメダは疾風の如く駆け抜けていた。ミゲイルとレッドボーイが追っていたのはアリスではなくアンドロメダである。

完全に油断していた。まさか、『クレムリン親衛隊』が裏切るとは予想外だ。そして、何より『クレムリン親衛隊』の強さは想像を絶する。シリウスとアンドロメダの2人を擁していても敵わない強敵とは、ベガもとんでもない機動兵士を育てたものだ。

しかし、このまま逃亡に成功すれば、勝機はアンドロメダへと傾く。少数精鋭の『クレムリン親衛隊』には仲間と言える機動兵士の数は少ない。それに比べてアンドロメダは、ロシア陸軍のほぼ全ての機動兵士を掌握している。

(必ずレッドパンサーを倒す…………。)

それは、シリウスの敵討ちにもなる。

ビビッ!

アンドロメダがモニターを確認すると、既に機動兵士の反応は無くなっていた。

『ふぅ…………。』

ここまで来れば大丈夫だろう。

アンドロメダが、そう思った矢先にモニターに反応があった。

ビビッ!

(………………何だ?機動兵士?)

反応があったのはグリーン・モンスターとは真逆の方角である。アンドロメダが逃げようと図った目的地付近に一人のロシア兵士の反応が現れた。

(こんな所にロシア兵士が………。逸れたか、逃げ出した兵士か…………。)

やがて、そのロシア兵士との距離はアンドロメダが目視出来るまでに接近する。

ザッ!

(女性………………。)

スチャ!

緑色の髪を伸ばした女性の兵士は、スラリと光学剣(ソード)をアンドロメダに向ける。

ビビッ!

『私はロシア軍総司令官のアンドロメダだ。剣を下ろしなさい………。』

『アンドロメダ………総司令官。』

『そうだ、そこをどけなさい。』

スチャ………。

『!』

『嫌な予感がしたのよ。クレムリンから出て来て正解ね。』

『………………。』

『レッドパンサーも詰めが甘いわ。肝心のアンドロメダを取り逃がすとは………。』

『なんだと?貴様……………。』

『私は『クレムリン親衛隊』に所属する機動兵士です。』

『クレムリン…………親衛隊。』

よく見ると、その女性の顔には見覚えがある。

『幻影のミラージュ…………。』

『あら?私の事を知っているなんて光栄ですわ。』

知らないはずが無い。『クレムリン親衛隊』のトップファイブの一人にして最速の機動兵士。

しかし………。

『止めておけ。トップファイブとて私には勝てない。レッドパンサー、レッドスコッチ、レッドボーイの3人掛かりでも私の事は倒せなかった。』

『ふふ…………。』

レッドミラージュは可笑しそうに唇を押さえる。

『一つ教えて差し上げます。』

スチャ…………。

『隊長の座はレッドパンサーに譲りましたが、隊長が一番強いとは限りませんのよ。』

『なに?』

『『クレムリン親衛隊』の序列第一位は、レッドパンサーでは有りません。』

ロシア軍の中でも精鋭が揃う『クレムリン親衛隊』、その中でも最強の5人はトップファイブと呼ばれている。

そして、トップファイブの中でも最強の座に位置するのは…………。

─────幻影のミラージュ─────


『参ります!』

『!』

バッ!!

『くっ!』

ガキィーン!!

ミラージュの光学剣(ソード)を彗星の剣が受け止める。

『ふふ………。』

ブンッ!

が、次の瞬間、レッドミラージュの身体は左右に分裂するように広がった。

(な!………残像!?)

噂には聞いていた。レッドミラージュは、そのスピードが速すぎるがゆえに残像が残る。しかし、これは残像と言うレベルではない。完全に2人に分裂している。

(くっ!)

ガキガキィーン!!

『!』

左右からの同時攻撃をアンドロメダは超反応で受け止めた。

『さすがはアンドロメダ。よく防ぎましたね。』

しかし

『まだまだ序の口ですわ。』

ブンッ!

『!?』

(4人…………!)

ビュビュビュビュン!!

4方向からの同時攻撃!

(本物は……………。)

『ここだっ!!』

ズバッ!!

アンドロメダの彗星の剣が、レッドミラージュの装甲を斬り割いた時。

バシュッバシュッバシュッ!!

レッドミラージュの3連撃がアンドロメダの装甲に突き刺さった。

『な………………!?』

(全てが本物……………だと?)

バチバチバチバチバチバチ!

ドッガーン!!

「う…………!」

『もう休むと宜しいでしょう。よいお歳なのだから。』

ズバッ!!




西暦2060年4月5日

ロシア軍総司令官
『デストロイ部隊』隊長
アンドロメダ・マウラー

サウジアラビアの戦場にて戦死する。




【終戦③】

サウジアラビア西側沿岸部

グリーン・モンスターから逃れたアリスを追って来たのはエレナ・クレシェフが一人、モニターに映る機動兵士は他には居ない。

『エレナ………と言ったわね。』

『………………。』

『どうやら他の兵士の追撃は無いようです。1対1の戦闘なら勝負は互角。』

アリスは光学鞭(ウィップ)を構えて告げる。

『決着をつけましょう。』

2日間に渡る米露の戦争は終結した。機動兵器『マリオネット』が開発されてから最大規模の戦争はロシア軍の勝利によって終わった。もうアメリカ軍に残された機動兵士はアリスだけである。

これが最後の戦闘になる。

ビカッ!

全局面戦闘白兵戦特化型『マリオネチカ』

────通称『システマ』────


エレナ・クレシェフの両腕と両足が光沢を帯び、光学兵器へと変貌する。

シュバッ!

先に動いたのはエレナだ。小柄なエレナの身体は更に低く沈み海岸線を駆け抜けた。その動きにアリスは即座に反応する。

ビュン!!

光学鞭(ウィップ)による攻撃の軌道を予測するのは難しい。ならばとエレナは防御よりも攻撃を優先する。

グンッ!

『!』

更に加速したエレナは、右の拳を握り締めた。

バシュッ!ドカッ!

『うっ!』『っ……!』

ビビッ!

『損傷率32%』『損傷率36%』

どちらの攻撃も浅く、大きな損傷を負わす事が出来ない。しかし、エレナの攻撃は止まらない。

バシュッバシュッ!!

『くぅ!』

ババッ!!

接近戦闘になれば分があるのはエレナの方だ。アリスとしては光学鞭(ウィップ)のリーチを活かして若干の距離を置いての戦闘が理想的である。

シュバッ!

大きく後ろへ飛び跳ねてエレナの攻撃から逃れるアリス。

クンッ!

それでもエレナは止まらない。あくまでエレナは超接近戦のスタイルでアリスを仕留めるつもりだろう。

アリスの後ろには紅海へと続く海が広がっており、これ以上 下がれば海水に足を踏み入れる。

ビュン!!

バシッ!

(ガードされた!)

アリスの攻撃を左腕でガードしたエレナが、再度、懐に入り込んだ。そのエレナをアリスが右足で蹴飛ばした。

ドカッ!

『!』

もちろんアリスの蹴りでは相手に損傷を負わす事は出来ないが、予期せぬ攻撃にエレナの反応が遅れた。

バシッバシッ!!

『うっ!』

ビビッ!

『損傷率63%』

『はっ!』

『くっ!』

バシッ!!

蹴りだ。

追い込みを掛けるアリスの腹部に、電光石火の蹴りを叩き込むエレナ。形としては先程のアリスの蹴りと真逆の状態となる。

ビビッ!

『損傷率68%』

ザッブーン!!

アリスの身体は、蹴り飛ばされた反動で海の中へ投げ出されたが、エレナはすぐには攻撃に転じる事が出来ない。

『ふぅ………。ふぅ………。』

珍しく乱れた呼吸を整えるエレナ。損傷率から言えば、ここまでの戦闘は互角である。アリスは自身の損傷率を確認し、ゆっくりと立ち上がった。

(海の中に引きずり込めば勝てる…………。)

陸上と違い足が水に浸っている状態ならエレナのスピードは減速するだろう。コンマ数秒でも懐に入るタイミングが遅れれば、それはエレナにとっての致命傷となる。


ジリ

ジリ

ザッ!

おそらく、これが最後の攻防────

ビュンッ!

バシッ!

ビビッ!

『損傷率83%』

クンッ!

ズボッ!!

『損傷率88%』

ビュビュンッ!!

『!』

バシッ!!

アリスの光学鞭(ウィップ)が、エレナの肩を掠めたのと、エレナの左足の先がアリスに届くのはほぼ同時であった。

『!』『!』

バチバチバチバチバチ!!

ドッガーン!ドッガーン!

「くっ!」「きゃっ!」

ザップーン!!ザッパーン!

(……………………………相…………討ち……。)

2人のシンクロが同時に解除された時………。

『そこまでだ!』

「!」「!」

何者かの声が聞こえた。

アリスとエレナが声のした方へ振り向くと、そこには3人の機動兵士が立っていた。

「李 王偉(リ・ワンウ)…………。」

中華人民共和国の機動兵士─────

「アリスの身柄は俺達が引き受ける。」

「……………誰?」

エレナは茫然と兵士達を見つめていた。