MARIONETTE- Елена
【アッシュ①】
クレムリン親衛隊
コードネーム『レッドボーイ』
ロシア軍の精鋭部隊である『クレムリン親衛隊』には隊長のレッドパンサーを含めた『トップファイブ』と呼ばれる5人の機動兵士がいる。レッドボーイは抜群の運動神経と格闘センスを買われ『トップファイブ』に抜擢された15歳の機動兵士である。
ガキィーン!
(くっ!)
『はぁ!』
ガキィーン!
(!)
ズバッ!
ビビッ!
『損傷率38%』
(斬られましたか…………。)
戦闘が開始して20分が経過していた。レッドボーイの敵はアメリカ軍『シリウス隊』の機動兵士であるアッシュ・カルロスと言う名の青年だ。
(凄いですね。まさか、ここまで苦戦するとは思っても見ませんでした。)
レッドボーイは素直にアッシュを賞賛する。『クレムリン親衛隊』のトップファイブにまで登り詰めたレッドボーイにとっては予想外の苦戦である。過去の対戦に於いても、レッドボーイをここまで苦しめた相手は『デストロイ部隊』のマーシャルくらいしか思い付かない。
(あの眼がまずいです。)
アッシュのスピードや瞬発力は、そこまで速くは無い。基礎的な運動能力ならレッドボーイの方が上だろう。しかし、レッドボーイの攻撃は全く当たらない。
(僕の動きが完全に読まれています。)
機動兵器『マリオネチカ』には、装着した人間の能力を数倍〜数十倍にまで引き上げる機能が備わっている。おそらくアッシュは人の動きを察知する能力に長けている兵士で、それが『マリオネチカ』の性能により増加され、言わば相手の動きが事前に読めるレベルに達している。
(特異体質って奴ですね。)
実はアッシュのような能力者の事例は世界各地で報告されている。コンマ数秒先の未来が見える兵士なら僅かであるが存在する。しかし、アッシュのレベルは少しどころでは無い。もはやレッドボーイの次の攻撃が完全に見えているとしか思えない。
(予想外の強敵です。)
レッドボーイは思考する。
この場合、アッシュを倒す方法は2つ考えられる。一つは力押しによる攻撃だ。攻撃を読まれても、例え光学剣(ソード)で防御されても、それを上回る圧倒的な破壊力で攻撃する方法である。世界三大英傑と呼ばれるアメリカ軍のシリウスや日本軍の伊集院であれば、それも可能であり、彗星のアンドロメダでも可能だと思われる。
(残念ながら僕はバランス型……。そこまでのパワーは有りません。)
レッドボーイは一つ目の方法を断念する。そうなると2つ目の方法だ。パワーではなくスピードによる攻撃。仮に攻撃を読まれても、それを上回るスピードで攻撃をすれば問題は無いと言う理屈である。理論上は可能であるが、そう簡単な事でも無いだろう。
(ただ、やってみる価値は有りますね。)
そして、レッドボーイは光学剣(ソード)をアッシュに向けて構えた。
(む……………?)
アッシュはレッドボーイの微妙な変化を察知する。
(気配が変わったっすね。)
これまでの少年の気配とは明らかに違う気配。
レッドボーイが過去に戦った兵士の中で、最もスピードと瞬発力に優れた兵士は『デストロイ部隊』のマーシャル・S・タイガーである。
(マーシャルさんの体技が、どこまで通用するのか。勝負です!)
ザッ!!
ビュン!!
(!)
これまでのレッドボーイとは明らかに違うスピードで、光学剣(ソード)が振り下ろされた。
(速くなったっすか!?)
ガキィーン!
その攻撃をアッシュは自らの光学剣(ソード)で防いで見せた。
シュバッ!
更に2発目の攻撃が放たれる!しかも、この攻撃は光学剣(ソード)ではなく蹴りによる攻撃だ!
ブワッ!
ブルン!
アッシュはレッドボーイの蹴りをギリギリのタイミングでかわす事に成功する。
(ナイフっすか!?)
目の前を吹き抜けた蹴りの爪先には小型の光学剣(ナイフ)が仕込まれている。これがレッドボーイの奥の手である。
ブワッ!!
しかし攻撃は止まらない。今度は反対側の足による蹴りが炸裂した!
バシュッ!
ガキィーン!!
この攻撃をアッシュは辛うじて光学剣(ソード)で受け止めた。見事なまでの3連続攻撃だ。
しかし───
『丸見えっすよ。』
─────オッドアイ─────
アッシュの紅く光る瞳の前では通用しない。
『凄い………。』
レッドボーイは思わず笑みが溢れた。
『マーシャルさんのスピードでも敵わないなんて、その能力、無敵じゃないですか。』
『…………ん?』
攻撃をかわされて喜ぶとは変な奴だな。とアッシュは思った。
『素晴らしいです。僕もその能力が欲しいな…………。』
(…………何を言ってるっすか。)
『そろそろ戦闘が始まって30分が経ちますね。アッシュさん。』
『……………。』
『特異体質なのは貴方だけでは有りません。』
『?』
『僕もね、他の人には無い特殊な能力を持っているんです。』
ゴゴゴゴゴゴォ
ギラリ!
(!?)
──────オッドアイ─────
レッドボーイのグリーンの瞳の一方が紅い光を放ち、それは紛れもなくアッシュ・カルロスと同じ色の瞳だ。
『…………アンタ………その瞳は…………。』
『僕は人のモノマネが得意なんです。30分も戦えば対戦相手の特技を習得できます。』
『何を言ってるっすか…………。』
『アッシュさん。貴方の敗因はすぐに僕を倒さなかった事です。僕にはもう未来予知の能力は通じません。なぜなら僕にも貴方の行動が手に取るように分かるからです。』
それならば
ビュン!
(!)
ズバッ!
ガキィーン!
ブワッ!
ズバッ!
『な!?』
ビビッ!
『損傷率18%』
『条件が同じなら運動能力に長けている僕の方が強い。もう負けませんよ。』
『な………!?』
ザッ
ザッ
ギギイ………………。
2人が戦っている超電磁砲(レールガン)を保管している施設の扉が開いた。
ガキィーン!
ザッ
バシッ!
ガキィーン!
中で繰り広げられる戦闘をその男は凝視する。戦闘はほぼ互角に見えるが、徐々にレッドボーイが押しているのが分かる。
(随分と遅い決着ですな………。それほどの強敵ですか。)
コードネーム『レッドスコッチ』、それが男の名前だ。ひょろっとした細長い体型に眼鏡を掛けた風貌は、とても機動兵士には見えない。
しかし、レッドスコッチはロシア軍最強と言われる『デストロイ部隊』の正規メンバーであり、その実力は本物である。西側から侵入した米軍兵士10人を一人で殲滅し、今しがた保管施設に辿り着いた所だ。
ガキィーン!
ガキィーン!
バシュッ!
ビビッ!
『損傷率42%』
『ちっ!』
先程までは、レッドボーイの攻撃を全てかわしていたアッシュであるが状況は一転した。少しづつではあるが、確実に押されている。
(俺のオッドアイを盗んだ?そんな事が出来るっすか…………。)
そして、2人の戦闘を見ていたレッドスコッチは確信する。
(どうやら、レッドボーイの勝ちのようですな…………。)
残る問題は米軍の司令官であるシリウス将軍である。万が一にもアンドロメダ総司令官が敗れた場合はレッドスコッチが対応しなければならない。
(まぁ、アンドロメダ様とバルゴの2人が負けるとも思えませんが………。)
そして、レッドスコッチがこの場を立ち去ろうとした時
ズバッ!!
バチバチバチバチバチ!
ドッガーン!!
(む、決着が付いたようですぞ。)
戦闘の結果を見届ける為に振り向いたレッドスコッチが見た光景は、信じ難いものであった。
「まさか…………。僕が負けるなんて…………。」
そこには、シンクロが解除されたレッドボーイが、茫然と立ち竦んでいた。
【アッシュ②】
『ダークシャドウ!!』
シュルルル!
バチバチッ!
『!』
アッシュ・カルロスが振り下ろした光学剣(ソード)が、見えない影に阻まれ弾き返された。あと1秒でも遅ければレッドボーイの命は無かったであろう。
『…………アンタ、誰っすか?』
「レッドスコッチさん!」
レッドスコッチが名乗るより前にレッドボーイがその名を口にした。
『なかなか驚きましたぞ。戦況はレッドボーイが有利に見えましたが、よくぞ逆転しましたな。』
『あん?』
(何だコイツは……………。)
あまりに場違いな男の登場にアッシュは眉をひそめる。まず、見た目からして弱そうな貧弱な体型に、何よりレッドスコッチは武器らしい武器を持っていない。
(今の攻撃?何なんすか…………。)
通常、光学兵器には光学兵器で対抗するのがセオリーだ。物理兵器では光学兵器に敵わないのが機動兵器の鉄則である。しかし、今の攻撃は光学兵器でも物理兵器でも無いように見えた。
『レッドボーイは将来有望なロシア軍兵士ですな。ここからは私が相手になりましょうぞ。』
そう言うとレッドスコッチは、アッシュの前に躍り出る。
(いや…………。武器は持っている。)
アッシュが眼を細めてレッドスコッチを観察すると、レッドスコッチの両手には何かが握られているのが分かる。
(ステルス兵器っすか…………。)
西側諸国でも開発が進められている『ステルス兵器』とは、目に見えない光学兵器の事だ。光の反射を利用して兵器を見えづらくする加工が施されており、高速で動けば本当に目で見る事が出来ない。
(これは厄介っすね……………。)
アッシュ・カルロスのオッド・アイは相手の攻撃を先読みする能力。しかし見えない兵器を先読みしても見る事は出来ない。レッドスコッチの武器はアッシュにとっての天敵とも言える。
『レッドボーイ、すぐに戻って予備の『パワードスーツ』を装着しなさい。戦争はまだ終わっていないですぞ。』
「はい!」
ビュン!
『そうはさせないっすよ!』
『ダークシャドウ!!』
『!』
バチバチ!
ガキィーン!!
アッシュが動くと同時に放たれたレッドスコッチの攻撃を、アッシュは辛うじて防ぐ事に成功する。
(見えたっす………………。)
ほんの一瞬であるが、レッドスコッチの武器の尖端が光ったのをアッシュは見逃さない。普段はステルス加工により武器の存在を隠しているが、攻撃の瞬間だけはそうは行かないらしい。
(それにしても…………。)
ようやく一人のロシア兵を倒したと思ったら、次の強敵が現れる。
(全く、やってられないっす。)
ビビッ!
アッシュはモニターに映る味方の兵士の位置情報を確認する。画面に映っているのはアメリカ軍兵士が2人と日本軍兵士が一人だけだ。
(日本?…………神楽先輩っすか?)
それに対して、ロシア軍の兵士はまだまだ健在で至る所に敵兵を示す光が点滅している。
(これは、負け戦っすね…………。)
ビッ!
『損傷率81%』
自らの装甲の耐久値も残り僅かである。
(ま、最後に一人くらい倒しておくっすか。)
ロシア軍の精鋭『デストロイ部隊』の『レッドスコッチ』、相手にとって不足は無い。
一方のレッドボーイは、レッドスコッチとすれ違い様にレッドスコッチに話し掛けた。
「レッドスコッチさん………。」
『どうしたですぞ?』
「奴の左眼に注意して下さい。」
『左眼?』
「僕を倒したのは右眼の力では有りません。おそらく左眼の力です。」
『…………うむ。承知した。』
確かに、先程の戦闘はレッドボーイが押していた。レッドスコッチも、あのまま戦闘を続ければレッドボーイが勝つ可能性が高いと判断したのだ。しかし、実際に勝利したのはアメリカ軍の兵士であるアッシュ・カルロスである。
(まだ、秘策を隠している……………。)
ジリ!
ザッ!
アッシュとレッドスコッチが互いに相手の動きを警戒する。
『行くっすよ。先輩。』
ビュン!
『!』
先に動いたのはアッシュ・カルロスである。損傷率の高いアッシュにとって、長期戦は圧倒的に不利であり、この一撃でレッドスコッチを仕留める必要がある。
『ふん!』
対するレッドスコッチは、見えない武器で攻撃を仕掛ける。レッドスコッチの武器は光学鎌(ギロチン)だ。日本語で言えば鎖鎌と表現した方が良い。鎖に繋がれた光学鎌(ギロチン)が、アッシュの右側から襲い掛かった。
ギン!!
(見えたっす!)
その攻撃に対し、アッシュの紅く光る右眼が光学鎌(ギロチン)の軌道を的確に予測する。
グンッ!
光学剣(ソード)を構えたまま深く沈むアッシュ・カルロスの頭上を攻撃鎌(ギロチン)が閃光を放って素通りした。
ドドンッ!
『!?』
それと、ほぼ同時にアッシュの腹部に重たい振動が走った!
ビビッ!
『損傷率81%』
損傷率に変化は無い。つまり、レッドスコッチは二本目の光学鎌(ギロチン)を作動させずに攻撃を仕掛けた。ステルスのままの攻撃だ。
(それでは損傷を与えられ無いっすよ!)
グワン!
すぐに態勢を整えたアッシュが光学剣(ソード)を振りかざす。ここで決着を付ける!
───オッドアイ────
───────レフト!───────
ギン!
(これは!?)
アッシュ・カルロスの左眼が黄金の輝きを放った。
ビカッ!!
(身体が…………、動かないですぞ!?)
紅く光る右眼は、敵の攻撃の軌道を読む。
そして、黄金の左眼は敵の動きを止める。
初めてアッシュが機動兵器『マリオネット』を装着した時、養成学校の生徒達がアッシュに敵わなかった理由。ド素人のアッシュを相手に生徒達は攻撃を当てる事も躱す事も出来なかった。
神はアッシュ・カルロスに、無敵の両眼を与えたのだ。
バシュッ!
ズバッ!
バシュッ!!
『終わりっす!!』
グサッ!!
バリィーン!!
『!?』
『惜しかったですな…………。』
『!』
(不味い!)
────この軌道は避けられない────
アッシュは、今回の攻撃で決着を付けるつもりであった。高威力の攻撃を四回打ち込めば大抵の敵を倒す事が出来る。しかし、レッドスコッチの『マリオネチカ』は耐久型だ。そして、ロシア軍の『パワードスーツ』は装甲シールド一体型『マリオネチカ』である。四度の攻撃ではシールドを破壊するだけで耐久値を消滅させる事は出来ない。
『実戦経験が足りないですぞ。』
加えて至近距離からの光学鎌(ギロチン)での攻撃は、軌道は読めてもかわす事は出来ない。
(誘い込まれたっすか!?)
ドドンッ!!ザクザクッ!!
『ぐはっ!』
レッドスコッチが操る二本の光学鎌(ギロチン)が、至近距離からアッシュの身体を捉えた。既に損傷率の高いアッシュには致命的な一撃である。
バチバチバチバチバチ!!
『若さ故の奢り、または自身の能力を過信し過ぎぞ。本物の戦争は、それほど甘くは無いですな。』
ドッガーン!!
「く…………。まだまだっすね。」
ズバッ!!
西暦2060年4月4日
アメリカ合衆国陸軍『シリウス隊』
アッシュ・カルロス
サウジアラビアの戦場にて戦死する。