MARIONETTE- Елена

【オッドアイ①】

イギリス ロンドン
イギリス連邦軍最高本部

13階建の最上階にある1室で、2人の男が盤上のチェスの駒を動かしている。

一人はイギリス軍の最高司令官を務めるブラウングレーの髪が似合う男だ。年齢は27歳と若いが機動兵士としてはベテランの部類に入る。名前はリチャード・スティーブン四世と言う。血を遡ればイギリス王家に繋がる名門の出身でイギリス軍の中での信頼は厚い。

カチャ

対する相手はイギリス人ではない。金髪碧眼の美しい顔立ちの男性は、今回の事件の後にイギリスへ入国した。議題はもちろん今後の世界情勢についてだ。アメリカ軍がロシア軍に敗戦した後のヨーロッパとしての意思疎通を図ろうとの目的がある。

「しかし、君が直々に来るとは思わなったよ。」

リチャードは駒を進めながら目の前の男性に話し掛ける。男の名前はサン・ルヴィエ・ポルフス。世界三大英傑の一人に数えられるヨーロッパ最強の機動兵士である。

「事は重要です、リチャード殿。シリウスが殺られたとあっては、世界の均衡が崩れます。おそらくロシアは世界中へ侵攻するでしょう。」

「……………まだ、米軍が負けると決まった訳では無い。シリウス将軍が負けると思うか?」

「残念ながら負ける可能性は高いでしょうね。米軍からの情報によると、作戦に参加した機動兵士の大半は既に戦死している。シリウスとて一人ではどうする事も出来ない。」

「…………。」

「片やロシア軍には彗星のアンドロメダ率いる『デストロイ部隊』が健在です。そして、新兵器の投入の情報もあります。」

「新兵器………。超電磁砲か…………。」

「いえ………。」

ポルフスはリチャードの言葉を否定する。

「ロシア軍が新たに開発した、人型機動兵器」

全局面戦闘白兵戦特化型『マリオネチカ』

────通称『システマ』────

「エレナと名乗る少女が実戦投入されたとの情報があります。」

「人型………、機動兵器?」

「正確に言えば、機動兵器と人間の一体化とでも申しましょうか。彼女は産まれた時から『機動兵器』として育てられた。」

「産まれた時から?『パワードスーツ』の歴史はそれほど長くは無いだろう。」

「詳細は不明ですが、ロシア軍の中では、そう伝えられているそうです。」

「……………。情報が少ないな。せめて彼女の戦闘映像か目撃者がいれば対策も立てられると言うのに。」

「目撃者なら居るでしょう?」

「なに?」

「イギリス連邦『アレックス隊』の隊員エレノア・ランスロットがエジプトで救出された。今から1時間ほど前の情報です。」

「それは…………。」

「隠し事は止めましょう。我々フランスとイギリス連邦が協力しなければロシアの侵攻は止められません。すぐに大部隊を結成し前線基地を固めるべきです。」

「前線基地と言うと…………。」

「ドイツです。私の勘では数日以内にロシアはドイツに侵攻する。」

「数日以内…………。まさか。」

「その為に私はここへ来たのです。リチャード殿に話すのが一番、話がスムーズに進む。」

「ポルフス………。」

「これ以上のロシアの侵攻を許す訳には行かない。そして、我々は全ての同盟国と協力してロシアと全面戦争をする必要がある。」

「全面戦争……………。しかし、アメリカは今回の戦争で大損害を負っている。態勢を立て直すのに時間が掛かる。」

「逆です、リチャード殿。ロシア軍の新兵器開発速度が増している。時が経てばそれだけ我々が不利になる。」

「………………。」

リチャードは少し考えてから口を開く。

「勝算は………、あるのか。」

今回の戦争でアメリカ最強の『シリウス隊』を含む米軍の被害は600人に登る。米軍の弱体化は否めない。

「イギリス連邦、フランス共和国、ドイツ連邦、アメリカ合衆国、そして日本。5ヶ国が総力を結集すれば………勝てます。」

機動兵器『マリオネット』の開発に成功した西側5ヶ国とロシアとの全面戦争。世界中のほぼ全ての機動兵士が動員される事になるだろう。

「……………。」

(全面戦争か…………。)

今度はリチャードが告げる。

「ポルフス殿……………。その話はまだ早い。」

「………………。」

「シリウス将軍一人ではロシアに勝てない。そう言いましたな。」

「………えぇ。」

「エレノア・ランスロットからの情報では、今回の作戦に『アリス』が参加している。」

「……………アリス。」

「アリスは『デストロイ部隊』のNo2、マーシャルを倒し『グリーン・モンスター』へ向かったらしい。」

「マーシャル…………『シベリアの虎』を……。」

「シリウス将軍に加え、アリスが参戦すれば米軍が勝つ可能性はまだある。見届けようでは無いか。2つの『マリオネット』大国の勝敗の行方を。」

そして

もう一人─────

シリウス将軍とアリスに匹敵する兵士が居る事を、二人は知らなかった。






【オッドアイ②】

サウジアラビア
『グリーン・モンスター』

世界最強の機動兵士シリウスが、自らスカウトし自分の部隊へ引き入れた3人の兵士がいる。

ロッドマン
桜坂 神楽
アッシュ・カルロス

何れもが世界トップレベルの機動兵士であるが、シリウスが最も戦いたくない兵士がいる。


────アッシュ・カルロス────



初めてシリウスがアッシュの名前を知ったのは2年前、マスコミから流れるニュース報道であった。全米でも屈指の機動兵士養成学校の生徒6人を、初めて『マリオネット』を装着した一般人が倒したと言う信じ難いニュース。

(そんな事があり得るだろうか?)

『マリオネット』には適正がある。養成学校の生徒なら『マリオネット』への適正は全米でもトップレベルである。加えて、カリキュラムに沿った授業を受け訓練も積んでいる。一般人の素人に負けるなど絶対に有り得ない。

シリウスはすぐに、サンフランシスコに飛んだ。アッシュが産まれ育ったのは、ダウンダウンにある貧民街で不良少年の溜まり場のような場所であった。

「アッシュ?あぁ、よく知ってるぜ。アッシュは俺達の王様だからな。」

(王様……………。)

不良少年は言う。

アッシュ・カルロス(当時15歳)は、喧嘩で負けた事が無い。歳上だろうが、ガタイのでかい相手だろうが、ナイフを持っていようが、複数人いようが関係無い。


─────アッシュは負けない───



ザッ!

「アンタ誰すか?何か用っすか?」

初めて見るアッシュの印象は、どこにでもいるヒスパニック系の少年だった。子供のせいか身長はそれほど高くない。長身のシリウスから見ると、まさに大人と子供の体格差である。

シリウスは、ますますニュース報道を疑った。こんな子供が機動兵士として強いはずが無い。

(しかし、せっかくサンフランシスコにまで来たんだ。試してみるか………。)

す────

「あん?」

ドガッ!!

「うぉ!?」

シリウスの右拳が、アッシュの顔面に打ち込まれアッシュは数メートル吹き飛ばされた。

「げほっ!げほっ!」

「痛ってぇ!てめぇ!何しやがる!!」

(やはり、ただのガキか……………。)

シリウスが、無駄足だったと思い立ち去ろうとした時。

「待てよ……………。」

アッシュが声を掛ける。

「今、俺に喧嘩を売ったっすよね?」

「悪かったな。」

「いや、喧嘩ならそうと言ってくれって話っす。」

「なに?」

「喧嘩上等っすよ。俺は負けないっす。」

「……………。」

ザッ

「あれ?どこ行くっすか?」

「いきなり殴ったのは悪かった。それだけだ。」

「逃げるっすか。」

「…………。」

「俺は負けないっすよ。」

(馬鹿が……………。)

そして、振り向いたシリウスはアッシュの異変に気付いた。

(何だ?)

アッシュの右眼が変色している。蒼い瞳が紅く輝き薄っすらとした光を放っていた。

バッ!

ブン!

(!?)

バシッ!

アッシュの右ストレートを左手で受け止めるシリウス。その直後───

グワンッ!

(ハイキック!?)

ババッ!

そのキックをも超反応でガードするシリウスだが───。

クンッ!

その蹴りが変化する。

(何だ!?)

バシッ!!

「うっ!?」

(な!?蹴りが当たった!?)

シュリング師匠に武術を教わり、マスターの称号を受けたシリウスに蹴りを当てられる人間などそうは居ない。

(ちっ!)

バッ!

シリウスはすぐさま右ストレートを繰り出す。

ブルン!

(!?)

しかし、アッシュはその拳を余裕を持ってかわす。

「…………何だお前は?」

「丸見えっすよ。」

「なに?」

「アンタの動きは丸見えっす。もう俺を殴る事は出来ないっす。」

そう、アッシュはうそぶいた。




【オッドアイ③】

西暦2060年

サウジアラビア

(超電磁砲(レールガン)を壊せって言われても、どこにあるんすかね…………。)

アッシュ・カルロスは『グリーン・モンスター』の敷地内を歩いていた。

ビビッ!

(お!敵っすか……………。)

モニターに映っている点滅は五つで、前方から接近して来るのが見えた。

(今日は最初から全力っすよ。)


──────オッドアイ──────


アッシュの蒼い瞳が真紅色へと染まって行く。

『おい!居たぞ!!』『一人だ!』

前方から現れた5人のロシア軍兵士は、左右に散らばるようにアッシュを挟み込んだ。光学剣(ソード)を持つ兵士が3人、光学槍(ランス)を持つ兵士が2人、至ってオーソドックスな武装である。

ザザッ!

『マリオネット』により強化されたアッシュの右眼が、ロシア軍の兵士を観察する。

(最初に動くのは一番左の兵士……………。)

ビュンッ!!

ガキィーン!!

『!』

ズバッ!

ビビッ!

『損傷率24%』

(次が右の2人の兵士だ。剣を差し出せば面白い事が起きる………。)

すっ────

『行くぞ!』『死ねぇ!!』

カツン!

アッシュは一人の兵士の剣を受け止め、そのまま滑るように払い除けた。

ビュン!!

『馬鹿!危ない!!』『うぉ!』

ズバッ!バシュッ!

ビビッ!

『損傷率18%』『損傷率23%』

同士討ちを誘導したアッシュは、そのまま二人に光学剣(ソード)を打ち込んだ。

ズバババッ!!

『ぐわっ!』『うわぁ!』

『損傷率40%』『ソード率45%』

(今度は後ろからっすね。)

ビュン!

『!』

ガツッ!!

ロシア兵士が振がり下ろした光学剣(ソード)は、虚しく空を切り地面に突き刺さり、その背後からアッシュが改心の一撃を叩き込む。

ズバッ!!

『うぎゃあぁぁ!!』

ビビッ!

『損傷率38%』

(最後は光学槍(ランス)の兵士……………。)

クルン!

『!』

振り向いたアッシュとロシア軍の兵士の目があった。

(なんだ!この眼は!?)

ブルン!

ズバッ!!!

バシュッ!!グサッ!!

バチバチバチバチバチ!!

ドッガーン!!

『なんだ、コイツ!?』『強いぞ!!』

残った4人のロシア軍兵士が慌てて距離を取る。

ビビッ!

『動きが丸見えっすよ。』


────────先輩方



ピキィーン!!

ビュン!!

ズババババババババッ!!!

バシュッ!!

バチバチバチバチバチバチバチバチ!!

ドッガーン!ドッガーン!ドッガーン!

立て続けに4人の兵士を倒したアッシュは、最後の一人の兵士へと質問する。

『超電磁砲(レールガン)ってどこにあるんすか?先輩。』

『…………………。』



シリウスは思う。

アッシュ・カルロスは、この世界に産まれた突然変異だ。

あの眼を見たら最後────

アッシュと、まともに戦える兵士など居ない。



ザッ

ザッ

(ここっすね……………。)

この建物の中に超電磁砲(レールガン)が収納されている。

ビッ!

アッシュがモニターで内部の敵の人数を確認すると、反応があったのは一つだけである。

(一人っすか……………。ロシア軍も、人手不足なんすかね。)

ギギィ…………。

『お邪魔っす……………。』

バタン!

『来ましたか………………。待ち侘びました。』

そこに居たのはとても若い兵士だった。米軍歩兵部隊の中では、アッシュも相当に若い方だがその少年は更に若い。年齢で言えば14〜15歳に見える。

『僕の名はロシア軍精鋭部隊『クレムリン親衛隊』が隊員…………。』

『あぁ、そう言うの要らないっすよ。』

『えぇ!?』

『すぐに終わるっす…………。』

そして、アッシュは少年兵の後ろにある、巨大な光学兵器を見上げた。


────超電磁砲(レールガン)────



(これがレールガンっすか………。デカイっすね。)

倉庫内部をほぼ埋め尽くす程の巨大な光学兵器に向けてアッシュは光学剣(ソード)を構えた。