MARIONETTE- Елена
【シベリアの虎➀】
マーシャル・S・タイガー
全身をバネのような筋肉で覆われたマーシャルは運動神経の塊のような男であった。幼少の頃から運動が得意で、特に格闘技には絶対の自信を持っていた。
マーシャルが初めてアンドロメダと出会ったのは16歳の頃で、西暦で言えば2047年、今から13年前に遡る。その年はロシア軍がエルサレムへ進行した年でもある。
「あの少年が今年の総合格闘技チャンピオンですね。」
ロシアでは格闘技が盛んで、サンボや空手、柔道などの道場が全国に点在している。多数ある格闘技の中で最強を決める大会が総合格闘技大会であり、マーシャルは史上最年少チャンピオンとして話題となった。
「誰だアンタ?」
若いマーシャルは突然現れた来客を睨みつける。
アンドロメダ・マウラー
当時、24歳になったばかりのアンドロメダはブロンドの美しい女性であった。
「マーシャル、私の元へ来なさい。」
「あぁん?」
バッ!
細くしなやかな足から繰り出される蹴りは、とても女性のものとは思えない力強さがある。
バシッ!
「くっ!」
それを左腕でガードしたマーシャルがすぐさま反撃に移る。
「馬鹿が!」
女だからと容赦はしない。現格闘技チャンピオンに喧嘩を売るなどとんでもない暴挙であり、命知らずの行為だ。
「後悔しても知らねぇぞ!」
ブルンッ!
シュバッ!
「はぁ!?」
マーシャルは上を見上げる。繰り出したパンチをすり抜けるようにジャンプしたアンドロメダは、そのままマーシャルの顔面に蹴りを放った。
バキッ!
「ぐほっ!」
(何なんだこの女は!!)
「我が師、シュリングの格闘術を貴方に伝授します。貴方ならもっと強くなれる。」
それがアンドロメダとの最初の出会いだ。
シュリング・カナム
それがアンドロメダの師匠の名前だ。シュリングには全世界に数千人を越える弟子がいて、その格闘技術は世界一と言われている。その中でも、シュリングから全ての技を伝授された弟子はマスターの称号を与えられる。アンドロメダは全世界に4人いるマスターの1人で、女性では唯一だと言う。
「何で俺を弟子にしたんだ?」
ある日、マーシャルが質問するとアンドロメダが悲しそうな瞳で答えた。
「我が師シュリングは殺されました。」
「!?」
「シュリング流武術は世界最強の武術です。その武術を私達の代で途切れさす訳には行きません。」
そしてアンドロメダは告げる。
「マーシャル。貴方が次の世代のマスターになるのです。そしてそれは、最強の機動兵士の証でもあります。」
「機動兵士…………。」
「私達4人を越えて見せなさい。貴方こそ世界最強の機動兵士。『マリオネチカ・マスター』になるのです。」
西暦2060年 4月4日
(6対1か………。面白い。)
マーシャルは米軍の兵士をグルリと見渡し、最後に登場した女性兵士の前で目を止める。
(若いな…………。)
女性が持つ武器は光学鞭(ウィップ)と呼ばれる特殊な武器でロシア軍ではお目に掛かれないものだ。
(さっきは、あれで死角から攻撃されたのか………。)
実戦で損傷を負うのは随分と久し振りの気がする。
『女…………。名を名乗れ。覚えといてやる。』
『……………。』
そして女性兵士が答える。
『桜坂 神楽(さくらざか かぐら)。』
『!』
ビュンッ!!
バシィーン!!
瞬時に放たれた光学鞭(ウィップ)をマーシャルは重たい光学斧(アックス)で弾き返した。
『てめぇ!あの時の!!何でお前が米軍にいる!!』
思い出されるのは、3年前の横浜紛争だ。当時の『デストロイ部隊』の隊員であったナターシャ・エイブラハム・フォースワンを倒した兵士の1人。10億人に1人の遺伝子を持つと言われる機動兵士『アリス』。
ザザッ!
『五芒星の陣……………。』
またしても5人の米軍兵士がマーシャルの周りを取り囲む。基本通りの戦術が時には一番厄介なものになる。
(これは予想以上の難敵が現れたものだ。)
マーシャルは冷静に敵の戦力を分析する。
(撃墜された輸送機から飛び降りた兵士の数はそれほど多くない。動揺している米軍兵士を遊び半分で殺しに来たが、なかなかどうして………。)
5人の男性兵士の実力は想像以上に高い。おそらく米軍陸軍の中でもトップレベルの実力に違いない。それに加えてオリジナル・アリスと来たもんだ。
『ふふ………。』
(これで、やる気が出ない訳が無かろう!)
アドレナリンが分泌する。
ビビッ!
『シンクロ率100%』
『タイガー・クラッシュ!!』
グィ!
グンッ!
『!』『!』『!』『!』『!』
マーシャルの身体が消える。
バシュッ!
『ぐわぁ!!』
バチバチバチバチバチバチ!
ドッガーン!!
『ヘンリー!!』
『何が起きた!?』
『見えなかったぞ!』
『五芒星の陣』によって、取り囲んでいたマーシャルの身体が一瞬消えたように見えた。
(何て動きをしやがる………。)
ロールス・ハイデンの背筋が凍り付いた。マーシャルは決して消えた訳ではない。恐るべきはその瞬発力。一度、足を踏み込んだ後の加速力は想像を絶する速さであった。
(これが、世界最強と言われる『デストロイ部隊』のNo2、シベリアの虎の実力か………。)
【シベリアの虎②】
西暦2050年
マーシャルは19歳になった。
「今日から私達の部隊に配属になるバルゴ・ポドルスキよ。マーシャル頼んだわ。」
アンドロメダが連れて来たのは、図体のデカイ男であった。
(冗談だろう?)
それがマーシャルの第一印象だ。力こそ有りそうだが、とても動けるとは思えない。格闘技に於いて必要なのは総合力である。力と技とスピードを併せ持つ戦士こそ最強。それがマーシャルの目指す格闘家である。
「お前、そんな身体で戦えるのか?」
「………………。」
この頃のマーシャルは既に『マリオネチカ』の訓練を施されロシア軍の中でも一目置かれる存在となっていた。
『はっ!』
ガキィーン!
ガキィーン!
グルンッ!
ズバッ!
ビビッ!
『損傷率87%』
(ちっ!)
『今日はここまでにします。』
未だアンドロメダとの差は大きい。
『上出来ですよ、マーシャル。』
『あん?』
『今のロシア軍の中で私と五分以上戦える兵士は5人と居ません。合格です。』
(くそっ…………。格下扱いかよ。)
『5人の中の1人にバルゴも入っています。切磋琢磨して頑張りなさい。』
『なに!?』
バルゴ・ポドルスキは特異体質であった。
ドガッ!
バコッ!
「何を怒ってるんだい?マーシャル君。」
(こいつ……………。元総合格闘技チャンピオンの俺の攻撃を受けて平然としてやがる。)
アンドロメダは言う。
「ポドルスキにダメージを与えられる程の攻撃力を身に付ける事です。そうれば貴方は更に強くなる。」
西暦2060年 4月4日
マーシャルの必殺技『タイガー・クラッシュ』
米軍兵士を葬った必殺技に、桜坂 神楽(さくらざか かぐら)は眉をひそめる。
(今の一撃……………。明らかにおかしい。)
いくら攻撃力のある光学斧(アックス)を使っているとはいえ攻撃力が異常に高い。これほど高い攻撃力と速いスピードを併せ持つ兵士には、今までお目に掛かった事が無い。タイプ的には元防衛軍第二統括隊長の天道 慎(てんどう しん)に似ているが、マーシャルの方が上だろう。
ビビッ!
『ハイデン隊長。』
『…………どうした?』
『引いて下さい。』
『なに!?』
『命を落とす事になります。』
『な………………!』
『実力が違い過ぎます。貴方達がいても、もはやどうにかなるレベルでは無いでしょう。』
『何を……………。』
確かにマーシャルの実力は認めよう。まともにやり合えば負けるのは目に見えている。しかし、こちらはまだ4人いる。『シリウス隊』だか『アリス』だかは知らないが、若い女の兵士に任せる訳には行かない。
ビビッ!
『ハイデン隊!一斉に行くぞ!』
『ハイデン隊長!?』
『奴の耐久値を削り取ってやる。』
『待って下さい!』
ビビッ!
『GO!!』
ザザッ!!
4人のベテラン兵士が動き出すのを、マーシャルはじっくりと観察していた。
その鋭い瞳はまるで『シベリアの虎』だ。
グンッ!!
4人が動き出すのを確認してからマーシャルが動き出す。その動きは桜坂 神楽をもってしても目で追うのがやっとのレベル。
グワンッ!
一撃目は全身のバネを使っての光学斧(アックス)での攻撃。
ガボッ!!
『ぐわっ!』
高速で振り下ろされた光学斧(アックス)が米軍兵士の耐久値を一撃で削り取る。
バチバチバチバチバチ!
ドッガーン!!
そのままの勢いで、マーシャルは光学斧(アックス)を左側へと振り抜いた。
ズバッ!!
『!』
バチバチバチバチバチバチ!
ドッガーン!!
──────これも一撃───────
『とりゃあぁぁぁ!!』
『死ねぇぇぇ!!』
残る2人の兵士の攻撃は光学槍(ランス)による突きである。
グニャ!
『!』『!』
その攻撃を、大きく後ろへブリッジする事により回避したマーシャルは、そのまま両足を突き上げた。
光の短剣(ナイフ)による攻撃。
ズバッ!
ズボツ!
バチバチバチバチバチ!
ドッガーン!
『損傷率57%』
『うわぁあぁぁぁ!!』
残り1人。
『トドメだ!』
更に光学斧(アックス)を振り上げるマーシャル。
『助けてくれぇぇぇ!!』
バチッ!!
『!』
『………………。』
ビビッ!
『損傷率38%』
バチン!
『そこまでです。』
蒼い『マリオネット』を装着した神楽の手に握られている光学鞭(ウィップ)が、マーシャルに2度目の損傷を与える。
『ここからは、私がお相手します。』
────オリジナル・アリス─────
『貴方の攻撃は…………。』
──────既に見切りました。
【シベリアの虎③】
(損傷率38%…………。)
米軍兵士と戦っている隙を付いたとは言え、マーシャルにこれほどの損傷率を与えた兵士など、かつて居ただろうか。
『見切っただと?』
世界最強の『デストロイ部隊』のNo2、マーシャルは、そのスピードも瞬発力も攻撃力も世界最高水準の機動兵士だ。
『随分と大きな口を叩く……………。』
ザッ!
バチン!
『!』
(この武器……………。実に厄介だな。)
マーシャルは思う。
変幻自在でどこから飛んで来るのか見極めるのが難しい上にリーチも長い。損傷を受けた2回の攻撃も普通の光学剣(ソード)での攻撃なら反応出来ただろう。
(しかし、2回の攻撃で38%なら威力はそれほどでもない。あと2回は攻撃を受けても殺られる事は無い。)
ガシュ!
(一撃で仕留める………。)
マーシャルの最高速、最高威力の攻撃をぶち込めば、それで終わる。
『行くぞ!』
ザザッ!
西暦2052年
この年の春にポーランドを占領したロシアに一つの情報が届いた。
「NATO軍がポーランドに侵攻します。」
「NATO?」
「欧州連合としては、ポーランドを取られたままでは世論が許さないと言う事でしょう。」
「はっ!『マリオネチカ』後進国のNATOがロシアに勝てる訳が無いだろう。」
「そうでも無い。イギリス、フランス、ドイツでは既に『マリオネチカ』の量産が始まっています。その性能はロシア軍の『マリオネチカ』とそれほど変わらない。」
「…………!?」
「世間では西側諸国がロシアの『マリオネチカ』を模倣したと言われていますが、そうでは有りません。」
「どう言う事です?」
「シリウス・ベルガーです。彼は私達と同じく『マリオネチカ』のプロトタイプを所有していました。」
「アンドロメダ師匠と同門の…………。」
「未来から送られて来た『マリオネチカ』は4着です。シュリング・カナム師匠の4人の弟子達がそれぞれ一着ずつ保有しました。」
ロシアに2つ。アメリカに一つ。そして、中華人民共和国に一つ。それが『マリオネチカ』の始まり。
「NATO軍の戦力は20人程度と予想されます。『マリオネチカ』に適正のある兵士はそれほど多くない。」
「20人ですか……………。」
「それを私達3人で殲滅させます。」
「な!3人ですか!?」
「『デストロイ部隊』の旗揚げです。喜びなさい。」
それが『シベリアの虎』の初任務であった。
グンッ!
ガキィーン!!
バシュッ!!
バチバチバチバチバチ!
ドッガーン!
(何だ?)
『うわぁぁぁ!!』
ズバッ!!
バチバチバチバチバチ!!
ドッガーン!!
(これがNATO軍の機動兵士………。)
アンドロメダ師匠は、ロシア軍の『マリオネチカ』と性能は変わらないと言っていたが、あまりに弱い。未来兵器『マリオネチカ』は、装着した人間の能力に比例してどこまでも強くなる。
(もしかして、俺が強いのか?)
バシュッ!
ズバッ!
バチバチバチバチバチ!!
ドッガーン!ドッガーン!
この日、マーシャル・S・タイガーは、NATO軍の機動兵士を、ほぼ一人で倒す事に成功した。
その鍛えられた筋肉とバネのような柔軟性、磨き上げられた格闘技術。そのどれもが『マリオネチカ』の性能を引き出した。
やがて、マーシャルは西側諸国の機動兵士達から『シベリアの虎』と恐れられるようになる。マーシャルは、機動兵士になる為に産まれて来たような男であった。
『行くぞ!』
ザザッ!
マーシャルは神経を研ぎ済ます。
狙う敵は桜坂 神楽。
光学鞭(ウィップ)の攻撃を無視して一気に叩き潰す。同士討ちなら攻撃力の高いマーシャルが勝つだろう。
負ける訳が無い。
スピードもパワーも全てがマーシャルが上回る。
グワンッ!!
マーシャルの攻撃斧(アックス)が神楽の脳天を目掛けて振り上げられた。
ビュン!!
『!』
(金髪………!?)
桜坂 神楽ではない。
これは、オリジナル・アリス────
機動兵士の戦闘に於いて一番重要なのは、スピードでも、パワーでも、瞬発力でもない。
────────適正だ!
最も『マリオネット』と相性の良い人間が勝利する。
ビビッ!
『シンクロ率100%』
10億人に一人の遺伝子を持つと言われる『アリス』の光学鞭(ウィップ)が、マーシャル・S・タイガーの装甲へと飛んで行く。
バチン!
バシュッバシュッバシュッバシュッ!!!
『馬鹿な!!』
マーシャルが斧(アックス)を振り下ろすより速く、叩き込まれた鞭(ウィップ)の回数は4回。
バチバチバチバチバチ!
(アンドロメダ様……………。)
ズバッ!!
『!』
ビビッ!
『損傷率97%』
『ちっ!足りなかったか……………。』
マーシャルはアリスの顔を見て不敵に笑う。
ドッガーン!!
『………………。』
サラサラと風にたなびく美しい金髪が元の栗色の髪へと変化して行く。
(97%………………。)
ゴクリ
先に米軍兵士との戦闘が無ければ負けたのは桜坂 神楽であっただろう。
しかし、この損傷率ではもう戦えない。
ブンッ────
『あ、あの…………。助かった!ありがとう!』
残された米軍兵士が神楽に礼を述べると、神楽は少し微笑んで、戦場から離れて行った。