【決着①】
清水 大地(しみず だいち)は、将来を有望された剣道家だった。中学生にして剣道3段、中学3年時の県大会では見事に優勝を果たしている。大地に悲劇が訪れたのは、その県大会の帰り道であった。
キキィ!
「!」
ドッカーン!!
大型トラックが反対車線にはみ出して、そのまま歩道を歩いていた大地に衝突、現場に駆け付けた救急隊員の話では即死であったと言う。大地の通夜は翌日に行われ、その更に翌日には葬儀もとり行われている。家族や大勢の友達が葬儀に出席し、大粒の涙を流していた。
その光景を清水 大地(しみず だいち)は、茫然と眺めていた。
「これは、どう言う事だ?」
大地は目の前の男に尋ねる。
「そのままだ。主は交通事故によって死んだのだ。」
まるで平安時代の貴族のような格好をした男は、事も無げにそう答える。男は神代 仁(かみしろ じん)と名乗った。
「しかし、主も運が良い。たまたま私が通り掛かったから『魂』を救う事が出来た。」
「『魂』を救う…………?」
「さて、ここで主に問う事がある。簡単な二者択一ですな。」
「二者択一?」
「左様、このまま成仏するか、もう一度生き返るか。」
「生き返る!?そんな事が出来るのか!!」
「私になら可能だ、、ただし…………。」
────死神としてだがな
【死神の部隊】チームSOLOMON(ソロモン)のリーダーとなった清水 大地は驚くほどの能力を身に付けた。剣先の速さは生前の2倍。動体視力は3倍。反射神経は超人の域に達する。
(負ける気がしない………。)
陰陽師の棟梁である仁は言った。
「この能力は妖怪と戦う為に授けたものだ。やがて訪れる妖怪との戦争に打ち勝つには君の力が必要なのだよ。」
今回の任務は進入して来た女子高生2人の殺害。
(たかが、人間の小娘(ガキ)を相手に【死神】を何人送り出してるんだ?)
元【死神の部隊】チームリーダーの神代 麗ならまだしも、桜 芽依は普通の人間。剣道の竹刀に変わって現在の武器は本物の日本刀だ。
(一撃で倒して見せる…………。)
ザッ!
その速さは疾風の如し。
大地の真剣が芽依の身体を目掛け神速の速さで振り下ろされた。
ブンッ!
「!」
(消えた?)
「大地君!上よ!!」
(上?)
聞こえて来たのはチームBABEL(バベル)のリーダーである 華流院 香織(かりゅういん かおり)の声だ。咄嗟に上を見上げた大地が見たのは桜 芽依の踵(かかと)だった。
「うぉおぉぉ!?」
ドッカーンと顔面を蹴られた大地がその場にひっくり返る。慌てて起き上がると、芽依は周りにいた【死神】達を次々と蹴散らして行く。
「な!なんだ!?」
手に持っている緋色の日本刀を使いもせずに、素手で死神達を圧倒する人間。
シュッ!
ガキィーン!
「香織さん!?」
「なぁんだ。本物じゃないの、その日本刀。飾りかと思ったわ。」
香織の持つ細長いサーベルを緋色の日本刀で弾き返す芽依。
「でも………、動きが素人なのよねぇ。」
シャッ!
ズバッ!
「痛っ!」
(腕を斬られた!!)
「それにしても【死神】よりも動きが素早いって………、芽依ちゃん、もしかして。」
─────妖怪なんじゃない?
「!」
「それなら、こちらも本気でやらないと不味いわよねぇ。」
香織はサーベルを構え直す。
「華流院一刀流、一の太刀!行くわよ!」
ザッ!
─────精神の剣(つるぎ)────
手にした人間の精神力に呼応して、強度を増す最強の剣。
「って、麗ちゃん言ってたけど、日本刀なんて使った事ないからぁ!!」
芽依は取り敢えず日本刀を振り回した。
ブンッ!!
ブワッ!!!
「!」
ズパァッ!!!
「ぐわぁ!!」
「ぎゃあぁぁ!!」
「くっ!」
ガキィーン!!
「きゃっ!!」
緋色の日本刀が一瞬にして数メートルにも及ぶ巨大な剣となり、周りにいた死神達をぶったっ斬った。
「えぇぇぇぇ!?」
一番驚いたのは芽依だ。
辛うじて防いだ香織も、剣の勢いに押されて数メートルは吹き飛ばされた。
「な!芽依ちゃん!なんなのその日本刀!?」
「私も知らないんだって!」
大地は全く理解が追い付かない。たかが一人の小娘だと思っていた芽依に、既に死神の半数が倒された。死神でなければ死んでいただろう。
「冗談じゃねぇ…………。強過ぎだろ、あのガキ…………。」
【決着②】
一方、神代 麗を相手にしていた【死神の部隊】の隊員達は、フランシスカ・本郷によって、全滅させられていた。
「あなた何を…………。」
「麗………、私と君の決闘だ。邪魔者に退場して貰っただけさ。」
本郷は平気な顔でそう言い放つ。
「まぁ、【死神】ですから肉体が再生すれば復活する。それは貴女もご存知でしょう。」
ゴクリ
それにしても正気では無い。
「例え復活するにしても仲間に手を出すなんて………。」
「仲間?」
そして本郷は笑う。
「君こそ【死神】を成仏させる為に来たのだろう?成仏した【死神】は二度と復活しない。私より君の方が酷いと思うがね。」
シャキィーン
本郷の武器は巨大な鎌(かま)だ。
「それに、君と戦う為には私も本気を出さなければならない。」
「…………。」
「私の本気を【死神】達に見せる訳には行かないだろう?」
正体がバレると本郷は言う。
「一つ間違いを訂正しよう。【死神】も妖怪対策本部も私の仲間では無い。」
「!」
(この男、何を言っている?)
「私はとある組織に所属している魔術師、フランシスカ・本郷だ。」
「組織…………?」
「君の父親、神代 仁が我々を裏切らないように見張っていた。しかし裏切ったのは父親ではなく娘の方だったがね。」
そして本郷は問う。
「神代 麗。そして、神代 仁。君達2人はどちらの方が強いのか。そして、陰陽術と魔術、どちらが優れているのか。実に興味深い。」
「あなた………、それを確かめる為に?」
「先日のような戦いは止めましょう。君と私のどちらが強いのか。」
─────決着を付ける時です────
ブワッ!
「!」
フランシスカ・本郷の身体から立ち込めるのは黒い影だ。
「黒魔術…………。それが貴方の正体。」
「『影の刻印!!』」
ブワッ!
無数の黒い影が、麗へと向かって伸びて来る。
(あの影に触れては危険だ。)
麗の本能がそう察知する。麗は素早く陰陽師の札を取り出すと『魔除けの術式』を構築する。
「『破邪!退散!』」
シュンッ!
黒い影とは対象的な白い影が麗の身体を包み込む。
「それは、囮(おとり)だよ!」
「!」
ズバッ!
黒い鎌(かま)が、麗の胸部を斬り裂いた。
「くっ!」
激痛で顔が歪む。大量の血が溢れ出し麗はその場にしゃがみこんだ。
「なんだ…………、その程度か?先日の緋色の剣はどうした?」
今日の麗が持つ武器は『精神の剣(つるぎ)』ではなく二本の小太刀である。
「そんなリーチの短い武器で私の『死神の鎌』を防げるとでも思ったか。」
「つまらんな。」と本郷は言う。
「『魔神降臨!』」
「!」
ゴゴゴゴォ!!
すると、本郷の持つ『死神の鎌』が黒い影に覆われて行く。
「今度の影は先ほどとは違う。果たして陰陽師の術で防げるかな?」
ジャリ
本郷が巨大な鎌を構えたまま足を踏み出した。
黒魔術と鎌による物理攻撃。麗はその両方に対処しなければならない。先日の戦闘で身体能力は本郷の方が上だと自覚している。【死神】の力を放棄した麗には、本郷のスピードに付いて行くだけのポテンシャルは無い。身体能力の低さを補っていた『精神の剣(つるぎ)』は芽依に渡してしまった。
ジャリ
「行くぞ!麗!!」
6部隊30人から構成される【死神の部隊】の中でも、フランシスカ・本郷の身体能力は突出していた。【死神】のままであれば、麗も対抗出来たかもしれない。
しかし、麗は自らその力を放棄した。
【死神】は人間では無い。
陰陽師の術式により身体能力を強化された【死神】の力は仮の姿だ。肉体と『魂』が分離した人間など、この世にあってはならない。それが麗の導き出した答え。
人間が【死神】に負ける訳には行かない。
「『天地風水!悪霊退散』!!」
ブワッ!
麗が繰り出したのは陰陽師の術『除霊の術式』である。【死神の鎌】に憑依しているのは、おそらく何らかの霊魂。どんなに強い霊魂であっても、麗に除霊出来ないものは無い。
神代の一族にあって、初代、神代鏡明(かみしろのきょうめい)に並ぶ天賦の才を持ち合わせる麗の術式が炸裂し、『死神の鎌』を覆っていた黒い影が消滅して行く。
「だから甘いのだよ。」
それでも本郷の笑みは消えない。
「魔術は消滅しても【死神の鎌】は防げない!!」
ズバッ!
麗の右腕が鎌の一撃により吹き飛んだ。『魔神』の威力は消滅しても、物理攻撃のみで身体を刻む事は可能だ。
ぽたぽたと腕から血が滴り落ちる姿を見て、本郷は満面の笑みを浮かべる。
「陰陽師の一族も、この程度か………。」
ジャリ
しかし、麗に悲壮感は見られない。
「術式が完成しました。」
「なに?」
「陰陽師の術式【身体強化の法】。父上が出来る術式を私が使えないとでも思って?」
「……………。」
(身体強化の法?)
「だからどうした?今更、自分の身体能力を強化しても手遅れだ。片腕を失ったお前に何が出来る。」
ふふと麗は微笑んだ。
「私の身体能力を強化してどうするのです?【死神】でも無い私の身体を強化しても苦痛により動けなくなるだけでしょう。」
「……………?」
「人間はなぜ痛みを感じるのか?それは危険を知らせているのです。」
つまり、それ以上の酷使は危険だと。
「肉体と『魂』が分離された状態では分からないでしょう。既に限界に近い貴方の身体能力を更に引き上げればどうなるのか?」
「『身体強化の法』!!」
ビキッ!
ビキビキビキッ!
「!?」
「勝負は終わりました。私は先へ進みますので…………。」
そう言って麗は、斬り落とされた右腕を拾い上げ腕の修復作業へと移る。陰陽師の術式があれば10分もすれば腕は繋がるだろう。
「な………、麗!ふざけるな!」
麗を追う為に足を踏み出した本郷。
ビキビキッ!
その足が大きく崩れ本郷は地面に転倒した。
「な!なんだ!?」
立ち上がろうにも起き上がる事が出来ない。
麗は振り返り本郷に告げる。
「動かない事をお勧めします。動いた箇所から骨が崩れ落ちますよ。」
「なんだと!?」
「人間の身体では本来の『身体強化の法』には耐えられ無いのです。父上が掛けた術式はギリギリ耐えられる程度に抑制していた。それだけの話です。」
「馬鹿な……………。」
(さて…………。)
麗は辺りを見回して芽依の姿を探した。
「まさか、殺られては居ないと思うけど、無茶をしていなければ良いのだけれど………。」
【決着③】
グワンッ!
「ひぃぃ!!」
芽依が振り回した『精神の剣(つるぎ)』が、建物前の広場をボコボコに斬り裂いて行く。そこら中に亀裂が入り、もはや足の踏み場も無いくらいだ。
「へぇ、凄いねこれ。」
「芽依ちゃん、それ危ないから!振り回すの止めて!!」
香織は泣きそうな声で訴えた。
精神力により強度も長さも変わる『精神の剣』が、芽依の精神に呼応して最大限の威力を発揮していた。
「あれ?もしかして、これ………。」
芽依は名案を思い付き妖怪本部のある建物のある方へと振り返る。
(『イカヅチ』にセキュリティを解除して貰わなくても、これで行けるんじゃない?)
グワン!
と大きく振り被る芽依。剣の長さは数十メートルにも達している。
「とうりゃあぁぁぁぁ!!」
大きな掛け声と共に振り下ろされた『精神の剣』が妖怪対策本部の建物をぶった斬った。
ズバッ!!
「えぇぇぇぇ!!」
あまりの出来事に香織は思わず叫び声をあげる。
「あ、ちょっとズレたね。も一回………。」
芽依がもう一度、剣を振り上げた時、麗が後ろから声を掛けた。
「芽依さん!それ下手したら夢野 可憐さんを斬っちゃいますよ!」
「………………!」
「どうしよう麗ちゃん!一回ぶった斬っちゃたよぉぉぉ!」
涙目で麗を見る芽依。
「はぁ………。」やはり無茶をしていたのかと、ため息を吐く麗。
(それにしても…………。)
あまりの惨状に麗は目を疑った。
(これ、全部芽依さんが?『精神の剣』の力をここまで引き出すなんて…………。)
殆どの【死神】は身体を斬られて動けなくなっている。無傷で立っているのは2・3人と言った所か。
「【死神】の皆さん。私の事はご存知でしょう。」
そして、麗は【死神】に語り掛ける。
「これから私は皆さんを成仏させるつもりです。あなた達は本来は死んでいる人間。陰陽師の術でこの世に残っているに過ぎません。」
「…………。」
死神達は静かに麗の言葉を聞いている。
「しかし、このまま成仏させるのも不憫です。なぜなら、あなた達を殺したのも私の父、神代 仁だからです。」
ざわ!
「な!それどう言う事!」
声を上げたのは華流院 香織(かりゅういん かおり)だ。
「私達は貴女の父親に助けられはず!だから私達は【死神】となり神代 仁に忠誠を誓った!」
「私の父は、妖怪と戦う為の戦力を探していました。全国から才能のある少年少女を探し出し【死神】としたのです。自ら殺し自ら救う事で【死神の部隊】を作り上げた。それが真相です。」
「な……………。」
つまり【死神】となった人間が死んだのは偶然でも何でも無く、全ては仕組まれた事だと。
「研究室にある機械を操作すれば『魂』を肉体に戻す事は可能です。娘である私にのみ伝えられた極秘事項です。」
「それでは…………。」
「成仏前の『魂』であれば、行き返らす事が可能と言う事です。どうしますか?」
人間に戻りたいなら成仏はさせないと。麗は言う。
「そんな事を急に言われても…………。」
ガラ
ガラガラ
ドッシーン!
その時、建物の一部が崩れ去り、中から人が現れた。
「あれは…………。」
国会議員達だ。
「おーい!ここから出られるぞ!」
「助かった!」
「急に壁が壊れるから一時はどうなるかと。」
次々と現れる国会議員達。どうやら殺されては居なかった様だ。
そして
最後に顔を出したのは夢野 可憐だ。
「可憐ちゃん!!」
「芽依……ちゃん?」
芽依は『精神の剣』を放り出して可憐の元へと走って行く。
「可憐ちゃん!無事だったのね!」
「芽依ちゃん、これ芽依ちゃんがやったの?」
「うん!ちょっとね、やり過ぎちゃったの。」
芽依は可愛らしく舌を出したが、やり過ぎ所ではない。
「助けに来てくれたのね。」
それでも可憐は芽依を抱き締める。
「ありがとう!芽依ちゃん!」
「えへへ。」
【決着④】
後日談
無事に救出された国会議員達により、翌日には夢野 可憐は内閣総理大臣に選任され、その翌日には『妖怪対策基本法』は廃止となり『妖怪対策本部』は解体される事となった。
【死神の部隊】は解体されたが、殆どの【死神】は肉体の回復を待って人間へと戻された。
唯一、人間へ戻る事を拒絶したフランシスカ・本郷は、麗により成仏される。
これにて、世間を騒がせた【クーデター事件】は一応の解決を見る。
東京都立大日本高等学校
1年A組
「妖怪対策本部を指揮していた橘 護(たちばな まもる)は警察に捕まったらしいな。」
向坂 稔(こうさか みのる)はネットのニュースを見て呟いた。
ニュースでは触れていないが、麗の父親である神代 仁は行方不明となっている。
「それにしても、急展開でござるな。誰が妖怪対策本部を襲ったのか?深夜の襲撃事件は謎が多いでござるよ。」
そう答えたのは三好 源五郎(みよし げんごろう)だ。芽依と麗の事は世間では公表されていない。
「まぁ、これで愛理須さんも登校出来るようになるだろう。無実の罪で逮捕される『鬼』は居なくなる。」
決戦は終わった。
芽依は妖怪対策本部との決戦に勝利を収め無事に可憐を救い出したのだ。
そして…………。
ザッ
ザッ
帰り道、女子寮へと続く道で、芽依を待っていたのは、九龍 星矢(くりゅう せいや)である。
「九龍…………さん?」
【生放送告白事件】以降、消息を絶っていた星矢は、芽依を見つけると優しく微笑んだ。
カァ…………。
芽依は事件の事を思い出して顔を赤くする。
「やはり君は桜姫であったか。」
「え?」
そして星矢は告げる。
「我々の邪魔となる【妖怪対策本部】を潰し【死神】どもを解体したのだから、そう言う事だろう?」
「えっと…………。」
「時は満ちた。そろそろ我々も動くとしよう。」
『鬼』の『呪い』など序章に過ぎないと、星矢は告げる。
「天野の計画に添えば次の計画は……。」
─────東京都の壊滅────
千年の時を経て再び始まるのは、妖怪と人間との戦争。
「芽依、四天王が揃えば我々の勝利は間違い無いだろう。」
そして、星矢は手を伸ばす。
「おいで芽依。君はこちら側の人間だ。」
─────なにせ君は────
───【天神】が宿りし人間なのだから
物語シリーズ 桜 芽依編 完