【決戦①】


西暦2048年 6月


日本国民が夢野 可憐(ゆめの かれん)の総理大臣誕生を待ちわびていたその日、日本国民に衝撃を与えるニュースが飛び込んで来た。



夢野 可憐─────


──────『鬼』の容疑で逮捕────




国会議員の9割が同時に逮捕されると言う前代未聞の大事件。『妖怪対策基本法』の条文により『鬼』に対する逮捕権は『妖怪対策本部』が握っている。そして、『鬼』か『人間』かを判断をするのも、同じく『妖怪対策本部』である。


法律上は警視庁も司法も『妖怪』に関する事件に関与する権限は無い。なぜなら『鬼』は人間では無いからだ。


妖怪対策本部の行動を阻止出来る者が居るとするなら、それは上部機関である内閣か、国会にて法律を改正するしか無いだろう。しかし、その何れの方法も封印された。内閣を組織するはずの国会議員が丸ごと逮捕されたのだ。これでは『妖怪対策基本法』を廃止する事も改正する事も出来ない。


更に問題を難しくしているのは、逮捕され無かった26人の国会議員の全員が『妖怪対策本部』の行動を支持した事だ。法律上、国会の決議は出席者の過半数の賛同で有効とされる。立法府が賛成した以上は、行政も迂闊な行動は取れない。


そして、残された26人の国会議員で組織された臨時政府は、全国民に向けて戒厳令を発動する。この日より30日間、全てのデモと集会は禁止された。妖怪対策本部のある政府の建物の周囲3キロメートル以内の進入も認められない。


これにより、事実上のクーデターが完了する。




東京都立大日本高等学校


1年A組


「私、行くよ。」


そう口にしたのは桜 芽依(さくら めい)だ。


「芽依殿!?危険でござる!!」


「『妖怪対策本部』に集まったデモ隊は警察に排除されたって話だ。警察も敵側だぞ!」


三好 源五郎(みよし げんごろ)と向坂 稔(こうさか みのる)が必死で芽依を説得する。


「『鬼の墓場』に連行されたら殺されるって、、可憐ちゃんが殺されちゃうよ!」


「ダメだ!芽依!」


いつになく厳しい表情の稔。芽依は稔のこのような顔を見た事が無い。


「俺達は高校生だ。俺達には何も出来ない。ここは大人達に任せるんだ!」


「稔君……………。」


「こんな事が現代の日本でまかり通るはずが無い。妖怪対策本部に批判的な人間は山ほど居る。もう少し待つんだ!」


「……………。」



おそらく、稔から賛同を得られる事は無いだろう。これ以上、稔を説得するのは無駄だ。


「わかった…………。ごめん。」


芽依は素直に謝罪して、可憐ちゃん救出を諦める事を告げる。




その日の夜


上弦の月が天空に差し掛かる頃に、芽依は女子寮を抜け出した。


向坂 稔の言う事は正しいと思う。この事件は一高校生にどうにか出来る問題ではない。黙っていても大人達が解決してくれる問題かもしれない。


しかし、それだと手遅れになる可能性がある。


夢野 可憐(ゆめの かれん)の救出が最優先。1日救出が遅れると、その分 可憐の命が奪われる可能性が高まる。事態は一刻を争うのだ。


『イカヅチ!』


『お任せ下さい。』


芽依の横に付き従うのは雷の化身『イカヅチ』だ。雷獣の能力があれば『鬼の墓場』のセキュリティを無効化出来る。建物内部に進入し可憐を見つけ出し解放する。それが今回の目的だ。


と、その時。


カツン


カツン


誰も居ないはずの深夜ゼロ時を過ぎた頃、静かに足音が鳴り響いた。


「だれ!?」


振り向くと一人の女生徒のシルエットが浮かび上がる。


─────神代 麗(かみしろ れい)



(しまった!)


芽依は咄嗟に身構える。


麗は【死神の部隊】チームNOAH(ノア)の一員だ。芽依の行動は敵側に筒抜けだった事になる。しかし、ここで止まる訳には行かない。


「麗さん…………。悪いけど、本気で行くよ!」



──────本気



芽依は自分の本気を知らない。


昨年より急激に上昇した身体能力を余す事なく発揮すれば、どれだけの能力を発揮出来るのか。走り高跳びの世界記録など余裕で越える自信がある。それほど力が漲(みなぎ)っている。


麗は白い札を取り出すと、すっと空中に放り投げた。白い札はくるくると周り、やがて緋色の剣(つるぎ)へと姿を変える。


(えぇぇぇぇ!?)


それは信じられ無い光景であった。ただの白い札が日本刀に変化したのだから驚くのも無理は無い。そして、その緋色の剣を、麗は芽依へと放り投げる。


「え?、わっ!とと…………。」


なんとか刀をキャッチした芽依は訳も分からずに麗の顔を見た。


「その刀の名は【精神の剣(つるぎ)】と言います。手にした者の精神力により剣の強さは無限に広がる最強の剣。」


「精神?えぇぇ?」


麗は「ふふ」と可笑しそうに笑った。


「まさか武器も持たずに行くつもりだったのかしら?」


「う!それは…………。でも何で麗さんが?」


麗には戦う理由がある。


「今回の騒動、黒幕に居るのは私の父親である神代 仁(かみしろ じん)です。」


「えぇぇぇ!?」


「私の目的は【死神の部隊】の消滅。彼等はまともな人間では有りません。」


それは驚くべき真相。


一度、命を落とした人間を陰陽師の術により生き返らせた不死の人間。


「彼等に温情は不要です。手足を斬り落としても死ぬ事は有りません。対峙した時は足を斬り落とすのが有効でしょう。動けなくなれば流石に襲っては来ませんから。」


平気で凄い事を言ってのける神代 麗。


「私は【死神の部隊】の『魂』が安置されている研究室に用があります。私が『魂』を解放している間に、あなたは可憐さんを救出すると良いでしょう。」


「ちょっと待って!」


そこで芽依は気になる事が出来た。


「『イカヅチ』の力があれば電化製品は故障する。その研究室って言う所も、おそらく機能しなくなると思うけど…………。」


麗の話が本当ならば【死神の部隊】は動きを止めるはずだ。


「残念ながら、それは無いわ。」


しかし、麗は芽依の予想を否定する。


「【雷獣事件】以降、その辺の対策は完了済よ。研究室には防電措置が施されています。」


つまり【死神の部隊】を無力化するには、研究室内部に進入するしか方法は無い。2人は互いの目的を確認し、協力し合う事を約束する。


「それでは………。」


「えぇ。」


目的は違えど、進む道は同じである。2人の女子高生が、妖怪対策本部との決戦へと出発した。




【決戦②】


妖怪対策本部


多くの国民が寝静まった時間帯に、本部前の広場に降り立った2つの影。


桜 芽依(さくら めい)

神代 麗(かみしろ れい)


臨時政府の発した戒厳令により、対策本部のある建物の周囲3キロメートルへの民間人の立ち入りは禁止されている。明らかに戒厳令違反の2人を見た警察官が近寄って来た。


「君達、こんな所で何をしているんだ!」


「ここは立ち入り禁止だ。こんな夜更けに歩き回るんじゃない!」


芽依はぺろっと舌を出して、警察官に告げる。


「ごめんなさい。ちょっと、あの建物に用事があって………。」


「用事って………、あれ?君、芽依ちゃんじゃない?」


さすが芽依は有名人である。


「うん!可憐ちゃんに用事があるの!それじゃね!」


ダッ!


そう言って2人は走り出す。


「おい!こらっ!」


慌てて2人の後を追う警察官。夜中だと言うのに、あっという間に警察官が集まって来た。


「麗ちゃん!どうする!?」


「警察官に罪は有りません。殺さない程度に倒しましょう。」


「それ難易度高くない!?」


もちろん芽依も警察官を殺そうなどとは考えていない。麗の発想は物騒過ぎる。


「仕方が有りませんね。」


「ん?」


そう言うと、麗は陰陽師の白い札を取り出した。白い札はくるくると上空へ舞い上がり、大きな白い鳥と化す。


「えぇぇぇ!なにそれ!どうやってんの!?」


「白孔雀(しろくじゃく)の式神です。芽依さん!口を押さえて!」


「え!?」


深夜の上空を舞う白い鳥はとても美しく、神々(こうごう)しさまで醸し出している。警察官は唖然として白孔雀を見上げた。


「天地天命!白光心蜀!!」


パン!


麗が大きく掌(てのひら)を打つと白孔雀は真っ白く光り輝き、キラキラと光る粉を撒き散らす。


「な!なんだ!?」


粉雪のように薄く光る粉は警察官の頭上へと降り注いだ。


「早く行きますよ!粉を吸わないように走り抜けて!!」


「あわわ!?」


大勢いた警察官は、その場に立ち止まり芽依達を追って来る気配は見えない。いつまでも、いつまでも、上空に飛ぶ白孔雀を眺めている。


「な!なにしたの!?」


「白孔雀の粉は人々を魅了します。ああやって見惚れている動物を捕食するのです。」


「ほしょく!?」


芽依はびっくりして聞き返す。


「自然界にはよくある事です。美しい花弁で昆虫を誘い込む植物とか、人間でも美しい顔をした女性ほど恐ろしいのですよ。」


「麗さん、それ麗さんの事…………。」


「それに白孔雀は哺乳類は食べませんから、しばらくしたら元に戻りますよ。」


「そうなんだ…………。」


芽依は少しほっとしたが、今度は前方に警察官が現れた。


「止まれ!止まらなと撃つぞ!!」


先ほどとは違い今度の警察官は最初から臨戦態勢で拳銃を構えている。さすがに今度は戦闘になりそうだ。


バチバチバチッ!


そこに現れたのは巨大な黄金の獣である。


『イカヅチ!?』


『芽依様!ここはお任せを!』


バチバチバチバチッ!


イカヅチはそう言うなり全身から無数の電撃を発射した。


「な!なんだ!?」


「雷獣!?」


「うわぁ!!」


雷獣の電撃が警察官の拳銃を破壊出来るのは、前の戦闘で経験済みである。武器を失った警察官のど真ん中を芽依と麗は一気に駆け抜ける。


「こら!お前達!!」


「小太刀二刀流!!」


シュッ!


シュパッ!!


いつの間にか手にした2本のナイフで、麗は警察官のアキレス腱を鮮やかに斬り裂いた。


「殺さずに再起不能にするには足の建を切る事です!」


「そんな芸当、普通は出来ないからぁ!!」


麗の動きに感心しながらも、芽依は芽依のやり方で警察官を攻撃する。


つまり、それは………。


「とりゃあぁぁぁ!!」


飛び蹴りであった。


ドカッ!


目の前の警察官を蹴り飛ばし、芽依はどんどん先へと進む。大勢いた警察官の防御網を何とか突破した2人は、ついに妖怪対策本部の前に辿り着いた。


(あとは『イカヅチ』を呼び戻してセキュリティを解除すれば…………。)


芽依がそんな事を考えていると


ガシャン!


「!?」


何と建物の扉が内部から開かれた。


ドクン


ドクン


「芽依さん。ここからが本番よ。」


麗はそっと告げる。


2人の前に現れたのは、25人の黒服の男達、【死神の部隊】であった。


最初に口を開いたのは、紅一点の【死神】華流院 香織(かりゅういん かおり)である。


「あらあら、芽依ちゃん。こんな所に来たらダメよぉ。」


そして、チームEDEN(エデン)のリーダーであるフランシスカ・本郷は神代 麗に大きな鎌の照準を合わせる。


「意外と決着の時は早かったな……、神代 麗。」


ドクン


ドクン


芽依と麗の前に立ちはだかる【死神】達。


彼等は、妖怪対策本部を護る最強の戦士達であり、切り札とも言える。



つまり、これが


────────最終決戦



この先に、夢野 可憐が居る。



桜 芽依の神経が、感覚が、そして『魂』が




────ゆっくりと────


───────研ぎ澄まされて行く。