【入学①】


西暦2048年 4月


東京都立大日本高等学校


この学校は何かと話題の多い高校として有名だ。昨年の秋に起きた【神隠し事件】では当時の2年A組の生徒18名が行方不明となる。事件は当日中に解決し多くの生徒は無事に戻ったのだが、1人の生徒、高藤 翔馬(たかとう しょうま)は未だに行方不明だ。


続く12月【呪い殺人事件】に巻き込まれた生徒は2人居る。2年A組の白幡 健吾(しらはた けんご)と1年B組の黒坂 愛理須(くろさか ありす)だ。2人は『鬼』の容疑者として警察に逮捕された。俗に言う【鬼の墓場】に連行された2人の生徒は未だに戻らない。

 

黒坂 愛理須(くろさか ありす)と言えば、昨年の夏に起きた【高校生7人殺人事件】の重要参考人でもある。学校内では殺人事件の犯人は黒坂 愛理須(くろさか ありす)であると言う噂を信じている者も多い。


そして この学校は、国民的アイドル 夢野 可憐(ゆめの かれん)が在籍する学校でもある。今や日本を代表するトップアイドルとなった可憐の人気は凄まじく、最近発売されたファーストアルバムはネット全盛のこの時代に500万枚を越える記録的なヒットとなっている。


更には 2月に起きた【雷獣事件】だ。この時、可憐の呼び掛けによって集まった民衆は300万人を越えたと言われており、今や可憐は反政府派のカリスマ的存在となった。次回の衆参ダブル選挙では、可憐を支持する国民が新たな政党を立ち上げるとの噂があり、実現すれば政権交代の可能性すらあるだろう。


そこに、もう1人。可憐と並び、今日本で最も有名な女子高生となった生徒が大日本高等学校へ入学する。


その少女の名は、桜 芽依(さくら めい)


中学生でありながら走り高跳びの日本記録を持つ芽依は一部のマニアから熱狂的は人気を得ている。そこに来て【雷獣事件】で全国へ生放送された芽依は一躍 時の人となった。


美少女、芽依は何者なのか?

なぜ、あの場に現れたのか?

雷獣に連れて行かれた芽依が無事に生還した理由は何故か?

芽依と対立する黒服の男達は政府が極秘に結成した殺人集団であり、芽依はその組織と戦う正義のヒロインである。


芽依(めい)本人は沈黙を保ったが、一緒に現れた東堂 修司(とうどう しゅうじ)の死も相まって噂は1人歩きし、芽依は悲劇のヒロインとなった。その容姿から好意的な記事が多いのはマスコミのご愛嬌だろう。


そして、桜 芽依が、夢野 可憐の在籍する大日本高等学校へ入学したのだからマスコミは黙っていない。今や政府と対立する2人の国民的ヒロインが在籍する大日本高等学校は、反政府派の聖域と化していた。


「ちょっと凄い数の報道陣だね。」


向坂 稔(こうさか みのる)は入学初日から面を食らった。マスコミのカメラの数は10や20では済まないだろう。


「芽依ちゃーん!!」


「こっち向いてぇ!」


それに加えて一般人の野次馬が芽依をひと目見ようと集まっている。


「ぐふふ。注目されているでござるな。」


稔と一緒に登校しているのは、芽依ともう1人、三好 源五郎(みよし げんごろう)だ。桜岡中学からは3人の生徒が大日本高等学校へ進学した。


(まぁ、芽依ちゃんと2人で登校したら、ファンの人達から何を言われるか分からない。ここは源五郎に感謝だな。)


そんな事を考えながら、稔は校門を潜り抜ける。学校の敷地内へ入ってしまえば報道陣や野次馬にも追い掛けられなくて済む。


ざわ!


ざわざわ


「?」


しかし、校内の生徒達の様子がおかしい。しかも、その様子はとても歓迎されているムードではない。


(なんだ?)


稔は生徒達の様子を伺う。


(芽依ちゃん、嫌われているのか?あの高校生の死と関係があるのか…………。)


ざわざわ


「稔君……………。」


芽依は稔の袖口を掴んだ。


「あれ…………。後ろ……………。」


「え?」


稔は芽依の後ろ、校門の入口を見た。


ざわ!


そこには一人の少女が立っていた。


───黒服 愛理須(くろさか ありす)



昨年の12月に『鬼』の容疑で逮捕された生徒の一人が、約3ヶ月ぶりに登校したのだ。


ざわざわ


そしてそれは、逮捕された50人にも登る容疑者の中で、初めて国民の前に姿を表した容疑者でもある。


「解放されたのか?」


「鬼の墓場からか?」


「全員殺されたって聞いたけど…………。」


周りの生徒達の声が耳に入って来る。どうやら嫌われているのは、黒坂 愛理須のようだ。


それにしても、この愛理須って言う生徒は、圧倒的な負のオーラを醸し出している。芽依とは違う意味で存在感が凄い。


「おぉ!超美人でごさるな!!」


源五郎は彼女の事を知ってか知らずか、なぜか興奮している様子だ。


ざっ


ざっ


ざっ


周りの生徒達の様子を気にする様子もなく、愛理須は校舎へと歩いて来る。


黒坂 愛理須(くろさか ありす)


桜 芽依(さくら めい)


2人の女子高生が交錯する。


ざっ


ざっ


ざっ


何事もなく通り過ぎた愛理須を見て、稔は胸を撫で下ろした。


「芽依ちゃん、俺達も行こう。」


「うん。入学式が始まっちゃうね。」


「芽依殿は新入生代表の挨拶でしたな。」


「いやぁ、何で私がって感じよ。」


ざっ


ざっ


(あれが、桜 芽依……………。)


ざっ


ざっ


愛理須は、そのまま校舎内へと消えて行った。





【入学②】


3年A組


「可憐ちゃん、おはよー。」


「可憐、アルバム買ったよー。」


「売上凄い事になってるね。」


春休みが終わり、クラスメイト達は新学期への期待にどこか浮ついている。


夢野 可憐(ゆめの かれん)は、ぐるりと教室を見渡して2つの机が無くなった事を確認した。


白幡 健吾(しらはた けんご)

東堂 修司(とうどう しゅうじ)


2人の幼馴染はもう教室のどこにも居ない。高藤 翔馬(たかとう しょうま)を含めれば、可憐はクラスメイトを3人も失っている。


「そんなものよ、可憐。」


「美浦(みほ)………。」


クラスメイトの春川 美穂(はるかわ みほ)は3年生になっても同じクラスとなった。可憐は誰とでも仲良くなる特技があるが、美浦は特別だ。高藤 翔馬が行方不明となり、白幡 健吾が警察に捕まってからは特に2人の仲は縮まった感じがする。


「それより聞いた?愛理須ちゃん登校したらしいよ。」


「え?本当!?」


それは可憐にとって何よりの朗報である。健吾と一緒に『鬼』の容疑で捕まった愛理須が登校したとなれば、それは『鬼の墓場』から解放された事となる。


「ちょっと2年生の教室に言って来る!」


可憐は慌てて走り出そうとするが、美浦が可憐の手を取って静止する。


「まぁ、待ちなって。落ち着いて。」


「でも!」


「愛理須ちゃんは職員室よ。それに警察の人も何人か来てるみたい。」


「え………。警察?」


いったい、どう言う事だろう。警察から解放されたのでは無いのだろうか。可憐はゴクリと息を飲み込んだ。




職員室


「君が黒坂 愛理須さんだね。」


学校を訪れた警察官は2人だ。昨年の12月に捕まった容疑者の行方を政府は公表していない。


「警察が何かご用かしら?」


愛理須の態度は至って冷静に見える。


「君は『鬼』の容疑で捕まったはずだけど、どうやって施設から出て来たんだい?」


警察の質問に愛理須はピクリと眉を動かした。


「それは政府に聞いたらいかがかしら?」


「むぅ…………。」


「今や要塞と化したあの建物から脱走するなど不可能でしょう。私がここに居ると言う事は釈放されたと言う事です。つまり『鬼』の容疑は晴れたと言う事ね。他に質問は有りますか?」


「ぐ…………。」


「警部、帰りましょう。政府に確認した方が早いです。」


「その政府が何も教えてくれないのだ。」


警察のやり取りを見て愛理須はくすりと笑う。


「用が無いならこれで失礼します。これから入学式が始まりますので。」


愛理須は、すっと立ち上がり職員室のドアを開ける。


「愛理須ちゃん!!」


「!?」


すると、いきなり抱き付かれた。この展開はさすがの愛理須も予想外だ。


「良かったぁ。無事だったのね!」


そこには少し目を緩ませた夢野 可憐の姿があった。


「夢野先輩…………。」


「心配したの!ずっと連絡が取れないから!」


2月の大規模なデモの事は愛理須も知っている。可憐は愛理須達を助ける為に双方手を尽くしたに違いない。そして東堂 修司が亡くなった事も。


「先輩…………。」


愛理須はぎゅっと可憐の事を抱き返した。そして、一番伝えなければならない事を耳元で囁く。


「白幡先輩…………。生きてますよ。」  


「!」  


「私と一緒に脱走しました。」


「脱走!?」


「今日はそれを伝える為に来ました。」


「愛理須ちゃん……………。」


「時間が有りません。今日の放課後、喫茶『アリス』で待っています。それでは!」


それだけ言い残し愛理須はその場を後にする。





入学式


「新入生代表、桜 芽依!」


「はい!」


入学式が始まり、いよいよ芽依の挨拶が始まる。報道陣で式への参加が許されたのは大手のテレビ局と新聞社、5〜6社と言う所だ。


「芽依殿、さすがでござるな。」


隣で三好 源五郎が嬉しそうに芽依を見つめている。


(確かに……………。)


稔も源五郎の意見に賛成だ。普段は少しそそっかしい所もあるが、いざと言う時の芽依はオーラが違う。気品と言うか、魅力と言うか、人を惹き付ける力がある。稔が芽依の事を好きになったのも、芽依の魅力に惹かれたからだろう。


報道陣のフラッシュの音が幾つか聞こえたが、それ以外の生徒達は芽依の話を真剣に聞いていた。


「新入生代表、1年A組 桜 芽依!」


ペコリ


ぱちぱちぱちぱち


たかが新入生代表の挨拶に多くの生徒が拍手を贈った。


「次、在校生代表 夢野 可憐!」


「はい!」


そして、次は大本命、国民的アイドル可憐の登場である。報道陣の目当ては、むしろこっちだろう。


「可憐ちゃん、可愛いでござるな。」


「まぁ、トップアイドルだからな。」


それにしても贅沢な学校だ。日本で最も有名な高校生を2人も抱える学校など他には無い。可憐の挨拶は実に無難な内容で、2月のライブの時に国民に語り掛けた政治的な主張は一つも無かった。


そこで稔は2つ前に立つ生徒を見た。


「可憐ちゃん…………。可憐ちゃん…………。可憐ちゃん…………。可憐ちゃん…………。」 


(なんだこの生徒は…………。)


可憐のファンなのは分かるが、声が漏れ出している。何度も可憐の名前を呟く姿は異様な感じがする。


(同じクラスか……………。ちょっと嫌だな。)


ばちぱちぱちぱちぱち!


滞りなく在校生の式辞を述べた可憐は、颯爽と自分の席へと戻って行く。この辺はトップアイドルと言った所だろう。




【入学③】


1年A組のホームルームの時間が来た。


注目はやはり桜 芽依だ。クラスメイトの注目を浴びる中、自己紹介の順番が回って来る。


「えと、神奈川県の桜岡中学出身、桜 芽依です。可憐ちゃんの大ファンでこの学校を選びました。」 


(おいおい、それを言ったらダメだろう。先生も居るんだから、そこは他の理由を言わないと………。)


稔は内心でそう呟くが口には出さない。


「おー!俺も俺も!芽依ちゃん気が合うね!」


「俺は芽依ちゃんのファンだよ!」


しかし、クラスメイトの反応は良好だ。とても進学校とは思えない。


「ぐほっ!可憐ちゃんは僕の嫁だぁ!」


すると入学式で可憐の名前を連呼していた生徒が突然に騒ぎ出す。何とも厄介な奴がいたものだ。


「何だアイツ?」


「気持ちわるーい。」


それはそうだろう。入学初日からクラスメイトの評判が最悪となった生徒。その生徒に自己紹介の順番が回って来る。


「僕は中嶋 卓男(なかじま たくお)と言います。夢野 可憐ちゃんファンクラブに入っています。」


(なんともダサい感じの奴だ。)


「可憐ちゃんは僕の嫁ですので、手を出した奴は…………。殺します。」


どよっ!


ざわざわ


「殺すって何だ!?いい加減にしろ!」


「てめぇは2次元に引き篭もってりゃいいんだよ!」


どっ!


クラスメイトから嘲笑の笑いが起きる。


中嶋 卓男(なかじま たくお)は何やらブツブツと言っているが、もはや彼に構う者は居ない。その場は担任の先生が落ち着かせ、自己紹介は更に続く。


「三好 源五郎(みよし げんごろう)でごさる。趣味は妖怪研究ですな。」


「おー!またしても変な奴だぞ!」


クラスメイトから嘲りの罵声が飛ぶが源五郎は気にせず自己紹介を続ける。


「ちなみに、『電気もぐら』の売却で200万円儲けたでござる。」


ざわっ!


「最近は妖怪ブームで、講演会にも引っ張りだこでござるな。講演料は最低でも10万はするでござる。」


ざわざわ!


(いつの間に、そんなバイトを…………。侮れない奴…………。)


桜岡中学の雑学王は、高校に入っても絶好調である。


ようやく向坂 稔の順番が回って来た。稔はなるべく目立たないように、当たり障りの無い自己紹介に終始する。それと言うのも桜 芽依と同郷と言うだけで、男子生徒の嫉妬を買う可能性が高いからだ。


「向坂君か…………。格好いいね。」


「彼女いるんですか!」


しかし、そんな気遣いは虚しくクラスの男子生徒から敵認定を受ける稔であった。


そして、いよいよ最後の生徒が自己紹介の為に立ち上がった。クラスメイトの視線が、その女生徒に集中する。


ざわ


その女性は実に清楚な、黒髪の美しい大和撫子であった。


「私の名前は、神代 麗(かみしろ れい)。よろしくお願いします。」


実に簡単な紹介であるが、その立ち振る舞いからは良家のお嬢様との印象を受ける。全ての生徒が自己紹介を終え、ホームルームはつつがなく終了した。


(ふぅ、初日は少し緊張したな。)


ようやく解放された稔は、芽依に声を掛けようと近付いた。


「しっ!静かに!」


すると芽依は人差し指で口を抑えた。


「?」


何かと思い芽依が見ている方向を見ると、中嶋 卓男が歩いて行くのが見えた。


「芽依ちゃん………。どうかしたの?」


「怪しいでしょ?」


「………………。」


確かに卓男は怪しい。しかし隠れて追跡する理由は無いだろう。すると芽依は気になる事を口にする。


「彼から……、中嶋君から霊気を感じるの。」


「!」


芽依は人一倍霊感が強い。芽依が霊気を感じると言う事は、つまり何かがあると言う事だろう。


「まさか…………妖怪とか?」


稔が尋ねると


「それは、分からないでござる。」


源五郎が代わりに答えた。


(あ、源五郎も居たんだ………。)


そう思ったが口には出さない。


「追跡するでござる。」


「行きましょ!」


なぜか、やる気満々の2人の後を、しぶしぶ付いて行く稔であった。