【桜 芽依➃】


西暦2048年1月に神奈川県立桜岡中学校の3年3組で突如として始まった肝試し大会は、いよいよ佳境を迎えていた。


カチ


カチ


カチ


「6時………過ぎたね。」


桜 芽依(さくら めい)はペアとなった学級委員長の向坂 稔(こうさか みのる)の顔を見た。


「う〜ん。誰も居ないね。」


季節外れの桜の木は、近くで見上げると一層大きく見えた。その枝の隙間からは夜空に浮かぶお月様が見え隠れする。ちょっとロマンチックだな、と芽依は思った。


「どうする?このまま7時まで待機かな?」


稔は少し困った顔をする。


「どうだろ?この木は外れっぽいし。」


芽依も少し困っていた。2人は手を繋いだまま、恥ずかしいやら気まずいやら、ぎこちない感じになる。


「桜さんはお化けとか信じる方?」


何とか話題を繋げようと稔が芽依に話題を振る。その健気さが芽依にも痛いほど伝わって来て何だか申し訳無い気持ちになった。


「そうだね。お化けは………信じるかな。」


芽依の答えに稔は少し意外そうな顔をした。


「いや、まぁ、そうか。俺も信じて無かったんだけど、最近はそう言う話題が多いから、やっぱり居るのかもしれない。」


「ふふ。」


芽依はおかしくなって笑った。


「ん?何で笑うの?」


「だって!無理に合わせなくて良いんだよ?」


先ほどまでは冷たいと感じていた夜風が、何だか素肌に心地よい。


「もう少し待ってよっか。」


「うん。」


2人は桜の木の下で、時間を潰す事にした。


カチ


カチ


(あれ?)


時計が6時半に差し掛かる頃、芽依は空気の異変を感じ取った。何か変な感じがする。霊感の強い芽依は空気の波長で霊の存在を察知する。特にここ最近は、その能力が強くなっている気がしていた。


「向坂君…………。」


「ん?」


稔には空気の変化が分からないようだ。


カチ


カチ


一方、千佳子と源五郎ペア


30分が経過しても花子のお化けなど現れるはずもなく、千佳子は暇を持て余していた。


(みんな、どうしてるかな…………。)


スマホを取り出して、他のクラスメイトへ連絡を取る千佳子。源五郎は何か気になる事でもあるのか桜の木の周りをグルグルしている。


(ん?)


とあるグループチャットには既に他のクラスメイトの何人かが書き込みをしていた。


『向坂君と芽依、二人にしたら危険』


(危険………??)


『あの二人は人気あるからね。良いカップルでしょ?』


『そう言えば芽依ちゃん。彼氏いないの?』


『芽依は優秀過ぎるのよ。頭も良いし運動出来るし、おまけにあの容姿!!』


『ずるいー!!』


(あやつら、何を話してるのじゃ………。)


千佳子は呆れてチャットを閉じる。


(ん?)


ふと視線を戻すと源五郎が懐中電灯で熱心に何かを照らしていた。何かと思い源五郎の隣へ行くと、そこには穴が空いていた。握りこぶしがすっぽり入るくらいの大きさだ。


「三好君、これなに?」


千佳子が質問すると源五郎はニヤリとわざとらしく笑う。


「この穴の奥に何かが居るでござる。」


「何か…………?」


千佳子はじっと穴の様子を伺う。


「………。」


しかし、何も動く様子は無い。


「三好君…………。」


「しっ!静かにするでござる!!」


源五郎の気迫に押されて千佳子は静かに様子を見守る事にした。


すると


ボコ


「!」


ボコボコ!


「な、な、な!?」


穴の近くの土がゆっくりと持ち上がるでは無いか。


「千佳子殿!逃げるでござる!!」


「逃げる!?」


「死体でござるよ!花子の死体が蘇ったでござる!!」


「えぇえぇぇぇぇ!!!」





【桜 芽依⑤】


真冬に咲く桜の木の下、芽依(めい)は瞳を閉じて空気の流れを感じ取る。


(この気配…………何かいる。)


芽依の神経が徐々に研ぎ澄まされて行く。


『助けて………………。』


(!)


『助けて…………………。』


(誰?)


『…………………。』


その時、びゅん!と突風が吹き抜けて、満開の桜の花びらが、1枚はらりと空を舞った。


「わぁ!」


と同時に稔が突然、声をあげた。


「向坂君!?」


驚いて目を開くと、稔は少し離れた場所を指差している。


「今、何か動いた…………。」


「何か?」


「わからない。行ってみよう!」


2人は桜の木の裏側へと回り込む。


シュッ!


「きゃっ!」「うわっ!」


すると、黒い小さな影が2人の間をすり抜けて、そのまま地面へ消えて行った。


「え?なに?」


「動物?」


稔が懐中電灯で地面を照らして確認すると、そこには直径10cmほどの穴が空いていた。


「何だろ…………。」


「動物の巣っぽいね?」


「ちょっと探ってみる。」


「え?危ないよー。」


「大丈夫だって。」


稔は穴の奥へと右手を差し入れたが、中は意外と深くて動物には届かない。


「あー、無理だわこれ。」


「早く手を抜きなよ。噛まれるよ。」


ボコ


「ん?」


ボコボコ


すると、2人の目の前の土が盛り上がり、ひょっこりと小動物が現れた。


「も………もぐら?」


「たぶん…………。」


「ちょっと捕まえてみる。」


「えぇぇ!?」


男子のやる事は理解出来ない。根本的に脳の構造が違うのだろうと芽依は思った。


そっと手を近づける稔を、もぐらは威嚇するように身体を捻らせ、次の瞬間、驚く行動に出る。


バチバチバチ!!


「うわぁ!!」


電気だ!


もぐらから発せられた電気が音を立てて稔を攻撃した。


「向坂君!大丈夫!」


「うん。ちょっと驚いただけ。」


威力はそうでも無いみたいだ。


それにしても、アニメやゲームじゃ無いのだから、電撃攻撃とか止めて欲しい。そもそも『もぐら』って電気なんて放つのかしら?



「獲ったどー!!!」


「!」「!」


その時、夜の校庭に誰かの叫び声が鳴り響いた。


「今の声………。」


「源五郎か!?」


「行ってみよっ!」


芽依と稔が駆け付けた時には、既にクラスメイトの大半が集まっていた。その中心で注目を浴びている生徒は三好 源五郎(みよし げんごろう)だ。源五郎は学生服で包んだ『もぐら』を自慢気に抱えていた。


「ぐふふ。『電気もぐら』などと言う珍種、高く売れるでござるよ。」


ビリビリッ!


「ぐほぉ!」


電気と格闘しながらも、源五郎は『もぐら』を決して放さない。


「あ〜あ。お化けって結局、何だったのかしら?」


「ふふ。そうだね千佳ちゃん。」


芽依と千佳子は顔を合わせて微笑んだ。





【桜 芽依⑥】


後日談


季節外れの桜の木も数日後には散りゆく運命である。桜 芽依(さくら めい)は一人で校庭を散歩していた。


この年の関東地方は異常気象に見舞われたが、桜の開花は一部のエリアに限られた珍現象であった。一説には大量に発生した『電気もぐら』が地中で放電を繰り返す事により、刺激を受けた一部の植物が春と勘違いをして花を咲かせたと言われている。


(勘違いか…………。ふふ、変なの。)


芽依はおかしくて少し笑う。


その桜も、桜吹雪となって全ての花びらが散るのも時間の問題であろう。その前に芽依は話さなければならない。


桜が散る前に…………。


大きな桜の木の下で、芽依は立ち止まった。そして、桜を見上げた芽依はゆっくりと視線を落とし両の手を併せて合掌する。


本当の名前はわからないけれど、芽依は通称『花子』さんに語り掛ける。


びゅん!


すると、不意に突風が吹いた。それは『花子さん』からの返事であったに違いない。


(ふふ。ゆっくり休んでね。)


芽依はもう一度黙礼をして、その場を後にした。