【夢野 可憐①】
夢野 可憐(ゆめの かれん)は幼少の頃より歌うのが好きだった。理由は定かではないが、両親と血が繋がっていない事が影響したのかもしれない。
────可憐は捨て子だった
可憐が大きな橋の下で拾われたのは、まだ1歳に満たない頃だ。生後10ヶ月とかそれくらいだろう。両親は可憐が拾われた子供だと話した事は無い。
子供に恵まれ無かった両親は可憐を実の子供のように可愛がった。可憐が何かを覚える度に両親はとても喜んだのだが、とくに歌を歌うと喜んだ。だから可憐は歌い続けた。血が繋がっていなくても、歌う事で親子の関係が繋がると、そう信じた。そう。可憐は血の繋がりが無い事を拾われた時から知っていた。
他にも可憐には不思議な能力がある。他人の心が分かると言うか共感する能力がズバ抜けている。喜びも悲しみも善意も悪意も感じ取る力がある。同時に可憐は人々を共感させる能力にも長けていた。
可憐に多くの友人が集まるのも、可憐を悪く言う友達が居ないのも、可憐の類まれなる能力の賜物だろう。ゆえに可憐がアイドルとしてデビューし芸能界で成功するのは必然であったのかもしれない。
アイドルのトップとして君臨していた下條 茜(しもじょう あかね)が飛び降り自殺をしたその日から、警視庁公安課の橘 護(たちばな まもる)は特別チームを立ち上げた。
「下條 茜は『呪い』によって殺された。」
それは、橘と共に妖怪との決戦を決意した陰陽師の重鎮、神代 仁(かみしろ じん)とも共通の認識である。そこで橘は次に狙われるであろう人物の特定を急いだ。
現在、日本で活躍する多数のアイドルの映像を特殊なフィルターを掛けて磁場を計測し『呪い』の掛かったアイドルを発見する。
「夢野 可憐か………。」
橘の読みは当たった。下條 茜が『呪い』で殺されたなら、他のアイドルが呪われていてもおかしくない。次の『呪い』の対象はトップアイドルの夢野 可憐。そこに辿り着くのは容易である。
(問題は夢野 可憐に『呪い』を掛けた人物の特定だな……。)
業界関係者かファンの一人か、追悼コンサートと銘打った会場には、おそらく犯人が現れるだろう。そこで犯人を捕まえる。武道館に仕掛けられた特殊なカメラの数は50台を越える。異常磁場を持つ人間ならすぐに分かる段取りだ。
(しかし『呪い』を掛ける側の人間の魂に磁場の異変は生じるのか?)
『呪い』の仕組みについては、未だ解明されていない部分が殆どだ。『呪い』を掛けられた人間の『魂』の磁場に異変が生じる事くらいしか判明していない。しかし、仮に犯人の魂に磁場の異変が生じるなら、今回の捜査は大きな意味を持つ。犯人を特定出来るようになるからだ。
日本全国で急激に増えた不審な死亡事件。その殆どが犯人の逮捕に至っていない。証拠が全く無いからだ。磁場理論が証明されれば多くの事件で犯人を特定出来る。
(必ず犯人を見つけてやる…………。)
コンサート会場
既に3人のアイドルが追悼の為の歌を披露していた。残り7人。
健吾と愛理須は『呪い』を掛けたアイドルの登場を今か今かと待ちわびていた。
「なぁ愛理須、本当に犯人はアイドルなのか?」
健吾が隣に陣取る愛理須の耳元で囁く。
「私の勘が正しければ十中八九間違い無いわ。」
「勘…………ね。」
黒坂 愛理須(くろさか ありす)が新たに身に付けたと言う能力。『呪い』を掛けた人間も『呪い』を掛けられた人間も見ただけで判別出来る特殊な能力だ。
「それより先輩。頼みますよ。夢野先輩の命が掛かっています。」
ドクン
ドクン
「わかってる………。」
白幡 健吾(しらはた けんご)の『呪い』の発動条件は『平穏無事』。これだけ心臓が高鳴っているのだから既に今の段階で『平穏無事』とは言えないだろう。
(俺に人が殺せるのか?)
ドクン
ドクン
武道館裏の控室
「次の方、西野さん、お願いしまーす。」
8人目のアイドルがステージに呼ばれ残されたアイドルは二人だけとなった。
人気急上昇中の新人アイドル夢野 可憐(ゆめの かれん)と今年で27歳になるベテランアイドル木下 舞(きのした まい)だ。
「夢野さん、最近凄いわね。売上も人気も断トツじゃない。」
「え!あ、はい!いえ木下さんに、そう言って貰えると光栄です。」
業界の大先輩である木下に話し掛けられて緊張する可憐。
「茜はね、私と同期なのよ。デビューした年が同じ。」
「………そうなんですね。」
「ずっと彼女を追い掛けていたわ。新人賞も年間賞も彼女が一番、私はずっと2番手だった。」
(ようやく茜が居なくなった……。)
木下は、ギロリと可憐を睨みつける。
下條 茜の死後、世間の話題は夢野 可憐一色に染まっていた。世代交代!新世代アイドル!新たな歌姫誕生!アイドルの寿命は短い。27歳になる木下よりも若い可憐へとファンは逃げて行く。それが許せなかった。
「夢野さん、次出番でーす!待機お願いします!」
「あ、はい!それでは木下さん、失礼します。」
木下 舞は可憐の後ろ姿を無言で見届けた。
【夢野 可憐②】
「橘警部補!磁場の異常が発見されました!」
「なに!モニターを切り替えろ!」
50台のカメラで監視していた橘は、部下の報告のあった映像に注目する。
「男女………2人か?」
映し出されたのは2人の高校生くらいのカップルだ。男の方は高校の制服を着ているが、女は真っ黒なドレスに身を包んでいる。
(待てよ、見覚えがある…………。)
『高校生18人失踪事件』。つい最近、世間を騒がせた『神隠し事件』とも呼ばれる謎の事件。その時に行方不明になった一人の生徒とよく似ている。
カタカタ!ブンッ!
橘は携帯端末で当時の失踪者を確認をする。
白幡 健吾(しらはた けんご)、17歳。都立大日本高等学校2年A組。
(やはり………。夢野 可憐とは同級生だな。)
「至急、取り押さえろ!2人ともだ!」
わっ!
「!?」
その時、ステージに現れたのは夢野 可憐だ。会場の熱気は他のアイドルと全く違う。
「尊敬する先輩、下條 茜さんに捧げます。」
セカンドシングル
──────『天使の歌声』
「うぉー!」
「可憐ちゃーん!!」
♬
♫♪
(なんだ、これは……………。)
橘は、映し出された全てのモニターを凝視する。
(磁場が…………。魂が反応している?)
他のアイドルでは見られなかった現象だ。
橘の仮説では『呪い』の攻撃により人間の『魂』に異変が生じ磁場に乱れが生じる。その変化に耐えられなくなった人間は命を落とすと言うものだ。この仮説により、最近の事件の説明が付く。
しかし、これはどう言う事だ。
夢野 可憐の歌を聞いた人間の『魂』が揺さぶられている。この磁場の異常値はそれこそ異常だ。
まさか…………。
夢野 可憐は『呪い』に掛けられたのではなく
『呪い』を掛ける側の人間─────
(下條 茜を殺したのは、夢野 可憐………。)
「止めろ!今すぐコンサートを中止しろ!!」
橘が叫び声をあげるも、部下達の反応は無い。
「おい!どうした!何をしている!!」
「………。」
「おい!急げ!」
「警部補、静かにして下さい。可憐ちゃんの歌が聴こえなくなります。」
「!!」
♪
♬
♪♫♩
会場に可憐の透き通る声が響き渡る。
(馬鹿な…………。これではまるで………。)
夢野 可憐が、この会場の全てを支配しているようでは無いか。
【夢野 可憐③】
「皆さん、ありがとうごさいました。」
わっ!
歌い終えた可憐をスタンディングオべーションで応えるファン。
「すごい…………。」
健吾は呆気にとられて言葉も見つからない。生で可憐の歌を聴くのは初めてだが、ここまで人を惹き付ける歌声は聴いた事が無い。
(夢野先輩…………。)
愛理須はそっと健吾の腕を引く。
「帰りましょう。白幡先輩。」
「え?しかしまだ…………。」
「夢野先輩の光が消えました。『呪い』は解けたと言う事でしょう。」
「えぇ!『呪い』が解けた!?」
きゃあぁぁぁぁ!!
「!」「!」
叫び声が聞こえたのはステージ裏。会場スタッフの女性が大声をあげて走って来た。
「大変です!木下さんが!木下 舞さんが倒れました!誰か!救急車を!早く!!」
「!?」
「白幡先輩、行きますよ。会場が混乱している間に早く。」
「おい!愛理須!」
会場を後にした健吾と愛理須は近くの公園まで走るとそこで足を止めた。既に11月も終わり、夜の公園は肌寒く愛理須はブルルと身を震わせる。
「結局、何だったんだ?お前には分かるのか?」
状況が分からず混乱している健吾とは対象的に愛理須は空の月を見上げる。とても綺麗な満月の夜だ。
「良かったじゃないですか。白幡先輩が手を煩わせる事なく事件が解決したのですから。」
「解決って、お前。」
「簡単な話です。夢野先輩に『呪い』を掛けた木下 舞が死んだのです。ですから夢野先輩の『呪い』が解けた。私達の計画通りですわ。」
「な!死んだのか!誰がどうやって!?」
「さぁ………。」
「さぁって…………。」
「可能性は幾つか考えられますが、全て推測に過ぎません。不確かな事を言っても仕方がないでしょう。」
「う…………。」
「1つだけ言えるのは………。」
「…………。」
「夢野先輩、彼女は『化物』です。」
「『化物』!?まさか『妖怪』って言うんじゃ無いだろうな!」
「わかりません。しかし白幡先輩も聴いたでしょう?夢野先輩の歌声を。」
「ん………あぁ。」
「あれが普通の人間の仕業でしょうか?あの歌声の力は『呪い』の力をも凌駕しています。」
「……………。」
確かに、先程の光景は異常だった。会場に居た人間の全てが夢野 可憐に夢中になっていた。ただのアイドルにそんな芸当が出来るだろうか。
「もし、あの状況で夢野先輩がファンの人達に、隣の人間を殺せと指示をすれば、多くの犠牲者が出た事でしょう。」
ゴクリ
「だから『化物』なのです。夢野先輩に『呪い』を掛けた木下 舞。夢野先輩は彼女を容易に殺す事が出来る状況だった。今の段階では全て推測ですが。」
後日談
大日本高等学校2年A組
「あ!美浦ちゃんよ!久し振り!」
久し振りに登校した春川 美浦(はるかわ みほ)を迎えるのは夢野 可憐と白幡 健吾。
「大丈夫?」
「うん。ありがとう。いつまでも登校しない訳に行かないしね。」
健吾はちらりと飯原 瞳(いいはら ひとみ)を見たが、瞳も随分と落ち着いた様だ。
白幡 健吾の日常が取り戻されて行く。
「可憐。」
「ん?なぁに?」
「あの………。コンサートの木下 舞の事なんだけど。」
「あぁ、びっくりよね!追悼コンサートが大変な事になっちゃって…………。」
可憐の表情からは、特段不審な様子は見られない。
(やはり愛理須の考え過ぎか…………。)
そもそも愛理須が『呪い』を見られると言うのも本当かどうか定かではない。怪しいのは可憐ではない。むしろ、愛理須だ。
「おい!見たか!ニュース映像!」
そこに現れたのは、茶髪リーゼントの不良、東堂 修司(とうどう しゅうじ)だ。
「ニュース?」
「ばっか!知らねぇのか?見ろよ。」
スマホの画面に映されたのは、都内の暴力団の抗争だ。
「伊原組の組長が殺されたらしい。ほら、うちの学校からも近い駅前の。」
「あぁ、何か、いがみ合ってたよな。」
「12月だって言うのに、嫌になる。ぼちぼち外も歩けやしねぇ。」
「修ちゃんでも怖いの?」
「当たり前だろ?相手はヤグザだぞ?可憐も駅前には近寄らない方がいいぜ。」
「はーい。」
どうやら、まだ『平穏無事』の日常は戻らないらしい。と健吾は心の中で思うのだった。