【アイドル①】


西暦2047年 11月


ざわざわ


都心にある芸能界事務所の入った建物の前に大勢の人だかりが出来ていた。


「おい!見ろよ!あれ、茜( あかね)ちゃんじゃね?」


10階建の建物の屋上に見える人影は、日本のトップアイドル、下條 茜(しもじょう あかね)である。デビューから10年が経過した現在でも、その地位は揺るぎなく、女王の名を欲しいままにしていた。


すっ


「きゃあぁぁぁ!!」


「うわぁああぁ!!」


そのトップアイドルが、屋上から飛び降り自殺をしたのは西暦2047年11月の事である。



警視庁公安課 特別対策室


「原因不明の変死体、犯人不明の殺人事件、自殺の急増、明らかに異常事態が多発しています。」


この年の日本列島は不穏な空気に包まれていた。都内の小さな公園で高校生7人の遺体が発見されたのは8月の事だ。それ以来、多くの未解決事件が多発し、更には自殺の急増が社会現象とまで言われるようになった。


「これが全て、奴等の仕業だと?信じられませんな。」


警部補の一人が頭を抱える。


「証拠は有りません。しかし、遺体の解剖、容疑者の検査により、一つの仮説が有力視されています。」


「仮説?どう言う事だ。」


「こちらをご覧下さい。」


担当官の一人が、数百ページにも登る分厚い資料の中のファイルを指し示す。


血液濃度、ヘモグロビン48.0g/dL、53.2g/dL、49.2g/dL。血小板89万/μL、132万/μL、119万/μL。

「どう言う意味だね?」

「はい。これは、被害に合った遺体の血液を調べたものです。一般的な健康な人間と比べ抗体値が突出して高い数値を示しています。」

次にこちらの映像をご覧下さい。

「…………?」「これは?」

モニターに映されたのは、先日、事務所の屋上から飛び降り自殺したアイドルの映像だ。たまたま、その場に居合わせたファンの一人が飛び降りる瞬間を撮影したらしい。

「特殊なフィルターで、磁場の大きさを観測して居ます。」

「磁場?それが関係あるのかね?」

「はい。最近の研究で、人間の魂には微弱な磁場が発生している事が分かっています。磁場と言っても磁力がを発っしている訳では有りません。引き付けられるのは霊魂です。」

「霊魂?またオカルトな話だな。」

「この飛び降り自殺をしたアイドル、下條 茜(しもじょう あかね)から発せられる磁場に異常値が見られます。」

「異常値?」

「ここからは推測ですが、外部から何らかの異常物質が体内へ侵入し魂への攻撃が成されていると思われます。」

「魂へ攻撃?馬鹿馬鹿しい。」

「こんな説明をする為に我々を集めたのかね?」

担当官は刑事達の反応をスルーして説明を続ける。

「魂への攻撃は別に珍しい事では有りません。古くは『呪いの藁人形』『言霊による呪い』海外でも『黒魔術による魂への攻撃』は一般的に行われています。これまでは科学的に証明が出来なかっただけの話です。」

「証明出来ないからオカルトなのだよ。」

「馬鹿馬鹿しい!帰るぞ!」

ガタガタ

バタン!

会議室に残されたのは一人の担当官と神職の衣装を来た壮年の男だけだ。担当官の名は橘 護(たちばな まもる)。公安課の中でも若くして出世したエリート中のエリートである。

「まぁ、こんなものですよ。一般人には説明をしても分かって貰えません。公安ですらこの状況ですから、やはり我々だけで対処するしか無いでしょう。」

橘は苦笑いをする。

神職の衣装を来た男の名は神代 仁(かみしろ じん)。京都府にある高名な神社の神主にして、陰陽師一族の頭首である。  

「それより、高藤君の所在は見つかったかね。」

「………いえ、まだです。」

「魂は動いている。まだ生存しているはずだ。彼は我々の貴重な戦力です。失いたく有りませんな。」

(戦力ね…………。)

橘は心の中で呟いた。

神代一族の第87代棟梁、神代 仁(かみしろ じん)。大概この男もどうかしている。奴等と戦う為とは言え、【たった一人の娘を殺す】と言う暴挙を働いた。

(普通、自分の娘を殺しますかね………。)



【アイドル②】

都立大日本高等学校 2年A組

世間を騒がせた『神隠し事件』から2週間が過ぎ、行方不明となっていた17名の生徒達もその大半が登校を再開した。

しかし、教室内で空いている席が3つある。

一つは高藤 翔馬(たかとう しょうま)の席だ。行方不明のまま異世界から戻らない生徒は翔馬一人だけで、その生存は確認されていない。

一つは春川 美浦(はるかわ みほ)の席だ。高藤親衛隊の中でも美浦の翔馬に対する執着は異常であった。翔馬が行方不明である事から精神的なショックから立ち直れ無いのだろう。

そして最後の一つ。夢野 可憐(ゆめの かれん)も登校していない。正確に言えば、仕事が忙しくて登校出来ない。何を隠そう可憐は、国民的なアイドルなのだから。

「ねぇ見た?昨日のテレビ!可憐、ランキング1位だってさ!凄いよね!」

「デビューシングルに続いてセカンドシングルもミリオン越えたらしいよ。ダウンロードランキングも断トツ!」

「茜ちゃん死んじゃったから、もう可憐ちゃんが一番人気じゃない?」

「俺達幸せだよな!サイン追加しなきゃ!」

わいわいガヤガヤ………。

実に気楽なものだ。異世界での異常な体験をしてから2週間しか経って居ないと言うのに、クラスは以前と変わらない。さすがに手首を喰い千切られた飯原 瞳(いいはら ひとみ)だけは笑顔を見せる事が無くなったが、他の生徒達はすっかり忘れてしまったかのようだ。

「翔馬君……………。大丈夫かな?」

あの事件以来、飯原 瞳はなぜか俺(白幡 健吾)に話し掛けるようになった。異世界で翔馬と2人で話し込んでいる所を見られたからだろう。と言っても俺の事を恨んでいる訳でも気に掛けている訳でもない。一緒に翔馬を心配してくれる人間と話したいだけだ。

「心配するなって。そのうち帰って来るさ。」

「そうだね。翔馬君は凄い人だから………。」

ポロン♪

その時、健吾のチャットの着信音が鳴った。

「悪い、また今度な。」

そう言うと、健吾は急いで教室を後にする。『平穏無事』をモットーとする健吾は人と会話をするのが苦手だ。出来れば誰とも話したくない。

それなのに………。

『放課後16時喫茶『アリス』で待つ。』

最も関わりたく無い人間からのチャットを見て健吾は頭が重たくなった。1年B組に所属する黒坂 愛理須(くろさか ありす)は、お世辞抜きでフランス人形のように可愛らしい少女だ。国民的トップアイドルの可憐と比べても遜色ない容姿である。しかし性格が頂けない。他校生の生徒を7人も殺し平気な顔をして登校するような女だ。

健吾は放課後、適当に時間を潰してから駅の近くの喫茶店へ立ち寄る。時計は16時前であったが、奥の席には真っ黒な衣装に身を包む愛理須の姿が見えた。

「私服か、家へ帰ったのか?」

「今日は学校は休みよ。」

「また、サボりか…………。」

「……………。」

愛理須は何事も無いように、アールグレイに口を付ける。

「で、何の用事だ?俺を呼び出すと言う事は『呪い』関係の話だろ?」

「まぁ、そうですね。」

健吾は適当にコーヒーを注文し、愛理須の話を聞く事にした。

「白幡先輩は『呪い』を見る事が出来ますか?」

「え?」

それは予想外の質問であった。健吾と愛理須の共通点は二人とも『呪い』の能力を持っている事だ。異世界で出会った天野 士郎(あまの しろう)と言う男に『神水』なる液体を飲まされた。それにより『願い』を思っただけで人を殺す事が出来る。

「『呪い』を見る?そんなもの見られるのか?」

愛理須は少し沈黙したが、すぐに話を再開する。

「少し前………、そうね、あの『神隠し事件』の後から新しい力が身に付いたみたい。」

「新しい力………。つまり、それが『呪い』を見る能力?」

「えぇ。」

愛理須の話では見る事が出来る『呪い』にはニ通りあって、一つは『呪い』の能力者を見分ける力。

「薄っすらと、しかし確実に光って見えるのよ。白幡先輩の身体が………。」

「光って?他の生徒達は………。」

「他は普通ね。」

少なくとも大日本高等学校の生徒の中で光る身体を持っているのは白幡 健吾と黒坂 愛理須の二人だけらしい。

「あの水の影響か?しかし俺には判別出来ないな。」

「問題はもう一つの光なの。」

「もう一つの光?」

「『呪い』を掛けられた人間も見る事が出来るわ。」

「!」

「ほら、自殺したアイドルの映像。決定的瞬間って報道されてたじゃない。」

「下條 茜(しもじょう あかね)か。」

「彼女は『呪い』で殺されたのよ。自殺するように仕向けられた。」

「……………マジか。」

愛理須の話が本当なら驚くべき事だ。『呪い』には光があり、呪われた人間を見分ける事が出来る。

「それで本題はこれから何だけど。」

「まだあるのか?」

これほど重大な話は前座であり本題はこれからだと言う。健吾は嫌な予感に襲われる。

「夢野先輩……………。」

「……………………。」


────────呪われているわ



【アイドル③】

ジャラジャラジャラジャラ

ジャーン!

『今週のダウンロードランキング第一位!2枚目シングルもミリオンセラーを達成した今もっとも注目されているアイドル!夢野 可憐さんの登場です!』

(ライブ中継か…………。可憐の奴、凄いな。)

白幡 健吾が自室のパソコンを立ち上げると可憐の映像が飛び込んで来た。

『2枚目シングル、『天使の歌声』。よろしくお願いします。』

映像の中で躍動する可憐からは呪われているなど想像も付かない。しかし、愛理須が嘘を付く必要も無いだろう。『高校生7人殺人事件』以来、愛理須は全校生徒に嫌われている。

つまり、愛理須には友達が居ない。

学校の中で、愛理須と会話をするのは健吾と可憐、美浦の3人くらいだ。他の生徒なら愛理須と会話をすれば今度は自分が嫌われると警戒する。だから誰も近寄らない。しかし可憐は別だ。学校一の人気者で国民的アイドルの可憐が居るから俺達は愛理須と一緒に居ても嫌われる事は無い。

(いや、俺はもともと友達が居ないから関係無いか………。)

そんな自虐を考えながら健吾は画面に集中する。『呪い』を見る事が出来るなら、健吾にも光が見れるはずだ。

「…………………。」

(全く分からん…………。)

本当に可憐は呪われてるのか?

愛理須の言葉を思い出す。

「下條 茜を呪った人物と夢野先輩を呪った人物は、おそらく同一人物ね。私の予想ではアイドルの誰かよ。自分より人気のあるアイドルに『呪い』を掛けた。」

犯人の『願い』はトップアイドルになる事。
『呪い』の『発動条件』はトップアイドル。

「下條 茜が亡くなった現時点で、可憐先輩がトップアイドルでしょう?だから呪われた可能性が高いわ。」

(まさか……………。)

「このままでは夢野先輩は呪い殺されます。しかし私なら『呪い』を掛けたアイドルを見つける事が出来る。」

「見つけて………警察にでも突き出すのか?そんなの信じる奴なんて………。」

「警察なんて当てにならないでしょう。」

「と、すると?」

「決まっているでしょう。殺すのよ。白幡先輩、先輩の能力で『呪い』殺すの。」

「な!?」

「私の『発動条件』は『イジメ』。私が虐められ無い限り私は『呪い』を使えない。でも先輩の『発動条件』は『平穏無事』でしょう?幼馴染の夢野先輩の命が危ないのよ?『発動条件』は満たして居るわ。」

全くとんでもない事になった。

可憐の命が危ないだけでも重大事件なのに、その犯人を殺す事になるとは………。

健吾は自分の呪われた運命を呪わずにはいられない。


西暦2047年 11月

武道館 下條 茜追悼コンサート

ここ日本武道館には、夢野 可憐を始めとする日本のトップアイドルが集結していた。参加するアイドルは総勢10名。順に追悼の意を述べた後に一曲づつ歌を披露する。健吾と愛理須はコンサート会場に潜入していた。

「プログラムによれば可憐の出番は最後から2番目か、ラストじゃ無いんだな。」

「夢野先輩は人気があっても新人ですからね。」

愛理須の予想では、可憐に『呪い』を掛けたのはトップアイドルの一人だろうと言う事だ。自身がトップに近くなければ、そんな願い事はしない。業界でも2番手3番手のアイドル。そして、『呪い』の効果は本人が近くに居ないと薄いと言う。『池袋事件』の時は犯人の近くに居た歩行者から順番に倒れて行った。

「つまり、トップアイドルが集結する今日のコンサート中が最も危険だと?」

「そうなりますね。夢野先輩が『呪い』殺される前に、犯人が現れる事を祈りましょう。」

確かに他に方法が無い。

現時点では『呪い』を止める方法は不明だし、警察に言っても無駄だろう。唯一可能性があるとしたら天野 士郎(あまの しろう)に頼むくらいだが、肝心の天野とは会う事が出来ない。

『呪い』殺す─────

それは意識して人を殺すと言う事だ。

白幡 健吾(しらはた けんご)は、自分の母親を殺した経験がある。しかし、それは不可抗力だ。『平穏無事』と言う『願い』が『呪い』に変換されて母親が死ぬなんて誰が想像出来ようか。

「愛理須、一つ聞いていいか。」

「何でしょう?」

「お前を虐めた生徒達、あれは意識して殺したのか?つまりお前は『呪い』の効果を知っていたのか?」

そこは重要な所だ。知らずに死んだのと、殺そうと思って殺したのでは意味合いが全く違う。黒坂 愛理須は人を平気で殺せる人間なのか。それとも不可抗力なのか。確かめる必要がある。

「ふふ。何を気にしているのかしら?確かに私は自分を虐めた生徒達を憎いと思った。死んでしまえと思ったわ。でも『呪い』の力を知ったのはその後よ。天野はそんな事、1つも言って無かったもの。」

「そうか………。そうだよな。」

健吾は胸を撫で下ろした。愛理須だって、本当は人を殺すつもりは無かった。悪いのは愛理須ではなく天野だ。しかし、これから健吾は人を殺そうとしている。

可憐を助ける為に人を殺す───

(可憐を呪った犯人は『呪い』の効力を知っているのか?)

もし、健吾や愛理須のように不可抗力だったとしたら、健吾は何の罪も無い人間を殺す事となる。

「先輩、始まるわよ。」

ブーッ!

そして、下條 茜の追悼コンサートが、幕を開けた。