アルゼリア暦1000年7月14日


空は真っ黒な雨雲に覆われ、ザーザーとどしゃ降りの雨が降って来ました。マリーは傘など持っていませんが、持っていたとしても傘をさす事は無かったでしょう。目の前で起きている現実を受け入れる事が出来ません。


ガキィーン!


バッ!


ガキィーン!


2人の戦士の剣の音が聞こえます。しかし、2人の動きを目で追う事は出来ません。あまりにも速すぎるのです。


ズバッ!


「ぐわっ!」


年老いた戦士の悲鳴が聞こえました。大量の血が空気中に飛び散ったのが見えます。


「どうした!それが人類最強の戦士の実力か!」


一つ語弊があります。2人の戦士と言いましたが、1人は戦士では有りません。人間ですら有りません。マリーは彼の事を知っています。あれは【悪魔】です。


2週間ほど前にアルゼリア大聖堂に隣接する図書館で見つけた本。表紙が真っ黒な分厚い本の中にマリーは彼を見つけました。名前は確か………。


ダーク・レミアス


古代文字で書かれた魔導書【悪魔禁書】。マリーは古代文字など知りません。読めるはずも有りません。しかし、すんなりと頭に入って来るのです。【悪魔禁書】に書かれた【悪魔】の数は干をを越えていますが、ハッキリと覚えています。


「無理を言いおる。悪魔と違って人間は歳を取る生き物でな。50年前とは勝手が違うのぉ。」


2人の会話はマリーには聞こえません。マリーは茫然と2人の戦闘を眺めていました。


(やはり夢…………。)


マリーは思いました。生誕祭の日から、おかしな夢ばかり見るのです。【悪魔】など現実に居るはずが有りません。【悪魔】とは神話に登場する架空の生き物です。


「マリー・スティシア!!」


「………え?」


老人が叫びました。マリーの名前を呼んでいるようです。


「【悪魔】の暴走を許してはダメじゃ!【悪魔】をコントロールしろ!!」


(悪魔の暴走?コントロール?)


あの老人は何を言っているのでしょう。


「魔導師なら、責任を持て!あの【悪魔】はお前さんが召喚したのじゃ!!」


シリウスはダーク・レミアスの様子を見て確信しました。悪魔は勝手にこの世界に来る事は出来ません。明らかに召喚されたのです。マリー・スティシアは自身の身に危険を感じた時に願ったのです。


「助けて!!」


【悪魔禁書】を読んだマリーは【悪魔】の存在を信じてしまいました。そして助けを求めたのです。


シリウスはマリーの顔を見ました。大雨の中でも分かります。マリーは泣きじゃくっていました。それは、とても悲痛な表情でした。


(無理も無い……………。)


シリウスは思います。まだ12歳の幼い少女が、ある日突然【悪魔】の主(マスター)になったのです。マリーは魔導師としては半人前です。上手く魔力をコントロールする事も出来ないでしょう。


しかし、受け入れるしか有りません。


【悪魔】が世界を滅ぼすのかどうかは、あの少女に掛かっています。


「見苦しいな。人間の騎士よ。」


レミアスは真っ黒な剣を構えます。しかしシリウスも黙ってはいません。


「悪魔よ。我が剣を躱せるかな。」


シリウスの聖剣エクスカリバーが光ったように見えました。


「高速剣!!」


シュババババッ!


それは、シリウス・ガードナーが得意とする最強の剣技です。高速に打ち出した剣は音速にも匹敵する速さで人間の目では捉える事も容易では有りません。


人類最強とまで言われた剣聖シリウス。シリウスは最後の力を振り絞り、ダーク・レミアスに幾多の剣を叩き込みました。


ブワッ!


ズバッ!


ブシャッ!


流石の悪魔も全ての剣を受け切る事は出来ませんでした。剣の腕はシリウスの方が上です。


「ぐ………。」


相手が人間であれば勝負は付いたでしょう。全身を斬られて生きている人間などおりません。


しかし


「そろそろ終わりだ。人間の騎士よ。」


相手は人間では有りません。悪魔は不死身なのです。


「魔弾!!」


ブワッ!!


「ぐはぁ!!」


超至近距離から放たれた悪魔の魔法がシリウスの身体を貫きました。今まで魔法を使わなかったのは、魔法の使えないシリウスに合わせていたと言う事でしょうか。


ドサリッ!


マリーの目の前にシリウスの身体が吹き飛んで来ました。身体の中心にぽっかり穴が空いています。


「そ………ん……な………。」


夢では有りませんでした。もはやマリーの顔は見られたものでは有りません。恐怖、困惑、悲痛、あらゆる感情が沸き上がりマリーは逃げ出したくなりました。しかし足が震えて歩く事も出来ません。


(致命傷だの…………。)


シリウスは自分の死期を悟りました。剣聖として称えられたマゼラン帝国の英雄は、悪魔によって殺されるのです。


「マリー………。」


幸運にもシリウスの飛ばされた先にはマリー・スティシアがおりました。


「すまんのマリー…………。」


『何が剣聖か。』とシリウスは思いました。怯える一人の少女を救い出す事も出来ません。


「これを……………。」


シリウスは最後の力を振り絞り右腕を動かします。握られているのは聖剣【エクスカリバー】です。マリーは恐る恐る聖剣を手に取ります。


「おじいさん…………。」


「………………。」


もうシリウスが口を開く事は有りません。ザーザーと降る雨は一層強くなった気がしました。



アルゼリア暦1000年7月14日


大陸統一戦争の英雄

大陸最強の騎士

名門ガードナー家の剣聖


シリウス・ガードナー


アルゼリア王国にて死去


享年77歳でした。