この世界に存在する巨大な大陸。そのほぼ中央に位置する軍事国家アルゼリア王国。大陸には大小多くの国家が存在しますがアルゼリア王国は大陸で最も古い歴史を持つ国家なのです。そして、今日はアルゼリア王国が建国されて千年を迎える記念すべき日です。
アルゼリア王国の王都アルゼリアの人口は約10万人と言われておりますが、建国を祝う【生誕祭】には多くの観光客が訪れます。祭りが行われる3日間には様々な行事が用意されています。中でも人気のある行事は、王国の【騎士】と【魔導師】が集まって行われる【武闘大会】でしょう。この大会にはアルゼリア王国の戦士のみならず、近隣諸国からも複数人の戦士が招待されています。今年の注目選手は大陸随一の超大国【マゼラン帝国】から参加している2人組。
帝国第二騎士団副団長
百人斬りのマルコス
帝国第二騎士団魔導師
風斬りミューズ
優勝候補の2人は今日の大会予選を難なく勝ち残りました。大勢の部下を引き連れたマルコスは、夜の繁華街で宴会を行っています。屋台が立ち並ぶ大きな広場の一帯はマゼラン帝国の第二騎士団に占拠された様子です。
(あれがマルコスか……。)
サラ・イースターは広場の端にある屋台から帝国騎士団を眺めていました。今日は【人払いの魔法】は使っていない為、フードで顔を隠しています。もっとも、サラの母国である『パラス・アテネ神聖国』から遠く離れたこの地ではサラの顔を知っている者など居ないでしょう。
(マゼラン帝国の騎士って奴は実に横柄な態度だな。それに騒がしい………。)
その日は、夜空の月がとても綺麗に輝いていました。月灯りをぼんやりと眺めながら『それにしても……。』と昨日出会った少女の顔を思い出します。
(あの少女、どうして僕の魔法が通じなかったのかな。)
【人払いの魔法】とは決して姿を消す魔法では有りません。神聖国随一の魔導師であるサラでも姿を消すなんて芸当は出来ません。気配を消す事により相手に認識させない魔法です。よほど注意をして見ないと、サラの存在に気付く事は出来ないでしょう。
ザワザワ
(………?)
その時、広場の様子が変わりました。
「おい!ガキ!酒が溢れたじゃねぇか!俺様を誰だと思ってるんだ!」
「ふぇーん」
まだ6歳くらいの子供が泣いています。状況はひと目で分かりました。子供がマゼラン帝国の騎士にぶつかり酒を溢したのでしょう。
「騎士様、申し訳ございません。」
子供の母親は平謝りです。
「ふん。二等国民の分際で帝国騎士に歯向かう奴は死罪に値する。」
「そんな!」
二等国民とは、マゼラン帝国の国民が傘下の国々の国民に対して使う蔑称です。アルゼリア王国は50年前の【大陸統一戦争】によりマゼラン帝国の属国になりました。
スラリ
騎士は剣を抜きました。マゼラン帝国の騎士剣は長く大きいのが特徴です。広場には帝国騎士の他にも多くの観光客や王都の住民がおりましたが誰も何も言いません。自ら危険を侵してまで、泣き叫ぶ子供と母親を助ける者などどこにも居ないのです。
(まずい酒になりそうだな………。)
サラは席を立ちました。広場から離れたBARにでも入って飲み直そう。そう思った時です。
「あなた達!何をしているのですか!」
一人の少女の声が聞こえて来ました。聞き覚えのある声にサラは振り向きました。マリー・スティシア。昨日の少女がマゼラン帝国の騎士の前に躍り出ました。
(あのバカ……………。)
サラは思いました。少女が一人でどうにか出来る問題ではありません。母子と一緒に殺されるのが関の山でしょう。サラは辺りを見回しましたがアルゼリア王国の騎士の姿は見当たりません。
(いや、アルゼリア王国の騎士ではマゼラン帝国の騎士には逆らえないか。)
ざっと見たところ、マゼラン帝国の戦士の数は20人くらいです。殆どは騎士ですが魔導師も数人含まれています。噂に聞くマゼラン帝国の騎士団が相手ですから、この場を治められる人間など居ないでしょう。
ただ一人、サラ・イースターを除いては。
(参ったな…………。正体がバレたら、またどやされる。ルーカスの奴、容赦無いからな。)
そんな事を考えながらサラはフードを脱ぎ捨てました。フワリとサファイヤブルーの美しい髪が夜風に揺れます。
「マリーお姉ちゃん!」
子供がマリーに駆け寄ります。どうやら知り合いのようです。
「こんな小さな子供に剣を抜くなんて、あなたはそれでも騎士なのですか!」
マリーは臆する事なく騎士を睨み付けました。気丈な女の子です。しかし、相手が悪すぎます。マゼラン帝国第二騎士団はマゼラン帝国の騎士団の中でも荒くれ者が多い騎士団です。言葉が通じる相手では有りません。
「副団長、殺しても良いですよね?」
「好きにしろ。」
騎士が尋ねると副団長のマルコスは面倒臭そうに頷きました。マルコスと言う男は変わった男で強い敵と戦う事にしか関心が有りません。
「だそうだ嬢ちゃん。短い命だったな。」
ギラリと光る騎士剣がマリーの喉元に当てられました。
ゴクリ……。
マリーもまだ12歳の少女です。世間と言うものが分かっていなかったのでしょう。正義の行いが報われるとは限りません。剣と魔法が支配するこの大陸は弱肉強食の世界なのです。マリーの身体がブルリと震えました。怖くて仕方が有りません。真剣を喉元に突き付けられれば普通の女の子なら泣き叫ぶ所です。
(一気に方を付けるか………。)
サラは自分がどうかしていると思いました。アルゼリア王国はサラにとっては敵国になります。マゼラン帝国も敵国です。単身で敵地へ乗り込んだサラの目的は失われた魔導書を探す為です。もしもサラ・イースターがパラス・アテネ神聖国の魔導師だと知られたら殺される事になるでしょう。異国の地で出会った少女の事などは捨て置くべきです。
「マリーお姉ちゃん!!」
子供が泣き叫びます。
サラがマリーを助ける為に魔法を詠唱しようとした次の瞬間でした。
グン!
「!」
空気が変わりました。ビリビリと大気が震えるのを感じます。
ズバッ!!
ブシャー!!
カランッ!
マリーの喉元に当てられていた騎士剣が音を立てて地面に転がりました。
「………!」
ドサッ!
剣だけでは有りません。騎士の首から上が無造作に狩り取られ地面にドサリと落ちたのです。真っ赤な血が空気中に飛び散りました。
「何者だ!!」
マゼラン帝国の騎士の一人が叫びます。
グン!
ビリビリビリッ!
「がっ!」「!」「!」
更に驚く事に騎士達が次々と倒れて行きます。もの凄い殺気がアルゼリア王国の広場に充満しています。騎士だけでは有りません。広場にいた人間は殺気に充てられ気絶してしまいます。
「ギギ………。」
それは、信じられない光景でした。騎士の首を狩りとったのは人間では有りません。背丈は3m以上あるでしょう。全身は真っ黒な鎧のようなもので覆われています。まるでカブトムシやクワガタのようです。細長い腕の先には不気味な鋭い刃が伸びていました。刃のような爪です。
「ギギギギ………。」
もう片方の腕でマリーを抱えていました。腕の中のマリーはもちろん気絶しています。
「マリー!」
サラは思わず叫びました。しかし、その得体の知れない化物はサラの声など聞こえません。
シュバッ!
「!」
そして、物凄い高さで跳躍をするのです。騎士の跳躍力は普通の人間の数倍と言われています。しかし、その化物は数倍どころでは有りません。まるで飛ぶように広場から消え去って行きました。
ゴクリ
サラは息を呑みました。心臓の鼓動が激しく音を立てています。
「悪魔だ…………。」
そして、呟くのです。間違い有りません。マリーを連れ去った化物は伝説上の生き物です。
「やはり、悪魔は実在したんだ。」
大陸の中でも、最も魔法文明が発達しているパラス・アテネ神聖国。神聖国の魔導師達が長い研究の末に導き出した答えがあります。現人類が産まれる前の話です。古代人類は悪魔によって滅ぼされたとの神話があります。研究によって古代の悪魔は実在したと結論付けられました。
「ここで、見失う訳には行かない……。」
物凄いスピードで飛び去った悪魔ですが、気配を押し殺す事は出来ないようです。気配を追えば悪魔に辿り着く事は出来るでしょう。サラが走り出したと同時に2人の戦士も行動を開始しました。
「行くぞミューズ!遅れるな!」
「はい!副団長!」
この場に居たサラ以外の人間は全て気を失ったと思っていたのですが、そうでは有りませんでした。マゼラン帝国第二騎士団の副団長『百人斬りのマルコス』同じく第二騎士団の魔導師『風斬りミューズ』、2人の戦士が悪魔の後を追跡します。
「2年前のガルザ紛争以来だな。ここまで胸踊るのは!」
マルコスは楽しそうに笑みを浮かべています。マゼラン帝国の騎士の中でもマルコスは少し性格が変わっていました。彼は戦闘にしか興味が有りません。正義も悪も有りません。強い敵を斬り裂く事がマルコスの生き甲斐なのです。真紅に染めた長髪が獅子を彷彿させます。
魔導師でありながら、マルコスのスピードに付いて行くのは『風斬りミューズ』です。彼女の魔法属性は風です。風の魔法で自らの身体を浮かして突風の如く飛んでいるのです。
(マゼラン帝国の戦士か………。どうやら腕の立つ戦士も居るようだな………。)
マゼラン帝国の騎士団と言えば大陸最強の騎士団です。その中で副団長を任されているのですから、強くて当たり前でしょう。
半刻ほど過ぎたでしょうか。悪魔の気配が動かなくなりました。そして、マゼラン帝国の戦士の気配が悪魔と遭遇したのを感じます。サラ・イースターは気配を殺して接近します。『人払いの魔法』を応用すれば、相手に気付かれずに接近し殺す事も可能でしょう。
(居た………!)
そしてブルーサファイヤの瞳が悪魔と2人の戦士を見つけました。マリーは悪魔の後ろで倒れています。
「ギギ…………。」
「何とも不気味な生き物だぜ。」
マルコスは悪魔を見て呟きました。
「副団長!援護します!」
ブワッ!!
ミューズは無数の突風を空中に飛翔させました。その数は百を越えるでしょう。マゼラン帝国の騎士団に所属する魔導師の中でも、ミューズの魔力は相当なものです。
シュバババッ!
突風はやがて高速の刃となりて悪魔に襲い掛かります。
「真空斬!!」
魔法文明が発達したパラス・アテネ神聖国出身のサラから見ても見事な魔法だと思いました。
シュババババッ!
百の真空の刃が悪魔に命中します。
(ちっ!ダメだ!)
サラは舌打ちをします。ここで悪魔を殺してはいけません。悪魔を召喚した魔導師を見つけられなくなります。
(どこだ!)
サラは辺りの気配を探します。悪魔を召喚した魔導師が必ず近くに居るはずです。その魔導師が持っている魔導書こそが『悪魔禁書』。サラが探し求めている幻の魔導書なのです。
「ギギ………。」
「!?」
無数の刃は確かに命中しました。
しかし
ズバッ!
「きゃあ!!」
「ミューズ!!」
それは一瞬の出来事でした。風の刃の直撃を喰らっても悪魔は怯む事なく攻撃に転じたのです。巨大な鋭い爪がミューズの身体を貫きました。
「うぉりぁあぁぁぁ!!」
流石と言うべきでしょう。仲間がやられても、マルコスは悪魔への攻撃を優先します。研ぎ澄まされた騎士剣が悪魔目掛けて振り下ろされました。
ガキィーンッ!
「ぐっ!」
しかし、マルコスの剣は悪魔の爪で遮られます。あのスピードで振り下ろされた剣を簡単に防ぐとは尋常では有りません。
「ギギ………。」
「貴様!」
まだ、現人類が誕生する前の話です。人類は一度滅びました。神話によれば人類は僅か7日間で滅びたと言われています。
その人類を滅ぼした生き物こそが【悪魔】。
バシュッ!
ブシャッ!!
マルコスの顔面が弾け飛びました。通常の人間よりも何十倍もの反射神経を誇るマルコスが全く反応出来ませんでした。
ゴクリ
サラは呆然とその様子を見ていました。騎士や魔導師が如何に強くても、悪魔には勝てないのかもしれません。なぜなら【悪魔】とは【人間】の更に上、食物連鎖の頂点に立つ生き物だからです。