ガレリア戦記『五大国編』【亜人討伐戦争4】
ガレリア大陸南部に君臨する5つの大国
火の国、水の国、地の国、風の国、月の国
五国を中心とした対立は何百年にも渡って続き、ガレリア大陸の南部の地は戦乱の絶えない野蛮な地と見做されていた。
そこに1人の英雄が現れた。その剣は巨大な岩をも斬り裂き、その男が通った後には草木一本残らないとまで言われた鬼神(きしん)。
火の国の王子、炎夏(えんか)将軍だ。
火の国を除く他の国々は恐れを抱いた。炎夏将軍が率いる火の国の武士団は百戦錬磨(ひゃくせんれんま)。このままでは国が滅ぼされる。それは火の国を除く他の五国にも同じ事が言えた。ガレリア暦738年に五国の間で結ばれた和平密約は、炎夏将軍が無くしては結ばれ無かった。
それから半年あまりが経過した。
ガレリア暦739年
ベルクーリ山脈で繰り広げられている『亜人討伐戦争』。これまでの所、個体の戦闘力で勝る『亜人』の攻撃を抑え、なんとか持ち堪えている最大の功労者は『火の国』の武士団であろう。
『亜人』の中でも戦闘能力が高く、且つ人数の多い『狼族(おおかみぞく)』に一歩も引けを取らない猛将達を率いる炎夏将軍の活躍は、鬼気迫るものがあった。
「炎火斬(えんかざん)!!」
ブワッ!
振り切った剣先から火花が飛び散り、狼共の腸(はらわた)が無残にも飛び散った。
ビチャビチャ!
その返り血を浴びた炎夏は顔色一つ変えず次の獲物に狙いを定める。
「ガルル!化け物だぁ!!」
狼の化け物にすら『化け物』扱いされるのだから、全く炎夏と言う男は完全に戦場での戦力の均衡を壊している。つまり、炎夏将軍が所属する側に敗戦は有り得ない。
だからこそ『火の国』の武将達は何者をも恐れずに戦う事が出来る。
「将軍に続けぇ!」
「『火の国』の力を見せつけてやれ!」
ガキィーン!
ガルル!
「今だ!」「任せろ!」
ズバッ!
グガッ!
(おぉ………!強ぇ………!)
『地の国』の土門(どもん)は、『火の国』の武士団の強さを目の当たりにして改めて実感する。大陸南部の国々では『火の国』に勝てる国は存在しない。五大国などと同列に数えられる『地の国』ではあるが、その差は歴然。『火の国』の強さは群を抜いている。
だからこそ解(げ)せない。
なぜ『火の国』は、他の五大国に『和平密約』を持ち掛け戦争を終わらせたのか。
(炎夏の野郎、何を企んでいやがる………。)
ブワッ!
「!」
ガキッ!!
刹那(せつな)、土門の巨大な盾が狼の爪の鋭い一撃を受け止めた。狼族のガロウだ。
「ガルル!よそ見してんじゃねぇぞ人間!!」
「お前は馬鹿か!防がれてんじゃねぇか!!」
土門とガロウの戦闘は互角のまま決着が付かずにいた。ガロウの攻撃は尽(ことごと)く盾に防がれ、逆に土門の攻撃はガロウの素早い動きに付いていけない。共に致命傷は与えられず既に15分以上が経過している。
(このままでは埒(らち)が明かねぇ………。)
土門とて『地の国』の王の子だ。立場的には炎夏と同じ五大国の次代を担う武将である。年齢だって土門の方が上だろう。それなのに、この差は何だ。
(どうする土門……?)
ガロウと言う狼野郎は、異常に動きが素早く身体能力は人間の比ではない。ならば動きを軽くするか。
バッ!
「ガ?」
土門は左手に装備していた巨大な盾を投げ捨てた。守ろうとするから攻撃が雑になる。奴の瞬発力に対抗する手段はこれしか無い。
(……………馬鹿な人間だ。)
ガロウは鋭い牙を見せて嘲笑(わら)った。今までガロウの攻撃を防いでいた盾を捨てるのは愚の骨頂。もはやガロウの攻撃を防ぐ手段は無い。
「うらぁ!来い!狼野郎!」
挑発する土門。
シュバッ!
直後にガロウが飛び出した。相変わらずの瞬発力で土門との距離は一瞬で縮まる。
「ここだぁ!」
土門の武器は巨大な斧だ。一撃当たれば狼族でさえ殺す事が出来る。
ブルンッ!
「!」
空振った。
素早さ勝負ならガロウの方が上だ。ガロウはこの隙を逃さず狼の爪を土門の腹部に突き刺した。
グザッ!
「ぐっ!」
この戦いで、まともに攻撃を喰らったのは初めてだ。1ヶ月前は背中であったが、今回は腹部の肉が抉(えぐ)られ、全身を貫くような激痛が土門の身体を掛け巡る。
ドサリと、大斧が地面に落ちる音が聞こえた。
「ガルル……。勝負あったな人間。」
ガロウがそう呟(つぶや)いた直後。土門はガロウの腕をガシリと掴(つか)んだ。
「捕まえたぞ、狼野郎。」
「!!」
ボキボキボキィ!!
「グギャアァァッ!!」
ガロウの強靭(きょうじん)な腕の骨が粉砕(ふんさい)される音が聞こえた。そして、そのまま背負い投げの要領でガロウの身体を持ち上げると。
「どぅりゃあぁぁぁ!!」
ガロウを思いっきりブン投げた。人間の数倍もある巨体を投げ飛ばすなど、この戦場で土門以外の誰が出来ようか。
「ガルルル!!」
右腕を粉砕されながらもガロウは吠える。
「野郎!着地と同時に襲い掛かってやる!絶対に許さねぇ!!」
(ちっ………。うるせぇ奴だ…………。)
土門は投げ飛ばしたガロウを見て呟いた。腹部の傷口からは大量の血が流れ出し、立っているのがやっとの状態だ。右腕は潰したものの、もう一度戦えば間違い無く殺されるだろう。
だが、それで問題無い。
なぜなら――――――――――
ブワッ!
「!」
「炎火斬(えんかざん)!」
ズバッ!!
「ガ……………?」
ブシャッ!!
次の瞬間、ガロウの身体が真っ二つに斬り裂かれた。いきなり飛んで来た狼族を、空中のまま一撃で倒す技量。『火の国』の鬼神を前に、ガロウは地に足を付ける事すら叶わず絶命する。
「やっぱり、あの野郎が一番の『化け物』だ………。」
土門は炎夏を見て、そうぼやいた。
◆
戦場は少し北へ移り、生い茂る森林の中で『亜人の国』を創った2人の幹部が戦闘を繰り広げていた。
「はぁぁ!!」
ドッガーン!!
「どりゃ!」
ドッカーン!
パラパラパラパラ………。
聞こえて来るのは爆発音。バクザンが腕を振るうごとに森林の木々が爆発する。竜の化身とも言われる『竜人族(りゅうじんぞく)』の中でもバクザンの身体は一際(ひときわ)大きい。
秋水(しゅうすい)は、竜人族を初めて見た。だから最初は、それが竜人族の力の為せる技かと思ったが、そうでは無い事にすぐに気付いた。地面も巨木も一瞬にして破壊する能力は物理的な能力ではない。
それは異能の力。
バクザンは触れた物を爆発させる能力がある。1ヶ月前に、黒いフードの男が使った技を夜乃香(よのか)は異能の力だと言った。ならば、このバクザンと呼ばれる男も異能の能力者。すなわち、ガレリア神の血を引く者。
(竜人族にガレリア神の血が………?)
そんな事が有り得るのだろうかと秋水は疑問に思う。書物に残る『竜人族』は確かに『亜人』の中でも最強に近い部類に入る。巨大な翼で大空を飛び回り、女神サファリスと死闘を繰り広げた物語は誰もが知っている実話であろう。しかし『竜人族』が異能の力を持っている話など一度も聞いた事が無い。
サファリス教団の『聖女』の血縁者ならともかく、これほどの能力者が同時に存在する可能性は限り無く低い。
何か秘密がある………。
「どこだ人間!出て来い!!」
バクザンの顔に苛立ちが見え始めた。ベルクーリ山脈の森林は遥か太古から続く原生林だ。人間の1人や2人が隠れる巨大な木々が無数に存在する。秋水(しゅうすい)は、夜乃香(よのか)を抱(かか)えたまま木々の間を渡り歩き、バクザンは2人が隠れる巨木をその異能の力で粉砕する。そんな状態が既に10分は続いている。
そして、この戦闘。追い込まれているのは明らかにバクザンの方であった。
「バクザン!上よ!!」
「ちっ!」
同じ竜人族の仲間であるミィナの声に反応したバクザンが、真上から降り注ぐ無数の矢を竜の手で叩き落とす。
バババババッ!
グサッ!グサッ!
「ぐっ…………。」
しかし、同時に放たれた矢を全て防ぐ事は困難を極め、バクザンの身体には無数の矢傷(やきず)が刻まれて行く。
(何て奴等だ…………。)
厄介なのは、この追尾式(ついびしき)の矢だ。バクザンには、矢を放った人間がどこから射って来るのか分からない。相手の姿が見えなくても、追尾式(ついびしき)の矢は正確にバクザンを狙い打つ。戦闘が長引けば長引くほど状況は悪化する。
(くそっ!姿さえ見えれば…………。)
ならば…………。
「ぐおぉぉぉおぉぉぉ!!」
ビリビリビリビリッ!
バクザンは全ての持てる力を、その異能の力に集中する。
「ミィナ!飛べ!」
「バクザン!?」
「逃げ回る奴等を、この大地ごと破壊する!!」
「な!ちょっ!!」
「大爆発(ビッグインパクト)!!!」
ドドドドドドドッガーン!!!
次の瞬間、大地が爆(は)ぜた。
◆
ドドドドドドドッガーン!!!
「ひぃいぃぃ!!」
大きな地鳴りと爆風がベルクーリ山脈に吹き荒れ、逃走途中のマッキンリー騎士団長は思わず尻もちをついた。
「な、な、なんだ今のは!?」
爆発による土煙(つちけむり)が山脈の広範囲を包み込むのが見えた。
「地震か!それとも亜人の仕業か!?」
全く信じられない事ばかりが起こる。そもそも絶滅危惧種の『亜人』など人間にとっては脅威になる存在ではない。ごく稀(まれ)に見つかる『亜人』の多くは、人間に殺されるか捕獲されると伝え聞く。十数年に一度あるか無いかの話だ。
事前の情報から亜人の人数は100人程度と予想したが、マッキンリーはそれすらも疑わしいと思った。
全く話が違う!
『亜人討伐隊』の総大将は特別司教に譲ったが、実質的な指揮権はマッキンリーにあった。『火の国』の炎夏将軍すらも従えた『亜人討伐隊』は、難なく亜人共を討伐しマッキンリーは国の英雄になるはずであった。
「くそっ!」
マッキンリーは尻もちを付いた腰を上げると、再びベルクーリ山脈の山道を逆走する。
今は逃げるのが先決だ。命さえあれば後はどうとでもなる。2000人程度では少な過ぎたに違いない。今度は大陸中から兵士達をかき集め亜人共を駆逐(くちく)してやる。
ザッザッ
ひたすら走って10分程が経過した時、前方から走って来る人影が見えた。
「マッキンリー様!!」
「あれは………。」
王国に使える騎士だ。
「おぉ!ヘンリー!ちょうど良かった。」
マッキンリーは安堵の表情を浮かべヘンリーの元へ駆け寄る。早く王城へ戻り『亜人討伐隊』の再編成を急がなければならない。
「マッキンリー様!大変です!」
「む?」
少し様子がおかしい。
「王都が!城が亜人共の襲撃を受けています!」
「なんだと!?」
マッキンリーはヘンリーの言葉に声を失った。これはマッキンリーの予想を越える展開だ。まさか、『亜人討伐隊』がベルクーリ山脈に進軍するのを見計らって亜人共はマーダム王国に攻めいったとでも言うのか。
(討伐隊を襲った亜人は、全て囮(おとり)だと…………。)
マッキンリーは慌ててヘンリーに命令を下す。
「王城が亜人に攻撃されている事を『亜人討伐隊』へ報告し、今すぐ全部隊を引き返すように伝えよ!」
「はっ!了解しました!」
ヘンリーが再び走り出そうと足を踏み出した、その時、
「それは困るにゃあ。」
ぴょこんと『猫獣(びょうじゅう)族』の亜人が現れた。猫獣族とはその名の通り猫の姿をした亜人である。可愛らしい猫耳と猫の尻尾(しっぽ)からは凶悪さは感じられない。
「な!こんな所にまで!ヘンリー殺れ!」
「はっ!」
ヘンリーは王国騎士団の一級騎士。他の亜人ならともかく猫獣族の亜人一匹くらいなら倒す事が出来るはずだ。
「そりゃっ!」
ズバッ!
すかさず剣を振るったヘンリーの剣捌(けんさば)きは見事なもので、猫獣族の首を一刀両断し、猫獣族の亜人は声を発する事も出来ない。
「お………おぉ!よくやったヘンリー!流石は一級騎士である!」
マッキンリーは目を見開いて歓喜の声をあげる。
「…………。」
「?」
しかし、ヘンリーからの反応はなく無言でその場に立ち尽くすのみ。
「どうした?」
不思議に思ったマッキンリーがヘンリーの肩に手を掛けると、ズルリとヘンリーの首が地面に転げ落ちた。
「わっ!ひぃいぃぃ!?」
慌てて手を放し、猫獣族の死体を確認する……………が死体が無い。
「な、な、な、!?」
頭が混乱し言葉が思うように出ない。確かにヘンリーは亜人の首を切断したはずだ。目の前で首が斬り落とされるのをハッキリ見たのだから間違い無い。しかし、首が無くなったのは攻撃をしたヘンリーで、亜人の死体は消えている。
理解不能だった。
「猫騙(ねこだま)しにゃあ。」
「!」
声が聞こえたのは、マッキンリーの耳元。いつの間にか背後に忍び寄り、耳元で囁(ささや)く猫獣族の亜人の声は妙に馴れ馴れしい。
「うわぁぁぁ!!」
二度目の尻もちを付いたマッキンリーは、もはや逃げる事も出来ない。
「にゃあ。僕は『亜人の国』の幹部メルだにゃあ。あまり舐めて貰ったら困るにゃあ。」
そう言ってメルはペロリと自分の右手首を舐めた。『亜人の国』を創ったのは『竜人族』の亜人であるリュウキ達だ。リーダーも幹部も『竜人族』が占めているが、唯一の例外が猫獣(びょうじゅう)族のメルである。
その性別の分からない可愛らしい顔立ちからは想像も出来ないが、メルはその実力のみで『亜人の国』の幹部にまで上り詰めた。
「にゃは♡」
メルは告げる。
「こんな所で遊んでる暇は無いにゃあ。一応、人間軍団の幹部みたいだから、その首は貰って行くけどにゃあ。」
「!」
シュバッ!
メルは、猫の手で器用に長剣を操りマッキンリーの首をサクリと刎(は)ねた。
「にゃは♡」
♪
♫♪
そうしてメルは、マッキンリーの首をぶら下げ鼻歌混じりに森へ消える。メルの向かう先はマーダム王国の首都『マヤ』にある王の城であった。